人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ぼんくらな休日

 私の左腕の肘内側を消毒しながら看護師が言った。
 「頑張って歩いてるんですってね」
 「はい。1日に合計で1時間だけですけど」
 私の左腕の肘内側に注射針を刺しなが看護師は言う。
 「1時間でも毎日続けることが大切ですもんね。ハイ、ココ自分でしばらく押さえてて」
 私は注射針が抜かれたあとを指示通り脱脂綿で押さえながら言った。
 「歩くのが苦じゃなくなってきたから、先日も車に乗って買い物に出た帰り、駐車場に車を置き忘れて歩いて家に帰って来ちゃったんですョ」
 「あら~!」とベテラン看護師は笑った。「いっぱい買い物をして、帰り荷物になるからってわざわざ車で出かけたのに?」
 
 車を店の駐車場に置き去りにして帰ってきたという事件は、今回で二度目である。
 一度目は、単純に買い物目的で車を出し、ブーブを忘れて歩いて帰ってきた。
 二度目は朝寝坊をしたから。歩いて会社まで行ったら絶対間に合わない。そこで途中にあるスーパーまで車で行って、店の駐車場に車を停めて出社した。
 でも仕事を終えるまでには車のことなどきれいさっぱり忘れていた。帰りにそのスーパーに寄って、買い物までしたというのに。
 家まで結構な距離を歩いて帰って、車のない光景を見ても何も感じなかった。玄関ドアを開けてくれたムスコに、
 「奥さん、車は?」と聞かれてはじめて気がついたのだから、車のない庭を見た瞬間「あちゃ~!」と嘆いた一度目よりかなり重症である。


 「結局、ダイエットに成功したのは脳味噌だけみたいです」

 「ぶっ!」
 緑字の真実を省略して感想を述べると、さっきまで問診していた女医がカーテンの向こうで噴き出した。

 悪玉コレステロール値が高いということで病院を訪れてから3ヵ月。本日は仕事の休みを利用して、血液検査を受けに来た。
 若い女医が聞く。
 「この3ヵ月間をどのように過ごしましたか?」
 「日に1時間程度のウォーキングと、脂っこい食事は極力控えるようにしました」
 「卵は?」
 「週に1個食べるか食べないかです」
 「体重に変化はありましたか?」
 「全然ないです」
 女医の口角がクイッと上がる。とてもチャーミングだ。何もかもお見通しに違いない。
 「検査の結果は3日もすれば出ますけど、(他の医師ではなく)私が診るのがいいでしょう」と女医は言った。
 「私は毎週火曜日に居ますから、また来週の火曜にでも来てください。ではそちらで採血を──」ということでふりだしに戻るというわけだ。

 私の哀しい脳味噌ダイエットの話に相好を崩したベテラン看護師に見送られ、病院をあとにした。

 病院の帰りに洋菓子店で雛ケーキを買うと、自動車整備工場に車を乗り入れた。車検に出すためだ。
 整備工場の社長に車のキーを預けて代車を借りた。
 社長は甘党だったのだろうか。鍵を受け取りながらも、目は私が手にしていたケーキの箱にロック・オンされていた。

 ふだんと違う車。運転が楽しくて仕方ない。本屋に寄ったり、ホームセンターに寄ったり。街中をくるくる走りまわった。

 家に着いたのは、13時近く。お腹が空いた。採血のため朝食を抜いていたのだ。
 庭にバックで車を入れていると、ちょうどムスメが帰ってきた。学年末考査の最中で、帰宅が早いのだ。
 車から降りて、ムスメに家の鍵を渡そうとして気づいた。
 「ない!!」
 「鍵ならあるよ」とムスメが自分の鍵を取り出しながら言った。
 「いや、そうじゃなくて、車の鍵を預けるときに、家の鍵をつけたままキー・ホルダーごと預けて来ちゃった!」

 自動車整備工場に家の鍵を引き取りに行った。再び代車に乗り込む私に、事務所から社長の母上まで出て来て、丁寧に頭を下げられた。
 
 覚えていますか、おカミさん。私はお宅を通じてカー・オーディオを買い換えた直後、
 「CDを入れても音が出ないんです~」と修理を依頼した、あの時のおバカな顧客です。
 そう、カー・オーディオと車体とのわずかな「隙間」にCDを差し込んだところで、鳴るのはてめえの腹の虫。
不良品の濡れ衣を着せられた機器の上に、まぬけな様子で載っているCDを見たとき、
 「もう二度とココへは来れまい・・・」
 と思いながらも、こうしてやってまいりました。同じ日に二度もタイヤを運んだ私は、あの日と同じように手厚く見送っていただいておりやす。

 ぼんくらな私のぼんくらな休日は、こんなふうにへいへいぼんぼん頭くらくらと過ぎていくのであった。
Commented by ラク太母 at 2009-03-03 20:22 x
相好を崩しすぎてモトに戻りません。
こんな面白い妻もしくは母をもったご家族は毎日がさぞ楽しいだろうと思います。
さんざん笑わされ、最後のエピソードを読んだ時思い出しました。
ホンダのZから今のキューブに買い換えた5年前。
ゼットを中古車センターのお兄さんに引き渡して帰宅し、
家の鍵がダッシュボードの中に入れたままだったと気づいて蒼ざめた瞬間のことを。
ああやだ・・・

↓まったく同感で、そうだそうだと頷きながら読みました。
武者小路実篤とかもどうかと思うのが多いです。
王様は裸だー!と言いたい。



Commented by vitaminminc at 2009-03-05 22:42
❤ラク太母さま❤まったく、おうちの鍵って罪な奴ですぬぇ。
昨晩またしても外から戻った際、家の鍵が見つからなくて困りました。
車の‘ドアポケット’を探ろうとしたら底抜け──というか、ポケットではなくドアの取っ手──だったので、いくら愛車のドアポケットの位置に近いとはいえ、半ドーナツ型のドアの‘取っ手(の穴)’に鍵を落とすほど自分はバカではない。
そう信じてコートのポケットやバッグの中を探してみたけれど、やっぱりない!
結局・・・車の床、ちょうどドアノブの真下に落ちていました(←バカ)

↓読むと気が狂いそうになる文というのは、もしかしたら書いた当人も気がふれかけていたのではないか?(笑) 
なんてことをふと思う春の夜。
Commented by デンドン at 2009-03-05 23:51 x
あぁ。頼もしい^^
み茶ままさんちに来ると落ち着くっていうか・・・
そうだそうだ。こんなこともあったわよ~っと大声で言える快感。うふ。
どんなことだか忘れたけど同じようなことをした記憶が(汗
朱が交わるって心地良い~♪

名作・・・
ほんとにそう思う!
あんなのを名作だと薦めても読書嫌いが増えそうだわ。
先日、重松清さんの「きよしこ」を読みました。
軽快で心に訴える良い本でした^^
Commented by vitaminminc at 2009-03-10 23:38
❤デンドンどん❤一週間近くもお返事が出来ず、たいへん申し訳ありませんでした。
先日、右膝に違和感があったの膝サポーターなんかをしてみたところ、今度は左膝に違和感がッ・・・。
種明かし⇒右膝用サポーターを間違えて左膝にしていた(←アホ)

重松清さんの「きよしこ」は残念ながらまだ読んでいないので、今度読んでみます!
私のお薦めは「半パンデイズ」の中の「エビスくん」という短編(中編か?)。
作家ご自身もこの「エビスくん」が一番好きだそうですので、機会がありましたらぜひ-☆☆☆


Commented by vitaminminc at 2011-11-14 20:09
《お詫びと訂正》
信頼筋よりご指摘をいただきました。
上記で述べている「エビスくん」は『半パンデイズ』ではなく、『ナイフ』の中の収録作品であります。
2年半も経ってしまいましたが謹んでお詫び申し上げますです。
と同時に己の記憶力の不確かさが確かなものとなってきたぞぃと
実感している今日この頃でありますです。
名前
URL
削除用パスワード
by vitaminminc | 2009-03-03 17:21 | Comments(5)