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図書館本に見る、わがまマナー

 その朝は雨模様だった。同僚はバスに乗って会社に行くことにした。
 バスが来た。彼女は一番後ろに座った。
 長椅子のように繋がったシートの右側に、2人分のスペースを挟んで会社員風の男性が座っていた。同じシートなので、嫌でも挙動が目に入る。
 (あの男はさっきから何をやっているんだ?)
 お焼香にも似た男性の右手の‘上下運動’を不審に思った彼女、両の黒目を限界まで右に寄せ、隣の男がいったい何をやっているかを見極めようとした。

 それは見るもおぞましい行為であった。
 40代とおぼしきその男、右手人差し指と親指とを使い、せっせと鼻毛を抜いているではないか。
 しかも、ただ抜いているのではない。抜いた鼻毛を、まるで戦利品でも並べるように、自分の左手の甲に、抜いてはくっつけ、抜いてはくっつけし、愛おしそうに並べていたのだそうだ。

 「え~! 見られてるって気づかなかったのかねぇ?」
 「一心腐乱(←不乱のまつがい)になって周りが見えなくなってたんじゃないのぉ~?」

 ギャーギャー盛り上がる傍聴人とは対照的に、語り部の彼女は真顔で言った。
 「冗談抜きで、朝食をもどしそうになったヮ・・・」
 そして彼女は解説した。
 「何がキモチ悪いって、普通のサラリーマンに見える人が、そういうことをやっている、それが何よりも気色悪かった」
 志村けんの変なおじさんが鼻毛を抜いている方がよほどまともに見えると言わんばかりである。
 「わかった!」と私は叫んだ。駅に着くまでの間に何本抜けるか、または奇数か偶数かで何かを占っていたのではあるまいか。「花占いみたいに、鼻毛占いで──」
 賛同する者は1人もいなかった。

          *         *        *        *       *      *   

 そんな話を聞いてから1週間も経っていないというのに、語り部の彼女の気持ちがよーくわかる出来事が起きた。
 (ひぇっ!!)
図書館から借りてきた本のページに、ソレはあった。
 (こ、これは!? す、するとさっきのも・・・!?)
何ページか読み進めていくうちに、何か短い「毛」のようなものが1本付着しているページがあった。ちょっと不快感を覚えはしたものの、さほど気にもしなかった。
 しかし、また何ページか読み進めると、今度はそれが2本に増えているページに出くわした。さきほど見たのは「毛のようなもの」だったが、今度のは明らかに「毛」である。短くて、かすかにカールした「毛」である。
 それは、毛根に含まれる皮脂が糊代わりとなって、まるで「押し花」のように本のページに密着していたのである。
 しかも、明らかに人為的に。なぜならその超短髪2本セットは、よく‘同上’などの意味を表わすときに用いる記号、
                         
とまったく同じように、仲良く並んで貼り付けられていたからである。
 (て、ことは、まさか・・・!?)
 不安は的中した。その後も鼻毛コンビによる「〃」は、私の目の前に数回登場した。眉毛でも睫毛でもなく、鼻毛と断定したのは私の直感だが、おそらく会社の同僚がバスで目撃したのと同じく、鼻毛に間違いないだろう。あんまりである。

 実は、私が今回借りた分厚い図書(「卑弥呼」久世光彦/著)は、すでにわが町の図書館では閉架扱いとなっていて、地下の書庫から引っ張り出してもらって借りたのだった。
 私が返却したら最後、この本はまた当分日の目を見ることもなく、地下で眠ることになるのだろう。
 ぅぅぅぅぅ・・・書物に罪はない。私は半ば意地になって鼻毛本を読破することに決めた。

 そもそも、この本は最初から妙だった。足跡が多すぎる。
 図書館の本なので、当然不特定多数の人の手に渡ることが考えられる。が、児童書ならともかく、大人向けの書物で、ココまで何かを残してある本というのは、今回はじめて出合った。人気のある本なら手垢や日焼けで多少汚れることはあっても、人為的な足跡というのはそうそうあるものではないし、あってはならないものだ。

 それなのに、この本ときたら・・・。

図書館本に見る、わがまマナー_b0080718_17522447.jpgまずは個人名がはっきりわかる病院の受付票がパラリと落ちてきた。
この段階では、まだ微笑ましく感じていた。

病院の待合ロビーでこの本を読んでいた人がいる。

病人の手にこの本は重かったことでしょう。

どなたか存じませんが、その後お加減はいかがですか?

図書館本に見る、わがまマナー_b0080718_17531295.jpgつづいて、押し花ならぬ

押し鼻毛の登場。

鼻毛の代わりに猫っ毛をご覧下さい。

図書館本に見る、わがまマナー_b0080718_17542443.jpgさらには直筆による
書き込み
ときたもんだ。
書き込みは、太宰治の命日について触れた行に
登場。
なんと、活字を消して「19日」と‘訂正’してやがる。
新聞では、今月19日に太宰が生誕100年を迎えることを伝えている。書き込み犯は、太宰治の生まれた日と死んだ日を勘違いして、我こそが正しいと自信たっぷりに‘添削’したのである。公共の財産である図書館の蔵書に。

知人に話したら、「そんな書き込みをする奴はきっと男だ」と確信をもって言うではないか。「(博覧強記の)久世光彦に対抗して自分の知識をひけらかそうとしたけれど、結果は大恥をかいただけだね」

ふむふむ。私もプロファイリングといくか。あの病院の受付票──あれは挟み忘れたのではなく、故意に挟んでおいたのかもしれない。
太宰治の命日を‘訂正’した博学多識の読者様は、このワシじゃ、と。そういえば、漢字3文字の下の名前のうち、2文字が旧漢字。頑固一徹で自己顕示欲の強い老人像が浮んでくる。


 鼻毛によるメッセージも、何か深い意味があって不快な足跡を残したのかもしれない。だがさすがに、押し鼻毛がどこのページに付着してあったのかを確認するのは止めにしておいた。
 毛根の粘着力が落ちていそうな年月を考えれば、必要以上にページを繰って振動を与えるのは好ましくない。
各ページの鼻毛が私の寝室の床に落ちて、尺取虫のように這い回る姿は想像したくない。それでなくとも、ほかのページはコンビで貼られていた鼻毛が、1ページだけ1本だったことを考えると、憂鬱でたまらなくなるのだ。

 はなげ馬鹿げているとは思う。病院の受付票の主と、鼻毛の主、そして自己中な添削者が、すべて同一人物だとする証拠はどこにもない。
 もしかしたら、合計で現存7本はあった鼻毛だって、すべて他人のものかもしれないのだ。
 2人目以降は模倣犯とも考えられる。偉大なる最初の鼻毛に触発され、抜き、並べ、貼る、といった行為に及んだのかもしれない。

 それでも、比較的丁寧に取り扱われてきたことがわかる、外見上は良好といえる状態の書籍である。にもかかわらず、これだけの足跡が残されているのは、かえって不自然ではないか。単独犯説も唸りたくなろうというものだ。

 万歩譲って、花粉症でクシャミをするたびに鼻毛が飛び(鬼太郎か)、我知らずページに付着したのだとしても、また、太宰治の命日が時空のゆがみにより「19日」だったとしても、図書館の本に鼻毛を付けたり、ボールペンで書き込みをするような人を、私は絶対認めない。
マナー違反もはなはだしい。


 
 
Commented by ホシカゲ at 2009-06-16 21:13 x
私もそういう状態の図書館の本を借りてしまったことがあります。気持ち悪くなりました・・・その後しばらく図書館から遠ざかりました。(ヘタレ)
み茶ママさん、よくぞプロファイルまでしながら読み通しましたね。使命感に燃え苦難に耐える戦士のようです(?)

ところで「一心腐乱」って、腐乱死体かと・・・
「一心不乱」でお願いします~~
ま、そいつの行動には「腐乱」の方がお似合いかもしれませんが・・・

Commented by デンドン at 2009-06-18 14:26 x
あ~笑った笑った♪
そんな狼藉者がいるんですねぇ。
わたしはそんな変態チックな人が借りた本に出会ったことはないです。
線が書いてある本によく出会うのはそういう人と同じ趣味なのかしら。。。
み茶ままのプロファイリング素晴らしい!
鼻毛を抜く作業を「お焼香にも似た男性の右手の‘上下運動’」に例える脳の柔軟さ。
見習えるものなら見習いたい!
Commented by vitaminminc at 2009-06-18 18:13
❤ホシカゲさま❤
ぐはっ! 鼻毛et you! ホントだ!(笑)
四字熟語を得意げに一発変換してみせたPCを信じ、
ま~ったく違和感を覚えませんでした。
そう。なぜなら、馬糞ウニのような私のこの脳味噌も、
確実に腐乱しているからなんですねぇ・・・ぴゅ~~~(←海鳴り)
Commented by vitaminminc at 2009-06-18 18:25
❤デンドンどん❤
鼻毛を抜く作業を「お焼香にも似た男性の右手の‘上下運動’」に例える脳・・・って、
改めてこうして客観的に読んでみると・・・(恥)
なんて罰当たりな発想じゃい!見習ってはいけません。
どうしても鼻毛が抜きたくなったり、書き込み癖のある人は、
図書館から本を借りて読むときには、顔にはマスクを、
手には野球のグローブをはめて臨むべきです。(てゆーか借りるな!)
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by vitaminminc | 2009-06-16 18:47 | Comments(4)