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ちょっと痛いハナシ

6月上旬のこと。

ダイニングテーブルを挟んでムスコと向かい合って昼食をとっていた。
骨付きチキンを食べながら、たぶんテレビを見ていたように思う。

ガリッ!!
突然、生まれてから一度も経験したことのない、衝撃に襲われた。
それは、頭蓋骨にヒビが入ったと錯覚したほどの、電撃的刺激的衝撃だった。

数秒後、衝撃を食らったのは、頭蓋骨ではないことに気付いた。
前歯である。

洗面所にすっ飛び、恐る恐る鏡を覗き込んだ。
イ~~~ッをしてみる。
なんだ、気のせいか。
前歯は無事だった。
でも、それこそが気のせいなのだった。
舌でそっと触れただけで、左の前歯が動いたのである。
自分の動く前歯を見るなんて、別れの近い乳歯をぶら下げていた7、8才以来である。

ノロノロと居間に戻り、静かに着席した。
「──前歯をヤッてしまった」
「は?」とムスコが聞き返した。
「間違って肉じゃない部分、骨のとこかじって、前歯が壊れた」
前髪と前歯を揺らしながら、私はノロノロと骨付き肉を手に取った。
「おい」
ムスコが、半ば放心状態の私に声をかける。
「食ってる場合か? 早く歯医者に行った方がいい。前歯はヤバイって!」

約45分後、私は歯科の診察台(というかリクライニングチェア)で医師の説明を聞いていた。
「レントゲンで見る限り、歯の根元の方にヒビが入っている可能性が大きいんですよね」

この日に治療を開始すると、先のだんはんの一周忌法要の日に、本歯を失い、仮歯が入っている状態は必至だった。
仮歯は外れやすい上に、見栄えも悪いという。
法要後に着手してもらうことにした。でないと仮歯が法要当日に外れた場合、親族の皆様に拷問に近いものを味わわせかねない。
笑ってはいけないシーンで笑うのを我慢することほどつらいものはない。
法要が終わるまでは、左の前歯を両隣の歯と接着剤で固定(もちろん歯の裏面を)するという応急処置でもたせることとなった。

実際、すぐに治療を始めなかったのは正解だった。
法要が終わって治療がスタートした時、担当医が「難しいケースなので、院長にも診てもらいましょう」と院長を呼んだ。
院長は、私の歯の状態を確認し、治療にはいくつか選択肢があることを説明した。
やけににこやかだった。
あとで合点がいった。院長に診てもらったのは、破損した左の前歯を取り除いた直後。前歯が1本歯抜けてる顔で院長と向き合っていた。
院長は、笑うのをこらえきれずに白い歯を見せていたのだなと知るのに、そんなに時間は要らなかった。
なぜなら、その日つけてもらった仮歯が早くも翌日には外れてしまい、私は鏡の中の私を見て吹き出したからである。

「おせんべいを食べてて歯が欠けたというならまだいい」とムスメに言われた。「普通に人が食べるものだから」
骨なんて人間の食べものではないものをかじって歯が欠けるなんて、自分だったら恥ずかしくて人に言えないと。
しかし、私は正直者である。すでに歯科医師にはもちろん、職場の同僚にもリアルに説明していた。
「情けないぜ、かーさん」とムスコにも言われた。「腰が痛いのは、歯が1本ないからじゃね?」
確かに情けないと自分でも思う(笑)。歯を1本失って、身体のバランスが崩れているようにも思う(涙)。

治療開始から2回目の昨日、歯茎の中に残っている「根」を抜いた。
掴む部分がないだけに、抜歯は困難を極めた。
途中、麻酔の注射を追加してもらって、歯茎の表側と裏側、数えられただけでも合計6本ずつ注射針が刺さった。
前歯への注射は奥歯よりかなり痛いですと医師は申し訳なさそうに告げた。
が、注射の痛みなんかいくらでも耐えられると思った。
ほじくり出される痛みの方が遥かに強かったのだ。

敬虔なクリスチャンの如く、腹の上で両手を組みながらひたすら祈った。
どうか、どうかお願いです、一刻も早く抜けちゃってください。歯の根っこさま、お願いです、潔く抜けてくださいぃぃぃぃぃ。

「はい、ようやく抜けました!」
麻酔が効いているので、いつ抜けたのかわからなかった。
「虫歯や歯周病だったわけじゃないので、かなり丈夫な根でした」
15分以上、歯の根と格闘していた女医。美人で感じがよくて、私はこの先生が好きだ。
「おつかれさまでふ」とねぎらうと、
「いえいえ、みん子さんこそ」先生は素敵な笑顔で返した。

その後、ブリッジをつくるために上下の歯並びの型をとった。血だらけの型がとれたことだろう。
麻酔は30分で切れるという。ということは、もうあと10分もしないうちに大変なことになるのでは?
「痛かったら言ってくださいね」を何度も口にした先生。治療台の上の、血に染まったガーゼの山。
歯茎は相当ダメージを受けている。
「先生、今もうここで、痛み止めを飲まへてくらはい」
私は痛みに弱い。家に帰る途中痛み出したら、ハンドルを切り損ねて電信柱に激突するかもしれない。
命は助かっても、右の前歯まで失うかもしれない。
診察台でロキソニンを服用した。

案の定、家に着く前から徐々に始まった痛みは、家に着いてからいよいよ尋常でなくなった。
1回1錠の用法用量を破って、もう1錠勝手に追加服用してしまった。
恐る恐る(←こればっか)鏡を覗き込むと、仮歯が血で真っ赤に染まっていた。
どんなドメスティック・バイオレンスを受けたらこうなるんだ?

次回の治療は、ブリッジをつくるため、抜けた歯の両隣の歯を削るとのこと。
この日つける仮歯は、今つけている付け爪のようなはかない感じのものと比べてかなりしっかりしたものになるらしい。
その頑丈な仮歯を入れている間に、失った左の前歯つきのブリッジがつくられるわけだ。

もう骨をかじるようなヘマはしません。
早く、一日も早く、ふつうの人間になりたいです。

以上、わが身の上に起こっている、ちょっと痛い歯なしでした。









Commented by キャサリン at 2016-07-01 01:14 x
笑ろたらあかん、と思えば思うほど堪えられずに失礼仕りデス。
実は私も経験あり。
バケット齧って…
ほんで、仮歯は寝てる間に取れて、志村けんのコントのようなお間抜け顔で仕事に。
それ以降、通算3回バケットで奥歯が欠けるという。先生に「バケットお好きなんですね?」と、明らかに呆れた口調で言われ、それ以降、自粛。
歯は大事よ、お大事に!
Commented by vitaminminc at 2016-07-01 02:49
♥キャサリンさま♥
こんな丑三つ時に、猫の運動会で起こされ眠れなくなり、blogを開きました。
キャサリンさまのコメントを読んで(笑)、ごめんなさい(笑)、バケットお好きなんですねのところで(笑)、我慢の臨海地点に到達し(笑)、今も笑いながらコレをしたためています(笑)。
色んな歯を見慣れている歯科医師も、真正面の前歯が1本抜けてるお間抜け面には真顔ではいられないようで(笑)(笑)(笑)
肉って骨の近くが一番美味しいんですよね。
私も先生に「骨つきチキンがお好きなんですね」と言われることがないように気をつけねばと思いました。わ歯歯歯歯…
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by vitaminminc | 2016-06-30 19:35 | 笑い | Comments(2)