人気ブログランキング | 話題のタグを見る

デバカメラ

デバカメラ_b0080718_15504559.jpg  時刻は午前3時過ぎ。蒸し暑い晩だった。喉の渇きを覚えて目を覚ました私は、視野の端に赤い光を捉えた。光源は、東側の窓の外。枕もとに置いてある眼鏡を手に取り、視力を取り戻す。うちの裏手には、某娯楽施設の大駐車場がある。赤い光は、そこに停めてある車のテールランプであった。中に人が乗っているわけである。
(こんな時間にいったい何を?)
 娯楽施設はとうに閉店していて、ネオンも消えている。道に迷って道路地図を見るにしては、車内灯が点いていない。満点の夜空を仰いで、降るような星を眺めるにしては、どう見ても車体のシルエットはセダンだ。サンルーフを装備しているようには見えない。そういえば、夕べからずっと雷鳴が轟いていた。星を見るような条件ではない。
 今日も朝から仕事があるというのに、すっかり目が覚めてしまった私は、その怪しい車をどこまで見張ったものかと思案に暮れた。と、そんな私の隙をつくかのように、車は赤い光を強め(要するに一度ブレーキを踏んでアクセルをドライブに入れてから)、夜をひきずるように、そそくさと暗がりへと消え去っていった。

 苦笑した。3年前の夏の晩を思い出したからだ。
 迷惑な話だが、その頃裏手の駐車場は、今よりも治安が悪かった。田舎っぺ暴走族の中継点にされていたのだろう。バイクがふかすエンジン音や、頭の悪そうな若者たちが飛ばすロケット花火の音や嬌声に、何度安眠を妨害されたかわからない。といっても眠りを妨げられるのは、駐車場に最も近い部屋で眠る私くらいなもので、眠ったら朝まで起きない子どもやダンナはあまり感じていないようだった。

 その晩は、信じがたいような‘叫び声’で目が覚めた。一瞬、何が起こったのかと呆然とした。叫び声は断続的に、外から聞こえてくる。例によって裸眼では何も見えない私は、素早く眼鏡をかけ、叫び声のする東南東の方角に目をやった。
 叫び声は、駐車場に停めてある一台のRV車から聞こえていた。だが、隣の家が邪魔をして、見えるのは車の鼻先だけ。しかも、激しく揺れている。
<ゲッ!>
 息を呑んだ。こ、これはもしや、いわゆるCAR-S(Dの次)Xと呼ばれるものなのでは? 私は横でシェーのスタイルで爆睡している息子が起きないよう、ハラハラしながらRV車を睨みつけた。
 悲鳴はバカでかく、金属と野獣の中間のような響きを放っていた。こんなはしたない悲鳴をあげるのは、絶対‘洋モノ’の悪影響に違いない。そんなわけのわからん確信を抱きつつ、車体の揺れに共鳴するかのような悲鳴が、一刻も早く止みますようにと祈祷した。
 祈りが通じたのだろうか。永遠とも思われた下品な悲鳴が止むと、それに追随するように、下品な車体の揺れもおさまった。低い男性の話し声がする。何を言っているのか聞き取れない。独り言ではなさそうだ。会話か?
 <どうなってんだ?>
 私の疑問に答えるように、しばらくすると男性二人が後方から現れた。それぞれが運転席と助手席とに乗り込むと、まもなくエンジンのかかる音がした。RV車は、鼻息荒い競馬馬のように発進。すぐに視界から消えた。
 時計を見た。私がつきあった15分間は、何だったのか。タイヤ交換をしていた、ジャッキで車体を上げる時の、
「ギャッ、ギャッ、ギャッ」という鋭い音が、洋モノ的悲鳴として耳に突き刺さり、頬の内側に赤い炎症までつくっていたとは。
 騒音としては迷惑なはずだったのだが、あまり腹が立たなかった。非日常的なものに対する好奇心の方が勝っていたからだろう。そしてそれは、限りなく出歯亀に近い好奇心だったのである。
 そんなことを思い出しながら、再び今日の未明に走り去った不審なセダンに思いを馳せた。いったい何の目的で、あんな辺鄙な場所で羽根を休めていたのだろう? 
 我が想像力は、音も立てずに、ジャッキでせり上げられていくのであった。
名前
URL
削除用パスワード
by vitaminminc | 2006-08-18 15:48 | 人間 | Comments(0)