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正気の沙汰デーナイトフィーバー

正気の沙汰デーナイトフィーバー_b0080718_20522757.jpg 今夜は地元の夏祭り。太鼓の音が風に乗ってくる。みんな浴衣を着て踊っているんだろうな。
 さて。土曜の晩ときて、踊りとくれば、当然頭に思い浮かぶのが、映画「サタデーナイトフィーバー」。天を指差し、腰をだるま落としの落とし損ないのように「くきっ-☆」とひねったあのポーズ。濃すぎて忘れられない。
「サタデーナイトフィーバー」が大流行し、まだその余熱が冷め切らずにいたある夏の日、私は高校の友だちの家に遊びに行った。
 東京下町の、急行も停まらない私鉄の小さな駅で降りると、目の前には堂々と「銀座プロムナード」と書かれたアーチ。その下をくぐって北側に伸びた先が、友だちの住む地元商店街。日曜日だったので、ホコ天になっていた。テープが伸びかけたようなハワイアンが流れていて、商店の店先にはビーチパラソル付の丸テーブル。そばの丸椅子にはおばあちゃんが座り、団扇を扇ぎながら麦茶をすすっていたりする。どこが「銀座プロムナード」なのか。こみ上げてくる笑いをハンカチで汗を拭うふりをしながら隠し、友だちの家へと急いだ。
「何嬉しそうに笑ってんの?」と出迎えた友だちに、
「銀座プロムナード・・・・」と一言。
「またそーやってバカにしてぇ」と友だちはむくれ、いったん私を二階にあげておいてから、「下に行って、オババ(自分の母親のこと)から何か冷たい飲み物もらってきて」と私をあごで使った。
 窮屈な階段を下りていくと、どこからともなくおばさんが顔を出した。
「あら、みん子、お椀取りにきたの?」
 寒い季節に初めて友だちの家に遊びに行ったとき、コーヒーでも入れようかと言ってくれたおばさんに、私は戸棚の中を凝視しながら、
「いえ。あれが飲みたいです」と永谷園松茸の味お吸い物を指差した。以来おばさんは、私のことを「変な子」扱いしつつも可愛がってくれて、お邪魔すると必ず永谷園松茸の味お吸い物を飲ませたがった。
 やんわり断わり冷たいジュースをもらって二階に運ぶと、友だちがいかにも退屈そうに言った。
「今日はさぁ、イトコのうちにでも行ってみるか?」
 彼女の話によれば、めんどくさいから‘イトコ’ということにしているが、遠い親戚にあたる6つ年上の男の人だという。イトコの部屋に行くと、時々掘り出し物が見つかるからオモシロイのだそうだ。
「何か見せてくれたりするの?」
「まさか。いないときを狙って行くに決まってんじゃん」
 私が「えぇ~~」と驚いている間に、友だちはズズーとストローで果汁数%のオレンジジュースを飲み干した。
「早く飲んじゃいな」と氷をガリガリ噛み砕きながら私を急かす。
 ジュースを飲み終え、友だちの後について外に出た。6つ年上の男の人──当時の私にとっては未知の領域だ。そんな異生物の部屋を見られるというだけでも心が躍った。
「イトコのうちって、どこ?」
「向かい」
「え?」
「道路渡った真ん前」
「遠い親戚じゃなかった?」
「距離のこと言ったんじゃないよ」
「私だって距離のことを言ったわけじゃないよ」
 遠い親戚という割には、自分の家のような図々しさで、友だちはイトコの家の中に勝手に入り込んだ。そして何の躊躇もなく階段を上がって行った。
「ねぇ、怒られない?」
 現場を前にして怖気づいたように私が言うのを、
「平気平気ィ」と友だちは軽く流した。
 仕方なく、友だちに続いてイトコの部屋に入った。
「わ!」と声が出た。襖を開けて入った畳の部屋の突き当たりに、仰天顔の自分が立っていた。
「何じゃこりゃ」
「見りゃわかるじゃん、鏡だよ、押入れの」
「押入れ?」
 それは、鏡張りの押入れの襖なのだった。
「なんで鏡で出来てるの?」
「頼まれて、うちのパパ(彼女は自分の父親のことはこう呼んでいた)が作ってやったわけ」
 彼女の家は建具やだった。
「誰が頼んだの? 何で鏡?」
「イトコ。全身を映したかったんじゃない?」
「ナルシスト?」
「わっきゃない!」
 美青年を想像している私の頭の中を読んだように、友だちが即座に否定した。
「言っとくけど、イトコといっても血はつながってないんだからね」
 友だちは、血がつながっていないという部分の語気を強めて言った。
「ほら、これなんかどう?」
 友だちがステレオラックから引っ張り出して私に見せたのは、ヒルのような唇が野生的なミック・ジャガーのシングルレコード。「夜をぶっとばせ」というスゴイ邦題がついていた。
「古~ぃ!」
 憂歌団の「おそうじオバちゃん」なんかもあった。趣味が錯乱している。小林旭の「自動車ショー歌」など、どう考えても一世代前のシロモノである。
「あ!」
 私が手にしたのは、レコードのビニールカバーがまだ新しい、ビージーズのシングル。
「コレだ!コレ聴きながら、鏡の前で踊ってたんでしょ?」
 友だちは、苦笑するだけで、否定はしなかった。そして、
「血はつながってないから」と、もう一度強調するのだった。
 
 私はその日、「なくなってもバレないから大丈夫」と友だちに励まされて、「自動車ショー歌」のレコードを借りて帰った。針が飛んでひどい音質だった。
  ♪あの娘をペットにしたくって ニッサンするのはパッカード 骨の髄までシボレーで・・・
 なんて歌詞を呆れ返りながら聴いていたが、こんなもん借りたがる女子高生、当時だって自分以外知らない。
 鏡の前でトラボルタを気取り、畳の上で踊る男のことを、どうして笑えるだろう──と、今なら思う。 
 
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by vitaminminc | 2006-08-19 20:40 | 笑い | Comments(0)