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やさしさとは

「眼鏡かけた時、みんななんて言ってた?」
「うん、○○(学友の一人)に‘眼鏡かけた方が頭良さそうに見えるな’って言われた」
 車のルームミラーで確認したムスコの顔を天気予報で表わすと、‘晴れときどき曇り’だった。

「塾の友だちは? (眼鏡をかけたムスコを見て)なんか言った?」
「△△がね、‘なんだよオメー眼鏡かけたのかよ、なんかムカつく~!’って」
 ルームミラーのムスコの顔は、‘晴れ’だった。ニヤニヤとよく晴れていた。

 やさしさについてふと考えるとき、いつも思い出す言葉がある。作家の庄司薫(*)が、某大学祭の講演会で‘やさしさの定義’について語った言葉だ。小説の主人公のようには饒舌でなかった「薫くん」の話に、瞼が下りかかったものの、
「やさしさとは、知性のことではないかしら」
 という妙に女性的な言い回しだけが、やけにすんなり鼓膜の内側に飛び込んできて、そのまま居ついた。そして、私と友人が講演開始40分も前から並んでいた行列に、20分前くらいにやってきて、いきなり話しかけてきた男子学生の知性について考えた。男子学生は、まるで私たちの知り合いででもあるかのように、一方的に会話に割り込んできた。
「(キミたち)ここの学生、じゃないよね?」
「はぁ」(←まだ高校生だった)
「だよね?今回なぜこの大学なのか?って疑問に思わなかった?」
「・・・・?」
「ぼくの大学でも何度もオファーを試みたんだけど、全然OKしてもらえなかったんだよね。悔しいなぁ。一体どういうアプローチの仕方をしたんだろう。あ、でもかえって‘こういう’大学だから引き受ける気になったのかな、なんて思っちゃったりもするけどね、ハハ」
「・・・・」
 確かにその日、私と友人は聞いたことも見たこともない大学にいた。一応関東圏ではあったが、朝早くから電車やバスを乗り継ぎ、ちょっとした旅気分で辿り着いた大学だった。
 しかし、無料講演会を開催してくれたことに感謝こそすれ、キャンパス内でその主催者を軽んじる気持ちなど微塵もなかった。
 コイツはバカ田大学の学生か? めんどくさくなって無視していると、男子学生は何食わぬ顔でそのまま行列に加わり、図々しいことに私たちの前を維持したまま講堂に入った。

 先日、雑学系のテレビ番組を見ていたら、「運動能力と学力は比例する」というようなことを紹介していた。運痴の自分を例に挙げれば確かにそうだと頷くしかないが、敢えて否定する、それは一部の人にしか通用しない。文武両道の才人は多い。が、脳味噌が筋肉化しているスポーツ馬鹿は確かに存在する。

 中学時代、私はこの手の級友に泣かされた。ふだんは「えぇ??」と思うほどおバカちゃんで精彩を欠くのだが、体育の授業のときだけやたら元気になる。年に一度の球技大会なんか、もう最悪だった。極道の親分としてクラスを優勝に導くべく、指揮を執りやがるのだ。
 運痴の私がかろうじて得意としていたのはハードル走や水泳など個人種目のみ。動体視力が劣っているのか、球技なんか苦手中の苦手だ。しかもそういうスポーツに限ってチーム戦ときた。これが泣かずにいられるかってんだ。
 その年、親分が立てた作戦は、冷酷非情なものだった。
「─それからみんこ、あんたは前衛」
「えぇ!?」
 生徒数が多かったわが中学では、バレーボールは9人制にせざるを得なかった。前衛には常に運動神経抜群の子が選ばれる。花形のポジションなのだった。
 私を筆頭に全員が「なぜ?」という目を親分に向けると、親分は安心しろと言わん‘バカ’りにこう言い放った。
「で、みんこは前衛の左側。ボールに触っちゃダメ、みんなの邪魔にならないようにネットにへばりついてて」
 脱兎の如く教室を飛び出し、トイレで目にハンカチを押しあてていると、友だちが迎えに来た。ドアの外でしきりに同情する。
「ちょっとひど過ぎるよ~アレは」
 正直いって、後衛でサーブを取り損ねてばかりいて、敵のターゲットにされる恐れのある私をネット際に追いやろうと考えたのは、ある意味まっとうな作戦であった。悔しいけれど、もっともだと認めざるを得なかった。自分で自分を納得させることが出来る以上、立ち直るのは時間の問題であった。
 トイレで泣いている間に、親分は私を「補欠」に指名してもいた。下手なのだから仕方がない。ネット際作戦も補欠扱いも大いに結構。甘受するつもりでいた。
 しか~し! 私が最も傷ついたのは、私より輪をかけてバレーボールが下手っぴなA子が補欠ではなく、レギュラー扱いになっていると知った瞬間だった。ココロの踏ん張りがきかなくなった。補欠はA子と私で、交替で前衛の左に立つものとばかり思っていたのに、もう一人の補欠は私と互角の球さばきをするB子。つまり、A子はクラス一バレーボールが苦手であるにもかかわらず、補欠は免れたのである。なぜか? A子と親分は大の仲良しだったからである。
 こんな私情むき出しで邪悪な采配をふるう筋肉オンナの犠牲になっちまったのか。自分が哀れになって腰が上がらず、大会当日はとうとう欠席してしまった。

「ひぇ~~~っ!」
「なかなか言えるものじゃないョ、‘ボールに触れるな’なんて台詞」
「スゴイ!! ネットにへばりついてろ、ですよ?」
ネット際の魔術師じゃん!」
 涙なくしては語れない中学時代の悲惨な体験を高校の友だちに話すと、みんな一斉に笑い転げた。私が一番ウケていた。笑いすぎて涙が出た。本当に涙なくしては語れない話になった。

 嫌味も棘もなく、笑いに変換させてくれるやさしさというのは、ひじょ~に心地いい。
 ムスコが塾トモ△△くんに言われた言葉も、「ムカつく」などという険しい単語が入ってはいるが、実はクールに褒めてくれているのだとわかる。
 理由は単純。塾で現在最も出来る男の子が、眼鏡をかけている。ムスコと△△くんは、共にその子を目標に奮闘している(はず)。なのにある日突然ムスコがハイレベルの象徴のような(?)眼鏡をかけ出した。カタチから入るタイプ(?)のムスコを牽制した△△くん、「抜けがけは許さへんで~」と自分に鞭打ち、ムスコにもハッパをかけてくれたのだ(と、思う)。
 ルームミラーで表情を確かめるまでもなかった。話を聞いた瞬間、ムスコと二人で吹き出してしまった。

 要するに、庄司薫が言っていた、やさしさの別名=知性というのは、「想像力」にほかならないと思う。知性というのは、学力だけを指すわけではない。常に相手の身になって考えることのできる力。体験から学びとろうとする性質のことだと思う。
 前向きな想像ができれば、無用に誰かを傷つけたりしないで済む。何よりも、自分が必要以上に傷つかずに済む。
 歌にもある。
 泣いた数より笑った数の方が
 少しでも多い人生で
 ありますように─って。

 ※【庄司 薫】 作家。1969年に、和製「ライ麦畑でつかまえて」(サリンジャー)と評された小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」で芥川賞を受賞。
「現在の時世粧をアイロニカルに駆使しながら、『不安定なスイートネス』の裡に表現した才気あふれる作品~by三島由紀夫」
「おもしろいところはあるが、むだな、つまらぬおしゃべりがくどくどと書いてあって、私は読みあぐねた~by川端康成」など世界的文豪による選評洗礼を受ける。
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Commented by どんまま at 2008-02-29 23:26 x
そのとおり! 車の運転をしていると痛感します。想像力のないヤツはとんでもない運転をするが、それは自分のことしか眼中になく周囲に対するやさしさ、などということとは対局にある。頭悪いから。そうか、ムスコくん、メガネ君になったのね。似合うかも。
Commented by chin-papa at 2008-03-01 10:22
そうなのです!ワシも「運動能力」と「優しさ=知性」とどっちを取りますデスカーーー?!と生まれる前の面接試験で神様に聞かれたのでやむを得ず「優しさ=知性」の方を選択したのです!ですから運動能力が他人と比べて著しく劣っているのも当然計算のうちなのです!・・・・って書いてて空しくなったわ。最近ワシは「脳内骨ソソウ症」が進んで進んで・・・。今だって「そしょうしょう」あれ違う「しょそうそう」あれこれも違う「そそう」はどんな漢字だ?ひえーーー「粗相」?!終わっとるーーー。とかなんとかPC前で一人悪戦苦闘なのだから。
Commented by vitaminminc at 2008-03-01 14:12
どんままさん、よく「車の運転は人柄が出る」っていうけど、学歴を見るより助手席に乗った方がその人の‘知性’のみならず‘品性’がはかれることでしょう。
因みにあたしゃ~体調がイマイチの時は、(普段は得意なのにッ)駐車場のラインと車体に若干ズレは生じるので、その角度によって自分がどれだけ疲れているかを判断します。
まさかの失態でラインを踏んじまった時は、絶対早寝しようとココロに誓います。
また隣の車がどちらかのラインに寄ってるときは、そいつが左翼か右翼かの判断材料とし、車体が凹んだ車の横にはなるべく停めないよう心がけているのであります。
ムスコの眼鏡顔、親バカ丸出しだけど結構「萌え~~~♪」なんですよぉ。ふはははは♪
Commented by vitaminminc at 2008-03-01 14:26
chin子ちゃん、怖いよぉ。「脳内骨粗しょう症」って、どんな現象なんじゃい。そうか、何も骨の部分はアンヨだけじゃないもんね。どうしよう?頭蓋骨がスカスカになったらどえりゃ~こった! ただでさえ腐りかけのウニみたいにトロケて縮んでいる脳味噌がよ~? ジワジワと流れ出るなんて~。これ以上減らすわけにはいかないわ~! 取り合えずゴムの水泳帽でもかぶっとくか?
姉ちゃんが「骨粗しょう症」を「こちゅしょしょーしょー」としか発音できないのは、すでに大切なニューロンが漏れ始めているからなんではないだ老化?
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by vitaminminc | 2008-02-27 13:13 | 人間 | Comments(4)