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目から鱗が落ちたコトバ

鱗落下コトバ-その1-
昨日、いつも観ていた「尾上松也の古地図で謎解き!」が最終回を迎えた。
番組の終わりに、次週4月5日から始まる新番組を紹介するコーナーがあった。
新しく始まるのは、同じく尾上松也による「謎解き歴史ミステリー」である。
歴史小説家伊東潤氏が新番組のコンセプトについて語っていた。
伊東「現在、我々が広く知っている歴史というのは、教科書から学ぶことが多いんですが、そういったものは、勝者の歴史なんですね。時代の覇権を握った者が、自分に都合の悪い情報を消して、都合のいい情報だけを歴史に遺していく、というのがこれまでの歴史だった。この番組では、消されてしまった歴史、この史実の裏には何があったんだろうというのを、またなぜそれは消されたのか、そういったものを追究してしていきたい。そうすることによって、勝者の考えというものも見えてくると思う」

そうか。そうだよね。勝者の歴史。改めて気づかされた。教科書では教わらなかった裏歴史─新番組にも、大いに期待したい!
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鱗落下コトバ-その2-

同じく先週最終回を迎えたTBSの火曜ドラマ「カルテット」。
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高橋一生が出ているので毎回観ていたが、あるシーンで、松たか子が満島ひかりに言った台詞。
「泣きながらごはん食べたことがある人は、生きていけます」

そうか。そうだよね。ちょっと感動。

余談になるが、「カルテット」の脚本家・坂元裕二氏は、あの高視聴率ドラマ「東京ラブストーリー」(1991年最終回)も手掛けている。
当時、私の印象に残った台詞は、赤道直下のように熱く真っすぐな赤名リカ役・鈴木保奈美が放った言葉。
「24時間好きって言ってて。仕事してても、友達と遊んでても、カンチの心全部で好きって言ってて!」
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この台詞、柴門ふみさんの原作にもあったのか、坂元裕二氏のオリジナルなのか?
若かったねぇ。出演者も視聴者の自分も。

因みに私は、泣きながらごはん食べたことあります。








by vitaminminc | 2017-03-30 21:39 | 人間 | Comments(0)

時を刻む者

「今を遡ること500年を超える戦国の世──」
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毎週水曜夜20時から、BS11で放送している『古地図で謎解き!』。
「川中島の戦い~信玄 vs 謙信」の冒頭のナレーションを鼓膜で受け取りながら、ふと思った。
──500年? 我が人生50年余りの、たった10倍? 
そんなに昔の話でもないではないかと思ってしまう。

学生時代や、完全週休二日制の会社に勤めていたOL時代は、火曜日に弱かった。
月曜日は、まだ前の日に休んだではないかと自分に言い聞かせることもできたが、火曜日は全然ダメ。
まだ週の折り返し地点にすら到達していない。
火曜日は私にとって、越えることが困難な「火の山」としてそびえ立ち、私を疲弊させた。
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そしてようやく折り返し地点の水曜日が来ると、水を得た両生類くらいにはなる。
どうにかこうにか立ち直る、の繰り返しだった。

今は一週間の中の話どころではなくなっている。
時が、日に日に高速になっている。
経度0のグリニッジ標準時が絶対だとしても、私の体感時間は確実に変化している。

テレビをつけて、毎週火曜に見ている「火曜サプライズ」が映るたび、ひぃぃっ!と思う。
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あれ? この番組、二、三日前に見たばかりなのにと驚く。毎週懲りもせず。
頭の回転と反比例して、時が経つのがとにかく速い。
私の「時」を刻んでいる係、速水もこみちなんじゃないの?
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坂を転げるように、とはいうけれど、その勾配が刻々と険しくなっている。

ムスコがニューヨークに行ってから、日に何度かスマホで世界時間を確認している。
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日本とニューヨークの時差がマイナス13時間とわかっているのに、いちいち確かめてしまう。
毎日見ていると、ムスコが毎日13時間、時を遡っているように思えてくる。
NYに行ったオマエは、滞在中1日37時間与えられたも同然(ええ、違います)。
いろんなこと吸収して、一回りも二回りも成長して帰って欲しいな。

脳みそが一回りも二回りも縮みいく一方の自分。
どこかマイナス時差の異国に行って、脳細胞を若返らせることはできないものか。
こういうこと言ってる時点でアウト。
時を刻んでいるのは、グリニッジ時計台でも速水もこみちでもない。
自分自身。本当は嫌になるくらい意識している。
トホホ。








by vitaminminc | 2017-03-19 11:45 | 人間 | Comments(0)

広島みやGET

広島ネタは、まだ続くのであります。

家族で食べるために私がお土産に買ったのは、
焼さより
サヨリを開いて天日干ししただけ。
このシンプルさ。実に潔い。
ナチュラルな塩気も私好み。
みりんで甘ったるく味付けされていないのがイイ。
軽くあぶっても、このままでも美味しく召し上がれます。
食いちぎれない硬さと適度な塩加減のせいで、
嚙みつきながら、
「ふぁ、ホレ美味ひい!」
叫んだと同時に、口からボタッとおヨダが。
「きったねーなぁ、ババァ!」
ギャーギャー笑いながらムスコに非難された。
母のデモンストレーション、吉と出るか凶と出るか。
ムスメは続いて手に取り、美味しいと大絶賛。
ムスコは母のヨダレに怖気づいたのだろう、
「今はいい」と遠慮したまま手に取ろうとしない。
ムスコの取り分は、後日母の胃袋に乱入。
これを吉と言わずになんと言おう。
あまりにも美味しかったので、早速ネットでお取り寄せ。
早く届かないかな。
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写真を撮らぬまま食べつくしてしまったので、
画像は楽天様より拝借。



さて、しょっぱい物のお次は、甘い物ですね。
八朔リーフパイ

広島は、柑橘系の宝庫。レモンやはっさくやゆずが大活躍。
このリーフパイ、パイといってもソフトタイプなので、
一口かじるごとにボロボロ食べかすが散らかったりしない。
八朔のピール入りペースト?ジャム?が間に挟まってる。
ほんのり酸味が効いて、甘すぎず爽やか。
とっても美味~~~。
こちらもいずれお取り寄せしてしまうかも。
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こちらも、写真を撮る前に食べ尽くしてしまったので、
画像はネットからの拾い物です。


それからそれから、自分用に買ったお土産は──
千光寺行きロープウェイの乗り場で買った、
ねこあつめの猫ちゃん
ガチャポン、300円でゲット↓↓↓
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そして、同じガチャポンコーナーで200円でゲット、
八割れ猫ちゃんストラップ♪↓↓↓
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はい? これらのどこが広島土産じゃい? ってか。
ええ、地元埼玉県でも確かに売ってますですね。
ついでに、文学のこみちから外れた脇道に入ったところにある、
猫グッズのお店で購入した、温泉猫も、広島の固有種にあらず!
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そうです、ただの猫バカなんでありますですます。(プッ)

by vitaminminc | 2017-03-09 15:01 | 人間 | Comments(0)
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広島県2日目。
朝8時過ぎにホテルを出発。
バスに乗って市内の鞆の浦(とものうら)へ。
日本で最初に国立公園に指定された、
のどかで美しい港町。
そこかしこに観光名所が点在していて、
見どころがいっぱい。
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鞆港西側の南端に立つ常夜灯。
安政6年(1859年)建立。
情緒あふれる佇まいは、
今も昔も鞆の浦のシンボル。


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さて、問題。これは何の建物でしょーか?


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ジャーン! そう、ハイカラなセンスが光る、
公衆トイレ!
痛感した。
福山市は、腸と膀胱にやさしい街であると。
トイレの設置数・案内が結構充実している。
前日、千光寺に上る際、
逆に下り坂だった我が身の危機にも対応。
実に素晴らしい! 福山市万歳!


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いろは丸展示館
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「いろは丸」は、伊予国(現愛媛県)大洲藩が
所有していた蒸気船。
龍馬と海援隊が借り受け、
長崎港から大坂に向かっていたが、
鞆の浦の沖合で、
紀州藩の軍艦・明光丸(大型蒸気船)と
衝突し、大破。
龍馬らいろは丸乗組員は、
全員明光丸に乗り移り、
この地、鞆の浦に上陸。
紀州藩が用意した廻船問屋、
桝谷清衛門宅に4日間滞在した。
龍馬は、船には銃が400丁、
金塊8万両(現貨幣価値で164億円!)が
載っていたと主張するも、交渉は決裂。
紀州藩は冗談じゃねーべ
と長崎目指して出港した。
金づる紀州藩を追って、
交渉の場を長崎に移した龍馬。
万国公法なるわけのわからぬ国際法をタテに
紀州藩を非難する流行歌
「船を沈めたその償いは
金を取らずに国を取る」を
意図的に流行らせた。
世論を味方につけた龍馬は、
紀州藩から
まんまと莫大な賠償金を手に入れた。
これが近代海難裁判の先駆けと言われる
「いろは丸沈没事件」である。
ところがどっこい、
最新の検証によると、
衝突原因はいろは丸のミスに有との説も。
2隻の船が衝突しそうになった場合、
互いに右折(面舵)し回避するのが鉄則。
見張りを立てていなかったいろは丸、
左折したために、
右折した明光丸に衝突したという。

1989年から数回(最近では2006年)にわたり、
「龍馬の財宝」を求めて潜水調査が行れた。
しかし沈没船いろは丸からは、
銃も金塊も一切出ていない。。。
はたして、銃と金塊は、
本当に存在していたのだろうか。
検証が正しいとしたら、
悪徳廻船問屋も真っ青な話。
舵を誤り自ら衝突してきて、
勝手に沈没したいろは丸。
その乗組員全員を救助して、
宿まで手配してくれた情け深い紀州藩を
だまくらかして、
大金をせしめたことになる。
なんと狡猾、なんたる策略家、
坂本龍馬、恐るべし!


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小路が大好き! 元気に駆け巡るムスメ

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鞆の浦は、「ひな祭り」イベントの真っ只中。
保命酒の由緒ある蔵元「太田家」に
立ち寄ってみた。

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「保命酒」(ほうめいしゅ)とは、
広島県福山市鞆町名産の薬味酒。
生薬が配合されているため、
「瀬戸内の養命酒」とも呼ばれている。


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桃の節句を再現したお人形。
人並みのデカさ。
ムスメは日本人形が苦手。
こんなのが家にいたら
怖くてたまらない。
そう言いながらも、
よそで見る分には可愛いから好きなんだと。



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古くは江戸時代に作られたひな人形も展示。
奥の部屋では、琴の生演奏も。
好きなだけ写真撮影してくださいとの
嬉しいお言葉。


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こちらは明治天皇雛。
お雛様の右側にいらっしゃるのが、
お子様(大正天皇)


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少々わかりにくいが、うさぎ雛
お内裏様とお雛様が、頬を寄せ合い密着。
このような現代の作品も展示してある。


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私が最も惹かれた「神雛」
それはそれは雅で美しかった。

ほかにも程よい説明を受けながら、
戦災を免れ江戸時代から現存している酒蔵を
案内していただくなど、十分堪能できた。
ムスメも同意見。鞆の浦では、
こちら「太田家」が、一番ゆっくり楽しめた。



正味二日間の旅。反省点は多々あれど、
最たるものは履物の選択ミス。
ローヒールの柔らかいブーツで行ったのだが、
ヒールが低すぎて疲れた。
普通の道なら難なく歩ける、
むしろ歩きやすい靴だ。
だが、尾道は坂だらけ。階段だらけ。
どうしても足に負担がかかる。
「足が痛いから、
もう少しゆっくり歩いてくださらんか」
を連発。
ムスメの行動範囲を狭めた罪は重い。 
尾道から福山に戻るや否や、マツキヨに直行。
衝撃を吸収する、
やけに値の張る高級インソールを購入し、
ブーツの中に敷いた。
2日目はコイツのお陰でだいぶマシに。
コレを入手できなかったら、
靴を買い替えるしかなかったレベル。
なまじ足が小さいと損。
自分の体重を
小さい面積で支えなくてはならない。
人より足が痛くなり易いのは、きっとそのせい。

でも、すごく充実していた。
短かい日程だった分、
密度の高い旅になったように思う。




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靴のせいにするより、足の小ささを嘆くより、
体重をなんとかすっぺ!









                            













by vitaminminc | 2017-03-07 20:25 | 人間 | Comments(0)
4日土曜の朝。
8時10分東京発博多行きののぞみちゃんに乗って、
爆睡とうつらうつらを繰り返すうちに、福山駅に到着。
駅から徒歩2分。
好立地のホテル「福山ニューキャッスルホテル」に
荷物を預けると、我々は休む間もなく再び駅へ。
福山から尾道へは、山陽本線でおよそ20分。
「まずは腹ごしらえじゃい!」
とことこ歩き出すと、すぐに海が見えてきた。
向島ドックのクレーンが、いくつも曇り空に向かって挙手。
私が知る「海の光景」のどれにも属さない、
個性的な景色である。
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昼食には尾道ラーメンをなどと言いながら、
下調べもしていなかった。
海沿いにあるラーメン屋にふらりと立ち寄る。
尾道ラーメンと呼ばれるのはしょうゆ味らしいが、
私もムスメも邪道な上にへそ曲がり。
塩レモン味のラーメンを注文した。
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美味しかった。煮たまごはとろりんちょ。
歯ごたえのあるシナチクも私好み。
画面下にいくつもコロコロして見える、白っぽく小さな物体、
これは背脂。
背脂ベースといっても、レモンのおかげで
そんなにギトギトしていない。
それでも、胆嚢を失った私は、用心して口にしなかった。


甘かった。

11月の胆嚢摘出後、
コレステ担当医の予想と私の期待をはるかに裏切り、
私の体重は「元」をも通り過ぎていった。
──脂っぽいものを受け付けなくなって、
食べてもすぐに下してしまうから、
  中には体重が10キロも減る人もいます。
たいていの人は痩せます
──先生、私、まったく大丈夫みたいです。

そう、甘かった。
限界が訪れたに違いない。 
店を出ると同時ににわかに具合が悪くなった。
胆嚢もないくせに、平気で脂もんを口にしてきた。
ほかの臓器に負担を強いてきたツケだ。罰が当たったのだ。
もう二度と背脂ものには箸を伸ばしません!

どうにかこうにか腸をなだめすかし、
ロープウェイで尾道の名所=千光寺へ。


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ほれぼれするくらい、立派な一本松。日本の寺には松が似合う。
この松の長い腕に抱かれながら飲んだ「冷やしあめ」。
しょうが味で超おいしかったなぁ。

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千光寺公園内の欅。この大木のためだけに、
無数に足場が組まれている。
枯れかかっている欅を甦らすらしい。
大切にされていることが伝わってくる。

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千光寺公園内を拝観したあと、
帰りは「文学のこみち」を歩いて下った。

ほかの観光客が、「わ~、猫!」
と喜んではしゃいでいる方向へ。
望まれるから向かうのではなく、わが道を行くだけの二毛猫。
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超右側通行をする、ワビサビ猫↑ 景色に溶け込んでいる。

尾道には猫がたくさんいるらしいが、
うちの近くの方がよほど多い。
それだけ捨て猫が多いってことなんだろうな。悲しいね。



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この子↓もれっきとしたノラ。 
猫グッズのお店に自由に出入りする。
おかげで私とムスメにかわるがわる抱っこされる羽目に(笑)。
おとなの猫が思慮深いのはわかるけれど、
遊び盛りの子猫までもが、
お店に並んだ細かい商品には決して手を出そうとしない。
写真を撮り損ねたが、ものすごくよく出来た子で驚いた。

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夜は尾道で、居酒屋「たまがんぞう」へ。
こちらも行き当たりばったりでチョイス。
予約客が来る関係で90分しかいられないことがわかったが、
それだけあれば十分。
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料理はどれも美味しかったが、一番のお勧めは、↑コチラ。
半生カツオの大きな大きな削り節が載ったサラダ。
半生の鰹節なんて、生まれて初めて。
噛むほどに鰹のいい香りが広がって、本当に旨かった。




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すっかり日が落ちた、尾道の夜景。

土日祝日の前の晩には、クレーンのライトアップ
↓(観光協会より拝借)
手ぬぐいだったか、クレーンがデザインされていたりなど、
クレーン愛強し。
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宿泊したホテルの室内。
写真だとイマイチ伝わらないが、結構広い。

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部屋の窓からの眺め。駅を挟んだ向こう側に見えるは福山城。

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尾道で買ってきた、お夜食用の檸檬プリンと八朔プリン。
小瓶ながら食べごたえがあった。
もっと沢山買えばよかったと後悔するくらい美味しかった。
ムスコにも買って帰ればよかった~~~!



2日目につづく











by vitaminminc | 2017-03-06 15:30 | 人間 | Comments(0)

奥(さん)の尾道

仕事に頭の中を引っ掻き回されて、だいぶくたびれております。
こんなふうに、変な時間に覚醒したりします。
仕事の夢にうなされて起きてしまうのか。
それとも、猫に引っ掛かれて眠りを妨げられるのか。
身に覚えのない、小さな引っ掻き傷が、いくつも手足に…。

明日、違う今日だ。今日、旅に出ます。
ムスメとの二人旅。
尾道に行ってきます。
いくつもの映画やドラマの舞台になった、憧れの地。
懐かしいところでは、大林監督の『転校生』。
最近ではドラマの『時をかける少女』。
猫の聖地としても有名です。

ムスメも私も仕事がクソ忙しい。
なんと。
広島まで行くというのに、たった一泊。
明日の晩は、またこのベッドで寝てるのかいな。
信じられん。時をかけるおばちゃん。
イデデ。猫も私の上を駆け抜けております。
強行軍だっつのに、睡眠不足。
ホント、大丈夫なんでしょーか。

とりあえず、行ってきますです。








by vitaminminc | 2017-03-04 03:26 | 人間 | Comments(0)
たかだか(日本人の10人に1人は所有しているという)胆石を採った程度のことで、どんだけ物語るんだ。
これじゃすき家のうな丼のタレだけで、ごはんを5杯お代わりしているようなもんだ。
そんなクレームを受けそうなので、立て続けになるけれど、言い加減最終章に持ち込もうと思う。
ふはははは。


いや~、あたしゃ驚いたね。
人間ドックを受けた先の病院では、エコー画像を見ながら、センセイがこう説明した。
くていのは、コレステロール由来の結石の特徴ですから」と。
確かに自分は10年来のコレステローラー。
ああそうなんですねと納得した。

だから周りの友人・知人には、「白い珠」の持ち主であることを公言してはばからなかった。
「少なくとも3個、いえ、4個はあるらしいの。大真珠♪」みたいに。
しかし、地トモ(地元のおともだち)のAちゃんだけは、「絶対黒よ」と言い張っていた。
「腹いヒトからはい石が採れるのよ」
「でも、エコーの画像は白かったよ!?」
「あはは、白く見えるってことは、実物は(反転するのだから)その逆ってことじゃない」
マジか!? でもレントゲン写真で見る骨格は、白いではないか。実際ヒトの骨も白いゾ。
もう、エコーとレントゲンの区別もつきゃしない。
何より医者が「丸くて白い」と言ったのだ。
清い心の私のおなかには、白い真珠があるに違いない。
Aちゃんはやさしいくせに、私をからかうことがとても好き。冗談を言ってるだけざんしょ。

とにかく、少なくとも黒じゃないことだけは確かですョ、そう信じていた。

ところが、手術を終えて肩で呼吸をしている母親の目の前に、ムスメが
029.gif「ほら、こんなのが採れましたぜ」
と見せて寄越したのは、想像していたものとは正反対
いびつな形状の、真っ黒い塊なのだった。
「え”? これ? 黒いのぉ?」
はぁはぁ呼吸しながら、なんじゃこりゃと落胆した。
029.gif「私も、こんなに黒いとは思いませんでしたよ」
ムスメも苦笑。

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かたちは、金平糖。
そして、見た目の色艶は、正露丸。
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それが、合計3個。
突起部分があるせいで、医師の目にも4個に見えたりしたのだろう。
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ホルマリン漬けにされた、私が生み出した結晶。
3個横並びで、親指第一関節内に収まるサイズ。

翌日、主治医のM先生に「これは何由来の結石ですか」と尋ねたら、
「ビリルビン結石で間違いないと思いますよ」と即答してくれた。
「褐色だったり黒かったり、そういうふうに形がボコボコしてるのはネ」

ビリルビンとは?
どうやら赤血球の主要構成物の一つであるところの、ヘモグロビンの分解代謝物とやらを指すらしい。
これが結晶化してしまうということは、要するに私の身体の代謝能力が追い付かなかった結果だろう。
よくはわからないが、脂質代謝異常によってできる結石がコレステロール結石であるのに対し、私のは赤血球由来だと。

そういえば、リカバリールームを出た翌朝、ナースステーション前で体重を測ったら、入院前に比べて4キロも減っていた。
手術の成功以上に嬉しかったけれど、今では病院のアナログ式体重計の精度を大いに疑っている。
帰宅してから家にあるタニタの体重計で測ったら、2キロしか減っていなかった。入院中と食べる量は同じにも関わらず。
しかも、その時点で2キロ減っていたというのに、体脂肪はまったく変わっていなかった。

そしてその2キロは、静養中確実にわが身に戻ってきた。
まるでご主人の帰還を喜び尾を振りじゃれつく小犬のように。


by vitaminminc | 2016-11-20 12:33 | 人間 | Comments(2)
え~~~~っとぉ、こちらが私のお腹から石を取り出して(オオカミと七匹の子ヤギか)くれた、
執刀医のダ・ヴィンチ先生です053.gif
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違~うッ!
このダ・ヴィンチを操作して、無事に手術を成功させた執刀医はいずこに?
不思議なことに、私はその執刀医(中心となって手術をする担当医)の顔を一度も見ていない。
入院初日には、薬剤師、麻酔医が「私が担当します」と挨拶にみえた。
そして、手術当日の朝には執刀医が挨拶にみえる。
この担当医挨拶システムは、入院中、病室内で他の患者の動向を注意深く観察して学んだので、間違いない。

しかし、入院の翌日が手術だった私は、まだこのシステムを把握していなかった。
手術当日になっても執刀医が顔を見せに来ないことに、なんの疑問も抱かなかったのである。

事前処置をほどこされて、いよいよ手術室へ。ここまでは自力で歩いていく。
ド近眼の私はメガネなしではあらゆる医療機器を破壊する恐れがあった。
眼鏡は手術台に寝かされてから外した。
「おはようございます。覚えてますか? 入院した日に挨拶にいった、麻酔医の□□です♪」
ああ、かなりぼやけてはいるが、確かにあの若い先生だ。相変わらず笑顔がやさしいなぁ。
ナースマン・鈴木に告ぐ。笑顔にまさる治療なし。悔い改めよ。

「おはようございます。本日の助手を務めさせていただく〇△です」
あら~。初めて拝見しますわぁ。なんて長身でスタイルのいい、カッコイイ美人さんなのでしょう。

「今ちょっと、まだ執刀される□〇先生が来ていないんですけど─」と麻酔医と助手がドアの方を見ながら言う。
遠くでドアが開いたようにも見えたが、とにかくド近眼なので定かではない。
気づけば麻酔医が、「点滴始めます。すぐに意識なくなりますからね─」
といって、私は夢すら見えない、空白の時間へと旅立ったのである。

手術の翌朝、リカバリールームにいた他の患者の元には執刀医が回診に訪れた。
が、私の元には来なかった。
午後になって、主治医のM先生が来た。
「どう? 大丈夫でしょ?」
私の顔色を見るというより、自分の顔を見せに来た感じ。高速で去りかけたので、慌てて呼び止めて、胆石の種類を確認した。


術後三日目。痩せて神経質そうな面立ちの女医が来た。
「執刀した□〇先生が出張で来られないので、私が代わりに来ました」そう言って胸のネームプレートを見せた。
「お変わりないですか?」
無表情な顔で問診。
「はい」というと、カルテにちょちょっと記入して去っていった。

──貴女だったのですね。
ネームプレートでわかった。麻酔科と耳鼻科に内線の取次ぎを依頼するときに名乗っていたから。
呼吸困難に陥った(正確には当人は呼吸が楽になったと訴えたけど、再挿管を決行)患者の身体で胃カメラのテストを行ったのは。

あの晩、私の隣人を担当していたのは、この女医(小柄。長身ではない)と、私を執刀したのとは別の男性研修医のチームである。
わが手術同意書に記載されていた担当医師名の中に、この二人の名がなかったのは、不幸中の幸いであった。

私の手術が終わった時点で、外で待っていたムスメに説明してくれたのは、主治医のM先生一人だけだったという。
ムスメの目の前で、母親の生肉的な胆嚢を、手袋をはめた手でモミモミしながら、
「うん、大丈夫かな、うん、大丈夫そうだ」
とだけ告げ、わずか30秒で説明が終了したそうだ。
いかにもM先生らしい。
おそらく、触診した感じでは、胆嚢自体に癌などの病巣はなさそうですよ、という意味だろう。

そんなわけで、とうとう執刀医の□〇先生とは、意識がある状態での対面は一度も果たせないまま退院した。
病院HPの医師紹介ページに、私を執刀した□〇医師の名を見つけた。
誠実そうで温かそうなお顔立ちだった。
「後期研修医」となっていた。
前期ではなく後期。ということは、それなりに場数も踏んで、研修医としてはベテランに違いない。

腕はすこぶる良かった。傷を最小限にとどめることができるってことは、的確な判断力、繊細な器用さをもっている証。
痛点超敏感体質のこの私が、たった3日間痛み止めの世話になっただけで済むなんて、奇跡としか思えない。
ムスコを産み落としたあとの会陰縫合部痛(←ほんの4針ほど)の時なんて、一時死にかけましたからぬえぇぇ。

今では憎めないキャラと化したM先生はじめ、手術に当たってくださった諸先生方、お世話になりました。
先生方のチームに当たったことに心より感謝いたします。ありがとうございました。



by vitaminminc | 2016-11-20 10:37 | 人間 | Comments(0)
入院した日。
手続きを済ませた自分を入れて4組ほどの患者が食堂で待機していると、それぞれ担当の看護師が挨拶にやって来た。
「〇〇さんですね? 私が〇〇さんの担当看護師、△△です」
そういって、にこやかに自分の胸元のネームプレートを患者が見やすいように引っ張って見せている。
私のもとにだけ、なかなか看護師がやって来ない。
それともあの看護師さんが私のことも兼任していて、あの患者さんが終わったらこっちに来てくれるのかもしれない。
勝手に一番やさしそうな看護師さんを自分の担当と決めて、おとなしく待ってみる。

すると、廊下の向こうから、一人の青年がにこりともしないまま足早に近づいてきた。
ま、まさか?
「ホゲホゲみん子さんですね? 担当のもにょもにょです─」
わざととしか思えないくらい、自分の名前のところをぼかして話しかけてきた。プレートも見せようとしない。
え? ナースマン? ほかに男性患者は何人もいるというのに? 女性患者の担当を男性看護師にやらせる?
ツイてない。
率直に、そう思ってしまった。しかも、不機嫌なんじゃなかろうかと不安になるくらい、愛想の欠片もありゃしない。
提出書類をナースマンに渡すと、食堂の椅子に座ったまま、血圧と体温を測られた。
病室に案内されるとき、荷物はキャスター付きの台でナースマンが運んでくれた。
テレビはこのリモコンで、ナースコールはそこのオレンジので、とぶっきらぼうに超簡単に説明してから、
「ホゲホゲさん、こういった入院は初めてですか?」と訊いてきた。
「はい。あ、もしかして、さっき血圧高かったですか?」
「うん、脈拍もかなり。不安なんだろうなと思ったので」
キミの冷たい態度が私を不安にさせたのだよ。
されど、患者の不安の原因を確認しようとしているわけだから、悪い人ではなさそうだ。
「今日入浴されますよね?」
「はい」
「ならあとで予約入れておきます。係りの者が案内します。それと今、お臍を消毒しておきます」
臍~!?
ツイてない。改めて痛感した。
かくして、セガレほど齢の離れた若いあんちゃんに、臍を綿棒できれいに消毒してもらう羽目に。
とほほ。何が悲しゅうて、50も半ばを過ぎた身になって、若いあんちゃんに臍など見せにゃならんのだ。
向こうだって、ケッ、見たかねーよと思っていることは疑うべくもない。ホントすみません。

昼下がり。翌日に手術を控えた私のもとに、仲の良い仕事仲間が様子を見に来てくれた。
病室ではほかの患者さんの迷惑になると思い、朝いた食堂に移動した。
「男の看護師さんだったんだよ~」と小声で嘆く。「臍の掃除されて、超恥ずかしかったよ~」

すると、ナースマンが私を見つけるや否や、険しい顔で寄ってきた。
まさか今の話を聞かれたわけではないだろう。
彼は、年配患者の車いすを押していた。
「今動くから、ちょっと待って!」
おじいさんに怒鳴る。
「ホゲホゲさん!」ついでに私にも怒鳴る。「さっきの書類、3枚足りなかったですよ!」 」
「え? でも、同意書にサインしたものは、すべてお渡ししたはずですけど」
「違いますよ! 1、2、3があるはずなのに、4しかなかったんで」
顔面オロオロの私。
「いいです、あとで取りに行くから、ちゃんと用意しといて」
それだけ言うと、おじいさん患者の車いすを押しながらナースマンが去っていった。

「なあに? あれ」
「あんな言い方ないじゃないねぇ?」
仕事仲間の二人があきれたように言う。
不思議なものである。他人に非難されるとかばいたくなる。
自分の担当看護師=自分の所有物のようなトチ狂った観念が湧いてきたのだ。
「あれでやさしい面もあるんだよ」となぜか弁護。
「血圧が高かったらしくて、入院は初めてなのかと心配してくれたし」
ちょっと荷物の中の書類、確認してくるから待っててと二人に言い残して、急いで病室に戻る。
荷物をチェックしたら、ナースマンが主張していた、「1、2、3」に該当ずる綴りが見つかった。
4の同意書のみ提出するものと勘違いして、独断で切り離してしまったのだった。
1,2,3を持ってそそくさと食堂に戻り、そこからナースステーションを物色。
仕事仲間の1人が、「こっちからのがよく見えるから、見ててあげるよ。あの子、眼鏡かけてたよね」
「さっきからおじいさんの車いすを押してずっと病棟内まわってあげてるみたいよ」もう1人が言う。「結構普通にいろいろおじいさんに話しかけてあげてた─」
怒鳴っているように見えたのは、おじいさんの耳が遠いからだったのかもしれない。
「ぶっきらぼうなだけで、根はやさいいのかもね」と私も自分に言い聞かせながら頷く。

ナースマンを発見。おじいさんを病室に戻し、ナースステーションに戻ってきたところだ。
そろりそろりと歩み寄り、「すみませんでした」と謝って、不足分の書類を手渡した。
「あ、はい」とナースマンは興味なさそうに受け取ると、そのままぷいっと奥に引っ込んでしまった。
やっぱめちゃくちゃコミュニケーション能力低いやんけ。あんなんで大丈夫なのか?
自分の甥もナースマンだが、甥は対極にいる。もンのすごく感じがイイ。そしてもンのすごくやさしい。

夜勤もあるから、担当看護師は翌日(肝心の手術の日)には朝から別の女性に代わった。
手術の翌日は、また初日と同じナースマンだった。
「体温、測ってください」と体温計を寄越すと同時に、ぷいっと後ろを向く。見てませんアピール。
頃合いを見計らって、「血圧を測ります」と言いながら私の右腕を取る。
術後の身をいたわってか、今までで一番ソフトな態度だった。
日ごろ冷淡な人が、たま~に親切な態度を見せたりすると、効果絶大。理不尽な話だ。

「身体拭きますね」と言われ、ギョッとした。まさか、あなたが? ホントすみません。
ナースマンは、蒸しタオルを取りに行ったのだろう、ぷいっと出ていった。
まな板の上の半魚人になるしかないのかと途方に暮れた。とほほ。。。
と、カーテンを開けたのは女性看護師。
さすがに女性患者の身体を拭くのは女性看護師と決まっているらしい。
しかも、女性看護師が拭いてくれるのは背中のみ。
前は自分で拭かされる。双方にとってベストなシステム。

ツンデレラボーイでぶっきら坊主のナースマン。
どこかで見たことがあると思ったら、ドラマ「鈴木先生」の長谷川博己に似ていた。
b0080718_11580357.png

4日目と5日目は女性看護師だった。一人は癒し系、一人は快活そうな女性だった。

そして、いよいよ今日で退院です、という朝。またこの↑鈴木先生登場。
「今日、ボクが担当なんで」と顔だけ見せると、無言で体温計を渡し、無言で血圧を測られた。
そしていつものように、シャッとカーテンを閉めて去っていった。

ほかの患者さんが退院する朝は、「〇〇さんは今日退院ですね~! おめでとうございます」とか
どの女性看護師も特別な言葉をかけているのを見てきた中、鈴木先生だけがいつも通りだった。

初日と退院日が鈴木先生に当たるのって、罰当たりに近い気がする(笑)。

家で2匹のツンデレ猫と暮らしている私だからこそ、このツンドラ的ツンデレラボーイに耐えられたのだ。
ツンデレラボーイと呼ぶには、あまりにデレ度が低すぎる。。。

鈴木先生、にやけてるよりはいいかもしれないけど、やはり笑顔って大事だとおばちゃん思うよ。
激務だろうけど、尊いお仕事。体に気を付けて、頑張ってね。





by vitaminminc | 2016-11-19 12:35 | 人間 | Comments(0)
産科を除いて、生まれてこの方ただの一度も入院(無論手術も)などしたことがない。
だから手術を受けるまでは、自分の身に何が起こるのか想像が膨張して怖かった。
でも、終わった今となっては、私が最も恐怖を感じたのは、手術のあとだった。

名前を呼ばれて瞼を開くと、手術台ではなくベッドに寝かされていた。
ここはリカバリールーム。
手術を終えた患者だけが、一晩収容されるところだ。
「無事終わりましたからね」と看護師さんが話しかけてくれる。
私は苦しくて、「はい」と声を出す代わりに小さく頷いた。
なんでこんなに呼吸が苦しいのか。
鼻と口が、カップ型の酸素マスクにすっぽり覆われている。
足りない酸素を補っているのに、酸欠になっているとしか思えない。
全力疾走したわけでもないのに、肩で呼吸をしている。
手術のあとはみんなこんなふうに呼吸が荒くなるものなのか?
b0080718_19145673.png

朝からずっと付き添っていてくれたムスメ。
無事に母親の手術が終わってほっとしたのか、ずいぶん眠そうだ。
ムスメを家に帰してから考えた。

もしかして、過呼吸状態?(なったことないけど)
もしや、この酸素マスク、欠陥品なのでは?
放出されるべき酸素が出ていないとか。
試しに自分の手で酸素マスクを外してみる。
こっちのが遥かに楽だ。普通に呼吸ができる。
ずっと外したままでいたいと思ったが、かすかに空気のようなものが出ている。
仕方なく、もう一度はめて肩呼吸に戻す。

それだけではない。全身麻酔の副作用とおぼしき吐き気。
約20年ぶりに襲われる、「つわり」のごときムカムカ感。

ナースコール1回目
「ずっと吐き気がしていて、あと麻酔切れたみたいです。痛くなってきました」
「痛み止めと吐き気止めの、どちらを先にしてほしいですか? 両方一度は無理なので」
「い、痛み止めの方を─」
「あ、酸素マスク、もう外しますね」

酸素マスクが外れたとたん、普通に呼吸ができた。
看護師さんが抗生剤の点滴に鎮痛剤を追加してくれた。
ついでに吐き気も治まった。
あとで調べてわかったが、「酸素マスクは息苦しい」ものらしい。

鎮痛剤は創部の痛みには効き目があったが、肩、腰、背中の筋肉痛にはまったく効かなかった。
手術中、微動だにしなかったせいで、身体じゅうが痛くて仕方ない。
様子を見に来てくれた看護師さんに、肩、腰、背中の痛みを訴える。
身体の向きは自由に変えて構わないと言われ、右を向いたり左を向いたり。

身体からは、少なくとも3本のチューブが出ている。
ドレン(排液管)、導尿管、抗生剤の点滴。
慎重に寝返りを打っても、いちいち導尿管が痛い。
そうこうしているうちに、やたら暑くて汗だくになっていることに気づいた。

ナースコール2回目。
「暑くてたまらないんですけど。あと、布団がすごく重くて─」
「ああ、毛布ね。電気毛布だから重いんですよ。手術後悪寒がするという患者さん、結構いらっしゃるので。
じゃあ、この電気毛布、取っちゃいましょう。」
「ありがとうございます、お願いします」

断っておくが、ナースコールを鳴らしているのは私だけではない。
わずか4床のはずだが、さっきからかわるがわるナースコールは鳴りっぱなし。

はぁ、疲れた。お昼頃手術して、今はもう夕方過ぎだろうか。
眠りたいけど眠れない。
天井の蛍光灯が大きくて眩しすぎる。

ナースコール3回目。
「すみません、だいぶ眩しいので照明落としていただけないでしょうか」
「はい。このくらいでいいですね?」
いや、まだ明るいと言いたかったが、有無を言わさぬ調子だったので折れてしまった。

ようやくうとうとしかけた時に、無人だった隣のベッドに、新たなる患者が収容されてきた。
名前を呼びかけられている。
「ああ、はい」と辛そうに答えている。「息を吸うとき苦しいんですけど」
隣人の訴え通り、息を吸い込むたびヒューヒューという大きな喘鳴が聞こえている。
「もともと喘息やアレルギーがありますか?」
肯定するような隣人の声。
医師が、おそらくファイバースコープで口の中を確認しているもよう。
「あ~って、もっと大きな口開けてください。あ~って」
「あ”~~~~」
「あれれれ。声帯がまったく動いてないな。あ~~~って言ってみて」
「あ”~・・・」
「ムクムクに腫れている。声門浮腫だな、咽頭もだ」

別の、女医とおぼしき声がした。
「麻酔科と、耳鼻科の先生に電話して指示仰ぎます」
女医が各科の医師に内線を取次いでもらっている間、男性医師が廊下で待つ家族に説明するため出ていった。

「麻酔科と耳鼻科の先生は、いずれも再挿管が妥当だろうと─」
「ご家族に聞いたら、手術室に入る前からすでにヒューヒューいってたらしいですよ」

男性医師が隣人に話しかける。
「このままだと十分な呼吸が難しいので、もう一度肺まで管を通して空気が吸えるようにします」
「はぁ」
「管を入れるとき、苦しくないように、少し眠くなるお薬を注射しますね、麻酔じゃないんだけど」
「はぁ、でも、さっきまでより吸うのが少し楽になりました」
「う~ん、確かにヒューヒュー言わなくなったかな」

しかし女医が、「再挿管しましょう」とキッパリGOサインを出した。

「〇〇さん?」
「はい」
「〇〇さん?」
「はい」
「あれ~? こんなに薬が効かない人、初めてだな」と男性医師。

挿管していた女医が匙を投げた。
「ダメだぁ、完全にふさがっちゃってて全然入らない」
ガッ! ゴフッ! ゴッ!
隣人のむせる声。
あんなに腹圧かかったら傷口が開いてしまいそうだ。
薬、少しは効いてるといいのだけど。
「××先生、代わって!」
女医に言われて、男性医師が口ごもる。
「え? でも、一応まだ研修医ですよ?」
「いいからやって!」
ガッ! ゲッ! ゲッ!
隣人が眠っているとはとても思えない。
「あー、なんで俺の担当の日に限ってこんなことが起こるんだ」
男性医師が嘆く。
ゲフッ! オゲッ!
女医と看護師の笑い声(!!!)

隣人さん、隣人さん・・・ああ、耳を塞ぎたい。気の毒すぎる。

つい先ほどまで私を含む3人で、最低3回(←私)は鳴らしていたナースコール。
私以外は全員男性患者。
そのうちの一人は、ナースコールを鳴らし、看護師を呼びつけて言ったもんだ。
「ナースコールの音がうるさいから一般病室に戻りたい」
「無理です! みなさん、手術後は看護師の目の届くこの部屋にいていただきます!」

今は誰も鳴らしていない。
じっと息をひそめて、新入り(男性)の無事だけをひたすら祈念していたと思う。




「あ。入った」
おそらく、リカバリールームにいた誰よりも、真隣の私が一番ほっとした。

ところが、ここで女医があり得ないことを言い出したのである。
「私、胃カメラやってみたかったの。
でも私が研修受けてた頃は、胃カメラは内科の仕事だからやる必要ないって」

「今やってみます?」男性医師が促す。「管の中になるけど」
「ホント? いい?」

おい、マジか─。隣人さん、100%実験台にされている。

少しして、女医の嬉々とした声。
「よし、これでなんとなく、感覚は掴めた」
「じゃ、ICUに運びますか」
患者を除く医療従事者全員の、明るい笑い声。

おい、マジか─。ICUに運ぶレベルだったのにィ?


若き医師たちの、あくなき向上心に敬意を払うべきなのか。
いや、自分の家族にも、同じこと出来ます?

てのひらが、じっとり汗ばんでいた。


翌々日から、リハビリで病棟内をくるくる歩行するようになった。
病室ごとにネームプレートを確認してまわるのはやめにしておいた。
あの、あまりにもお気の毒な隣人の名を、見つけられないことが怖かったからだ。
カーテンの向こう側。顔も知らない隣人。
きっと、点滴を連れながら、リハビリに励んでいる。
そう信じたかった。



by vitaminminc | 2016-11-18 19:21 | 人間 | Comments(0)

日々の暮らしに「ん?」を発見


by み茶ママ