<   2006年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

娘は天然色

 娘の日本語はおかしい。
 ウケ狙いで言っているのではない証拠に、人から指摘されて初めて自分がおかしなことを言ったらしいと気づく。ひどい時には、「え? 別におかしくないんじゃない?」と反論してくることもある。
 小学5年の時には、家庭科の授業でつくったエプロンに、自分で作品説明をつけるようになっていたのだが、娘は大真面目にこう書いていた。
 「もようはペンやフエルトでつけました。かわいいもようが出来たのでよかったのです。」
 これを見た時、私は娘が単に書き間違えたのかと思っていた。
 「なにが・・・・のです、だ。これは笑える」
 「え? そう?」
 おぃおぃ。大丈夫か?
 こんなセンスのまま成長するから、中学校で友だちから「天然」記念物に指定されちゃうのだ。
 
 ☆幼稚園時代→「靴下」のことを「つくした」、「逆立ち」のことを「さだかじ」と言っていた。
 ☆小学校時代→「来週の図工でガニマタを使うから用意しておいて」と娘に頼まれた。ガニマタを「針金」のことだと解釈し、見事に当たっていた私も凄い。
 ☆中学1年→私がトイレに入っていると、廊下をこちらに近づいて来ながら娘が聞いた。
  「ママ、チンパンジーってさぁ・・・」
   何の話かと思っていると、娘はトイレの前を通り過ぎて、玄関の下駄箱の前で立ち止まった。娘が何のことを言っているのかわかった。身体を「く」の字に折ったままトイレから出た。声も出せない。チキチキマシン猛レースのケンケンのように「ひゃんひゃん」苦しんでいたら、さすがに娘も自分の言い間違いに気づいて二人で大笑い。下駄箱の上には、娘が買ったばかりの鉢植えのパンジーが一輪、黄色い花を咲かせていた。結局娘はあの時、パンジーについて何を知りたかったのだろう?
 ☆そしてつい先日→駅で友だちと待ち合わせていた娘の携帯が鳴った。友だちから待ち合わせ場所変更の知らせを受けた娘は、その指示通りに歩いて行ったのだが、いつまで経っても目的地に辿り着けない。仕方なく駅まで戻って交番のおまわりさんに道を尋ねた。
娘「三須土という交差点に行きたいのですが、どう行けばいいですか?」
警「ミスタードーナツのそばの交差点なら、ここを真っ直ぐ行って─」
娘「あ!!!・・・・はぃ・・・」
 おまわりさんに言われるまで、娘はミスドの前を二度も通り過ぎながら、「三須土」と書かれた信号機を探していたらしい。すでにミスドは公用語だという人もいるというのに(ーー;)・・・。
「あ~ぁ、女子高生のお兄さんが欲しい!」と意味不明の日本語(高校生の─と言いたかったのだそうだ)を話す娘は、きっと今年の夏の花火大会も、自分が着るのは「ゆたか」で、弟が着るのが「ごんべえ」なんだろうな。考えれば考えるほど、浴衣と甚平が発音できなくなるわが娘。

 とは言え、私自身も「ご無沙汰」が「ご豚さん」に、「腹立たしい」が「腹正しい」になってしまう。おまけに去年は「早くニワトリを洗っちゃいなさい!」と息子を叱り、「ママ、これは上履きだよ」と注意されてしまった。
 今思えば、「ママも職場で『天然』て呼ばれてる」と娘に告白した時の、娘の自虐的薄笑いの口元──あれは、逃げ場がないことを悟った檻の中のコヨーテのようであった。

 
by vitaminminc | 2006-05-30 13:45 | 子ども | Comments(3)

めげめげ懺悔

 今朝、私は息子を叱った。
私「先週の金曜に、体操着袋を持ち帰らなかったでしょう!」
息子「ちゃんと持ち帰ったよ」
私「だって昨日洗って干した中に、体操着なんて入ってなかったわよ!」
息子「でも持ち帰ったよ」
私「ないからないと言ってるの! 今日忘れずに持ち帰ってよね!」
息子「・・・・行ってきます・・・・」
私「行ってらっしゃい!」
 息子、世にもうらめしそうな顔でちょっとだけ振り返り、そのまま肩を落として歩き去って行く。
 どうもあの目が気になる。二階に上がって息子の洋服ダンスを開けてびっくりたまげたよ。洗って畳んで体操着袋に入れてあるのは、紛れもなく、金曜に息子が持ち帰った体操着セットなのだった。先週は土曜日も仕事だったので、金曜の晩に洗って干して、土曜日に仕事から戻って取り込んでタンスにしまっておいたのだ。日曜の洗濯物の中になど、あるわけがなかった。
 朝から私に叱られて、それも無実の罪で叱られて、息子の一日のスタートを台無しにした私はなんという大ばか者なのだろう。このまま息子を半日くさくさした気分にさせておくわけにはいかない。
 息子よりも少し後に家を出る娘に、「かわいいメモを1枚ちょうだい」と頼んだ。
「何に使うの?」
「ママが悪かったって謝って、仕事に行く前に学校の下駄箱に入れておくの!」
 体操着の話をすると、娘は苦笑いをしながら、「これなんかいいんじゃない?」と王子様がシンデレラにキスをしているディズニーのメモを見せた。これ以上息子に嫌われたくなかったので、
「これじゃなければどれでもいい」と哀願し、アラビアンナイトのメモを1枚もらった。
『ママがまちがっていました。体そう着は金曜日にあらっていました。本当にごめんなさい』
 文頭いきなり「ママ」という言葉で書き出したのは、息子がメモをラブレターと勘違いする時間をできるだけ短縮するため。あまり期待する時間が長くなると、後半手紙の主が私だとわかった時のガッカリ感が憎悪へと変わるかもしれない。
 すっかり気弱になったアホ母は、とにかく一刻も早く息子に詫びたい一心で自転車をこいで学校の下駄箱の息子の運動靴の中に、アラビアンナイトのイラスト入りの詫び状を挟んでから出勤したのだった。
 美容と健康のために徒歩通勤している私が今日は自転車で会社まで来たことを知った人たちに、「どうしたの?」と聞かれるたびに、息子の下駄箱に詫び状を入れに学校に寄ってきたのだと説明した。月曜日から何をやっているのかと笑われた。
 買い物をしてから家に帰ると、すでに息子は遊びに出かけていていなかった。玄関には、
「ともだちんとこにいってきます」の短い置手紙。
 何だがもう息子に会えないような気がして、オロオロした。誰のうちに遊びに行くのかくらい書いていけばいいのに、まだ怒っているのかな。
 洗濯を終えて浴室の掃除をやっていると、息子が帰ってきた。
「ただいま!」
 元気な声で風呂場に顔を出してくれた。
「ごめんねぇ」とカビキラーで真っ赤になった目をしぱしぱさせながら言うと、
「いいよ。ママは別に謝ることなんかないよ。また忘れてんだなって思ってたもん」
 なんて、仏陀のような目をして言うのだった。
 これから先も私はいろんなことを忘れていくのだろうけど、今日の息子の仏陀の目だけは瞳に焼き付けておこうと心に誓った。
 こんな母親を持つと、子どもはどれだけ仏の顔を見せることになるのだろう?
by vitaminminc | 2006-05-29 20:37 | 子ども | Comments(2)

Zapping

 片時も携帯を手放せない携帯依存症の人々が増える中、テレビのリモコンがないと落ち着いて座ることもできない人間を私は知っている。うちのダンナだ。
 休日遅く起きてきて、リモコンがすぐに見つからないと、
「オレのチャンネラーはどーした」と子どもたちに詰め寄る。何がチャンネラーだと呆れながら、子どもたちと必死になってリモコンを探す。リモコンが見つかってダンナの手に渡ると、ダンナはようやく人心地ついたようにテレビの真ん前に座る。

 ダンナのテレビの見方には子どもたちも私もとても着いていけない。ダンナがテレビを見始めると私は後回しにしていた家事を始め、子どもたちはパソコンでゲームを始めたりする。それでも食事は居間でとるしかない。嫌でもテレビが目に入る。いっそテレビを消して欲しいのだが、テレビを見ることがダンナの休日の唯一の楽しみ(←寂しかねーか?)であるのを知っているだけに、我々はひたすら我慢し、耐え忍ぶしかないのである。
 せわしいというのか、せわしないというのか(←どっちなんだ、この日本語)。ダンナのテレビの見方は病的を通り越して、ビョー気だ。3分ごとに、ひどいときは1分ごとにチャンネルを替える。まったくほかの家族のことなど眼中にない。
「パパ、今のどうなったの?」
「え~? 4チャンネルに戻してよー」
 めまぐるしく替わる番組に、ものすごい順応性を発揮して、必死で内容を理解しようとする子どもたち。
「早く戻して~、もうコマーシャル終わってる頃だよ」
「さっきの答え、何だったの?」
「さっきの答え、知りたい」
 ダンナは意地悪く鼻でフンと笑う。
「うるさいなー、ちゃんと時間を見計らって戻してやるよ」
 子どもたちは、何かの番組の何かの結果発表が終わってしまいやしないかと、気が気ではない。私までなんでドキドキしながら食事をせねばならないのか。
「ほーら、ちゃんと間に合っただろ」とダンナは得意そうだが、こっちはいい加減腹が立ってくる。
「落ち着かないから、どれか一つに決めてじっくり見させてよ、食事の時くらい」
 とうとう我慢し切れずに私がクレームをつけると、ダンナはムッとしたように1つの番組に落ち着く。だが、それは私も子どももまったく興味のない将棋番組だったりするのだ。底意地が悪いったらない。
「25秒・・・20秒・・・」──なんてフラットな口調で時を刻を刻まれると、頭を掻き毟りたくなる。(←「むしる」という漢字が「毟る」であると知り、ちょっと愉しかった)もっともこれとて、もって7,8分。まもなく私と子どもたちは、再びスロットマシンのようにめまぐるしく替わる番組に、目をチカチカさせながら、超自己中なダンナに従うしかないのである。

「ふは・・・・ふははは・・・・くっくっく・・・・」
 突然私が笑い出すと、ダンナはギョッとして振り返った。
「なんだよ?」

 私の兄もそうだったのだ。といっても子どもの頃の話。あの頃はリモコンがまだなかった。だから兄はテレビにかぶりつくようにして、チャンネルをガチャガチャ回していた。とにかく、NHK以外の民放は一度に全部見ておかないと気が済まない。ひっきりなしに回す。私がそばで一緒に見ているというのにお構いなしである。一度その様子を父に目撃されて怒鳴られてからは、父の前ではやらなくなった。それでも父が居間に入ってくるまでの間は、我が者顔でチャンネルを切り替える兄であった。
 ある日、「わぁ!」と叫ぶなり、兄が自分の右手を信じられないといった顔で見た。
 廊下では、こちらに歩いてくる父の足音。
 兄は、引っこ抜けたチャンネルつまみを、素早くテレビ本体の穴にねじ込んだ。そして居間に入ってきた父に、愛想よく聞いたではないか。
「おとーさん、何の番組にする?」
 父からお望みの番組を聞き出すと、つまみが抜け落ちたことがバレないように、慎重にチャンネルを回す兄。その様子はまるで、銀行強盗が金庫の鍵を開けるときのようであった。兄は私に、《言ったらしょーちしないからな》というスルドい視線を投げかけたが、バレるまでにさほど時間はかからなかった。新聞のテレビ欄を見た父が、別の番組に興味を持って、兄ではなく私にチャンネルを替えるよう言いつけたのだ。私はどうすればチャンネルつまみが外れないかという加減がわからない。触れた途端につまみが畳の上に落ちた。父の目前でつまみを落としたのは私だったが、父は兄を叱った。
「おまえがあんなにガチャガチャやるからだ──」
 怒ると縮み上がるほど怖いはずの父であったが、回しすぎてつまみが抜け落ちたという事実の滑稽さに負けたのだろう。この日はちっとも迫力がなくて、私は少々不満だった。

 そんなことを思い出して、1人へらへらと、穴の開いた浮き輪から空気が抜け出るような笑い方をしていたら、いつのまにかダンナがチャンネルの切り替えをやめていた。そして、
「おまえたちの好きなもん見ていいよ」なんて言って子どもたちにチャンネル権を譲っている。私の思い出し笑いがよほど不気味だったものとみえる。

 このように、リモコンでめまぐるしくチャンネルを替えてばかりいる行為を「zapping」と呼ぶらしい。面白いことに、このザッピングには「破壊」という意味もある。チャンネルつまみを引っこ抜いた兄などは、まさに両方の意味を体現していたわけだ。

 同時にあれもこれもと欲張るのは、男性の本能なのだろうか。テレビ以外では、図書館から一度に何冊も本を借りてくる人を知っている。一冊一冊順に読み終えていくのではなくて、並行して何冊も読み進めていく読み方は、ザッピングの活字版かもしれない。読むのも早いが内容を忘れるのも早い。その人に薦められた本を私が読み終える頃には、推奨者はもう内容を忘れてしまっていたりする。もしかしたら、「感想」を話し合うのが苦手なのかもしれない。何か見透かされそうな恐怖があるのだろう。それで、感想を聞かれることがないように、馬車馬のようにあれもこれもと──ま、そんな馬鹿な話はないだろうが。

 自分にもしもZappinngに近い「癖」があるとしたら、何だろう? そういえば、1万円札が知らないうちにあれやこれやわけのわからないものにすり替わっていく。これなんか「雑費ing」ってやつかもしれない。あ~ぁ。

 
by vitaminminc | 2006-05-25 15:34 | 人間 | Comments(2)

家庭拷問

 
b0080718_15153561.jpg←ありし日のチューリップ(4月)

 昨日、小学校の家庭訪問が終わった。
 家庭訪問──毎年このたった10分間のために、一体どれだけの時間を費やすことだろう。前日の日曜は、朝から終日片付けに追われた。先生になり切って、路地からうちの敷地内に足を踏み入れてみた。
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                   家庭訪問当日の花壇→

 初っ端からめまいを覚えた。花咲く頃を終えたヨレヨレのチューリップが花壇を茶色く濁している。それにしても、やけに汚い。葉のいたるところに無数の黒い塵が付着している。火山灰にしては、山がない。よくよく見てみたら、子どもたちが花壇の近くに植えたポピーの花に、無数の小さな毛虫が大量発生しているではないか!
 チューリップの葉に付着した火山灰は、花壇の上を領空侵犯するように伸びた、丈の高いポピーに巣食う、そやつらの糞だったのである。
 毛虫たちは毛虫のくせに、蜘蛛の巣のような細かい網目のハンモックの中で生活していた。頭髪をゾゾ毛立てながらゴム手袋をはめると、毛虫に触れないよう細心の注意をはらいながら、茎ごと切ってはゴミ袋に捨てた。毛虫たちは振動に殺気を感じ取るらしい。なぜなら、もぎ取られた茎の先で、尻から蜘蛛のような糸を出してはブランブランと蓑虫状に垂れ落ちる。ゆっくりながらも必死でゴミ袋に入れられまいと抵抗する。
「うぎゃあ」
 私もいなかっぺ大将のように、大粒の涙でアメリカンクラッカーをしながら必死で駆除した。虫は大の苦手だが、あまりの惨状になんとかしないわけにはいかなかった。
 やっとのことで毛虫退治を終えた後は、場所を地べたに移して草むしり。45㍑2袋分の雑草を引っこ抜いた。舗装していない砂利路地にも雑草は容赦なく生えていた。
 ようやく玄関。またしても軽いめまい。下駄箱からは靴がはみ出し、下駄箱の上の観葉植物はほこりをかぶっている。靴の仕分け作業と観葉植物の洗浄。
 問題は、ココから先である。
 うちの間取りは最悪だ。先生を居間にお通しするには、いやでもキッチンを通っていただくことになる。そうなると、キッチンと居間の2部屋を何とかしなければならなくなる。
 すでに時刻は午後に突入──というわけで、今年も二階の子ども部屋(それも息子ではなく娘の部屋)を訪問部屋として採用することにした。うちは毎年コレでいっている。娘の部屋なら、そこに至るまでの階段と1部屋を片付けるだけで済む。中間テストのにわか試験勉強を居間でやっている娘に、「掃除してやるから明日部屋を提供しろ」と交渉した。応じなけれ私が次に口にするのが「ならば永久に個室を明け渡せ」であることを知っている娘。「またか」という顔でOK。
 娘が小学生のうちは、娘の担任に、さも気の利く親のような顔をして、
「せっかくですから娘の部屋へどうぞ」なんて言ったもんだ。でも一昨年からは息子の担任も娘の部屋にお通ししている。息子の担任が、見るからに女の子の部屋に通されて、何か問いたそうにこちらを見るが、私は能j面のような顔でしらばっくれる。
 
 そもそも、なんで家庭訪問というものが必要なのだろう。私にはわからない。児童の家庭環境を知っておく必要も、確かに先生方にとってはあるのかもしれない。昨今の不審者対策として、児童の家の場所を把握しておくことも大切だろう。実際ありがたいことと感謝している。
 でも家庭内の状況に関する限り、私のように必死で取り繕うズボラ主婦もいるわけだから、必ずしも「ありのままの状態」を知ることにはならない。そうなると、家の中にまであがる必要性がどこにあるのかという疑問に行き着く。
 聞くところによれば、ある年のある学年などは、先生方の間で「玄関で話を終わらせる」という夢のような協定が結ばれたという。残念なことに、私は娘の代からいまだかつてそのような慈悲深い家庭訪問を受けたためしがない。もっとも玄関訪問で味をしめたお母さん、翌年の家庭訪問で、靴を脱ごうとする先生を見て「そんなバカな」と焦ったそうだ。そこで上がりがまちに座布団を置いて「阻止」したという。こうなると、座布団というよりは決壊しかけた堤防に置く土嚢である。

 とにかく、家庭訪問というのは主婦にとってかなりの負担。私の職場では、家庭訪問に備えて「片付け休み」をとる人も出る始末。こんなことでは国力が落ちる。機嫌よく登校し、機嫌よく下校してくる児童の家庭は、家庭訪問ではなく、親が学校に面談に行く方法に変えてもらえまいか。

 先週土曜日、職場で家庭訪問が近いことを嘆いたら、
「うちの学校は数年前に廃止になったけど、今ではあった方がよかったなぁと思う」なんて言う人がいた。
「え~? 何でです!?」
「だって、家庭訪問がなくなってからうちの障子、もう何年も破れたまんまなのよ・・・」

 ところで、家庭訪問当日。うちはトップバッターだったのだが、先生は予定時刻より5分遅れて到着。そして5分で引き上げていった。5分間のために、1日半=合計10時間近くも、汗を流していたとは。家庭訪問がなくなったら、うちはジャングルになるだろうか。それでもいい。
 私のように整理整頓のセンスがない者にとって、家庭訪問は拷問なのである。
by vitaminminc | 2006-05-21 16:54 | 人間 | Comments(3)

あたしの記憶

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              タツノオトシゴ→
フリー百科事典[Wikipedia]より拝借
 
 先日、私にとっては今世紀最も恐ろしい恐怖映画を観てきた。
 「明日の記憶」である。ご存じの方も多いだろうが、この映画は若年性アルツハイマーを扱っている。
 観ていて本当に怖くなった。そこらの心理サスペンスドラマなんかよりもはるかに怖かった。自分の記憶力がじわじわ蝕まれていく恐怖。自分が自分でなくなっていく絶望感。それを支え続けた妻の愛。映画は観る者に切なさと感動を与えてくれた。
 観終わった後トイレに行くと、熟年主婦たちが行列を作っていた。そんな彼女たちの映画の感想は、もっぱら病院でのテスト(認知症か否かを判断するためのテスト)のシーンについて。
「だけどさ、あの人(主役の渡辺謙)、結構計算は速かったわよね?」
「机の上の物を覚えるんだって、あたしなんかよりよっぽど記憶してたもの」
 笑えなかった。笑えないのだった。
 
 1.幼稚園に通っていた息子の園服に、小学4年の姉の名札を付けていた。
 2.幼稚園で息子が弁当箱を空けたら、中身がカラだった。
 3.息子の朝食を、すでに食べ終えていたくせに自分で食べてしまった。
 4.米を研ごうとして、袋の中身をジャーに入れたら「猫砂」だった。
 5.美容院に左右違うサンダルを履いて行ってしまった。(ただし車で)
 6.職場でトイレに立ち、デスクに戻ろうとしたら自分の席を通り過ぎていた。
 7.団地に住む友人の家に、10回以上行っているのに毎回辿り着けない。
 8.ヨーカドーに停めた車が見つからず、警備員さんに探してもらった。
 9.よく猫の名前と子どもの名前を言い間違える。
10. 鯖読みではなく、本気で自分の年齢を忘れる。

 あぁ・・・。こんなことばかり書いていたら、また映画を観ている最中みたいに、涙腺のパッキンが緩んできた。夫を支える妻よりも、病気の夫に感情移入して、映画の始めから終わりまで、ずっと泣いていたほどである。
 自己弁護すると、1~3は今から4年前。決してネグレクトではない。ちょうど亡父が末期癌と闘っている時期で、私の心労(精神的ストレス)はピークに達していた。これは重症だと思い、幼なじみに相談した。
 「大丈夫よ。あたしも永谷園のお茶漬け海苔で簡単に朝食を済ませようとして、ごはんにお湯をかけようとしたら、ごはんの上にお茶漬けの空き袋がのってて、中身はゴミ箱にぶちまけてあった、あはははは・・・」
 (ーー;) 
 4と5は、それぞれ新しい仕事を覚えた時期。共に1本ずつ白髪が生えた。マンガみたいな話だが、私は新しい仕事を1つ覚えるたびに、白髪が1本生える。しかも、それ以上は増えない。そういう体質らしい。
 だが、6以降は最近の出来事である。仕事にも慣れた。ストレスも殆どない。なのに、なぜ?  おっと、まだあった。
 先日冷蔵庫の中を見たら、「岩のり」のビンが入っていたので、家族に文句を言ったのだった。
 「これ、もういい加減誰か食べちゃってくれない? いつもママ1人で食べてるけど、いつまでも置いとけないんだし」
 すると子どもが二人して言ったもんだ。
  娘「ママ、それブルーベリーのジャムなんだけど・・・」
息子「それに、岩のりならこないだママが自分できれいに食べてたよ、全部なくなるまで」

 ヴ!! まだあった。お土産に、笹だんごを8個もらいました。4人家族で分けるには、1人何個食べればよいでしょう? 
 8÷4=2
 1人2個食べられるはずの笹だんご。中学校から帰った娘が冷蔵庫から笹だんごの袋を取り出したところ、なんと中身が空っぽ! ミステリーであった。前日に父親が2個、母親と二人の子どもは1個ずつ食べた。翌朝、父親は何も食べずに出勤。母親と子どもたちも、朝は笹だんごを食べていない。嘆く娘。息子と私もキツネにつままれたように顔を見合わせた。姉に真っ先に疑われたのは、息子である。
「ママと一緒におやつに食べたけど、1個ずつしか食べてないよ」
 結局、8個入りというのは思い込みで、正しくは7個入りだったのだろうという結論に達した。
「そうとわかっていたら、ママ食べたりしなかったのに、気がつかなくてゴメンネ」
 ところが、である。数日も過ぎた頃になって、突然フラッシュバックが起こった。私が笹だんごをレンジに入れるシーンが、【3回】瞬いた・・・。間違いなく、3回レンジに入れている。
 笹だんごをレンジで温めてやわらかく戻すワザは、家族で私しかやらない。息子も娘もいない時間帯──そう、仕事から戻って1人で遅い昼食をとったあとに・・・。
 恐ろしいのは、本気で忘れていたことだ。正直言って、今も「思い出した」のとは微妙に違い、レンジに入れている手元のシーンが見えるだけ。行方不明の笹だんごについて論じ合っていた当時、当日にあってさえ、私は思い出すことが出来なかった。完全に記憶が脱落していたのである。
 今になってこんなことをカミングアウトしたところで、子どもたちを不安にさせるだけだろう。ココは黙り通すしかないのである。
 
 ところで一つ、疑問が解けた。私は現在ダイエットをしているのだが、一向に体重が減らない。その答えが、ここらへん=「食」に関する忘却──にあるのかもしれない。(誰か助けて)

 直前の記憶や短期間の記憶は、脳の「海馬」と呼ばれるところに保存されるという。認知症の初期段階では、この海馬がまずダメージを受ける。
 海馬=シーホースというわけで、活きのよさそうな「タツノオトシゴ」のイラストを載せてみた。こんなもんで私の頭の中が修復されるわけもないのだが、何かにすがらずにはいられない、そんな心境なんである。 



 
by vitaminminc | 2006-05-20 14:59 | 健康 | Comments(0)

弟の逆襲

b0080718_1533394.jpg←異父母兄妹ネコ=取っ組み合いするほど仲良し

 この間の母の日のこと。
 日頃、第二次(思春期)反抗期の姉(長女)に、いいようにイタブラレている息子。夕食のあとのデザートを食べる際、自分と私のためにスプーンを2本持ってきた。
息子「はい、ママ」
 私「ありがとう」
 娘「アレ? 私のは? なんで~!? 持ってきてくれたっていいじゃない! このボケ!!」
息子「るせー。母の日はあっても、姉の日なんかねーんだよ」
 私「ブハッ・・・」(←吹き出す)

 反抗期に入る前の娘は、それはそれは優しい姉っぷりだった。言葉遣いも今のように野卑でも粗野でもオヤジでもオタクでもなく、私よりもずっと女らしい言葉がしゃべれた。バックにゃ野薔薇のスクリーントーンでも貼り付けたくなるような、それはそれは乙女チックな純粋少女だったのだ。
 当然弟は優しい優しいお姉ちゃんのことが大好きで、文字通りお姉ちゃん子だった。娘が小学5年の林間学校で家を空けたときには、息子に何度も呼び間違えられた。私のことを「ママ」ではなく、姉の名で呼んでばかり。挙句の果てには、一緒に入ったお風呂で思い切り溜め息をつかれた。
「あ~ぁ、つまんない」
 母としての自分の存在価値を疑わなければならないほど(疑わなかったけど)、当時の息子にとって姉の存在は大きいものだった。
 ところが、今のザマはどーだ。現在の二人を見ていると、これがかつてのあの仲睦まじかった姉弟だろうかと首を捻りたくなる。同じ人間なんだろーか。もっとも息子の方は、姉の【横暴】に立ち向かうため、変わらざるを得なかったという感じではある。
 
 さて、一昨日。息子が珍しく算数で裏表とも満点の答案を持ち帰った。息子は私に似てヌケている。うっかりミスの天才だ。記号で答えるべき箇所を数字で答えたり、+と-を見間違えることなんかしょっちゅう。100点をとれたということは、「落ち着いて問題が読めた」ことを意味し、それだけでも彼にとっては大いなる進歩なのだった。滅多にないことが起きると人は饒舌になる。
「100点とれたのはね、クラスで5人だけだったんだよ。あの頭のいい○○くんだってコレは80点だったの。ボクが100点とったの見てショックだったみたいだから、『気にするなよ』ってなぐさめたら、悔しがってボクの腕バシッて叩いて、机にこうなっちゃった・・・(←突っ伏す真似)」
 ま~た調子こいて友だちに余計なことを・・・。

 中学校から帰って来た娘(←「小学生は100点取れて当たり前!」という意見の持ち主)が、弟の誉れを聞いて、冷たく言い放った。
「クラスに5人なんて、どうせウソでしょ。アンタが100点とるくらいなら、何人も100点とってるに決まってんじゃん」
 こんなことを言われても、いたぶられ慣れている息子は「ふん」てな調子。
 が、私の方は何らかのスイッチが入った。
 私には、中学校まで「数学だけは学年一」と言われた兄がいた。(←今でも生きてます、念のため)そんな兄を持つ妹の悲劇が、蘇ってきたのである。自営業で忙しかった母は、数字が幾何学模様に見えてしまう娘の勉強を兄にみさせることがよくあった。思えば当時、兄も反抗期だったのだろう。もう、言いたい放題だった。接続詞あるいは息継ぎ代わりに、一言何か言うたびに、兄は「バカ」の二文字を口にした。あんまりバカバカ言ってくれるものだから、あるときなど問題の解き方に耳を傾ける気力も失せ、ぼ~っとしながら兄が「バカ」というたびカウントしてた。答えを聞かれて「○○回」と単位の違う数字を言ったら、「バーカ!」ととどめをさされた。「おれもうヤダ、こんなバカ相手にすんの」
 こっちだってとっくの昔に「ヤダ」ったのだ。

 娘をガミガミキ叱りはしなかった。
「どうして『よく頑張ったね』って言ってやれないの? 私、悲しいわ」
 と、ポツンと言った。「ママ悲しいわ」ではなく、「私、悲しいわ」という言葉が自然に口から出た。
 娘は何も言い返さなかった。え?と思うくらいやさしい目をして、私の顔を2秒間見つめただけだった。
 その晩。私の家事が終わらなかったために、息子は一人ぼっちでお風呂に入っていた。娘の姿が見えないなと思ったら、洗面所に娘の服が脱ぎ捨ててあった。弟を追うように、いつのまにか自分からお風呂に入ったようだ。
 廊下に退き耳を澄ますと、いつになく、やさしく弟に話しかける娘の声が聞こえた。嬉しそうに答えている息子の笑い声も。
 第二次反抗期のことを「精神的親殺し」と表現する人もいるらしい。精神的にとはいえ殺されるのは真っ平だが、娘は、「姉の日」はなくても「自分の非」がわかる人間。わけもなくイライラしたり、どうしようもなくモヤモヤしたりといった毎日なんだろう。何でもかんでも乗り越えていけ。どんなに言葉が荒れたって、きっと本来のやさしさだけは失わずにいてくれる。ママじゃない、「私」がそう確信している。

 湯気の向こうで仲良く語り合っている二人の声を聞いたら、自分も湯に浸かっているみたいな気分になれた。



 
by vitaminminc | 2006-05-19 15:44 | 子ども | Comments(5)
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                       『小指』にピッタリ
                       ガチャピン指人形→

 ある春の晩のこと。ちびまる子ちゃん世代の息子と一緒にお風呂に入っていたら、湯船に浸かっている息子が淫靡な笑い方をした。
「いひひ、いひひひ」
 シャンプーの泡にまみれ、目が開けられなかった私だが、せがれが何をやらかしているかが手に取るようにわかった。ええい、誰が手になど取るものか。
「指じゃないとこに指人形はめたでしょう」
「いひ、どーしてわかったの?」
 シャワーで泡を落として湯船を見る。思ったとおりだ。
 息子の腹イカダに頼りなく立つ小さなマストの先で、ガチャピンが手を振り笑っていた。息子のプチマスト、前回は岩礁のイソギンチャクに化けた。息子がてのひらで起こすさざなみに身を任せ、プランクトンを追いかけ揺れていた。名優なのである。
 フロイトによれば、こうした「見せたがり」は幼児性欲からきているらしい。乳児(男の子)は、目が見えるようになって、自分のオチンチンを目にした瞬間から、自分のモチモノに俄然興味を抱き出す。悦びを分かち合いたくて、つい人に見せてママに叱られてるうちは、ご愛嬌。それが大人になってからも治まらないのが、露出症。──うちのムスコ、将来大丈夫だろうか。
 
 それにしても、8才にもなってこんな調子なのだから情けない。息子と同じ年齢のちびまる子ちゃんは、さすが地上波に乗るだけあって、クラスメート一のおバカ=「山田」でさえ、教室でオチンチンを振り回したりはしない。息子だって無論、家の外ではしまっているだろうが。
 少々幼稚な面があるので、TPOをわきまえろということは日ごろからよく言いきかせている。

──ん? 8才? とんでもない記憶が蘇ってきた。私が8才当時のクラスの男子。こ~んなもんじゃなかったゾ。
 その頃クラスの悪がき4、5人の間では、しょーもない遊びが流行っていた。体育の授業で着替えるたびに、パンツに手を突っ込む。そしてブリーフの股ゴムから親指を突き出して、「横チーン! はみ出しィ!」と叫んでは、教室中を走り回るのである。バカ丸出しである。女子は見ないように手で顔を覆い、キャーキャー悲鳴をあげては逃げ回る。残りの男子はサラブレッドを鞭打つように、上着を机に打ちつけながら、ゲラゲラ笑ってはやしたてていた。
 だが、楽しい日々はそう長くは続かない。いつもの悪ふざけが高じて、悪がきたちは親指だけでは飽き足らなくなり、とうとうパンツを下ろしてしまう。教室の前に横に並んで、当時流行っていた「信州一味噌」のCMソングを歌い出した。即興とは思えない、完成度の高い歌と踊りのショー。
「チンチタッタ、チンチタッタ、チンチタッタ~、信州一、信州一、おっみおっつっけ~!」
 もうほとんどトランス状態。誰も彼らを止められない。
 このバカ騒ぎを知った担任の先生(←24歳・独身女性)の怒りたるや、凄まじかった。
「そんなに見せたいのなら、ずっとそのままのカッコで教室の前に立ってなさい!」
 かくして4、5人のラインダンサーが教壇前に立ち並ぶ中、私たちはいたたまれない気持ちで教科書に視線を落とす破目となる。腹ゴムと股ゴムの伸びたパンツをずり下げたまま、プチちんも頭もうなだれて、涙だばだばの男子たちを前に、どう授業を受けろというのか。
 今の先生がこんな罰を与えようものなら、「人権侵害」でPTAから糾弾され、教育委員会から事情聴取され、挙句の果てには教員免許剥奪は免れたとしても、遥か離島でウミネコ相手に授業をするしかなくなるだろう。
 鷹揚な時代だったのだ。死ぬほどの赤っ恥をかいた悪がきたちは、その日のうちにはケロッと生き返った。私の知る限り、誰かからこの醜聞を聞かされたに違いない悪がきの親たちも、苦笑し赤面するだけで、誰一人として担任に食ってかかる者はいなかった。

 ココまで語っておきながら、ふと不安になった。私の記憶には尾ひれがついているのではないか。信州一味噌のCMソングの出だしが「チンチッタッタ、チンチタッタ」なんて出来すぎている。本当は「シュッシュポッポ、シュッシュポッポ」だったのを、悪がきたちが替え歌で唄っていただけかもしれない。さらには、実際にはパンツ一丁姿で立たされていただけで、「ずり下げ&もろ出し」はなかったのかもしれない。まぁパンツ一丁だったとしても、今ならコレだけでも十分えぐいので、許してもらいたい。
 なんといい加減な、と呆れられても仕方がない。何しろ目のやり場に困っていたくらいである。誓って凝視などしなかった私の記憶、曖昧模糊とした部分があって当然。印象としては、やっぱり「ずり下げ&もろ出し」だなぁ。これでいくしかない。これでいこう。しかし何処へ?

「歯を食いしばりなさい!」という、愛の平手打ちをかますときの先生の名台詞。あ~ぁ。もう一度聞きたいなぁ。
 
by vitaminminc | 2006-05-17 15:36 | 人間 | Comments(4)

Make up→Wake up

b0080718_1548920.jpg GW中、たまたま乗ったローカル線の車両で、異様な光景を目にした。
 友だちに1通メールを送ったあとで、ふと周りを見渡してみたら、同じ車両に乗り合わせた大多数の人が、みな携帯を手にしていたのである。私と同じ右側のシートなど10人中9人。ちなみに携帯を手にしていなかった残りの1人というのは私の息子。つまり、私が携帯を開いていたちょっと前までは、こちら側の(息子を除く)全員が携帯画面を見ていたことになる。文明の利器とはいえ、何かに操られているようで、ちょっと不気味であった。
 ローカル線なので、一車両は短い。向かい側(左側)のシートは右側ほどではなかったが、それでも約半数(6人中3人)がうつむいて携帯に見入っていた。と、そのうちの1人の若い女性が、「カチャッ」
 と音を立てた。携帯をしまいコンパクトを手に取ると、化粧のチェックを始めた。降車駅が近いらしい。
 今では慣れたが、折り畳み式携帯が出始めたころは、あの二つに折った瞬間の「カチャッ」が、どうしても化粧用コンパクトの開閉音に聞こえた。車内で近くにいたいかつい男性がそんな音をさせたりすると、思わず「ん?」とその手元を確認したものである。

 以前テレビで街行く若い男性を対象に、「女性のどんな仕草に幻滅するか」というアンケートをとっている番組を見た。意外にも、「電車の中で化粧をする」という回答が多かったので、「アレ?」と思った。私自身はもちろんやらないが、若い女性の電車内化粧に眉をひそめるのは、もっぱら中年以上の男女だとばかり思っていたからだ。平成に入ってからあまりにも頻繁に見られる光景だったので、若者文化(どこがじゃ)の一つなのかな、くらいに捉えていた。若い男性にも不評だったとは。結果は受け入れても経過は勘弁ということか。案外まともな美意識に、ムッとするようなホッとするような・・・。
 ところで、若い女性の「電車内メイク」は決して褒められた行為ではないが、実のところ私はそれほどうるさくない。これには、ちょっとしたワケがある。今から十数年前に、そんな不快指数など霞んでしまうようなもんを毎朝見ていたせいだ。

 当時渋谷の事務所に勤めていた私は、通勤に銀座線を利用していた。少々遠回りであったが、浅草⇔渋谷は始発⇔終点の関係。「座って眠りたい」、ただそれだけの理由で利用していた。その女性のことを仮にメイクの「メイちゃん」と呼ぶことにしよう。私がメイちゃんの存在に気づくのに、さほど日数はかからなかった。もしかしたら、銀座線に乗り込んでから自分が座る定位置を決めた日からだったかもしれない。
 メイちゃんはその朝、先頭車両に駆け込み乗車してきた。そして私の目の前のシートに座るとおもむろにバッグからポーチを取り出して、熱心に化粧を始めた。当時はそんなことをするには相当の勇気が要る時代。でもメイちゃんは平然とやってのけた。それも、単にファンデーションを塗り直すとか、アイシャドーや口紅を引くといったポイントメイクを施すのではない。すっぴんぴんの顔面に下地クリームを塗りたくるところから始まる、本格メイクだったのである。
 ほかの駅から乗ってくるビジネスマンは、最初はみな一様にぎょっとした。それでも彼女の顔を見ずにはいられない。日経新聞の端からこっそり窺っているのがわかる。中には、このムスメがやらかしていることの答えはどこにあるんだといわんばかりに後ろを振り返り、私と目が合うと「ありゃ何だ?」と目で訴えてくるおじさまもいた。
 どんなに奇異な視線を浴びようとも、メイちゃんは決して動じることがなかった。この車両に乗っている人間などまったく眼中にないという集中力。一心不乱に化粧を進めていく。化粧の工程によっては左右の目のサイズが違う数分間があったりして、抗し難い魅力に溢れていた。30分間、完全に目が釘付けになった。
 メイちゃんを知った初日は、彼女が走って乗り込んできたこともあって、寝坊したのだろうと思っていた。うっかり寝過ごしたために化粧もせず家を飛び出したはいいが、仕事は接客業。ノーメイクのまま職場に行くわけにはいかないのだろう、と。
 しかし、違った。
 電車内メイクはメイちゃんのライフスタイルの一環、毎朝の日課だったのだ。少々の電車の揺れなどものともせず、慣れた手つきで次々ポーチから化粧アイテムを出したりしまったり。終点渋谷に着くと、乗ってきた人とはまったく別の人がスタスタ降りてった。
 銀座線の始発から終点までは、軽く30分以上かかる。メイちゃんは私の3倍以上の時間をかけて、ひたすら顔面づくりに没頭していた。ビューラーで睫毛をカールした後、マスカラを塗り、再びビューラーでカール。口紅を塗った後には艶出しグロスも忘れない。チークカラーはピンク系とオレンジ系の2種類を同時に塗っていたろうか。仮にこれだけのことをすべて家で済ませて来ようとすれば、30分早く起きる必要がある。メイちゃんは、体裁よりも睡眠時間を優先させる合理主義者だったのかもしれない。時間の有効活用である。顔のカ行変格活用である。(意味不明)
 メイちゃんの30分メイクにも飽きた頃、私は私で、座ると眠るという本来の目的を果たすべく、電車に乗ると同時に熟睡モードの日々を送っていた。ところがある日、電車が急停車。条件反射のようにメイちゃんを見たら、ちょうどウエットティッシュで「頬の口紅」を拭き取ろうとしているところだった。その超然とした表情は神々しくさえあった。以来、毎朝彼女が一駅ごとに別人になっていく過程を憧憬の眼差しで見守り続けた私である。

 今だったらどうだろう。あの当時ほどには注目を浴びずにメイクができるだろうか。周りのみんなはきっと携帯に目を落としている。電車内メイクも珍しくはなくなった。今、メイちゃんをしのぐ顔面パフォーマンスをするとしたら、電車に乗ってから顔に「パック」を施し(目だし帽か)、おりる直前に「パック」をベリベリ剥がすしかない。あの時代のあの入魂メイクは、それほどインパクトがあったのだ。
 携帯を閉じる音を耳にするたび、そして電車内メイクを見かけるたびに、眉をひそめるより先に目尻が下がってしまう。
 20代だった私の眠い目を毎朝顔面アラームで覚まさせてくれたメイちゃん。その警鐘的化粧が、今となっては懐かしい。

 
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by vitaminminc | 2006-05-09 15:44 | 人間 | Comments(2)
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                    息子(超ユルキャラ)→

 先日、野又穣氏の絵が飾ってあった友人宅にお邪魔した日のこと。
 最寄駅でおりて、迎えにきてくれる友人を待っていたら、
「たぶんこっちから現れる」
 と息子が予想した通りの道を歩いてくる友人の姿が見えた。これから塾に行くところだという高校生の息子さんを伴っていた。
 礼儀正しく気持ちの良い挨拶をしてくれた息子さん。そのキリリとしまった表情が、あまりにもうちの息子と対照的だったので、思わず微笑み以上の笑いが浮かんでしまった。「アルジャーノンに花束を」のチャーリー・ゴードンに例えると、うちの息子が脳の手術を受ける前、IQ68のチャーリー。友人の息子さんは手術を受けた後、IQ185のチャーリーといった感じである。

 さて、我が息子。友人が昼食に出してくれたアサリのお吸い物を飲みながら、
「アサリは久しぶりだなぁ」
 と一発。しょっぱなから私を赤面させてくれるではないか。
 息子はつい最近までハマグリを巻貝の仲間だと思っていたくらいだ。そのため「アサリもうちでは高級食材でして・・・」と説明しようとしたが、その必要はなかった。お吸い物を飲み干すまでの間、「アサリは久しぶりだ」を連発してくれたからである。(TwT)やみてくりってんだよ。
 それだけではない。イクラと鰻とハマチ?とマグロ?が載ったおいしいお丼をいただきながら、
「う~ん。活きのいいイクラだ」
 なんて言ってイクラを追加してもらい、ごはんだけ残すというろくでもない食べ方をしてくれた。
(ーー;)いい加減にすろよな。
 もう今更何を言い繕ったところで無駄だと観念した。
「あ。今、出ちゃった」
 下半身から気体を放出させるたびにいちいち報告するバカっぷり。叱る気力も消え失せる。はひふ屁放棄だ。性格がここまで緩んでいると、菊門までもが緩んでくるらしい。
 それでも帰りの電車内で、一つだけ空いた席を見つけると、オバタリアンのような勢いで席を確保、私を座らせてくれた。おや、やさしいなと感心していたら、自分も疲れていたらしい。めずらしく甘えたように私の膝の上に座ると、間もなく寝入ってしまった。落ちないように息子を抱きしめながら、こいつはこいつのまんま育てようと決意のようなものを感じた。

 人生の先輩に、この日の息子の愚行を話したところ、
「ママにもママのお友だちにもうんと気を使っていたんだよ。いい子じゃない」と息子の肩を持った。それもそうかな。ただ振舞い方がズレていただけなのかな。だとしたら泣かせる・・・。
 しかし。
 その後、家でブリッジの姿勢をしたままテレビを見ながら、
「あ。出ちゃった」
 と言って自分で自分の臭気を浴び崩れていくバカ息子を見たら、やっぱりただの「地」だったんではないかと裏切られた気分になった。それでもとことん親バカでいくしかない。
 幼稚園の門のところにそびえる桜の木が道路の拡張工事で切り倒されることを知った日の晩、「桜の木がかわいそうだ」と号泣した息子。公園の片隅に散乱していたカブトムシのバラバラ死体を集め、土に埋めてあげていた息子。水を抜かれ、枯れゆく噴水の水溜りからオタマジャクシをすくってはバケツに保護していた息子。いろんな断片を思い出しては、やっぱりこれがこいつでこいつがこれなんだと納得。
  
 自分はいくつになってもどうしようもない下ネタばかり披露して私の血圧を上げるくせに、先日クラスの男の子を呼んで一緒に「人生ゲーム」をやったときの息子の言い草には笑った。ゲームの説明書を紛失していたためあやふやになっていたルールを、息子の友だちが正してくれようとしたのだ。友だちはすっくと床から立ち上がり、額の汗を腕で拭い(←暑い日だった)ながら、切り出した。
「うちんちのルールを説明するね──」
 その姿を見て、息子が苦笑しつつ一言。
「なにも立ち上がってまでするほどの話じゃないと思うんだけど・・・」

 おい。ならば、放屁には、報告するほどの、意味が、あるのか? 

 
 
 
by vitaminminc | 2006-05-07 16:36 | 子ども | Comments(4)
b0080718_19415939.jpg←グレゴール・チョッキン
何の変哲もない、どこにでもいる海老茶色をしたザリガニだったが、うちに来てから徐々に体が淡いブルー系に変色。ハサミにいたっては美しいペパーミントグリーン。大変さわやか。
b0080718_19515386.jpg←S43年9月15日 26刷 定価60円(安い!)の新潮文庫。イラスト画家は伊藤明氏(写真提供=賢者1号)

 3月26日付の新聞で、村上春樹氏が「フランツ・カフカ賞」を受賞したという記事を読んだ。
 なんだか最近やたら懐古趣味に走りがち。70~80年代のJポップスを聴いたり、10代の時に読んだ本が無性に恋しく、読み返したくなる。老化現象の一種に違いない。

 そんなわけで、「フランツ・カフカ賞」の記事の影響だろう、4月はじめ実家に遊びに行った際、迷わず自分が昔使っていた書棚に直行。手に取ったのは、カフカの珠玉の短編「変身」だ。
 「変身」は、高校のド真ん中、高二の真夏の真夜中に読んで以来、私の最も好きな短編小説であり続けた。このたび自宅に持ち帰り、読み返してみて改めて感嘆した。透徹した実存主義文学の金字塔ここにあり。大人になって、それも子を持つ母となった目で読むと、高二の時には読み落としていた(あぁ、もったいない)行間までもが読めてきて、まさに目から鱗ンタクトレンズがポロリ。まったく無駄のない文章は、減量して鍛え抜いたボクサーの体躯。高橋義孝氏の洒脱な名訳による一文字一文字が、飛び散る汗のようにきらめいて見えた。こんな薄い本に、こんなにも厚意を寄せられるようになろうとは。「老化」を「成長」と感じさせてれる、カフカの度量に感謝した。
 高二の時点でこの小説を「完璧だ」と絶賛してはいたのだが、主人公グレゴール・ザムザを慈しむには、自分はまだ未成熟すぎた。今回は、ものの見事にグレゴール・ザムザのとりこになった。巨大な毒虫に変身した彼の、現実を受け入れていく順応性。自分の変わり果てた姿を眼の当たりにしたときの家族や上司のリアクションを想像し、「わくわくし」てしまう快活さ。慣れない身体に不自由するも、動作を一つ一つクリアしていく不屈の精神。妹がドアのところに置いた、グレゴールの好物(甘い牛乳にちぎったパンを浸したもの)を見つけた時には、「うれしさのあまり声を立てて笑い出しそうにな」るのだが、虫の身体が好物を受け付けず、「ぞっとしたといわんばかりに壺から頭をそらせて、部屋の中央に這い戻ってしま」う 愛らしさ。そして、習性までもがだんだんと虫へと変化していく中、ベッドの上ではなく寝椅子の下に、「ちょっと照れくさい思いをしながら」身を潜めてホッとする様子には、大いに母性本能がくすぐられた。
 また、グレゴールが、一家の稼ぎ手である自分が働けなくなったことで、老いた両親やまだ学生の妹の行く末を案じ始めた頃、彼の知らないところで父親がこまめに貯蓄に励んでいたという会話を立ち(這い)聞きした時の短い描写には、シュルシュルと舌を巻き、私も危うくカメレオンに変身するところだった。
「グレゴールはドアのうしろでせっかちにうなずき、この思いがけない用心と倹約とをよろこんだ」のだ。─あぁ、なんと健気なことよ。なんと家族思いの息子であろうか。私は「せっかちにうなず」いている毒虫の触角に触れたかった。そのいじらしさに涙しながら、ひゅんひゅん揺れる触角に、いつまでも触れていたいと思った。
 それゆえ、<結末>を見届けた後は、なかなか立ち直ることができなかった。グレゴールにわずかに残された人間らしい感情を、彼の家族は誰一人として理解することがなかった。兄が大事にしていた壁の絵を取り外そうとした時、妹は、毒虫がなぜ額のガラスにへばりついたまま離れようとしなかったのか、考えてみようともしなかった。妹を希望の学校に進学させてやりたいと願っていた妹思いの兄、仲良しの兄妹だったではないか。家族にとって彼は、もはや醜悪な姿をした巨大な毒虫でしかなくなっていたのだ。
 読後、熱病に侵されたように「変身」の魅力を吹聴し、グレゴールに自分がしてやれることはないだろうかと途方もない考えにとらわれていると、賢者の1人が38年前の「変身」の文庫本写真を送ってくれた。実は、「変身」を読み返している間中、グレゴールの無器用さが、うちで飼っているザリガニの「チョッキン」と重なって仕方なかったのだが、奇遇にもその文庫本の表紙に描かれたイラストには、ザリガニのごときハサミがあった。蠍をイメージしたものだろうか。心なしか、目までチョッキンに似ている。

 余談になるが、チョッキンは自分の身体の扱いが下手で、見ていると滑稽だ。どうも狭い水槽の中では、大きなハサミは無用の長物でしかないらしい。餌を落としてやっても、実際にそれを掴むのは巨大なハサミではなく、胸元に生えている細い小さなハサミ。だから餌がたまたま水槽の端に落ちたりすると、大きなハサミが行く手を塞いで前に進めず、餌を掴むことができない。やっとのことで身体を180度方向転換すると、腹を水槽の壁に押し付けるように身体を傾げてみせる。そして下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式に、たくさんの細い脚をジタバタさせて、どれかが餌に触れることに一縷の望みを託し、ひたすらもがく。見ていて実にじれったい。三十六人羽織でも見ているかのようだ。かと思うと餌が顔の鼻面に落ちてきても気づかないで、ずっと顔の上に載せたままでいることもある。

 グレゴール・ザムザが自分の身体を思うように操縦できずにいた変身当初、チョッキンの姿がオーバー・ラップしてしまったのも無理はない。私が持っていた「変身」のカバーはカフカ自身の顔写真をデザインしたものだが、かつての表紙絵がチョッキンに似ていたことを受け、名前を「グレゴール・チョッキン」と改めた。かくしてグレゴールの家族が彼にした仕打ちを詫びるかのように、そして片想いに似た情念を鎮めるかのように、蒼ざめたザリガニに注ぐ愛情を倍増させている私なのである。
 これは、グレゴール・ザムザの結末に傷ついた自分の心のケアでもあり、カフカに寄せる敬意の表れでもある。
 
──カフカは模倣できない。彼は永遠の誘惑となって、地平線に残るだろう。
                                  (サルトルの言葉より)


 
by vitaminminc | 2006-05-06 19:40 | 生きもの | Comments(2)

日々の暮らしに「ん?」を発見


by み茶ママ