虫愛でる秘め事

 「プ!」と吹き出したようなクラクションの音。ハッと顔を上げると、いつの間にか信号が青になっている。音の主は、バックミラーに映っている黒いタクシー。
 私は、ボーっとしていたわけではない。その反対である。ダッシュボードを歩き回る一匹の蟻をじっと目で追っていたのである。
 なぜ私の車の中に、蟻が? こんな餌もないような車内に、なぜ蟻などが? まさか息子が緩んだ口元から飴玉を落とし、私の怒りを恐れてそのまま放置しているとか?
 車を走らせながらも、蟻が気になって仕方がない。いや、蟻に限ったことではない。フロントグラスに止まっている小さな羽虫なんかがいようものなら、私の焦点はたちまちそっちに持ってかれる。いつぞやは、飛んでは止まり、止まっては飛ぶ気紛れな羽虫のせいで、文字通り寄り目になって運転する「羽目」になった。アブナイったらない。虫など無視すればよいものを、どうにもこうにも目の焦点が、虫を捕らえて放さない。

 イタリア映画やイタリア語の歌、それにパスタが好きというだけの理由で、自分の前世はイタリア人だったに違いないと恥ずかしげもなく思う私であったが、テレビの動物番組で犬猫の視力について学んでからは、少し考えが変わってきた。
 犬や猫の視力は、静止している物体に対しては劣っているため、もっぱら嗅覚に頼っているが、動く物体に対しては俄然威力を発揮するという。つまり、動体視力に優れているのだ。
 この論理を自分の生態に当てはめると、私の前世=イタリア人説は、キンチョールの噴煙に巻かれて消えてなくなってしまう。静止していよう蛾いまい蛾、虫に対して嫌いだろう蛾好きだろう蛾、目も心も奪われてしまうなんて。こんな私の、こんな私の前世は・・・。

 カエルか?
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by vitaminminc | 2006-06-30 09:45 | 生きもの | Comments(2)

祥月命日6月28日

b0080718_14573968.jpg 昨日、
6月28日は、実父の命日であった。2002年の昨日、父は病床の白いシーツから白雲に乗り換え、上空に飛び立った。
 昨日の仕事帰り、私は花を買った。ミニひまわりと、レモン色のスターチス。それから、お酒と大福も。遺影の前に、それらを供える。背景を空色に加工してある、父の写真。青空で笑っているように見える。
 私は、父の死に目に会えなかった。病院からの危篤の知らせを、どう解釈したものか、母が私に知らせるのを大幅に遅らせたためだ。母が知らせを遅らせた理由というのが、こうである。
 「昨日もお見舞いに来てくれたばかりだったから、疲れているだろうと思って・・・」
 そう言う母を、ずいぶん責めた。人一人が死ぬというときに、いくら体を気遣ってくれたとはいえ、臨終に立ち会えなくさせるなんてひどいではないかと。
 だが、その後、自分よりも先に親を亡くした何人かの友の話を聞くうちに、母を責める気持ちはスーッと消えた。友だちの話から私が導き出した結論は、父が私に立ち会うことを望まなかった、というもの。
 死に逝く者の特権として、父は自分の臨終に立ち会うべき者を選別していたのではないか。思えば母は、なぜ私に知らせるのをああも遅らせたのか、自分でもよくわからない様子だった。父の容体を危篤と受け取っていない様子の母に、心配になった看護師さんが、念を押したという。
 「子どもさんたちには知らせてありますよね?」
 「息子にはさっき一応知らせました。あのぅ・・・娘にも知らせた方がいいですか? 家が遠いものですから」
 「あら!遠いのでしたら、なおのこと早く知らせてください」
 こんなやり取りがあった後、母はようやく私に電話を入れてきた。午前10時前だったと思う。母自身が病院から連絡を受けたのは、その日の早朝。「朝一番で病院に来てください」という連絡を受けた母が、病院に出向いたのが午前9時頃。駆けつけたわけではない。いつも通り、バスに乗って行ったらしい。同居しているはずの息子を伴うでもなく、単身ナースステーションに現れた母を見て、看護師の一人が事の重大性を説いたのだ。
 「でも、危篤だなんて一言も言われなかったから・・・」と、母は首をかしげながら私と兄に言い訳した。時間外に病院から連絡が入ること自体、緊急事態を意味している。「どういうことですか」と確認することもなく、母はほぼ普段どおりに行動していた。
 
 私が病院に到着したのは、12時25分過ぎ。そのわずか25分ほど前に、父の臨終が確認されたという。たった一人でベッドに横たわる父を見て、私は自分でない者の声を、自分の耳で聞いていた。それは、泣き声と叫び声とにすり替わった、自己批判の罵声だった。
 あと25分早く着いていたら──だが、きっと父にはもう私の声は届かなかっただろう。前日に見舞ったとき、父はすでに昏睡状態だった。ベッドで呼吸していたのは、父の脱殻。魂の抜け出た残骸。わずかばかりの細胞の生き残りだけだった。
 「心肺停止の瞬間を目の前で見てしまうと、しばらく尾を引くよ」──そう心やさしい友だちは教えてくれた。友だちのお兄さんも、普段よほど近くにいながら、母親が息を引き取る瞬間に限って居合わせることが出来なかったという。
 「自分でも、お兄ちゃんにはあれは耐えられなかったろうと思う。私だってもちろん辛かったけど、二人子どもがいてどちらかに最期を看取らせるとしたら、お母さんは私を選ぶしかなかったんだろうなって。うちのお兄ちゃんて、そういうの目茶苦茶弱いから」
 そういうものなのかもしれない。うちの場合は、そういうのに目茶苦茶弱いのは、兄ではなく私の方。父は見抜いていたのだ。
 25分早ければ──本当ならあと25分早く出られるくらいの時間はあった。その日に限って学校のPTA役員の連絡が入ったり、ダンナに会社を早退して息子の幼稚園に寄って引き取ってもらうよう電話するにも、幼稚園に事前連絡を入れるにも、いちいちやたら時間がかかった。自分ではどうにもできないような力が加わって、家を出るのが大幅に遅れたような感じだった。よくよく思い出したら、私自身、「取るものも取りあえず」家を出たわけではなかった。方々に手抜かりなく連絡を入れた後、往路気持ちを落ち着かせるためのコーヒーなんかポットに注いでいた。
 
 今では父の死に目に会えなくてよかったと感謝している。人の死を思い知らされるのは、冷たくなったその人に触れるだけで十分だ。モニターの波形が直線になってしまう瞬間など見たくない。医者の口から言い渡される「臨終」の言葉も聞きたくない。そして何より、だんだん冷たくなっていくその人のそばになど、いたくない。
 全部わかっていたから、父はうんと冷たくなった身体で私を迎えてくれたのだ。物わかりの悪い娘に、何の期待も持たせられないくらいに、これ以上はないという冷たさと硬さになって。

 今日、ネットの「没年別・命日データベース」というもので、2002年の6月に父と同期で天国に入門した有名人を調べてみた。↓↓↓
 
 ナンシー関(コラムニスト)・・・お父さんは知らないかなぁ。話すと面白いはずです。
 村田英雄(歌手)・・・一緒にカラオケする仲になっていたらいいな。
 室田日出男(俳優)・・・あくの強い名優さん。「天国にいちばん近い島」って映画に出てた。
 山本直純(作曲家)・・・でっかいことはいいことだ~。天国はでっかいとこですか?

 お父さん、天国にも、ひまわりは咲いていますか? 
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by vitaminminc | 2006-06-29 15:33 | 人間 | Comments(0)

墨を磨る

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2001年宇宙の旅の  →
「モノリス」ではない。これは
お子様用 固形墨「呉竹墨」



 昨日、書道の話をしたら、急に墨を磨りたくなった。
 小学生の頃、地元の書道教室に通ったことがあるのだが、筆を握るより墨を握る方が好きだった。
 α波を放出させながら、ひたすら墨を磨る。いつのまにか水分が足りなくなって、どろどろのタールみたいな墨汁に仕上げてしまい、先生に注意されることもしばしばあった。
 墨を磨っているあいだって、なんであんなに落ち着いた気分でいられたんだろう。何も考えないで、いくらでも墨を磨っていられた。それでいて、とても心地よかった。

 香をたいて瞑想したことなどないが、私が墨を磨ると、それに近い状態になれるのかもしれない。なんといっても、あの香りがいい。墨の香りには、鎮静作用でもあるのだろうか。

 子どもの頃にかえって、また墨を磨りたくなってしまった。

 
 
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by vitaminminc | 2006-06-24 23:01 | 人間 | Comments(2)

書道着

b0080718_17234852.jpg 3年生の息子の連絡帳に、「見ました」というサインをする。
 宿題をやり、持ち物を揃えるのはもちろん息子自身がすることだが、連絡帳の持ち物のところに「書写の用意」と書いてあった日だけは、私も動く。翌日の服装の準備。黒、黒、黒の用意。
 
 3年生になって初めて墨汁を使う日、私はうっかりして「黒装束」の用意をすることを忘れてしまった。泣きを見た。汚れてもあまり惜しくないようなお下がりの服はたくさんあるのに、よりによってなぜこの服が・・・? というくらい、墨だらけになって帰ってきた。
 思えば上の娘のときも、書道の日は黒と決めていたではないか。娘自身はほとんど汚さない子であったが、後ろの席の男の子が振りかぶった筆先を肩に受けて以来、ずっと書道の日は墨汁対策として、黒を着せていた。
 男の子は(うちの息子は)汚す。汚れても惜しくないというレベルをはるかに超えて汚す。外に着て出れないくらい、とにかく汚す。とてもじゃないが、黒以外は着せられない。でないと、書道初日に着ていった服同様、全部「パジャマ」行きだ。

 そうは言っても、ほっぺや足の脛にまで墨をつけて帰ってくる息子を見ると、かわいくて仕方がない。だから思う存分墨と仲良くなれるように、連絡帳に「書写の用意」とあった日は、母は嬉々として翌日の服の用意をする。黒、黒、黒。
 「この墨、○○くんにつけられちゃったの」──なんて、‘加害者’になってなけりゃいいけど。あの派手な汚し方からして、ちょっと心配である。
 どうか息子の近くの席の子が、みんな黒の書道着でありますように!
 
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by vitaminminc | 2006-06-23 17:53 | 子ども | Comments(2)

草取り物語

 一昨日。
 私を草刈に駆り立てたもの、それは何か。──鈴香容疑者である。秋田の小学一年生男児殺害の、あの悪魔である。
 最近ワイドショーで、鈴香容疑者を知る関係者が語ったところによれば、鈴香容疑者の家の周りは、「毎年春先から夏のあいだは草ボーボー」だったという。草を刈るよう注意しても、返事ばかりでちっとも草を刈らない。なのに今年に限ってはなぜか「除草剤でもまいたのか」、まったく草が生えていない、と不思議がっていた。やがて詰め掛ける報道陣のカメラを意識してのことだったのか。確かに、テレビに映し出される家の周りは、妙に小ざっぱりして見えた。

 まあそんなことはどうでもいい。「草ボーボー」というコトバに、私は反応した。なぜならその形容は、そのまま我が家の周りにもあてはまってしまったからである。とんでもないことである。何の罪も無い子どもを殺す悪魔、今自分がもっとも嫌っている女の本来の姿と、「草ボーボー」でつながるわけにはいかない。一緒にされてたまるかと一念発起した私は、草むしりを実行した。それも、おそらく悪魔女が使ったであろう除草剤は使用せず、正々堂々額に汗して草を刈る行動に出たのである。自分でもわけがわからない。それが私のこだわりであった。

 蒸し暑い日であった。やぶ蚊の猛攻から逃れるために、サウナスーツを着て草むしりをやった。自殺行為である。スーツの内側には、チャプチャプ音をたてるほどの汗。死んだらおしまいなので、お茶を飲み飲み、もくもくと草を刈った。毛虫と遭遇した。ミミズとも遭遇した。午前中いっぱいかかって、家の周囲から「草ボーボー」をなくした。

 午後。息子が帰ってきた。
 「外、きれいになったでしょ?」
 「え? 気づかなかったけど?」
 夕方。娘が帰ってきた。
 「家の周り、見た? スッキリしたでしょ?」
 「え? 真っ直ぐ玄関にきたから・・・」
 夜。ダンナが帰ってきた。
 「家の周り、見た? 草むしりしたんだけど」
 「暗くて見えるわけないだろ」
 子どもたちは賢明だった。私がへそを曲げないように、すぐに外に見にいった。でないと次回から自分たちが草むしりをさせられるハメになることを知っていたからである。
 「ああ本当だ、すごくきれいになったね!」
 必死になってほめてくれた。
 翌朝。ダンナはしぶしぶ家の前を見て言った。
 「きれいになったというより、ようやく周りの家と同じになったよな」
 カチン。くそジジイ! と叫ぶ代わりに私は言った。
 「うちはほかの家みたく、ご主人が草取り手伝ったりしないからね!」
 一度も庭の草を刈ったことのないダンナは、みなまで聞かず、ぴゅ~と風切って出勤していった。こんな張り合いのない家族を前にしたら、わけのわからない信念も、滝の汗とともに流れ落ちるというものだ。

 本日。仕事帰りに「除草剤」を買った。そして、‘目も覚めるほどきれいになった’家の周囲に、除草剤の粒をまいた。なんだか花の種でも蒔いてるみたいに、ちょっと楽しい気分になった。
 
 
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by vitaminminc | 2006-06-22 20:11 | 人間 | Comments(0)

Lの字

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               伊能大図彩色図/111→
                 「遠参~浜名湖」
               国土地理院HPより拝借 


 昨日未明。
 8才の息子に起こされた。一緒に寝ているダブルベッドの足元に、ちょこんと正座して言う。
 「なんかボク、おねしょしたみたいなんだけど」
 「えぇ? 寝汗じゃないのぉ?」
 「ほんとほんと」
 「どこにぃ?」
 「このへんに」
 息子が寝ていたあたりに恐る恐る手を伸ばすと、確かに湿った綿毛布が指先に触れた。
 「穿いてたズボンやパンツはぁ?」
 「まだ穿いてるけど」
 「なんでぇ~? 早く脱いで、着替えなよぉ」
 なんでオシッコで濡れたパジャマのまま、ベッドの上を移動するのか。被害が拡大するではないか。
 それでも息子は慌てない。恥ずかしがりもせず、分析している。
 「多分、爆睡してたからだと思うんだよね」
 何がたぶん、だ。理由はそれしかないだろう。
 「夕べ寝る前にお茶飲みすぎたんじゃないの?」
 「そうかなぁ」あくまでもとぼける。
 私もようやく起き上がり、濡れた毛布を一階にある洗濯機の中に入れに行く。梅雨のこの時期に大物洗いとは・・・。物笑いと大物洗い、なんか親戚みたいだ。

 おねしょは誰もが知ってのとおり、睡眠中に排尿してしまうことである。幼児から小・中学生と成長するに連れ、排尿器官の成長や抗利尿ホルモンの正常な分泌などにより、おねしょはしなくなっていく。
 が、膀胱に尿が溜まっている状態であるにも関わらず、眠りが深くて目が覚めないでいると、たいていの人は放尿する夢、またはトイレに行く夢を見て、「一時しのぎ」をする。これは、
    【尿意により放尿したい肉体】vs【尿意により目を覚ましたい精神】
──が見せる夢なんだそうだ。(フリー百科事典Wikipedia「夢との関係」より)
 つまり、精神・神経の成長とともに、尿意を催せば普通は目が覚めるようになり、仮に目が覚めずに夢の中で放尿したとしても、実際に布団を濡らす事態には至らないようになっていく。
 ただし、おとなになっても寝小便が続くようだと、「おねしょ」は「夜尿症」と呼ばれ、病気のひとつに数えられるようになる。しかも夜尿症は、本人自身の問題というよりは、母親のせいにされがちだ。すなわち、やたら神経質だったり潔癖症だったりする母親に原因がある場合が多い、なんて書かれている。
 う~ん・・・神経質とか潔癖症なんて聞くと、私は逆に憧れてしまうなぁ。幸か不幸か、こんな母を持つ息子の地図、単発ものに違いない。

 その朝は、残りわずかな睡眠時間を惜しむかように、親子水入らず(だけどお小水入りの)布団の上で、「Lの字」になって眠った。よりによって、ベッドのど真ん中に湖をつくるとは!
 おねしょした子どもに対する母親のタブーは、「叱る」ことだという。無視無視、私は叱ったもんね。
 一.「寝る前にガブガブお茶を飲みすぎるでない!」
 一.「陣地をわきまえて、もっと左に寄って寝ろぃ!」

 私に似て神経質とは無縁、しかも懲りないアホ息子。新しいシーツが、大好きなガーゼ織りなのを知って喜んだ。その晩、またしてもお茶をガブ飲みしたが、、おねしょはせず、気持ちよさそうに眠っていた。私にエルボー・ドロップをお見舞いしながら。
 
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by vitaminminc | 2006-06-20 13:37 | 子ども | Comments(3)

ケムシャネル

 その晩、愛娘の「キャーッ!」という叫び声が、我が家の0.65坪の風呂場に反響した。
 娘を怯えさせた犯人は、にこにこしながら一緒に湯船に浸かっていた母親(私)である。狭い浴槽、二人で入るには膝を折り曲げなくてはならない。風呂に入る時くらい、ゆったりくつろぎたいものだ。寒い時期なら仕方ないが、今なら湯冷めの心配もない。私が湯船にいる間は洗い場で待機するよう言っても、すぐに一緒に入ってくる。カワイイもんだが、エコノミー症候群にでもなったらどうしてくれる。しかも窮屈なだけでなく、暑苦しいったらありゃしない。
 そこで、悪寒のする話題を思いついた。これはほかでもない、私が体験した実話である。

──つい最近のことだ。夕飯のおかずをつくろうとした私は、買ってきたばかりの白菜を取り出すと、流しでその葉をむき始めた。1枚、2枚・・・3枚目をはぎとった瞬間だ。何かちょっとした重量感のある物体が、葉を洗うために水をはっておいたボウルの中に、‘ちゃぽん’と落ちた。
 「ひっ!!」
 息を呑んだ私の視線が捉えたもの──それは、ボウルの水面でクネッ、クネッと、身体をひねる、体長2.5cmほどの毛虫であった。黒褐色の体毛は、水鳥のごとき防水でも施されているのか、見事な浮きっぷりである。だが、身の置き場を失って陸地を探しているようには見えない。もがいている。いかにも苦しそうである。もしかしたら、落ちた瞬間に水でも飲んでしまったのかもしれない。
 毛虫は、まるで視力検査の「C」記号の「右」「左」のように、交互に身体をくねらせている。恐怖のあまり瞬きも出来ずにいたせいだろうか。毛虫の動きは、残像現象を呼び起こし、私にある有名ブランドを連想させた。
 排水溝のネットを外して、一気に流してしまえばよかったのかもしれない。だが、この時はとにかく気が動転していた。「トイレに流すしかない」と思いつめた私は、炊事用ゴム手袋をはめると、震える両手でボウルを持ち上げた。
 一歩歩くたびに、表面張力が決壊しそうな恐怖を覚える。足元に水がこぼれたらどうなるか。廊下を這う毛虫、私の足を登ってくる毛虫、勢い余って私の足に踏まれる毛虫(←絶対イヤ!)──いろんな毛虫が頭の中を満たす。
 流しで少しでも水を減らしてきたかったのだが、毛虫は羽のように軽々と水に浮いている。しかもダイナミックに踊っている。水より速く流れ出て、シンクの壁を這い上がる様子を想像したら、とてもそんなことをする勇気が湧かなかった。
 能でもやっているのかというような足取りで、ようやくトイレに到着。ボウルを慎重に床に置き、便器の中蓋を上げる。生まれてこの方、一度も発揮したことがないような集中力で、再びボウルを持ち上げる。そして勢いよく、中身を便器の中に、「ザッ!!」とあけた。
 こわごわ底を覗いてみる。毛虫がいない。いないではないか。確かにココにあけましたという証拠に、浮いた毛虫を目視したかったのだが、幸か不幸かボウルの水量が、流し切るのに十分だったようだ。
 毛虫は跡形もなく消えていた。
 本当は、殺生の後ろめたさを消し去りたかったのかもしれない。念のため、私はもう一度レバーをひねり、水を流していた。

 「最後の姿を確認できなかったのが、なんとなく気持ち悪くてねぇ・・・」と私は言った。
 「思わず自分の手をこうやって──」
 手の甲を裏返して確認するしぐさをしてみせた途端、想像力豊かな娘が絶叫。
 悪寒に包まれた娘は、当然そのまま湯船の中で体育座り。出ようとはしなかった。
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←シャネル/ビーズイヤリング

 
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by vitaminminc | 2006-06-17 18:24 | 生きもの | Comments(7)

悪人面と善人面

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←カブトエビ

 


写真は2点とも「フリー百科事典Wikipedie」より




↓ホウネンエビ

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 先月の終わりから、「カブトエビ」(写真左)を育て始めている。
 昨年の9月だったか、夏休みの売れ残りばかりを集めたワゴンセールで、「自由研究/生きた化石・エビ伝説」を買っておいた。
 説明書には、水温が高すぎても低すぎてもよくないとあった。残暑の厳しい秋を見送っているうちに、いつのまにか寒い冬になり、伝説の謎解きは延び延びになっていた。半年以上もお預けをくらっていた息子にせがまれて、とうとう春の終わりに開封。
 カブトエビは、ジュラ紀(1億9500万年~1億3600万年前)には、ほぼ現在と同じ形態に進化し、以来その姿を維持している超完成度の高い生物である。絶滅の危機を免れてきた最大の理由は、卵の生命力であろう。寒さや乾燥に強い耐久卵は、我が家に来てからも隙間風に耐え、寒い冬を無事に乗り越えたわけだ。
 淡水に卵(約0.5mm)を投入してから数日後、1mmほどの幼生を2匹確認。その後2匹は順調に成長し、半月過ぎた今現在は、尾の先まで入れると体長3cm。生後10日目くらいから急成長し、小さな水槽からはみ出ているのではないかという恐怖で、とても一人では確認する勇気がなく、少し前までは息子と二人、声を掛け合い水槽を見る始末であった。
 こんな小さな生き物にも、悪人面と善人面というのはある。実はカブトエビは2つの複眼がつり上がって見えるせいか、強面である。前に田んぼで捕らえたことのある「ホウネンエビ」(写真右)の、いかにも人のよさそうな顔と比べると、圧倒的に不利である。
 とはいえ、飼えば当然愛情が湧く。ようやくその容姿にも慣れてきたわれわれ母子。卵の孵化→幼生→成体までをビデオの早送りのように披露してくれたカブトエビに感謝しながら、今や1日でも長く生きて欲しいと願うばかりだ。

 カブトエビの一生は、わずか1ヵ月足らずだという。あと10日も過ぎる頃には、今度はまったく別の理由から、再び一人で水槽を覗く勇気がなくなるのかもしれない。
 
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by vitaminminc | 2006-06-13 15:07 | 生きもの | Comments(2)

ジージョ逮捕

b0080718_1947243.jpg←トッポジージョのお面
ダイシン/2500円(高いョ)

 テレビに、懐かしのトッポジージョが出ていた。
 スーツを着て、ネクタイなんかしちゃって、一体どうしたんだろうと思ったら、村上ファンド代表の逮捕直前会見だった。
 耳、目、口。一度トッポジージョに見えてしまうと、村上世彰容疑者が話す日本語さえもがトッポいイタリア語に聞こえてしまう。
 東大→通産官僚→数千億円を操る投資組織のトップ─「モノ言う株主」にも誤算はあった。証券取引法違反容疑で逮捕。あの会見も、トップ辞意上等・・・・あ。ちょっと無理矢理でしたね。
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by vitaminminc | 2006-06-06 19:51 | 人間 | Comments(4)

朝の情景

b0080718_2034974.jpg                      椋鳥→
          YAHOO!きっず図鑑より

  スズメよりも大きくて、鳩よりも小さい鳥が、電信柱のところで器用な飛び方をしていた。ハチドリのように空中で停止飛行している。何をしているのだろう? 訝しがりながら近づいていくと、その鳥は突然飛び去った。椋鳥だ。嘴に白い紙片をくわえ、少しバランスを崩しながらヨタヨタと、少し離れた建物の向こうに消えていった。巣作りの材料に使うために、電柱に貼られたビラを剥がしていたのだ。端をちぎり取られたビラはと見ると、違法に貼られた「バイアグラ」の広告だった。

 朝、駅に向かう途中、時折見かける一組の親子がいる。私が家を出る時間がバラつくせいで、毎日見かけるわけではない。それだけに、その親子と同じ時間に通勤できた日は、すごく得した気分になる。
 おとーさんは、イヤんなるほど若い。細身の濃紺のスーツを着て、緩くウェーブがかかった髪を赤茶色に染めている。おとーさんは、ベビーカーを押している。ベビーカーには2歳前の坊やが乗っている。カウボーイハットなんかかぶっていて、とても可愛い。おとーさんはベビーカーを押しながら、やさしい声で坊やに話しかける。
 「ほーら見てごらん、車がいっぱいだねぇ」
 「ブーブ、あっち」
 「そうだねぇ。あ、バスが来たよ。おっきいねぇ」
 もう、私の目尻は下がりっぱなしだ。目が縦になりそうである。
 おとーさんは、とにかく若い。スーツを着ているけど、そのまま成人式に行ってもおかしくないくらい若い。マックのドナルドのような髪の色で、いったいどんなお仕事をしているのだろう。ベビーカーに取り付けたフックには、ジェラルミンのアタッシュケースが下がっている。おとーさんのお仕事道具だ。
 「今日はあったかいねぇ。暑いくらいだね」
 「あっち、ぶぶ」
 息子はまだ幼すぎる。まともに会話が成立しない。それでもおとーさんは、息子と心を通わせている。いつでも息子に話しかけている。その穏やかな話し声を耳にしていると、なんだかとても幸福な気持ちになれる。
 ベビーカーの父子は、まもなく道を左に折れて、私の前から姿を消してしまう。坊やを保育所に預けに行くのだろう。短い距離だけど、素敵な朝をありがとう。
 坊やのおかーさんはきっと、幸せだろうな。安心して臨月を迎えている。あるいは新生児の世話を焼いている。それとも夫婦は共働きで、送るのがおとーさん、迎えにいくのがおかーさんか。

 30を過ぎた大人が、平気で子どもを虐待したり、殺したり。そんなニュースばかりが増えている。
 あのカウボーイハットの坊やは、絶対やさしい大人に成長する。子どものことが大好きな大人になる。そんなことを信じさせてくれるから、私は幸福な気持ちになれる。

 巣作りをしていたあの椋鳥も、きっとやさしいおとーさんになるんだろう。
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by vitaminminc | 2006-06-05 21:19 | 人間 | Comments(0)

日々の暮らしに「ん?」を発見
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