収穫のヨロコビ

b0080718_1142178.jpgb0080718_2004890.jpg 7月に入ったある日、息子が学校から一粒の種を持ち帰った。
 「ベランダにオクラの種が1つ落ちていたから、先生に頼んでもらってきた」


 息子の話では、オクラの種は裏庭の3年生用の花壇に、みんなで蒔いたものだそうだ。それがなぜ、3階にある教室のベランダに落ちていたのかは不明だが、息子は直径3ミリにも満たない小さな球状の一粒を、大事に大事に持ち帰ってきた。
 「実がなったらママにあげるからね」と息子は言い、早速玄関先に置いてあった空きプランターに、たった一粒のオクラの種を埋めた。
 正直いって、芽が出るとは思わずにいた。種には当たり外れがある。いくつか蒔いても、蒔いた数だけ芽が出るわけではない。巡りめぐって息子の手に渡り、我が家には来たものの、芽が出ずに終わってしまう可能性の方がむしろ高いんじゃないか。そんなふうに思っていた。
 ところが、息子は違った。芽が出ないなんて事態は頭をかすりもしない。実が生ったときのことをあれこれ想像して話しながら、毎日ジョウロで水をやっていた。
 半月ほど経ったろうか。
 「ママ! とうとう芽が出た!」と息子からの報告。雑草かもしれないよと笑う私に、息子は上機嫌で反論した。
 「違う、ほんとにオクラ。だって学校の花壇に出てきたのとおんなじ葉っぱしてるから」
 息子たち3年生は、オクラの観察記録もつけていた。オクラであることは疑いようがない。
 オクラはすくすく育ち、やがて黄色い花を咲かせた。花の命は短い。たった一日だけ、それも午前中咲いただけで、すぐにしぼんでしまう。だからうっかり者の息子は花と対面することができなかった。
 「実が生ったらママに食べさせてあげるね。ママ、オクラ好きでしょ」
 何度も繰り返し話す息子の気持ちが嬉しくて、私もこっそり米のとぎ汁をかけては陰ながらオクラの生長を見守っていた。
 そして先週、とうとう大きな実が生った。たった1本!
 「ママに食べさせたかった」という息子の気持ちが、食物繊維に織り込まれているようで、それはそれはおいしかった。生産者の息子に似たのか、オクラにしては‘粘り強さに欠ける’のが特徴。けれども妙におもしろい、いや、おいしいのだった。
 今朝、2本目が収穫された。息子が鋏で切ってきた実を小口切りにして、今回は息子と娘の目玉焼きにもトッピングした。
 現在、3つ目の花の蕾がふくらんでおり、明日の朝にも花が開くかもしれない。
 週に1本のペースでのんびりゆったり実を結ぶ、暢気なオクラ。やはりどこか、マイペースな息子に似ている。
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by vitaminminc | 2006-07-31 20:30 | 子ども | Comments(0)

青い手

b0080718_16493873.gif 息子も8才になった。人目を気にして、私とつないだ手を離したがる回数が増えた。でも、あからさまに離したりはしない。
 「ちょっと待って」
 なんて言いながら、さりげなく手をほどき、大したことでもないことを‘身振り手振り’で話して聞かせたりする。人通りの多い時間帯なんかには、よくこうして手を離される。家を出る前から手をつなぎたがらなくなっているわけではない。私が子どもと手をつなぐのが好きなことをちゃんと知っているのだ。
 ところで、息子の手は、6歳くらいまで青かった。蒙古斑が、両手の甲に強く出ていたからだ。蒙古斑というのはご存じのとおり、黄色人種の100%近い乳幼児のおしりなどに見られる、あの青あざのことだ。生後1週目~1ヵ月頃までに、臀部や背中下部などに表れる。これは、色素細胞(メラノサイト)が表皮に向かって移動していく途中、表皮よりも深い繊維組織(真皮)に残存したものと考えられているのだそうだ。6,7歳くらいまでには自然に消失する。
 息子の手の青あざは、臀部など一般的によく出る部分と同時期に、よく似た色合いで表れたので、私はごく普通に蒙古斑だと理解していた。けれど、通常手の甲が青くなることはあまりないことから、何度か公園仲間のおかあさんたちに「その手、どうしたの?」と聞かれ、その度に蒙古斑だと説明しなければならなかった。それまでには自分でも家庭の医学書を開いて、息子のようにあまり一般的ではない箇所に出る蒙古斑が「異所性蒙古斑」と呼ばれること、アザが消えるまでにかかる年月が通常よりも比較的長いという知識などを得ていた。
 「もみじのような手」という表現がある。赤ちゃんの、ほんのり桜色をした小さなかわいい手を、赤く色づいたもみじに喩えた言い回しだ。そういう意味では、息子の手は「もみじのような手」ではなかった。けれど、私は息子の青い手がかわいくてたまらなかった。赤く色づく前──真夏の元気なもみじの手だと思っていた。
 歩き出し、やがてタッタカ走り出すようになった頃、息子は一度整骨院の世話になった。肘を脱臼したからである。いきなり県道に飛び出そうとした息子の手を、私が慌てて掴んだ瞬間、肘が抜けた。こうでもしなければ息子は車にはねられていた。
 当の息子はあまり痛がらなかったのだが、私はすぐに脱臼に気づいて、近くの整骨院に連れていった。上の娘が二度も肘を脱臼しているので、下げた時の腕の状態を見てピンときた。因みに娘の脱臼歴初回は知人のおばさんが娘の両手を持って宙に浮かせてあげようとしただけで外れ、二度目は自らマットレスの上でゴロゴロ転がって遊んでいる時に外れた。
 私自身が子どもの頃よく脱臼していたので、関節が外れやすいのは遺伝かもしれない。友だちが私の手を引っ張って「ねぇ早く行こうよぉ」なんていうのを見ただけで、母が「駄目駄目駄目駄目!」と叫びながら飛び出してきた。「腕が抜けちゃうから引っ張らないであげて!」
 この一言で友だちがギョッとして手を離し、娘がバランスを失ってひっくり返ることまで母は計算しなかった。
 私の場合、父が私の両手を持って回転ブランコみたいに「ぶーん」と振り回して遊んでくれようとした時に外れたのが最初。中学生の頃はやたら手首の関節が外れて難儀し、高校の時には一度自宅の風呂場でタオルを斜めに持って背中を洗っていただけで肩を脱臼した。息が止まるほどの激痛に、思わずもう片方の手でガバッと肩を押さえたら、鈍い音と共に無事にハマッた。社会人になってからも一度。あくびをした時に顎が外れた。笑い事ではない。この時も激痛に息が止まりかけた。思わず両手でガバッと顎を押さえたら、「カクン」という感触と共にハマッた。
 こんな自己体験を持つ私だが、素人が外れた関節を無闇にいじるのはどうかと思い、自分の子どもたちは整骨院に連れていくようにしていた。
 ところが、息子を診察した先生は、息子の手をじっと見て、「これは?」と私に聞いた。
 「蒙古斑のことですか?」と私は質問に質問で答えた。
 すると先生は私の質問には答えず、「お姉ちゃんも何度か脱臼していましたよね」といったきり、何やら思案顔になった。母である私がいかに脱臼しやすい体質であったかというこちらの説明には殆ど興味を示さないまま、
 「念のため明日も診せに来てください」と、湿布を貼られて帰された。
 翌日、言われたとおりに整骨院に行くと、待合室の本棚の真んまん中に、前日にはなかった書物が並んでいるのが目に付いた。
 「いのちの器」である。「いのちの器」というのは、『for Mrs’』(秋田書店)に連載された、上原きみ子のレディースコミック。産婦人科女医・有吉響子を主人公に、愛と勇気と生命の尊さを描いた物語で、後にテレビドラマ化もされた。
 間違いなく児童虐待を疑われていると思った。上の子が二度脱臼した上に、下の子も脱臼。しかも両手の甲に‘鬱血’までみられるとあっては、先生の気持ちもわからないではない。
 私がショックだったのは、自分が虐待母として見られたからではない。私の大好きな息子の青い手が、他人の目には虐待の証にしか映らないんだと知ったからである。整骨院の表ドアの横に貼ってあった「こども110番の家」の黄色いステッカーを思い出す度、目がしみた。
 健康診断に行った時、乳幼児の扱いに慣れている保健婦さんに、手の蒙古斑の話をしたら、
 「手の甲くらいなら十分一般的な場所なんですけどねぇ」と朗らかに笑い飛ばしてくれた。
 「──蒙古班の知識がない熱心なソーシャルワーカーや医療スタッフが、 児童虐待による傷であると誤解することもある」(wikipedia「蒙古斑」の項より)蒙古斑は、今はもう息子の手にはない。
 小さくて湿っていて青かった息子の手。今思えば、青いもみじというよりは、カエルの手みたいだった。カエルの手は、決して私を拒まなかった。
 またつないでみたいなぁ。息子の成長を喜びながら、同時に私の手は、青く小さな湿った手を探してもいる。

 
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by vitaminminc | 2006-07-28 16:40 | 子ども | Comments(4)

KA(T-T)UN

 そろそろ3ヵ月になる。
 KAT-TUNの亀梨和也(20)と小泉今日子(40)。年齢差20歳の熱愛報道が写真週刊誌「FRIDAY」で報じられたのは、4月27日であった。明日でちょうど3ヵ月。二人は現在もアツアツなのであろうか。
 私は、先ほどの仰天ニュースについて互いの事務所が静観しているのが、妙に引っかかった。これはあくまでも私の邪推に過ぎないのだが、なんとなく二人の交際には営業戦略の匂いがしてならない。百歩譲って、二人が本当に惹かれあって交際を始めたとしよう。これまでのジャニーズ事務所といえば、売れっ子の人気に影を落とすようなスキャンダルは、事務所の圧力で徹底的にもみ消す──そんなイメージがあった。なのに今回は、サラッとしたものだ。
 「亀梨が、以前から芸能界の大先輩として尊敬している小泉さんから、ファッションなどに関してアドバイスを受けているだけの話」って、泊りがけの理由にもならないようなことをシャーシャーと。
 まあ、もともと亀梨君にもキョンキョンにもさほど興味のない私。どうでもいいといえばどうでもいい話なのだが、この二人の交際を互いの事務所がデメリットではなくメリットとして受け止めているのは間違いないとにらんでいる。
 私の職場にも、いるのだ。キョンキョンと同世代で、ジャニーズ・ボーイに夢中になっている女性が。彼女は山下智久君の大ファン。彼がチラッとでも映っていようものなら、DVDはもちろん、彼の声の入ったCDから写真集から、とにかく全て購入している。それはそれは見ていていじらしくなるくらいの熱の入れよう。本当に智ピーのことが好きで好きでたまらないのだ。
 「私は智ピーのためにパートをしているの。給料の全部を智ピーにつぎ込んでも惜しくない」と彼女は言い切る。少女のような表情で、そう言い切る。これこれ、コレなのだ。ジャニーズ事務所は、子どもの手が離れつつある40代女性を、有力ファン層として歓迎しているに違いない。少なくとも、学生よりはお金を落とす。
 キョンキョンがもしも中途半端な30代だったら、あるいは揉み消しにかかっていたか。親子ほども齢が離れていればこその静観。10代20代の若いファンとて、あまり目くじらたてることもないだろう、一過性の熱病として大目にみるだろう、そんな計算が働いたのではないか。年上の女性に夢中になる亀梨を、マザコン趣味だとなじるには、キョンキョンはあまりにもかわいい。悪趣味だと思う輩は、若さ以外とりえのないコギャルだけだろう。しかも、キョンキョンは現在独身。クリーンである。人妻だったら、こうはいかなかった(はず)。ダーティなイメージはアイドルにとって致命傷、絶対に揉み消されていた(はず)。
 要するにキョンキョンは、ジャニーズ事務所が狙っていた40代のファン層を獲得する上で、好条件のすべてを満たした逸材だったのである。キョンキョンは、「私たちだってまだまだ捨てたものじゃないのね」と同年代の主婦たちに夢と希望と錯覚を与えた。そして40代女性から羞恥心を払拭し、堂々ファンクラブまで率いる、自由の女神となったのである。
 一方キョンキョンサイドにしても、異論のあろうはずがない。いくつになっても魅力的! アイドル健在! てな感じで今回の騒動に、思わずガッツポーズが出たに違いない。

 な~んてことをぽわんと考える私には、夢中になれるようなアイドルもいない。若い頃から変わることなく、妙に冷めている。
 携帯の待受画面で物憂げな目をしている智ピーを、大切な宝物でも披露するように、そっと拝ませてくれる同僚のかわいらしさ。何となく、羨ましい。
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by vitaminminc | 2006-07-26 15:49 | 人間 | Comments(3)

怖い人

 先日雨の朝、バスに乗って駅に向かう道中、それはそれは怖い思いをした。
 あってないに等しい時刻表。本来どの時間に来るはずだったのか見当もつかないくらい、大幅に遅れてバスが到着。やれやれとバスに乗り込み、空席に座ったはいいが、涼しかった外に比べて、冷房が入っていない車内は蒸し暑かった。それだけでも不快なのに、とにかくバスが進まない。駅へ向かう道は、雨の日には決まって渋滞する。
 突然、男性の短い叫び声が聞こえた。
 「携帯ッ!」
 私には、そう聞こえた。声の主は、通路を挟んで私の右斜め前に座っている若い男性。頭を抱える仕草が見えた。ははん、携帯を家に置き忘れてきたんだなと、ココまではまだ微笑ましい光景だった。
 しかし、携帯依存症患者の禁断症状(?)は、次第にエスカレートしていく。その若者は、1つ大きく舌打ちをすると、大声なのに何を言っているのか聞き取れないような独り言を始めた。最初のうちは数分に一度、短く何か発声する程度だったが、そのうちに窓ガラスをガンッと拳で殴る動作まで加わった。
 彼女との待ち合わせに遅れることが明らかになった今、携帯で事情を知らせることができずにイライラしているのだろうか。あれこれ想像する私の心臓は、恐怖で早打ち状態。
 バスは亀よりのろい。せめて冷房でも入れてくれたらいいのに。そうすればこの人も少しは頭を冷やし、冷静になれるかもしれない。運転手は何をやっているのか。今の窓ガラスを叩く音が聞こえてないはずはない。降車ランプが点いた。こんな切羽詰まった時に、次のバス停で誰か降りるらしい。いや、逃げ出す気になったのか。いっそそこでこのイライラの若者も一緒に降りてくれないものか。長いその足で、駅まで走った方が早いに決まってる。
 しかし、降りたのはまともな客だけ。若者は降りなかった。降りない代わりに、
 「ギャアア!」
 と奇声を発した。
 おお、ついにくるべきものがきた。やっぱりこの人は普通ではなかったのだと震え上がった。何が怖いって、どこから見ても普通に見えるところが怖い。きかんぼの乳幼児が、自分の思い通りにならなくて癇癪を起こすのなら、うるさいだけで怖くなどない。が、目の前に展開している現実は、ひたすら恐ろしい。
 若者は、20歳前後に見えた。とてもおしゃれだ。短い髪にツイストパーマをかけ、耳にはピアスがキラリ。アッシュカラーのセンスのよいアロハシャツの下には、きっと真っ白いTシャツを着ているはず。クロプトカーゴパンツの下には、しまって美しい脛が伸び、マリンシューズも自然に履きはこなしている。早い話が、黙って座ってさえいりゃあ相当モテるに違いないような若者の一人だったのである。
 だが、若者は黙ってはいなかった。
 再び「キョエェ!」と叫び(←ブルース・リーか)、自分の頭を拳骨でゴンゴン殴っている。
 若者のすぐ前には女子高生が座っていた。私がバスに乗り込んだ時、彼女は背を丸めてセッセと化粧をしていたのだが、かわいそうに、今やバッグを抱きしめながら、背もたれからできる限りはみ出ないよう必死になって寝たふりをしている。通路を挟んだ私の前の人々はと見ると、まるで申し合わせたかのように、自分を含め誰もがみな、窓にもたれるように身体を左(若者がいる方とは逆)に傾け固まっていた。
 バスは、ようやく難関R17を超えた。若者は窓ガラスや自分の頭を叩くのを止めて、ゆっくりとはいえ走行中にも関わらず、立ち上がった。おそらく乗客の誰もが肝を冷やした瞬間である。
 若者は、ゴリラのボス、シルバー・バックのように、天井のてすりにつかまりながら、上体を屈めた。そしてフロントガラスの向こうにかすむ駅を黙って睨んでいた。運転手が、さりげなく冷房を入れたようだ。もうすぐ駅のターミナルに入るという頃になって。
 「たいへんお待たせいたしました。まもなく○○駅に到着いたします」
 運転手の生の声は、いつになく丁寧である。バスが遅れた時、降りる客は先を争うように料金箱を目指すが、我々の誰もが電車に乗り遅れることよりも、命の方が大切だと認識していた。若者が、誰にも邪魔されることなく悠々とバスを降りるまでの間、おとなしく座ったままだった。
 こうして恐怖のバスツアーは、一人の犠牲者も出さずに無事終了。だが、私だって頭を抱えたくなる。あの若者の奇行はなんだったのか? 一見おしゃれな今風の若者を、ああも自己制御不能にさせたものは、何だったのか? 何が彼を動かしていたのか?

 ダイオキシンを与えたマウスが、感情障害や行動障害を引き起こし凶暴化──いつか読んだ新聞記事が、今更のように頭をかすめる。
 自分が「怖い人」になっている、またはなりそうな気がする人は、絶対にハンドルだけは握らないでください。
 
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by vitaminminc | 2006-07-25 18:08 | 人間 | Comments(4)

ポケモンたちに告ぐ

 思ったより息が長かった。しかも今でも続いている。なぜだ? なぜなんだ、「ポケモン」め。

 私は「ポケモン」が好きではない。これ案外、ペット好きな人なら頷いてくれるんじゃないかと思う。だって、モンスターと出くわすたびにいちいちポケットからモンスターボールなんかを取り出して、スヤスヤと眠っていたかもしれないモンスターたちに「行けー!」なんて偉そうに叫んで、闘わせるってんですから。そこのところの心境が、私にゃあ理解できない。一生理解したくもない。

 ♪あぁ~、憧れの~、ポケモンマスターに~、なりたいな~、ならなくちゃ~、絶対なってやる~

 あんたらはいい。モンスターたちを闘わせて、よくすればそのトップブリーダーのモンスター版みたいな地位が獲得できるんだから。でもね、闘わされるモンスターたちに、説明できるんですか? え? 【なんのために闘うのか】を、ちゃんと説明できるんですか!ってんだ。

 ウルトラマンや仮面ライダーは、まだ単純でよかった。だって彼らが闘う相手は明らかに人類に危害を与える「悪者」なんだもの。でも私が見る限り、ポケモンの闘いは絶対に必要な闘いだとは、どうしても思えない。人間様のために闘わされているだけにしか見えないのだ。
 ゲームの中で繰り返される暴力シーンが、少年犯罪を誘発する──このことが社会問題としてクローズアップされてから、もう何年も経つ。当然、ポケモンはそういったことを配慮してプログラミングされたゲームストーリーに違いない。その証拠に、主人公はポケモンたちをこよなく愛し、闘いの後にはキズついた身体を癒しに、お決まりのように「ポケモンセンター」に駆け込む。  おい、おい。キミたちには学習能力というものがないのか。キズつかないためにはどうすればいいのか。頭を冷やして考えろ。一緒に成長の旅をしている仲間を闘いに引きずり出したりしなければ、誰もキズつきはしないのだ。
 ポケモンたちもポケモンたちだ。どこの世界に愛するわが子を戦地に送り出す親がいる? それでもキミたちは、かなしいくらいご主人様が大好きなんだね? だって闘う前も闘った後も、ご主人様はとてもやさしくしてくれるもの──。
 ポケモンマスター(予備軍含む)の偽善者ぶりは、まるでDV加害者のそれとおんなじ。暴力に及んだ後には、必要以上にやさしくなる。そうすることで、傷つけた相手に精神的足枷をはめて、自分から逃げられないようにしてしまうのだ。

 ポケモンたちに告ぐ。──もう闘わなくてもいいんだよ。でないとただのDV被害者でしかない。自分たちの意思で闘うのなら何も言わないけれど、
 「キミに決めたー!」
 なんてバカげた一言で、いきなり闘いの場に送り出されちゃかなわないだろう?
 今度、卑怯者に言っておやりよ。
 【自分で闘えよ】──ってさ。
 
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by vitaminminc | 2006-07-24 18:12 | 人間 | Comments(0)

鳥肌ーリン

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 「おはよ! 元気? 久しぶりに凄いニュース! 今日はうちの子の運動会なんだけど、朝一で、X君の父ちゃんが横にいるのを見た! 覚えてる? あのいつものオーラを発し、Gジャンに革靴だ! もう7年も経つのに、あの時のまま。超胸キュン!──」
 ↑これは今年の夏の初めに友だちから送られてきたメールである。友だちは、自分の下の子の小学校の運動会を見に行った朝、7年ぶりに「X君のおとうさん」を見ることができたのだ。その時の興奮と感動が「超胸キュン」の一言に凝縮されているようだった。
 私たちは、上の娘同士が幼稚園で仲良くなったことがきっかけで、8年来の友だちだ。X君というのは、当時娘たちと同学年だった男の子。クラスが一緒になったことはない。
 幼稚園というのは、とにかく行事が多い。ある日、私は何かの行事で、すごい力によってぐるりと後ろを振り向かされた。変な話、自意識過剰なわけではないが、私はたぶん人の視線をキャッチする能力に長けている。これまでにも、私が振り返ると慌てて視線を逸らす人を何人も見てきた。サマーセーターを裏返しのまま着ていたことや、後ろ髪が寝癖で飛び跳ねていたことなどを除外しても、決して少なくはない。なぜ人はかくも変なものに惹きつけられてしまうのか。何だか話がズレてきた。元に戻す。
 私が振り返ったとき、実はX君のおとうさんはこちらを見ていたわけではない。つまり、「視線」ではなく、別のチカラで私を振り向かせたのである。
 それは、どよよょ・・・とうねりくるオーラであった。それも、街で見かける芸能人などがやたら垢抜け輝いて見えるアレとは違って、限りなくダークなオーラ──「暗泥メダ大星雲」のような、闇に吸い込まれそうなオーラであった。わかりやすく言うと、【鳥肌が立つほどキモチ悪かった】のである。
 X君のおとうさんは、小柄で華奢だった。ヘタすると私よりライトだったかもしれない。そしてなによりも、いでたちが異様だった。両肩が脱臼したみたいな、大きすぎる上着。くるぶし丸見えの、短すぎるジーンズ。その下には黒ソックス&黒の革靴。「やめてぇ・・・」とうめきたくなるようなロー・センスであった。
 貧乏なやもめ男か万年独身彼女なし男が、古着屋でサイズのまったく合わない服を間に合わせに買って、そのまま歩いて来ました、というようなカッコだった。野暮ったさも、極めれば心を打つ。私はその人が気になって気になって仕方がなくなり、横にいた友だちに小声で聞いた。
 「ねぇ、あそこに立ってる男の人、誰のおとうさん?」
 え?と振り向き、私の視線の先を見た友だちは、思わず口を手で押さえながら声に出していた。
 「何あの人、気持ち悪い!」
 このように、当初は生理的に受け入れられずにいた私たちだが、「ぞっ」とくる妖しい感覚が忘れられず、気がついたら中毒になっていた。行事のたびに、どちらともなくX君のおとうさんを探すようになっていったのである。
 「ゲ!」と叫びたくなるファッションは相変わらずで、逆にどうすればああも適正サイズを外した服ばかり身につけられるんだろうと不思議でたまらなかった。
 暗黒オーラの光源がX君のパパだとわかるまでに、そう長くはかからなかった。友だちが、行事の係でX君のおかあさんとたまたま一緒になり、ついには服のセンスの理由まで仕入れてきた。それによると、X君のおとうさんは入婿で、お金にはちっとも不自由していないはずであった。いや、自由になるお金には誰よりも不自由していたのかもしれない。なにしろ着ている服の大半が妻のお下がりだという話だから。
 まもなく私と友だちは、秘かに「X君のパパ☆ファンクラブ」を結成した。X君のおとうさんは、安値の札で主婦を惹きつける、スーパーの「はね海苔」だった。光沢もなく薄いけど、味は寿司海苔。
 行事では、自分の子どもの位置を確かめた後には、必ずX君のおとうさんの立ち位置を確認した。子どもを見る振りをして、さりげなくそばに寄っていくこともあった。そばにいった時などは、「ぞぞぞぞぞ・・・」という効果音が周囲に漏れ聞こえはしないかとハラハラしたほどだ。
 やがて私たちは二人とも、離れていても近くにいても、X君のおとうさんがいると、自然に鳥肌が立って、“いる”と察知できるまでになった。妖気を感じると髪の毛が立つ鬼太郎のようなものだ。
 X君のおとうさんが発していたオーラは、北の空に揺らめくオーロラのように、我々二人のファンを魅了して止まなかった。

 「──こっそり写メしようかと思ったけど、携帯なんか構えてこっちが変人に思われるのもイヤだったから、泣く泣くあきらめた」と友だちはメールを結んでいた。
 
 こう蒸し暑いと、あんなにも私たちに鳥肌を立たせた、X君のおとうさんが懐かしくなる。彼は、あの強烈なマイナスオーラのほかに、きっとマイナスイオンも発生させていたんだろう。ただキモチ悪いだけの人はザラにいるけど、X君のおとうさんは格が違う。小柄で華奢だったが、母性本能をくすぐるタイプとはまったく違っていた。
 真夏の鍾乳洞かお化け屋敷か。一種独特の、あんなにも不気味な引力を持った人を、私と友だちは、ほかに知らない。
 ブキ魅力的、なのである。
 
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by vitaminminc | 2006-07-22 15:42 | 人間 | Comments(2)

揺れる

b0080718_11234239.jpg 最近、揺れてます? 通勤電車とか震度2の地震とかじゃなくて、何かに身を任せて、揺れたりします? 心が揺れてどうするんですか。まぁ心が揺れたっていいですけど。

──ってなことを問いかけたくなったのは、遠い昔に揺られたハンモックのことをふと思い出したからだ。
 私が子どもの頃、家にはハンモックがあった。ハンモックだけではない。籐製のブランコもあった。気が向けばそれらに身を任せて、好きなだけ揺られてられた。夏の昼下がりには蝉の声を子守唄に、目を開けたまま、揺れて揺られて─夢見るように過ごしたものだ。
 なんていうと、広い芝生の庭だとか、ウッドデッキの玄関先だとか、アメリカ映画に出てくる田舎の家に育ったようだが、実際はまったく違う。ハンモックも籐製のブランコも、すべて家の中にあった。
 ハンモックは、六畳の和室(両親の寝室)。2本の柱に太いフックを取り付けて。普段は片側の柱にまとめておいて、使う時だけネットを広げる。片方の支柱バーの先の輪を、向こうの柱のフックに掛ける。
 ブランコは私の個室(1.5坪の畳部屋)。開け放った障子の上の鴨居にひっかけ吊り下げて、昼間はいつでも乗れたのだ。
 これらはすべて父の趣味。すごいセンスだが、子どもの辞書にミスマッチという言葉はない。畳の上にハンモックが渡してあろうが、障子の代わりに籐製ブランコが下がっていようが、そんなことは問題じゃない。風にゆれる木の葉のように、あるがままを受け入れ揺れる──大好きだったなぁ、揺れるのりもの。

 考えてみると、もうずいぶん長いこと揺られていない。公園のブランコに、最後に乗ったのはいつだったろう。黒澤映画「生きる」のワンシーンが蘇る。あれは確か、病気で余命いくばくもない主人公(役所の人間)が、地元住民の要望に初めて耳を傾け奔走する。市民の憩える公園をつくるために。ようやくその願いが叶った公園で、主人公は自分がもう長くないことを悟り、たった一人ブランコに揺られるのだ。ひとこぎひとこぎ、しみじみと。自分が生きた最後の証を噛みしめるようにして・・・そんな話じゃなかったか。

 自分の部屋の入り口にあった幼児用ブランコは、私が小学校低学年のうちに、もっと小さな子どものいる親戚の家にもらわれていった。大好きだったハンモックは、ある年の夏休みに難破した。兄(小6)と私といとこ(小4)の三人で、「嵐にあった船」ごっこをしている時に、悲劇は起きた。ハンモックの両端の張り木を掴んだ二人が、中の一人を振り落とすまで過激に揺らす。そんなろくでもない遊びをしている最中、ものの見事に大破した。新しいのを買ってもらえるかと期待したが、「買っても壊す」と決めつけられて、とうとう我が家から「揺れる」すべてが姿を消した。
 
 電車の揺れも“1/f 揺らぎ”らしいから、ブランコやハンモックの揺れも、それに近かったんだろう。とにかく心地よかった。心地よかったという記憶しかない。ブランコやハンモックに身を任せ、α波を放ちながら、いくらでも空想に浸っていられた。
 ブランコはムリでも、ハンモックになら大人でも乗れる。アウトドア用品のコーナーで、2000円位で手に入る。ただ、今の家の柱に吊るして、今の私が横たわったら、どうなるか。築30年を越す古家の柱。「人」という字を描きそうで怖い。家自体が揺らいでしまってはシャレにならない。心地よくもない。

 あ~ぁ、今のポリプロピレン製のネットなんかじゃなくってさぁ、あの懐かしいコットン素材の網の中、くもの巣にかかった幼虫のように、背中を丸めて目を閉じるのだ。観念しながら眠りについて、虚しくかぼそく祈るのだ─いつの日か、飛べますように─舞い飛ぶように、舞い飛ぶように、揺られながら、夢が見たい・・zzz・・・☆
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by vitaminminc | 2006-07-18 11:23 | 人間 | Comments(2)

主役不在

b0080718_1827408.jpg←アブラゼミ(Wikipediaより拝借)
 
 図書館に向うアスファルト道路は、スイッチを切って間もないスチームアイロンの表面。街全体が亜熱帯植物園と化し、誰もかれもがふやけて見えた。
 連日ニュースでは、やれ34℃だ、35℃だと最高気温を伝えている。そのとおりの温度に浸りながら、頭の中ではしきりに何か目には見えないギャップのようなものを感じていた。何か変だ。何が変なのかがわからないまま、気がつくと図書館に着いていた。
 自転車を停めて、空を仰ぎ見る。梅雨明け前の、地味な雲に覆われている。白っぽい灰色、黒っぽい灰色、青紫っぽい灰色──空は、本来の突き抜けるような色を隠し、病んでいる顔色をしていた。
 でも、私が「変だ」と感じたのは、空の色のことではない。図書館の向かいの寺に視線を移したとき、その答えが見つかった。寺には、緑の木々がたくさんあった。

 温度にサウンドが伴っていなかったのだ。私の体感温度はセミの鳴き声を必要としていた。

 セミたちは、知っているのかな。こんなに幾日も暑い日が続いてるのに、まだ梅雨が明けてないってことを。
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by vitaminminc | 2006-07-15 18:21 | 自然 | Comments(2)

名前ノムコウ

 ラジオの女性DJが、「シカオちゃん」と呼ぶのを耳にして、私はひどく違和感を覚えた。‘シカオちゃん’とは、ご存じのとおり、SMAPに「夜空ノムコウ」を提供したことでも有名なミュージシャン、「スガシカオ」のことである。彼は今、娘が夢中になっているアニメ「×××HOLIC」の主題歌なんかも担当しているが、ハスキーな声と怪しげな旋律が妙に印象的だ。
 ちょいとしたファンであれば、好きな相手の名前を「ちゃん」付けして呼ぶくらい、珍しいことでもなんでもない。私が「チガウ」と感じたのは、あくまでも個人的な見解からだ。なぜなら、「スガシカオ」は私の中では、「清し(すがし)顔」だったからである。
 そもそも最初に、文字としての「スガシカオ」を目にした時点で、私の勘違いは始まっていた。「すかし顔」と読み間違えていたのである。次に文字を見たときに、「ガ」の位置を修正し、「スガシカオ」はスカした野郎から「清し(すがし)顔」の男へと変貌を遂げた。どこをどうひねればそんな不自然な解釈ができるのかと首をひねりたくなるかもしれない。でも私はごく自然に何の疑いもなく、頭の中で「清し(すがし)顔」と変換していた。ミュージシャンにありがちなナルシスト的傲慢さと、長塚節の短歌「たらちねの 母がつりたる 青蚊帳に すがしといねつ たるみたれども」に見られる清廉さとを併せ持った、ヒジョ~に斬新なネーミングだと唸ったほどである。(←バカか)
 以来私は、ラジオの女性DJが「シカオちゃん」と言う瞬間まで、ず~っとスガシカオのことを「清し(すがし)顔」だと思い込んでいた。誰も変わった名前だと指摘する者がいないのも妙だなとは思ったけれど、もともとミュージシャンなんてのは変な名前の集団である。大して気にもせず、スガシカオは(私の中で)、自分で自分のことを「清清しい顔」呼ばわりする変な男であり続けた。だから今更「スガ+シカオ」なんて受け入れ難いのである。

 余談になるが、何年か前に「ウルトラマンティガ」がTV放映されていた頃も、同じような勘違いをした。新聞のテレビ番組表にあった番組のタイトルが、文字数の関係で「ウルトラ」と「マンティガ」の二段に分かれていたのが原因だ。私は何の疑いもなく、かつての「ウルトラQ」みたいなシリーズが帰ってきたのだと思った。
 「Q」の意味もいまだによくわからない私にとって、「マンティガ」の意味がわからないことなど問題ではなかった。もしかしたら、今度のウルトラシリーズは、宇宙からの飛来生物が相手ではないのかもしれない。「マンティガ」というのは、深海の未知なる生物の総称で、毎週毎週何らかの謎の海洋生物が登場して、ウルトラ警備隊と死闘を繰り広げるのかもしれない。
 ヒーロー不在の「ウルトラQ」シリーズの方が、よりリアリティが感じられて好きだった私としては、新番組「マンティガ」を大いに歓迎した。カモン、マンティガ!
──そんなわけだから、実際に「ティガ」が登場するシーンを見た時の私の失望と羞恥心は語るまでもない。
 あれから何年経つだろう。まったく学習能力なし。
 これからも私は、名前ノムコウにあるものを追い続けていくに違いない。
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                 ↑カナヅチだったティガ
 
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by vitaminminc | 2006-07-13 18:25 | 笑い | Comments(10)

バカ無限大

b0080718_20324967.jpg 暑い。蒸し暑い。もはや笑う気力もないほど暑い。
 てなことを思っていたはずなのに、不覚にも笑ってしまった。
 息子のせいだ。やつはお風呂に入るために、脱衣所で服を脱いでいた。そして、
 「ひゃほほほほ!」
 とインディアンのように笑いながら、いったん廊下に出てきた。
 ニッと笑って得意そうに私に向けた顔には、大きなメガネ。それが何であるかを理解したとたん、私は笑った。

 息子が顔にあてがっていた大きな白い‘メガネ’の正体は、さっきまで穿いていたブリーフである。汗でくっついて、脱ぐときにクルクルとコヨリのようにねじれ、見事な無限大記号(∞)を形成していた。
 しばしエルトン・ジョンのような顔を披露したかと思うと、息子は突然自分の使用済みパンツを遠くに投げ飛ばした。
 「くせっ!」
 当然のことながら私に「バカ!」と叱られた息子は、すごすごと無限大を拾いに行った。
 マッパのふりちん姿で。 
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by vitaminminc | 2006-07-12 20:51 | 子ども | Comments(2)

日々の暮らしに「ん?」を発見