ハーフ・ムーン

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今夜は 月を

夜空と 仲良く

半分こ




  イラスト~‘Atelier N’様「眺める1」~
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by vitaminminc | 2006-08-31 19:05 | 趣味 | Comments(0)

b0080718_20131914.gif オケージョナル・ポエム=日常生活のありとあらゆる機会に素材を求め、生まれる詩歌。機会詩。言い出しっぺはゲーテらしい。詩のテリトリーを時事問題や社会問題にまで拡張させたとして、現代の革新的詩人たちからも支持されている。

 先日のボウリングで、わが家の夏のイベントは終幕したはずだった。なのに性懲りもなく、本日子ども2人を引き連れてカラオケに行った。仕事から帰ってみると、留守番をしていた娘と息子がいかにも退屈そうな顔で出迎えたので、つい
<こりゃいかん>と思ってしまったのだ。
 例によって平日の昼間だというのに、カラオケ・シダックスは大盛況。駐車場に私の車を1台滑り込ませると、ほぼ満杯状態。私の街は、遊び人だらけだ。
 子どもと3人でカラオケに来ると、いつも採点機能を使って得点を競う。本日は、採点のおまけに表示される消費カロリーも得点に加えることにした。
 歌手であると同時に多忙な主婦でもある私は、今日は2人の子どもが歌っている待ち時間を利用せんと、あるモノをカラオケルームに持ち込んでいた。はたして何を持ち込んだのであろうか。正解できる人がいたら、すぐさますっ飛んでいって握手したい。(それだけかぃ)
 ま、とりあえず歌の競演が始まった。フリーのソフトドリンクコースを選んでおいたので、早速息子が3人分の飲み物を注文。娘が採点表のノートを広げる。本日の機種の採点機能は、‘精密採点’というやつ。音程の正確さは%で、しゃくりは回数で、ビブラートは秒数で表示し、得点を出すようになっていた。‘しゃくり’の意味がよくわからん。しゃっくりでないことだけは確かだ。
 娘→私→息子の順に、唄い始めた。アニメ番組から次々に新しい曲を仕入れて唄う子どもたち。それに比べて私の選曲は、時が止まったようかのようだ。勝手に自分のテーマソングにしているイエロー・モンキーの「プライマル。」ほか、ワンパターン。唄い慣れている分、新曲にチャレンジする子どもたちよりも当然得点が高め。大人気ないと思いつつも、知らない歌は唄えない。
──これで、いいのだ。
 ところで‘しゃくり’であるが、12、13回という表示が多い私に比べ、子どもたちは0~せいぜい1桁表示。どうも音の上げ下げのテクニックをいうらしい。合唱部ではご法度の唄い方だろうと想像できる。なぜなら、素直に唄うことが要求される唱歌っぽい曲の場合、しゃくりが多いとかえって点数が低かったりしたからである。
 さて、子ども2人が2杯目のドリンクを注文したときのこと。
 「あ~? なにコレ!?」
 娘の叫び声で、私は顔を上げた。
 子どもたちが頼んだのは、クリームソーダとアイスココアだったのだが、テーブルの上に乗っていたのは、クリームソーダと梅昆布茶であった。
 「なんで持ってきてもらったときに言わないのよ?」
 思わず咎めたが、2人がそれぞれ唄うのと曲を選ぶのに夢中になっていたように、私もほかのことに精を出していて気づかなかったのだから、同罪だ。
 「コレ、似合いすぎてて嫌なんですけど・・・」
 そういう私は待ち時間を利用して、【雑巾を縫っていた】のである。私自身の飲み物は、まだ1杯目のトマトジュースがたっぷり残っている。
 娘がすぐさまフロントに電話を入れた。アイスココアと梅昆布茶が間違って届いたことを告げると、ただいま交換します、との返事。ところが店員は、アイスココアを持ってきただけで、テーブルの上の梅昆布茶は下げずにそのまま置いていった。フリードリンクなので、サービスとして置いていったのだろうか。それとも、カラオケ画面の青白い光を顔面に反射させながら、場違いにも裁縫している変な女を見て、<いかにも飲みそうだ>と確信したのだろうか。因みに雑巾は、始業式の日に学校に持っていく息子のために縫っていたのである。
 競演が2時間を過ぎた頃、子どもたちがあーでもないこーでもないと、必死にページをめくり始めた。
 「駄目だ、やっぱ番組名じゃ載ってないよ」
 「‘リンリンリリン’で調べてみたら?」
 「そんなの違うに決まってるじゃない」
 しょーがないなぁ。私の出番か。
 「‘恋のダイヤル6700‘っていうんだよ」
 「え~? ママなんで知ってんの?」
 CATVでやっている「思いっきり科学アドベンチャー」という子供向け科学番組のテーマソングに使われている曲は、私が小学生の頃に流行った、フィンガー5のヒット曲。リードヴォーカルのアキラとママは確か同年齢だったはずだと話すと、2人は「ひょぇ~!」と驚いて、ほんのちょっぴり尊敬の眼差しを寄越した。それよりちょっと前、私がキャンディーズの「年下の男の子」を唄ったときとはえらい違いである。
 「あれ? この曲どっかで聞いたことある」(息子)
 「思い出した!‘昭和のナントカ’っていう、昔の映像が流れる番組で──」(娘)
 「ムカシ言うなー!」(私)
 曲の途中でつい文句を言ってしまったので、得点に影響した。
 
 結果。全17曲ずつ唄い、平均得点74.6(100点満点中)を記録した私が堂々トップ。中でも一番の高得点は、サザンの「いとしのエリー」で、84点。娘はこの曲を「いとしのメリー」などと言いおった。あのレイ・チャールズもカヴァーしている名曲を間違えるとは。再教育の必要性を感じる。
 ところで、17曲も唄ったにもかかわらず、合計消費カロリーは、たったの85キロカロリー。トマトジュースと梅昆布茶路線で地味にいっておけばよかったものを、途中でコーヒーフロートやコーラなども飲んでしまった。摂取量の計算は、怖くてできなかった。

 こうして、雑巾を縫いながら梅昆布茶をすすった歌手は、終わらない夏に終止符を打った。 
 
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by vitaminminc | 2006-08-30 20:09 | 趣味 | Comments(2)

 一週間ほど前のことである。新聞の読者欄に、「作業員泣かせの「『ごみ出し』」という見出しの投稿が掲載されていた。元会社経営者の70歳男性は、
──「家庭ごみを収集をしている会社に、パート勤務しています。作業員泣かせの『ごみ出し』についてお知らせします。」
 と前置きしてから、
 ①可燃ごみの日 収集車に積み込むとき、金属音がするので開封すると空き缶や瓶。多量に水分を含んだ台所ごみ。中にはガラス片も。
 ②プラスチックごみの日 残飯のある弁当容器にマヨネーズやソースが残っているもの。ライターやビデオテープのたぐい。
 というように、指定を無視して出されるゴミの実態を示し、言葉少なにこう語っていた。
──「私たちは、現場で分別しながらの作業です。」
 そして、ワースト地区が単身者の賃貸住宅ビルで、ベストは分譲マンションだと指摘した後、「その方の人柄を感じ」るゴミの出し方について、具体例を挙げて教えていた。

──「私たちは、現場で分別しながらの作業です。」
 この一言が、胸に響いた。小規模ながら、私はこうした‘作業現場’を体験している。
 今から3年前。うちが自治会の班長をやっている年に、突然ゴミ集積所の秩序が乱れ出した。こちらのゴミ収集トラックは、いたって事務的。袋の中に指定以外のゴミが1つでも入っていようものなら、情け容赦なく袋ごと置いていく。現場で分別などやってくれるわけがない。
 では、置き去りにされたゴミは、どうなるか。悲しいかな、班長が持ち帰るのである。自分が出したわけでもない他人のゴミを、集積所の美化のために、断腸の思いで持ち帰らなければならないのである。
 当時も仕事に出ていた私は、早朝から集積所で見張っているわけにも行かず、ただただ泣き寝入りするばかりであった。班員の中には、たまに分別ゴミの日を勘違いして出す人はいても、ビンも缶も生ゴミもいっしょくたに捨てるような人などいないはずだった。県道沿いに集積所が設置されているために、悪質なドライバーが投げ捨てるようにでもなったのだろうか。まさか誰かの恨みを買ったことによる嫌がらせでは・・・。
 不届き者が出すゴミ袋を仕分けするたびに、金属ゴミやらガラスゴミやらが増えていった。しかもそれらは月に一度しか収集がない。長いこと自分のうちの庭に保管しておかなくてはならない。私自身は、ゴミ出しに関しては、極めて優等生なのだった。ペットボトルは必ず洗い、ラベルとキャップを外して潰す。それが何ゆえ、他人のゴミの始末まで・・・。
 その日の午後も、県道を渡って、息子を乗せた幼稚園バスを待っていた。霧雨の向こうに、ゴミ袋が見えた。<まさか・・・!> ゴミ集積所に置き去りにされた、無分別ゴミの袋が、雨に濡れていた。
 「ママ、またゴミの袋、残ってるね」
 道路を渡って戻るときに、やはりゴミ袋に気づいた息子が、集積所を指差して言った。「まったく、しょうがない人がいるもんだねぇ」
 私は、息子のレインコートのフードをかぶった頭をペチャッと撫でてから、
 「ちょっとここで待っててね」
 集積所まで、ゴミ袋を取りに走った。
 「あー、もういい加減にして欲しい!」
 そんな言葉を吐き捨てながら、軒下でゴミの仕分け作業を行った。その日はゴミの収集日ですらなかった。一切のゴミに関し、収集がない、日。こんな日まで、他人の出したゴミ袋を開けて、分別をしなくてはならないとは。泣けてきた。いつまでこんなことをやらされるのだろう?──と、丸めた紙ゴミの中に、伝票の切れ端を見つけた。社名と、電話番号が入っていた。
 社名には見覚えがあった。年度の変わり目に、すぐ近くの空き事務所を借りて営業を始めた会社だ。小走りに県道まで出て、事務所の看板に書かれている電話番号を確認した。怒りがこみ上げてきた。
 道路の向こう側の住人が管理しているゴミの集積所は、別の場所にある。マナー以前の問題ではないか。私は自分の家の庭に溜め込んだ、空き缶の袋とビンの袋と普通ゴミの袋を全部持って、県道を渡った。
 プレハブ造りの事務所を開けて、「失礼します・・・」と声をかけると、ゲッと思うほど若い男性社員2人が、ゲッというような表情で私を見た。そりゃそうだろう。大きなゴミ袋を3つも手に提げたら、傘など差せやしない。本降りになった雨の雫を、髪の先からポタポタ滴らせて、
 「このゴミは、あなた方のですね?」
 と、半泣き声で言ったのだ。
 下手したら20歳前にも見える茶髪の若者が、意外なほど素直に、コクッと頷いた。素直に、というよりは、狂人を前にしたら逆らわない方が身のためだという自己防衛本能が作動したのかもしれない。
 「あ、あの、これね、いつも収集日に関係なく、ゴミが出た時点で出してたみたいですけどね、あの、せめて分別して出してほしかったんですよね、全部一緒でしょ、そうすると、ゴミ、持ってってくれないんですよ、うち今班長なんかやってるから、うちがこれ、みんな持ち帰らなくちゃならなかったんです、本当に、本当に、困っていたんです、そ、それに、あそこはゴミ、出せません、道路のこっち側の人は、出すとこ別にあります、あ、でも、もし自治会に所属してないなら、ゴミは家に持ち帰って、自分ちであの、処理してください、お、お願いしますぅ」
 「はぁ・・・」
 私はゴミを本来の持ち主のもとへ返し、事務所を後にした。
 本当のところ、逆ギレされたらどうしようと、怖くて仕方なかったのだが、こうして素直に受け取られたら受け取られたで、新たなる怒りがこみ上げてきた。
 「詫びの一言もないなんて!」
 家に帰って、幼稚園児相手に嘆いた。
 「オトナのくせにねぇ」と息子も相槌を打つ。
 今どき、コンビニ前のゴミ箱だって、駅のホームのゴミ箱だって、空き缶と燃えるゴミと空きビンくらいは分けて捨てさせる。常識中の常識だ。幼稚園児の息子だってゴミの分別くらい理解している。齢の若さは理由にならない。そんな社会常識さえ身についていなくて、はたしてまともに仕事ができるんだろうか。

 私の心配は的中した。それから1年も経たずに、その事務所は再び空き家となった。少なくとも私が班長をしている間はまだ営業していた。だから、ゴミを置いていく恐ろしい雨女に祟られて廃業に追い込まれたわけでは、断じてない。ゴミの出し方に代表されるように、ほかにもいろいろ‘ゴミ入った問題’が生じ、撤退を余儀なくされたのだろう。

 誰かが手を抜き楽をすれば、必ず誰かがそれを被って泣く。水に流せるものなど、基本的には何もない。もっともあの日の私の怒り、少しは雨が流してくれたような気もする。
 
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by vitaminminc | 2006-08-29 16:30 | 人間 | Comments(0)

アブラゼミ

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←「羽化途中のアブラゼミ」
足立区生物園様より拝借

 気づくのが遅かった。間に合わなかった。
 アスファルトの上で、夏を踏み潰してしまった。


──私はついさきほどまで、アブラゼミだった。今は違う。今は風が吹くたびに、体の断片をあちらこちらに舞い散らせている。何回でも風に乗って、粉々になった私のすべてが、土にかえることを祈っている。

 私は、海のない内陸の土地に生まれた。できれば日本アルプスとかの「山の手」に生まれたかった。町の東側を流れる、細い貧弱な川沿いの、桜並木の1本が、私の家だった。
 人は、私たちのことを「地上に出てからたった一週間しか生きられない可哀そうな虫」として哀れむ。だが私たちにとって、地上に出ることは、戦地に赴くのと同じなのだ。できたら一生、土の中で暮らしていたい。土の中だってキケンはある。モグラやおケラ、時には冬虫夏草なんてキノコに身体を乗っ取られて死んでいったやつもいる。けれど大半は、平和に暮らしている。やわらかい木の根っこちかくに自分を守る要塞を築き、木の根に長い口吻を突き刺しては、一日中樹液を吸いながら、夢を見ている。ちょうど人間の胎児のように。
 だが、窮屈になった服を4回脱ぎ捨てる頃─丸6年間が過ぎると、私たちはみんな戦地へ駆り出される。柔らかかった服が、鎧のように硬くなったら、招集令状を受け取ったことと同じ。地上へ出て行かなくてはならない。
 快適だった地中に比べて、地上はツライ。鳥やスズメバチといった凶暴な敵に見つからないよう、木陰に身を潜め、朝な夕なに叫び続ける。子孫繁栄のために、命あるうちに、結婚相手を探さなければならない。昨日も駄目だった、今日も駄目・・・そんなことの繰り返し。脂汗をかきながら、もう自分には時間がないことを悟る。目立つように、幹のど真ん中で叫んでみる。雲間から射す太陽が、じりじりと身体を焦がす。そして今日、ようやく義務を果たすことができた。
 お嫁さんは、昨日地上に出てきたばかりだった。
 「林は年々荒地(住宅地)になっていくばかりよ。川沿いの、この桜の枝に卵を産みましょうね」
 「ここだってどうなるかわからないさ」
 そう言う私に、お嫁さんは笑って反論した。
 「川のそばを掘り返すわけないわ。土手が崩れたら、人間だって困るでしょ」
 造成中の荒地から命がけで地上に這い出たというお嫁さんは、台風で川があふれることよりも、人間の手が加わることの方を警戒していた。
 「それに、ここはあなたが生まれた木ですもの」
 そう言い添えてくれたお嫁さんに、私は突然恋をした。
 それから彼女が安心して卵を産めるように、「偵察に行ってくる」と嘘をついて、後脚を引かれる思いで彼女のもとを去った。
 細くて貧弱な川を越えるのが、精一杯だった。アスファルトの上で、せめて雄雄しく最期を迎えたいと、四肢を踏ん張った。自転車が近づいてくる音がした。前輪でもいい、後輪でもいい、うまいこと私を砕いてくれないか。そうしたら、私は一日でも早く、土にかえることができる。
 乾いた音がした。細いタイヤが、私を轢いたらしい。お嫁さんは、あの桜の木の枝に、無事に卵を産みつけることができるだろうか──そう思うと同時に、私は自分の間違いに気づいていた。
 風をつかまえなくては。私の欠片のどれか一つでもいい、お嫁さんのいる桜の木の根元に舞い降りることができたらいいのに。そして私たちのこどもが、土の中ですくすくと育っていく振動をずっと感じることができたら、どんなにすてきだろう。
 私はただ、腹を見せて無様に死んでいる姿を見られるのが怖かったのだ。お嫁さんならどうするだろう。彼女はきっと、卵を産みつけた枝を見守るように、卵からかえった子どもを受け止めるように、やさしく天を仰いで死ぬに違いない。
 あんなに頑張って川を越えて来てしまったことを、今は悔やんでいる。

──私の断片が、いくつもいくつも身もだえしている。彼女のそばにいたい、こどものそばに飛んでいきたいと、音もなく叫び、舞い上がり、舞い落ちる。
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by vitaminminc | 2006-08-28 17:11 | 生きもの | Comments(0)

b0080718_15454120.jpg 夏休み最後のイベントとして、二人の子どもを連れて「ゲド戦記」を観に行った。
 正直、それほど期待はしていなかった。父上(宮崎駿監督)に対する尊敬の念が強すぎたせいかもしれない。それでも腰を上げたのは、娘の恋心に応えてあげたいという親心からだ。娘は、テレビで初めて「ゲド戦記」の予告を見た瞬間、心に闇を持つ少年=エンラッドの王子アレンに一目惚れしていた。
 「アレン君に会える・・・」娘は二次元の顔で歓んだ。
 
 映画は、私に意外な感動を与えてくれた。第一回監督作品としたら、申し分のない仕上がりで、「蛙の子は蛙だなぁ」と唸らされた。でも私は物語そのものよりも、映画の中でテルーという少女が唄う歌(「テルーの歌」←もうちょっとほかにタイトルはなかったのか?)に、より感動を覚えた。「蛙の子はオタマジャクシ♪」でもあったのだ。
 「テルーの歌」は、映画のCMでも流れていたから、映画を観ていなくても、一度は耳にしたことがあるだろう。唄っているのが、今回テルー役として声優もこなした、まったく無名の新人、手蔦葵。とにかく声がいい。澄み切っているわけではない。乾いた牧草地を思わせる響きだ。そしてそこを、時折遠くの水面を撫でた湿った風が吹きわたる──そんな声なのだ。もう少し齢を重ねたら、屈指のボサノバ・シンガーになるかもしれない。
 私はこの映画で、たった一度だけ泣かされた。テルーが唄っているシーンだ。歌の詞が、風のように、自然に心に吹き込んできた。泣けた。感極まって、涙がツツゥーーと頬にこぼれ落ちた。アレンと心が一つになった気がした。
 作詞は、宮崎吾朗。作曲は、谷山浩子。吾朗監督は、この映画で、作詞家としての才能も見事に開花させている。公式サイトの「テルーの歌」を読むと、萩原朔太郎の詩「こころ」に着想を得て生まれた詞であることがわかる。

  こころをば なにに たとへん
  こころはあじさゐの花
  ももいろに咲く日はあれど
  うすむらさきの思い出ばかりは せんなくて
           ──萩原朔太郎「こころ」より

 
  雨のそぼ降る岩陰に いつも小さく咲いている
  花はきっと 切なかろう
  色も霞んだ雨の中 薄桃色の花びらを
  愛でてくれる手もなくて
  
  心を何にたとえよう 花のようなこの心
  心を何にたとえよう 雨に打たれる切なさを
           ──宮崎吾朗「テルーの歌」より

 雨だれのように、心を打つ。この美しい詞が、谷山浩子の旋律を得て、手蔦葵の声で唄われるのだ。「ゲド戦記」の公式サイトで、1コーラス聴くことができる。テレビCMよりもじっくり聴けるので、心が乾いたときにでも、ぜひ聴いて欲しい。

 実は宮崎吾朗監督の父上には、若い頃に、精神的自立を助けてもらった恩がある。「風の谷のナウシカ」が公開された当時、私はちょうど自爆的失恋をしたばかりであった。映画鑑賞が趣味だった私は、次の恋が見つかるまでは映画も当分お預けか・・・なんて悲嘆していた。情けないことに、それまでただの一度も独りで映画を観に行ったことがない。映画は誰かと一緒に観るのが当たり前。独りで観に行くことなど想像もできなかった。観たかった映画を何本か見送ったある日、職場で「風の谷のナウシカ」の鑑賞券を入手した。アニメなんて、と最初は思った。でも、ぽかんとした心でチケットを見つめているうちに、脱皮できるような気がした。アニメだったからこそ、気軽に観に行けるような気がしたのかもしれない。
 仕事帰りに、有楽町マリオンに寄った。最終上映─確か18:30くらいに始まったはずだが、春休みか夏休み中だったのだろう、館内は親子連れで結構賑わっていた。
 感動した。軽い気持ちで観に訪れたことを恥じなければならないくらい、感動した。ダンゴムシを巨大にしたようなオームの魅力。映画が終わってからもしばらくの間、余韻に縛られて動けずにいた。ハンカチで涙を拭っている私を見た小学生男児が、横にいる母親に報告していた。
 「おかあさん、あのおねえさん、泣いてるよ」
 「いいの。見なくていいの。前向いてなさい」
 そうだ、私は泣いていた。独りぼっちで初めて観たアニメ映画と、独りぼっちでも映画に感動できる自分に感動して泣いていた。だから「風の谷のナウシカ」は、甘ちゃんだった私から依頼心を吹き飛ばし、独りで行動する楽しさを教えてくれた、記念すべき作品なのだ。
 それを手がけた宮崎駿監督の息子が、もう監督として一人立ちするなんて。月日の経つのは早いものである。考えてみたら、自分もいやになるくらい変化していた。独りでは映画も観に行けない「おねえさん」だったのに、今や二人の子ども連れ。宮崎二世の作品に泣かされている。
 「ゲド戦記」には、私の大好きな龍も登場する。その顔が、どことなくうちのかわいいメス猫に似ているように感じたのは、期待薄の心で足を運んだ無礼を詫びる気持ちが働いたからかもしれない。
 宮崎吾朗監督は、近い将来、必ず父上のライバルとなる。あんなに美しい詞が書ける人なのだ。今はアレン君に会えた歓びに浸っているだけの能天気な娘だが、自分の脆さに身動きできなくなる日が来ないとも限らない。そんなとき、宮崎吾朗監督なら、きっと娘を助けてくれると信じている。
 スクリーンいっぱいに、処方箋を描いてくれると──。
  
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by vitaminminc | 2006-08-27 15:46 | 趣味 | Comments(0)

 6時40分にアラームが鳴った。ヤモリのようにシーツにしがみつき、このままずっと寝ていたいと切望した。
 だが、今日は小学校の親子草取り日。根がマジメな私は、朦朧とした全身に鞭打って、やっとのことで上体を起こした。頭の中にはシャボン玉が舞い飛んでいた。
 二日酔いではない。明け方前に、息子の脚が顔にのってきたせいだ。とんでもない時刻に起こされて、眠れなくなって困り果て、やっとのことで二度寝して、その眠りが最も深くなったところで目覚ましがピーピー。眠くて眠くて眠くて眠くて、起きたとたんに気絶するかと思った。
 夢とうつつを彷徨いながら、炊飯器を開けた。カラだった。ギリギリまで寝ていたので、ご飯を炊く時間もなければ、コンビニにパンを買いに行く時間もない。
 仕方がないので、朝から蕎麦でも茹でることにした。ところが、食品用の引き出しを開けてみると、中途半端なストック。蕎麦2束+冷麦1束。朝食を必要とする人数は、私と子ども2人。計3人。蕎麦も冷麦も、茹で時間は4分間。一緒に茹でることにした。違ったところで、食べる物はほかにない。どのちみち時間差投入だ。
 湯が沸騰するまでの間に身支度を整えた。麺を茹でながら、時計を見る。めんつゆを用意する時間がない。いや、めんつゆを準備する時間はあるが、息子の食事時間がなくなる。つけめん式にした場合、麺は息子の口に入る前に、つゆにダイブしなければならない。工程が1つ増える食べ方はしてられない。麺だけに、話が長くなってきた。ええぃ、めんどくさい──茹で上がった冷麦蕎麦に、インスタント味噌汁をからめて、上に鰹節をトッピング。行き当たりばったりの朝食を食卓に出した。野菜不足は昼食で補うしかない。
 人の顔に脚をのせて起こしておきながら、自分は爆睡していた息子。それでもまだ眠いのか、文句も言わずにネコまんま蕎麦を平らげた。

 食事を終えて、洗面所で鏡を覗き込んだ私は、思わずのけぞった。左の頬に、シーツの皺が、「そんなバカな」というほど深く刻まれていたのである。それは自分が生きてきた中で、最もでかくクッキリとした縦皺であり、まるで「その筋の人」のようにハードボイルドなのであった。
 幸い、イベントは草取りである。手ぬぐいを頬かぶりする代わりに、日よけ帽を目深にかぶると、サイドの髪を頬に引き寄せつつ、外へ出た。近所の人と一緒に学校に向かいながら、ハードボイルドな片頬で笑ってみせる。かなり喜んでもらえた。
 「大人になってからのソレって、なかなか消えないんだよね~♪」
 まったくである。たっぷり2時間草取りをして、汗を流した帰り道でも、まだ薄っすらと跡が残っていた(らしい)。近所の人が、笑いながらも感心して言った。
 「よっぽど長い時間、熟睡していたんだね」
──違う。息子の脚に起こされてから、二度寝するとき、私はアラームの設定時間を少し遅らせたのだ。だから、最後に寝た時刻は覚えている。5時を少し回ったところだった。つまり、たった90分足らずのプレスだったのである。それが、起きてから3時間近く経っても完全に消えないとは。ハリハリホーホー,張り張り頬~。午前中ではあったが、心は黄昏れた。
 来年の今頃は、もしかしたら頭髪も、今朝食べた蕎麦と冷麦のように2色のまだらになっているのではなか老化。そして頬にはやはり、ハードボイルド系シーツの跡が、24時間刻まれているのではなか老化。
 草と一緒に年も取ったような気がする。とんだ半日であった。(ーーメ)←その筋の私

※トリビアリズム=瑣末主義(事象の本質をとらえようとせず、些細な事柄を細かく描写する態度)~学習研究社「カタカナ新語辞典」より~
 
 
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by vitaminminc | 2006-08-26 12:09 | 笑い | Comments(0)

ゴロピカ性格診断

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人の性格は、わかりやすく単純に、「猫型人間」と「犬型人間」とに大別することができる。また、人には、雷が苦手な人と、そうでない人とがいる。
 これは、私の30数年に及ぶデータ収集(最初に犬を飼ったのが30数年前というだけの話)により導き出した、1つの手っ取り早い診断基準である。
 
 爆裂弾が落ちたかというような雷が鳴って、まもなく大粒の雨が降り出した。
 家の中の2匹の猫はと見ると、大柄なオス猫は食器戸棚の上で寝転んで大あくび。小柄なメス猫は興味津々といった様子で窓にかぶりつき、外を眺めている。どうみても怖がっているとは思えない。4年前に他界したメス猫も、目の開かない乳飲み子時代から18歳という高齢に至るまで、生涯雷を恐れることはなかった。

 それに比べると、犬は違う。私がこれまで育てた犬は、合計3匹。彼らは揃って雷を怖がった。それも、半端じゃない怖がり方をした。
 大好きな散歩の途中でも、雷雲の匂いを嗅ぎとると、尾を股の間に挟みこんで、腰の抜けたような歩き方になった。平気でいる私を恨めしげな目で何度も見上げては、クゥーンクゥーンと鼻を鳴らし、恐怖を訴えた。そんなとき突然雷がバリバリッなんて鳴ろうものなら、気が狂ったようにダッと走り出し、後は家まで一目散。私は、踏ん張ろうとする足が犬の力に負けてしまう「\→」の姿勢、または犬に引かれる上半身に下半身が追いつかない「/→」の姿勢で、ひたすら家まで引っ張られていくのが常だった。
 実家のベランダで放し飼いしていた犬は、ドアを引っ掻き「中に入れろ」と鳴き喚く。ドアを開けてあげるやいなや、私を突き飛ばすかの勢いで階段を駆け下り、玄関の下駄箱の下に潜り込んだ。庭で飼っていた犬は、雷のときだけは死にもの狂いで玄関の中に入ってきて、やはり下駄箱の下に避難した。玄関ホールで寝ていたときも、わざわざ土間におりて、とにかく下駄箱の下へ。彼らは一様に「下駄箱の下」を目指した。必死になって下駄箱の下に身を隠すと、そこでわらわやみのように全身をぶるぶる震わせて、雷がすっかり遠ざかるまで、決して出てこようとはしなかった。どんなに頭を撫でても、どんなに抱きしめても、下駄箱の下に潜り込むこと以上に彼らの不安を和らげる手助けにはならないのだった。

 だから、雷が鳴っても泰然としてられる猫を見ていると、犬と猫の本質的な種の違いを感じずにはいられない。もしかしたら、たまたま私の身近にいた3匹の犬が3匹とも雷嫌いで、3匹の猫が3匹とも雷好きだっただけなのか?
 だが、ものの見事にきれいに分かれたのだ。この、にゃんこ3vsわんこ3の明快なデータ、ぜひとも今後の人づきあいに生かしたい。

 ☆雷が好き(もしくは平気)な人は、猫型人間=自己中、気分屋、寛大、健忘症
 ☆雷が嫌いな(もしくは怖い)人は、犬型人間=従順、協調性、純真無垢、繊細

 ちなみに、娘は犬型で、息子は猫型であることがわかった。かなり、信憑性あり。

 

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by vitaminminc | 2006-08-24 16:30 | 人間 | Comments(0)

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←テレビTIME特集
 「美しきチャレンジャー」より
 中山律子プロ

 ボウリングをやった。20年ぶりにやった。

 この夏、地元にマンモス娯楽施設がオープンしたので、仕事がオフだった昨日、かねてからの約束通り、子どもたちをボウリングに連れて行った。平日の昼間だから、てっきり空いているだろうと思ったら、とんでもない大盛況。高校生をはじめ若者グループ、カップル、家族連れで、わんさか賑わっていた。
 私が選んだ球は、9ポンド(約4キロ強)。ダンナが10ポンド、娘が8ポンド、息子が6ポンド。忘れた頃に出てくる筋肉痛を考慮して、2ゲームだけ申し込んでおいた。
 それにしても、驚いた。地元の店舗の規模はいうに及ばず、ハイテク導入面でもおそらく全国一だろう。おかげで東京23区内のチェーン店を差し置いて、料金の高さでも独自の料金体系を持ち、堂々トップ。サービスとして、1レーン使用につき、ジュークボックスのコインが1枚ついてきた。ピンボケ頭の私は、そのコインを手にして戸惑った。
 <この爽快なピンが弾け飛ぶ快音と、ボディソニックのようなBGMが鳴り響く中、いったいどこでジュークボックスを聴けというのか?>
 全部で38レーンあるフロアの前方──ピンが並ぶ辺りの上の方──には、フロア全体に流れている音楽のPVが、ワイドスクリーンに映し出されている。レーンの数とほぼ同数ある巨大なスクリーンが、ズラリと並んで同じシーンを映している様は圧巻であった。思わずそのスクリーンに見入っていたら、画面の左下にジュークボックスのナンバーが表示されていることに気がついた。私はてっきり、喫煙ボックスみたいなところに入って、休憩がてらジュークボックスを聴くのかと思っていたのだが、そんなバカな話はもとよりなかったわけだ。プレゼントのコインを使って、ジュークボックスで好きな曲を選ぶと、それがフロアに流れ、PVが分身の術を使ってレーンの上を席巻するという仕組みであった。
 20年ぶりに訪れたボウリング場は、こんな調子で、初っ端からちょっとした浦島ショックを与えてくれた。当然、スコア表も然り。かつてのように、自分たちで記入する必要はない。全部コンピュータが読み取って、正確に記録&表示してくれる。地道に足し算し、仲間が出したストライクの黒蝶を苦々しい思いで描く必要もない。ワイドスクリーンでは厚化粧の倖田來未のクローンが何体も踊りくねり、スコア画面は「○○さん、投げてください」と指示を出してくる。
 私以上にボウリングのブランクが長いと言い張るダンナ。昨日が初体験の2人の子ども。低レベルの戦いが始まった。
 指の穴がキツくて抜けにくいのか、床に軽くバウンドさせるように投げるダンナ。
 8ポンドの球を、投げると言うよりは、ポトンと床に置いているようにしか見えない娘の不思議な投球。下手したら後方に転がって来てもおかしくないような置き方なのだが、球は一応前方に、お上品に転がっていく。家から一歩外へ出ると、基本的には恥ずかしがり屋だ。明らかにガターならまだしも、比較的いい線いってる球を投げたときでも、すぐにこちらに向き直り、ボールの行方も追わないで、「ぅふ♪」とテレ笑いを浮かべて、操り人形のようなスキップをしながら、トテットテッと席に戻って来てしまう。
 「投げた球くらい最後まで見ろよ!」(by父親)
 娘は頑固だ。投げたボールではなく、着席してからスコア画面を見て、倒したピンの数を確認し続けていた。
 息子はというと、6ポンド球に「重いぃ~」と音をあげ、途中でキッズボールと交換。どうやって投げたらよいか、何度説明しても、なぜか独自の投げ方になってしまう。あるときは、ボールを腰の後ろに乗せたまま、前傾姿勢で左手だけを振って忍者のようにヒタ走り、ファールラインの手前でピタッと立ち止まった。何をするかと思いきや、ボールを持った右手をブーンブーンと振り子のように何度も前後させ(ハラハラした)、意表をつくタイミングで手放した。姉とは違い、レーンのすぐソコでガターになったボールでも、立ち尽くしたまま最後まで見届ける。その哀愁を帯びた小さな背中を見ていると、思わずこっちが奇跡を祈りたくなる──どうかボールが溝を乗り越えて、ピンの1本でも倒しますように──。
 結局、息子が私のアドバイスに従ったのは、①投球前に、ボールリターンの端にある小さな送風口に手をかざして指の汗を乾かす ②ボールについたオイルは、備え付けのタオルで拭き取る の二点のみだった。
 私はというと、過去に何かのテレビ番組で、「投げ終えたあとに腕を頭の上くらいまで振り上げるとカッコよく見える」といっていたのを思い出し、途中でそれをやってみた。すると、そちらにばかり意識が働いて、ガターを出してしまった。このときほど自分の振り上げた手が目障りだと感じたことはない。目の前に振り上げた手の位置が、高ければ高いほど恥ずかしい。
 結論から言うと、私は2ゲームのうち、ストライク2回、スペア2回、ガター2回、2投目に1本も倒せないミス数回。1ゲーム目が終了時、ダンナには1点差で負けた。表示された4人の得点の低さに、思わず両隣のレーンのスコアボードをチェック。いずこも似たり寄ったりなので、ホッとした。
 2ゲーム目に入る前に、ジュークボックスへ走り、コインを入れた。村田英雄の「王将」でも流したら周囲の反応が面白かっただろうに、ジュークボックスのラインナップは、サザン、湘南乃風、いきものがかりなど、夏で若くて爽やかでって感じ。間違ってもフロアに演歌が流れたりはしないよう、予め防御策が講じられていた。オレンジ・レンジにしようか迷った末に、ドラゴン・アッシュのナンバーをエントリーさせた。
 ところで、2ゲームの途中で早くも腕が疲れてしまった私は、ボウリング初心者ながらストライクも出した娘に抜かれ、結局3位に終わった。
 相撲取りみたいな格好で踏ん張り、両手でボールを押し出してみたり、投げると同時に滑ってひっくり返ったり。毎回奇ッ怪なフォームで投げては「G」と「-」の記録を更新していた息子だが、2ゲーム目に初めてピン9本を倒せたのが、余程うれしかったと見える。4位の息子が4人の中で、一番満足げな顔をして言った。
 「あぁ、面白かった!」
  

 
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by vitaminminc | 2006-08-22 16:28 | 趣味 | Comments(0)

毛~罰

 法螺吹き童子め。
 息子と二人で外出するとき、私は息子に、窓の鍵を確かめて、エアコンのスィッチを切って、テレビを消して居間を出るよう命じた。懲りない私は今日も息子を‘信頼’し、息子の仕事を確かめもせずに家を出た。
 外出先から戻って、私が庭に車を入れている間に、首からマイ・キーをぶら下げていた息子が、一足先に家に入った。
 2分も置かずに私が玄関に入ると、息子はやけに愛想よく迎え出て、
 「ママ、‘さっき’エアコンつけて、部屋を冷やしておいたからね」
 などと言う。嫌な予感がする。
 居間に入ると、どん冷えであった。
 「・・・・・おぃ」
 「?」
 「この冷え方は、普通じゃない。‘さっき’つけたんじゃないね?」
 「!」
 「要するに、消し忘れていったわけね?」
 怒りが頂点に達し、部屋の冷気は怒気に変わった。
 「・・・・・あのね」と私。
 息子の口元がひくつく。
 「ママが怒っているのはね、エアコンを消し忘れたからよりも、くだらない嘘をつくことに対してなんだからね」
 「──はぃ」
 昨日は昨日で、私が仕事から帰ってみると、息子は炎天下、砂利路地で無邪気に蟻と戯れていた。玄関の鍵は開けっ放し。誰もいない居間にはエアコンがギンギンについていた。なのに、ちっとも冷えていない。よく見ると、部屋の窓が全開だった。窓を開けたのは、「暑かったから」で、エアコンをつけたのも「暑かったから」。どちらも同じ日の同じような時間帯にわが息子が行った所業である。
 「部屋を空けるときは、窓から不審者が侵入しないように、ちゃんと窓を閉めて鍵をかけないと危ないじゃない。それにエアコンをつけるなら、その時点で窓を閉めないと、暑い空気が外から入ってきて意味がないじゃない。で、やっぱり部屋を空けるなら、エアコンのスィッチは切らないと地球温暖化の・・・・」
 とまぁ、かなりわかりやすく説教したはずなのに、相当通気性のいい耳を持っているとみた。
 「もう怒った!」
 と私は立ち上がり、ハサミと櫛を取ってきた。
 「本当なら、嘘をついた罰で、頭を丸めなくちゃならないところなんだからね!」
 昨日までは、髪を切られることを嫌がってずっと逃げていたバカ息子も、今日の私の剣幕には太刀打ちできないと観念したのか、神妙に床に座った。
 「座ってないで、掃除機用意して、服全部脱ぎなさい!」
 息子はしぶしぶと掃除機を持ってきて、服をソファーに脱ぎ捨てた。
 「ロン毛がいい」などと腑抜けた理由を盾に、髪を伸ばし放題にしていた息子。25年前の丘サーファー丸出しである。似非サーファーみたいな髪型なんかしているから、平気で法螺を吹いたりするのだ。
 切っては床に落ちる髪を、掃除機で吸い取る。ダイソンのクリアビン(ゴミが溜まる透明容器)には、みるみる息子の黒髪が溜まっていく。
 「なんかコレ、怖いんですけど・・・・」
 と、MAXラインを超えた髪の量を見て、息子がビビッた声で言う。
 「うるさい!」
 変な髪型になったとしても、それは自業自得なんだかんだとさんざん脅しをかけながらカットした。切られ終えて、シャワーを浴びに行った息子。鏡を見て自分の髪をチェックし、まんざらでもないという顔をして居間に戻ってきた。
 私は素人なので、息子の髪を切ったときの出来栄えには激しくムラがある。それでも理美容院で切られすぎたのが余程トラウマになっているのか、プロよりも私に切ってもらいたがる、超安上がりな息子なのだ。
 でも、今回ばかりは大失敗した方が息子のためになったかもしれない。二度と法螺を吹けなくなるくらい、おそろしくダサダサのヘアに──。
 
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by vitaminminc | 2006-08-20 17:04 | 子ども | Comments(0)

b0080718_20522757.jpg 今夜は地元の夏祭り。太鼓の音が風に乗ってくる。みんな浴衣を着て踊っているんだろうな。
 さて。土曜の晩ときて、踊りとくれば、当然頭に思い浮かぶのが、映画「サタデーナイトフィーバー」。天を指差し、腰をだるま落としの落とし損ないのように「くきっ-☆」とひねったあのポーズ。濃すぎて忘れられない。
 「サタデーナイトフィーバー」が大流行し、まだその余熱が冷め切らずにいたある夏の日、私は高校の友だちの家に遊びに行った。
 東京下町の、急行も停まらない私鉄の小さな駅で降りると、目の前には堂々と「銀座プロムナード」と書かれたアーチ。その下をくぐって北側に伸びた先が、友だちの住む地元商店街。日曜日だったので、ホコ天になっていた。テープが伸びかけたようなハワイアンが流れていて、商店の店先にはビーチパラソル付の丸テーブル。そばの丸椅子にはおばあちゃんが座り、団扇を扇ぎながら麦茶をすすっていたりする。どこが「銀座プロムナード」なのか。こみ上げてくる笑いをハンカチで汗を拭うふりをしながら隠し、友だちの家へと急いだ。
 「何嬉しそうに笑ってんの?」と出迎えた友だちに、
 「銀座プロムナード・・・・」と一言。
 「またそーやってバカにしてぇ」と友だちはむくれ、いったん私を二階にあげておいてから、「下に行って、オババ(自分の母親のこと)から何か冷たい飲み物もらってきて」と私をあごで使った。
 窮屈な階段を下りていくと、どこからともなくおばさんが顔を出した。
 「あら、みん子、お椀取りにきたの?」
 寒い季節に初めて友だちの家に遊びに行ったとき、コーヒーでも入れようかと言ってくれたおばさんに、私は戸棚の中を凝視しながら、
 「いえ。あれが飲みたいです」と永谷園松茸の味お吸い物を指差した。以来おばさんは、私のことを「変な子」扱いしつつも可愛がってくれて、お邪魔すると必ず永谷園松茸の味お吸い物を飲ませたがった。
 やんわり断わり冷たいジュースをもらって二階に運ぶと、友だちがいかにも退屈そうに言った。
 「今日はさぁ、イトコのうちにでも行ってみるか?」
 彼女の話によれば、めんどくさいから‘イトコ’ということにしているが、遠い親戚にあたる6つ年上の男の人だという。イトコの部屋に行くと、時々掘り出し物が見つかるからオモシロイのだそうだ。
 「何か見せてくれたりするの?」
 「まさか。いないときを狙って行くに決まってんじゃん」
 私が「えぇ~~」と驚いている間に、友だちはズズーとストローで果汁数%のオレンジジュースを飲み干した。
 「早く飲んじゃいな」と氷をガリガリ噛み砕きながら私を急かす。
 ジュースを飲み終え、友だちの後について外に出た。6つ年上の男の人──当時の私にとっては未知の領域だ。そんな異生物の部屋を見られるというだけでも心が躍った。
 「イトコのうちって、どこ?」
 「向かい」
 「え?」
 「道路渡った真ん前」
 「遠い親戚じゃなかった?」
 「距離のこと言ったんじゃないよ」
 「私だって距離のことを言ったわけじゃないよ」
 遠い親戚という割には、自分の家のような図々しさで、友だちはイトコの家の中に勝手に入り込んだ。そして何の躊躇もなく階段を上がって行った。
 「ねぇ、怒られない?」
 現場を前にして怖気づいたように私が言うのを、
 「平気平気ィ」と友だちは軽く流した。
 仕方なく、友だちに続いてイトコの部屋に入った。
 「わ!」と声が出た。襖を開けて入った畳の部屋の突き当たりに、仰天顔の自分が立っていた。
 「何じゃこりゃ」
 「見りゃわかるじゃん、鏡だよ、押入れの」
 「押入れ?」
 それは、鏡張りの押入れの襖なのだった。
 「なんで鏡で出来てるの?」
 「頼まれて、うちのパパ(彼女は自分の父親のことはこう呼んでいた)が作ってやったわけ」
 彼女の家は建具やだった。
 「誰が頼んだの? 何で鏡?」
 「イトコ。全身を映したかったんじゃない?」
 「ナルシスト?」
 「わっきゃない!」
 美青年を想像している私の頭の中を読んだように、友だちが即座に否定した。
 「言っとくけど、イトコといっても血はつながってないんだからね」
 友だちは、血がつながっていないという部分の語気を強めて言った。
 「ほら、これなんかどう?」
 友だちがステレオラックから引っ張り出して私に見せたのは、ヒルのような唇が野生的なミック・ジャガーのシングルレコード。「夜をぶっとばせ」というスゴイ邦題がついていた。
 「古~ぃ!」
 憂歌団の「おそうじオバちゃん」なんかもあった。趣味が錯乱している。小林旭の「自動車ショー歌」など、どう考えても一世代前のシロモノである。
 「あ!」
 私が手にしたのは、レコードのビニールカバーがまだ新しい、ビージーズのシングル。
 「コレだ!コレ聴きながら、鏡の前で踊ってたんでしょ?」
 友だちは、苦笑するだけで、否定はしなかった。そして、
 「血はつながってないから」と、もう一度強調するのだった。
 
 私はその日、「なくなってもバレないから大丈夫」と友だちに励まされて、「自動車ショー歌」のレコードを借りて帰った。針が飛んでひどい音質だった。
  ♪あの娘をペットにしたくって ニッサンするのはパッカード 骨の髄までシボレーで・・・
 なんて歌詞を呆れ返りながら聴いていたが、こんなもん借りたがる女子高生、当時だって自分以外知らない。
 鏡の前でトラボルタを気取り、畳の上で踊る男のことを、どうして笑えるだろう──と、今なら思う。 
 
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by vitaminminc | 2006-08-19 20:40 | 笑い | Comments(0)

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