<   2006年 10月 ( 17 )   > この月の画像一覧

息子トフォビン(*)

 ムスコ。私のムスコ。

 掃除機。私の掃除機──ダイソン。吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機。

  ダイソンテクノロジーは、バクテリアやホコリの微粒子まで捕らえ、
     クリーナーの空気はあなたが吸う空気の150倍きれい
 

 英国アレルギー協会に推奨されているダイソンの掃除機からは、実際排気臭のないクリーンな風が吹いていた。扇風機の風よりも爽やかで、掃除機を使うたびに空気清浄機にスイッチを入れているようなものだった。

 ところがある日、掃除機を使い始めるやいなや、部屋中に納豆のニオイが充満したではないか。
 ムスコである。後でわかったことだが、それより数日前、ムスコが‘ホコリやゴミ以外のもの’を吸ったことが原因だった。二、三日異変に気づかなかったのは、ダイソンテクノロジーが、その持てる力を結集して臭いの放出を食い止めていたからにほかならない。しかしその日、「精も根も尽き果てました」というように、ダイソンの掃除機は、納豆臭のするクサイ息を吐き続けた。
 無理もない。数日前にムスコが、これ以上はないというほどの手抜き処理をしてのけたのは、あろうことか、胃液をたっぷり含んだ──
                 “ 猫 の ゲ ロ ”
──だったのである。幸い、クリアビン(集塵BOX)は水洗いすることができた。が、‘バクテリアを捕らえて殺菌することが可能’な永久使用HEPAフィルターの性能に支障はないのだろうか。心配でたまらない。なにしろ取扱説明書のどこにも「ウエッティでオエッティなゲロを吸引してしまった場合」のアフターケアについての記載がないのである。日本にも英国にも、掃除機でゲロを吸い取ろうなんて考えるアホはいないということだ。そしてそれ以上に心配なのが、蛇腹のホースだ。あの襞ひだの腸内環境を考えるだけで、10年分の憂鬱が押し寄せてくる。
 そんなわけで、納豆臭事件以来、わが家では掃除機を使っていない。臭いが怖いのではない。買ってから日の浅い、わが家にとっては超高級掃除機が、病気になってしまっているか否かを確認する勇気がないのである。もしも掃除機が病気になっていたら・・・そう思うだけで、私の怒りは、

    ‘サイクロンの200,000Gもの遠心力’ ではじき出そうである。

 かれこれ一週間近くも掃除機を使おうとしない、嵐の前の静けさを保つ母の目の前で、のん気にテレビを見ているムスコ。日テレのドラマ「14才の母」のCMを見て、一言。
 「‘14才の母’がいるってことは当然──」
 ???
 「──‘14才の父’もいるってことだな」

            ダイ損の掃除機で、脳味噌吸ったろか!

 *スコトフォビン・・・・ネズミの脳から取り出した記憶物質の一種。
              暗黒の恐怖を記憶すると考えられている。
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by vitaminminc | 2006-10-30 08:03 | 子ども | Comments(2)

三つ目がとおる

 b0080718_1615526.jpgついに第三の目が開眼。
 といっても千里眼ではない。「老眼」である。私の目玉は、近視、乱視、そしてついに老眼を抱え込んだ。40代で、老眼とは・・・。去年の今頃、パソコンとにらめっこする仕事を始めたのが、目の老化を早めた原因だろう。

 近視はたいへん度が強く、裸眼ではまともに生活できないほどなのだが、結構面白いこともある。裸眼のまま光をうまく取り込めば、自分の目前にピントが合って、普段は見ることが出来ない画像を捉えることもできる。
 信じてもらえないかもしれないが、私は自分の睫毛のキューティクルも、目の表面を流れる涙のベールも見たことがある。電子顕微鏡かと思うような画像であった。
 また、遠くのものに関しては、たとえそれがどんなにバッチイものであっても、都合よく美しいものに見間違えることも出来る。単なる紙くずが、地上に舞い降りた小さな天使に見えて、心が躍ったこともある。目の悪さは眼鏡やコンタクトレンズで矯正できるが、逆に目のいい人がこうしたものを見たいと思っても、そう簡単に見られるものではない。だから、ある意味得した気分だ。
 そうでも思わないことにはやってられない。中2の時から今日まで、いったいいくつの眼鏡をつくり、何枚コンタクトレンズを購入してきたことか。「老眼」なんてオマケまでついて、今度は遠近両用眼鏡が必要になるのだろうか。こ~んな金食い虫の目玉と、この先もガンガン付き合っていくしかないのなら、目いっぱい自慢するしかない。
 20代の時に、強度の近視なら必ずなるという「飛蚊症」を発症して、しばらく眼科に通ったことがある。飛蚊症というのは、目の前に小さな虫が飛んでいるように見える現象のことだ。原因として一番多いのは、通常ぴったりとくっついているべき硝子体(ゼリー状)とその奥にある網膜が、老化や近視等により剥離し、もとの接着部分が硝子体混濁(影)となって見える状態。20代だったので老化ではない。近視によって硝子体を酷使しすぎたせいだ。この場合の飛蚊症は、進行しても身体に影響はない。よって治療の対象にもならない。ちょうど顔にできたシミやソバカスのように、最初のうちは多少気になっても、時間の経過と共に気にならなくなる──その程度のレベルらしい。
 だが、「網膜裂孔」や「網膜剥離」といった怖い病気の前兆として発症する場合もあるため、月に一度眼底検査を受けに行っていた。
 林家こんぺい似の先生とバーバラ寺岡似の看護師さんは、私の目玉を妙にかわいがってくれた。目玉を診せに行く度に、必ず「きれいな目だねぇ」と絶賛してくれたものだが、眼科でいう‘きれいな目’とは、水晶体とか硝子体を指すわけで、別に私の目の色がエメラルドグリーンだったわけではない。眼科の待合室は、いつもおじいちゃん、おばあちゃんで賑わい、老人サロンと化していたから、若い目玉がよほど新鮮に見えたのだろう。
 眼底検査は点眼薬で瞳孔を開いて行う。そのため、終わってから2時間くらいは瞳孔が開きっ放し。普通の光が眩しくて仕方ない。検査を終えてからサングラスをかけて会社に向かう。蛍光灯の光さえも眩しい。オフィスでもずっとサングラス。そんなことが煩わしくなり、いつしか検査に行くこともなくなってしまった。
 
 あれから早○○年。先生が可愛がってくださった私の目玉も、今では立派な「老眼」になりました。
 『近視は老眼になったときに、いくらか中和されますか?』
 そう私が尋ねると、先生はプッと笑い、首を横に振りました。今、身をもってその意味を実感しています。
 老眼になっていいことなど、一つもありません。遠くを見るにも近くを見るにも、目いっぱい不自由しています。

 これからは、心の目を磨いていくしかなさそうだ。乱視も乱心にならねばよいが。
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by vitaminminc | 2006-10-26 15:58 | 健康 | Comments(0)

児童虐待

 
 政府広報のスポットCMを見たことがあるだろうか。
 「児童虐待──疑わしいと思ったら、迷わずすぐにご連絡を。あなたの声で、救える命があります」
 このナレーションを聞いた瞬間、ものすごい憤りを覚えた。
 今月22日、京都府長岡京市の佐々木拓夢ちゃん(3歳)が虐待を受け餓死した。近隣住民は、拓夢ちゃんが殺される3ヵ月も前から民生委員を通じ、虐待をうかがわせる状況を京都児童相談所に知らせていた。
 同相談所は虐待の可能性を指摘されたにもかかわらず、「はっきりした根拠がない」として京都府警向日町署に知らせていなかった。
 根拠がないなどとよく言えたものだ。拓夢ちゃんの姉(6歳)が、深夜1時にパジャマ姿で外に放置されているのを近隣住民が見つけ、同署に通報。全身に殴られたアザがあることから大阪府の児童福祉施設に保護されたのは、今年3月のことだ。この時近隣住民は、なぜ児童相談所が幼い弟も一緒に連れて行かなかったのか不思議に感じたという。どうせ拓夢ちゃんにはアザが認められなかったからとか、そんな理由によるのだろう。
 案の定、拓夢ちゃんへの虐待は、姉が保護された直後の4月頃から始まった。わずか6歳の姉に暴力をふるっていたのは、血のつながらない同居の女(39歳)であり、拓夢ちゃんにとっても同様。28歳の父親は虐待を知りながら放置(ネグレクト)していた。こんなハイリスク家庭の子どもが、
 「ママ、おなかすいた」と泣いていたのだ。そのSOSを聞きつけた近隣住民の訴えの、いったいどこに根拠がないといえるのか。一度も足を運ばずに、ただ放置していたのだ。これは立派なネグレクトだ。児童虐待である。虐待‘夫婦’に続き、逮捕されるべきだ。
 全国の児童相談所は職員の数が足りず、ときには1人で100件も抱えることもあるという。抱え切れないことは、警察への通報を怠ることの理由にはならない。子どもの命を軽んじすぎている。
 定期的に病名変更を繰り返し、5年間で8日間しか出勤していない者に満額の給料を支払い続けていた役所。人手不足を理由に、幼い命と真剣に向き合おうとしなかった児童相談所──我々が働いて得た中から支払われる税金だ。きちんと職務を果たしている人たちにだけ使ってほしい。

 それにしても、児童虐待の政府広報──幼い男の子の身を案じ、何度も情報を寄せてきた近隣住民が、あのスポットCMを見たら、どんな気持ちになるだろう。
 
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by vitaminminc | 2006-10-25 17:46 | 人間 | Comments(0)

gorogorogorogorogoro・・・・

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                  ↑擬態「アンモナイト」

            あなたにとっての「胎内音」は、どんな音? 
 
 ベビーグッズには実に様々なものがあって、‘赤ちゃん用安眠ぬいぐるみ’というのがある。単なるぬいぐるみではない。「胎内音」が流れるのが特徴。
 『胎内音を聞くことで、赤ちゃんはママのおなかの中を思い出し、やすらぎを覚えます・・・』というのだ。
 胎内音とはご存じのとおり、おなかの中の赤ちゃんに聞こえる音。心臓の音や血流音などのアンサンブルだ。
 昔、ベビーショップで試聴したことがある。大人の耳にはやすらぎよりも、不快な雑音にしか聞こえなかった。ベビー雑誌の読者コーナーで、『放送終了後のテレビの砂嵐の音を録音して聞かせたところ、よく眠るようになりました』なんていう投稿もあったくらいで、胎内音は、まさに‘砂嵐が脈打っているような音’なのである。
 
 静かでないと眠れない人がいるように、その音が聞こえていないと眠れないという人もいる。線路脇の安い下宿から閑静な住宅街に引っ越したら、かえって眠れなくなった、なんていう笑い話もある。その人にとっては、いつのまにか電車の騒音が「胎内音」になっていたのだろう。
 亡父は休みの日など、いつもテレビをつけっ放しにしたまま昼寝をしていた。ほかに誰も見ていないのでテレビを消すと、「カッ!」と音でもたてそうな勢いで目を見開き、「なんで消す!」と怒られた。名前を呼んでも起きないし、いびきもかいている。完全に眠っていることを確認し、今度こそ・・・と、そーッと消してみるが、百発百中、目を覚ました。完全に寝ているはずなのに、テレビの音が止むと同時に覚醒する不思議な父であった。父にとってはテレビの音が「胎内音」になっていたようだ。

 では、自分にとって「胎内音」がもしあるとしたら、何になるだろう? 電車ではよく眠る。立っていても眠る。あれは間違いなく「胎内音」付きゆりかごに違いない。だが、手近なところで「胎内音」を挙げるとしたら──?
 そういえば猫を抱っこしているときに、この上ない安らぎを覚える。猫の体温、やわらかさ、そして何より、あの喉を鳴らすときのゴロゴロいう音。大人になって○○年。今の私は、にゃんこのゴロゴロが一番安上がりな「胎内音」かもしれない。(←縁側の婆さんか)
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by vitaminminc | 2006-10-23 16:10 | 生きもの | Comments(0)

もっと野菜を・・・

b0080718_16204334.jpg 昨夜は「焼肉食べ放題」の店に行った。発育盛りの子どもたちの希望によるもので、私が望んだわけではない。肉食獣として生きた日々もすでに過去のものとなった私は、こうした店に入ると、やたら保身にまわる。日頃不足しがちな野菜を補うために、野菜コーナーに入り浸る。
 昨日も店に入ってテーブルへ案内されると、さっそくみんなで好きなものを取りに行った。私はまずドリンク・バーで「爽健美茶」をグラスに注ぎ、自分のテーブルに置いた。それからサラダ・バーに行って、嬉々としてレタスやブロッコリー、プチトマトをサラダ皿に盛った。続いてバイキングの焼き物用野菜のコーナーで、かぼちゃやエリンギのスライス、カットピーマンなどを皿にとり、爽健美茶が置いてある‘自分の席’にそれを置きに行った。家族はまだ誰も戻ってこない。好きなものを取りに行っているのだ。1人で食べ始めるのもつまらない。
 そこで私は、肉も少しは食べようと思い立ち、お肉のコーナーへ行った。そこは肉食獣たちで賑わっていたので、空くまでの間少々待たねばならなかった。肉食獣たちが引けてから、脂身の少ない4cm角の薄切り肉をほんの数枚皿に取り、老人のようにゆったりした足取りでテーブルに戻った。ダンナと子どもたちは、わずかな間に揃って席に着いており、ダンナはすでに肉を焼き始めていた。
 私の席には、ポツンと爽健美茶のグラスが置いてあるだけだった。サラダと野菜はダンナの目の前に移動している。私がたくさんとって来ることを予想して、皿の置き場所をつくっておいてくれたのだろうか。珍しいこともあるものだと思いながら、ダンナの前にあったサラダに手を伸ばし、「ありがとう」と言いながら自分の前に置き直した。この一連の動作を、ダンナはトングを持つ手を休め、不思議なものでも見るように眺めていた。
 「あ? コレ違う、私のじゃない!」
 私がそう叫ぶのを待っていたとばかり、ダンナがようやく口を開いた。
 「違うに決まってる、ソレはオレんだ」
 「私のサラダとお野菜は?」
 「知るわけない」
 ???
 私は180度首を回して、後ろのテーブルを見た。私と同じ位置関係に、爽健美茶の入ったグラスがあって、そこには見覚えのあるサラダと野菜の皿が、しっかり主人の帰りを待っていた。ほかにもいくつか肉の皿も置いてあったが、住人はまだほかのものを取りに行っているらしい。テーブルは無人のままだった。
 「どうしよう・・・同じお茶が置いてあったから、テーブルを間違えて置いちゃった」
 腰を浮かせかけた私をダンナがあわてて制した。
 「そのままにしておいた方がいい」
 それもそうだ。他人のテーブルから皿を奪う妻の姿を別のテーブルの人々に目撃されたくはないだろう。住人が戻ってきたら事情を説明して謝ろう。それから皿を回収すべきかもしれない。
 そのうちに、後ろのテーブルの住人の1人が戻ってきた。大学生風の若い男性だった。私が腰をあげる間もなく、彼は皿の上のものをセッセと網にのせて焼き始めた。何人かで食べに来ていて、誰がどの皿なんて区別なく焼くつもりのようだ。
 まあいいや。私はそのまま黙っていることにした。
 まもなく後ろのテーブルに、もう1人戻ってきた。同じ年頃の男性である。彼もなんの疑問も抱かずに席に着いた。2人は楽しそうに談笑しながら‘焼いては食べる’作業に専念していった。住人はどうやらこの2人だけらしい。
 後から席に座った男性は、私と位置関係が同じだ。私と同じく「爽健美茶」を取ってきただけあって、健康オタクなのだろう。自分の目の前に、自分が取ってきたものではない、センスよく盛ったサラダや、野菜のみが並んだ皿があるのを見ても、何の違和感も抱かなかった。少しくらい不思議がってもよさそうなものだが、どう耳をすましてみても、そのような会話はまったく聞こえてこない。
 2人はいたって真面目そうなタイプだった。先に戻ってきた方が何を飲んでいるかは死角で見えなかったが、間違いなく1人は「爽健美茶」だ。もしかしたら「爽健美茶」の彼は、私が自分のために厳選して見繕った食材を、友が体の弱い自分を気遣い取ってきてくれたものと理解したのかもしれない。あるいはその逆か。いずれにせよ、2人は互いにバランスよい食事を心がけている。ああ、なんと美しい友情だろう。
 昔、カゴメあたりの野菜ジュースのコマーシャルで、「タダヨシ~、野菜をた~んと摂らにゃいかんよ~」みたいな台詞が流行ったことがあったのを思い出す。
 私は彼らの田舎のオカンに成り代わって、東京近郊で仲良く肩寄せ合い暮らす2人の苦学生に、野菜をうんと食べさせる役を担ったような気になった。
 店を後にしたのは、私たちの方が先だった。
 何度も車で来ていたのに、店の中で自分のテーブルにも満足に辿り着けない方向音痴の私である。昨夜も道を間違えた。仕方なく適当な駐車場を借りて、今来た道を店の方向に戻ることにした。すると、あの2人の学生が歩いてくるのとすれ違った。私のおかげで野菜をたっぷり食べたせいか、健康的な足取りだった。助手席の娘も「ホントだ、真面目そうなお兄さんたちだね」と好感をもって彼らを見送った。

 それにしても、あのとき肉を取りに行って、本当によかった。あのまま肉を取りに行かず、他人のテーブルでサラダを食べ始めていたら・・・。想像すると、脂身を控えたにも関わらず、冷たい脂汗が出てくる。
<以下、想像>
 「あのぉ・・・ここボクたちのテーブルのはずですが・・・」
 と何皿目かを置きに来た若者の1人(爽健美茶)が私に話しかけ、私はギョッとして、プチトマトを頬の内側でブチュッと噛みつぶすことだろう。そこへすかさず、もう1人が声をかけてくる。
 「おぃどうした?」
 彼は、自分の大切な友が変なおばちゃまとトラブッている様子なのに気づいて、小走りに戻ってきたのだ。私はただ狼狽し、口の端からトマトの汁を一筋たらすだけである。
 さらに私の娘と息子も隣のテーブルに戻ってきて、トマトのように顔を真っ赤にして言うだろう。
 「やだー、ママ、そこは‘うちんち’じゃないよー」
 テーブルに戻ってくる途中のダンナは事態を察し、踵を返してバイキング・コーナーに引き返すに違いない。
 どうせ真っ赤な他人の振りをするなら、彼らのためにもう一皿、真っ赤なプチトマトを山盛り取ってきてくれ真っ赤?
  
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by vitaminminc | 2006-10-21 12:50 | 笑い | Comments(4)

ヘラ苦労するオオカブト

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健康な
ヘラクレスオオカブト→



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              重傷のヘラクレスオオカブト→




 昨日の晩。
 布団に入る前、息子が‘折り入ってお話が・・・’という目つきで私に話しかけてきた。
 「実は、来週の月曜日の図工の時間、写生をするから、自分のすきな物──ぬいぐるみとかを学校に持っていってもいいことになってるんだけどね」
 「うん?」
 「ゲームとかはもちろんダメなんだけどね」
 「当たり前だ」
 「で、ヘラクレスオオカブト(ぬいぐるみ)を持って行きたいんだけど・・・」
 「うん、いいよ」
 「でね、それまでに足を直してもらいたいんだけど・・・」
 
 ぬいぐるみの足が、1本取れかかっているのだ。「縫いつけて」と息子に頼まれてから、半年以上放ってある。最初のうちは、‘大事に扱わないからこうなるのだ’という見せしめのために、ワザとすぐに直してやらなかった。が、そのうち多忙を理由に「今度」「今度」を繰り返し、今日に至っている。

 「学校に持っていくのかぁ・・・」
 「うん!」
 「なら足を直さないわけにはいかないかぁ・・・」
 「うん!うん!」
 「じゃあ明日仕事から帰ったら直してあげる」
 「やったぁ!」
 喜んだ息子は、箪笥の引き出しから自分の腹巻を引っ張り出してきた。何を始めるかと思いきや、枕元のヘラクレスオオカブトの胴体に包帯代わりに巻きつけ、猫なで声でぬいぐるみに話しかけている。
 「もう大丈夫だよ、明日ママが直してくれるからね、今までよく頑張ったね」
 私の気が変わらないようにという演出が見え見えである。
 「嫌味ったらしいなぁ」
 「だって足が取れそうなのに、もう何カ月も直してくれないじゃない」
 「人聞きの悪い。誰がそんなふうにしたと思ってんの? ママじゃないんですからね」
 「はぃ。でも明日は忘れずに直してね」
 「ママ忘れっぽいから、自分で大きくメモ書きして、どこか目立つところに貼っといて」
 「じゃあ明日の朝、冷蔵庫のドアに貼っておく」
──と言っていた息子だが、さすが私の息子。今朝にはきれいさっぱり忘れて学校へ行ってしまった。仕方なく、私は私のために(息子のためか)、自分で広告の裏にマジック書きしたものを冷蔵庫に貼ってから仕事に出た。
 
 中間試験中で早く家に帰っていた娘が、仕事から戻った私に質問した。
 「ママ、冷蔵庫に貼ってある『カブト足』ってなに?」
 私がいきさつを説明すると、娘はガッカリしたように言った。
 「なんだぁ、カブトガニが中に入ってるのかと思った」

 (ーー;)天然娘が天然記念物のことを何か言っている・・・。
 さて、カブトムシの足でも‘治療’してやるか。
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by vitaminminc | 2006-10-20 14:48 | 子ども | Comments(0)

餓鬼ングギドラ

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 ←我らが悪のヒーロー
  「キングギドラ」



 近所に住む息子の遊び仲間Aくんの弟くん(3歳)は、3つの顔を持っている。
 ①TVCMにも出てきそうなほどに可愛い笑顔
 ②どこにでもベビーサイクルで突っ込んでいく、暴走族の顔
 ③獰猛で凶暴な怪獣の顔

 私は、①の弟くんしか知らない。私が見るとき、彼は常にはにかんだ様子で、テレたように笑う。とっても可愛い。
 だが、Aくんと息子にとって、弟くんはいつでも②か③らしい。
 「今日も(弟に)やられた」と言いながら帰ってくる息子が、やれ「弟に自転車で突進されてチン○がつぶれそうになった」だの、やれ「何もしてないのにいきなりブッてくるんだもんなぁ!」だのと嘆くたびに、
 「小さくてまだよくわからないんだから、やさしく教えてあげなね」と苦笑する私であった。
 ある日、弟くんのママが、私に申し訳なさそうに謝ってきた。
 「ごめんね。(私の息子が)やさしいからいつも我慢して遊んでくれているけど、絶対すごく痛いと思う。うちの子凶暴で、本気でぶったり蹴ったりしているから、もう申し訳なくて・・・」
 「本当にしんどかったら、居留守使って遊びに出ていかないよ」と答えつつ、実の母親が言うくらいだから、‘凶暴’というのは真実なのだろうと、少しイメージを修正しておいた。
 
 「いくら暴力をふるわれても(?)、相手は3歳なんだから、絶対にやり返しちゃダメだよ」
 と私は息子に釘を刺しておいた。
 「やり返したりなんかしないよ。いつもオレがやられると、Aくんが弟を叱って叩いてくれるから」
 「おやおや。お兄ちゃんに叱られたとき、弟くんはどんな感じ?」
 「うわーって泣いて、すぐに家に駆け込む。けど、アッという間に戻ってきちゃうんだよね。もっとゆっくり立ち直ればいいのに」

 そしてつい最近。路地で遊んでいた息子が、ヨレヨレと帰って来た。夕飯までは、まだたっぷり時間がある。早めに遊びを切り上げてきたワケを問うと、弟くんが息子の頭を狙って石をぶつけてきたというのだ。
 さすがに驚いて、息子の頭を確認した。髪をかき分け、丹念に地肌を調べたところ、うっすらと赤くなっている箇所があった。傷にはなっていなかったが、息子はさすがにショックだったらしい。
 「あぁ・・・心と体が、痛い・・・」
 そんな名台詞を吐きながら、廊下にへたり込んでしまった。
 その日の弟くんはいつもに増して荒れ模様で、息子がAくんとトレーディングカードを見せっこしていたら、突然奪い取ってグシャッと折り曲げてしまったのだそうだ。怒ったAくんが、
 「なんてことすんだ!」と弟をぶん殴り、
 「兄チャが、ぶったぁ!」
 弟はギャーギャー泣き叫びながら家に駆け込んだ。が、「おまえが悪い」と親に一喝され、すぐに舞い戻ってきた。そして小石を拾い上げると、いきなり息子の頭を狙って至近距離から投げつけてきたという。この場合、‘至近距離で投げた’ことが大事に至らなかった理由だろう。石で直に殴りつけてきたのでも、石を投球したのでもない。3歳児の手による中途半端な力が、中途半端な距離との相乗効果により軽減され、息子の頭部を守ったに違いない。
 カードをどうこうされた件に関しては、自業自得である。お兄ちゃんたちはその間、弟くんと一緒に遊んであげなかったのだから。でも、石はまずい。素手なら許すが、石を投げたりしたらあかん。3歳になったら、もう石の硬さくらいは理解してないと。

 どんなに悪魔の側面を持っていようとも、弟くんが私に向ける笑顔は、相変わらず天使そのものだ。そして息子は、懲りずに‘小さい子が好き’である。
 受難の日々は、まだまだ続く・・・。
 
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by vitaminminc | 2006-10-19 15:01 | 子ども | Comments(0)

アルジャー脳

b0080718_21455530.jpg 16日の産経新聞社会面に、「電気刺激で記憶力がアップ」という記事を見つけた。
 国立循環器病センター(大阪府吹田市)の研究チームが、電気刺激を与えることでマウスの記憶力をアップさせ、脳卒中の際に神経細胞が死ぬのを減らすことに成功したという。
 チームは「研究が進めば『記憶力が向上した賢い脳』にしたり、脳卒中の病状を軽くしたりできる可能性がある」としている。

 おや? と思った。何を今更・・・などと、たいへん失礼な印象を受けてしまった。どうも自分の記憶の情報処理に問題があるらしい。
 重度うつ病治療の最終手段として電気ショック療法(ECT)が用いられるという記憶と、読後一週間は思い出し泣きばかりしていた小説「アルジャーノンに花束を」の、脳の外科手術により天才となったアルジャーノン(ねずみ)の記憶とがゴッチャになっていた。つまり、「脳」→「電気による刺激」→「脳の向上」は、私の中では新しい発見ではなくなっていたわけだ。電気ショックと電気刺激はまったく別のものであるのに、「電気」という一つの言葉で括っていたようなレベルなので、お許しいただきたい。

 新聞によると、「脳内には、神経細胞の成長などを促すBDNFと呼ばれるタンパク質があり、これがなくなると神経細胞が萎縮し機能が低下することが知られているが、直接注入する以外、脳内のBDNFを安全に増やす方法は開発されていない」とあった。
 そうか。自分に足りないものは、‘BDNF’なのか。しかし、いくら「安全に増やす方法」といわれても、「直接注入する」というのはいかにも恐ろしい。脳は電気も通しにくいほどの頭蓋骨に守られている。頭にいきなり注射を打ち込むわけがない。ならば、どうやって「直接注入する」のだろう。やはり、頭蓋骨をカパッと開けて・・・? それともキリで穴を開けて・・・?
 うわぁ、恐怖で脳がますます萎縮しそうである。「電気刺激」は、「直接注入する」よりもさらに安全な方法なのであろう。研究結果は、下記の通り。
 「一定強度の電気刺激を毎日決まった時間に与えたマウスは、与えなかったマウスに比べBDNFの量が多く、迷路を使った実験でも目的地までの到達時間が短かった」
 これでは、まるで小説の中のアルジャーノンである。アルジャーノンと主人公のチャーリーは、脳の手術によって急速に天才と化し、やがて副作用ともとれるような急速な衰え方をしていった。新聞には予後に関する記載はなかったが、果たしてどうなのだろう。
 
 10年ほど前、初めての子育てで、肩こりと腱鞘炎を患ったことがある。とてつもない痛みに、藁にもすがる思いでタウンページをめくった。「痛くない整体」というのを見つけるやいなや、施術を受けに行った。先生の、
 「任せて!力を抜いて!」の掛け声を信じ、ふにゃらと脱力してはバキボキやってもらったほか、「電気刺激」のようなものも受けた。低電流を流されたのだが、これがホント、実にキモチ悪かった。意思とは裏腹に、自分の腕が勝手にピクピク動くのを見ながら、一刻も早く終わってくれとひたすら祈った。整体の効果はバツグンで、息も出来ないほどの痛み、一月も苦しんだ痛みが、数日後には嘘のように消えていた。
 しかし、あの時の肩のように、藁にもすがりたくなるような痛みを伴わない限り、私には電気刺激を受けるべき‘脳力’はあっても気力がない。
 記憶力をどうにかして欲しい私に残された方法は、ただ一つ。
 「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」──これしかない。
 でも最近、聞く内容も忘れている。
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by vitaminminc | 2006-10-18 21:27 | 健康 | Comments(0)

虫取り網常駐

b0080718_19301579.jpg いえ、なに、過ぎた夏を惜しんでいるわけではございません。居間に虫取り網が立てかけてあるからといって。
 おそらく、取り込んだ洗濯物にでもついていたのでございましょう。結構大きな「蛾」でした。
 うわ! 飛んでいる、モスラと同じ羽ばたきで!
 そう思ったのもつかの間、アッという間に姿を消しました。あんなに大きな図体をしているくせに、忽然と姿を消したのです、わたしがまばたきしている間に。
 
 部屋から出て行ったわけではありません。いるのです、確実に。
 虫取り網は、息子が持ってきました。いつでも捕まえられるようにと。あぁ、憂鬱。鱗粉が空気中に漂っていそうな気がします。蛾は黄色を濃くしてくすませたような色合いでした。恐ろしげなドクロの紋様がないだけ、まだ救われます。
 家の中に、飼っている虫(コクワガタ)以外の虫がいる──そう思うだけで、気持ちが沈みます。ごく一部の昆虫を除いて、わたしは基本的には虫が苦手なのです。
 先日も、赤茶のビロードを身にまとったっような、栗のごとき胴体を持つ大きな蜘蛛と遭遇し、心臓が瞬間凍結しました。生まれてこの方、見たこともないような蜘蛛でした。もっともそれは、家の中ではなく、軒下から降りてきたのですけれども。
 毒蜘蛛だったら大変です。停まりかけた心臓に鞭打って、蜘蛛を追い払う決心をしました。箒の先で、尻から伸びている極太の糸を途中で掬い取り、そのままブラーーーンとぶら下げて、敷地の外の砂利路地へ放しました。蜘蛛には直接触れなかったにも関わらず、地面に落ちた途端、蜘蛛はすべての脚を縮めて動かなくなりました。死んだふりをしたのかと思いましたが、死んでしまったのでした。何だか「産卵を終えた直後の死」を思わせるような死に方でしたので、気が気ではありませんでした。あんなのがたくさんうちの敷地内に増殖するのかと思うと、私自身、ビロードのような毛が生えてきたように、全身がゾワゾワッとするのでした。
 ネットで調べてみましたら、「オニグモ」という名の蜘蛛であることがわかりました。やはり、あの丸々とした胴体は、雌特有のものでした。軒下から降りてきたということは・・・屋根裏にでも卵を産みつけたのではないでしょうか。それでは結局「家の中」ということになります。
 ただ、この蜘蛛には、一点微笑ましい習性があることがわかりました。夜行性なので、夜に立派な網を張るのですが、朝になるとそれを畳んでねぐらに帰るのです。放射状の大きな巣を張るのですから、そのままにして帰られたりしたら、たまったものではありません。庭に洗濯物を干しに出るたびに、顔面が蜘蛛の巣にひっかかるなんて真っ平です。後片付けをするのは本当のようで、昼間大きな蜘蛛の巣が張られているのを目撃したことはありませんでした。
 そう考えると、少しはお近づきになれそうな気もしてまいります。毒もなさそうですし、暖かそうなビロードの毛皮をまとったおしゃれな蜘蛛さん・・・あぁ、やはりダメです、虫はダメです。
 一時「オニグモ」のことを思い出しておりましたら、今現在直面している問題をしばし忘れることができました。蛾かオニグモか。もう頭の中は鱗粉舞い散り、蜘蛛の巣だらけです。

 居間の虫取り網を眺めていたら、昼間買い物に出た帰り、後ろに500メートルの渋滞を作りながら、推定時速20キロで走っているトラクターとすれちがったことを思い出しました。ココに暮らすことは、即ち虫との共存を意味する──そんなことを悟った秋の夜です。
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by vitaminminc | 2006-10-17 20:00 | 生きもの | Comments(0)

カナムグラ

b0080718_16335543.jpg 先日の強風以降、目が痛い。喉も痛い。頭も重い。

 目は、毎朝起き抜け20分間かなり腫れている。会社の人に、真っ赤な目をシパシパさせながら腫れの説明をした。
 「アニメソングの帝王=水木一郎アニキくらいインパクトがある」
 「喩えが懲りすぎていてワッかんない!」と一蹴された。
 とにかく、コンタクトレンズを装用する気力が全く失せるほど、イタイ。
 時間の経過と共に、目の腫れはいくらか引いていく。起きてから目薬を点すからである。それでも私の白目は一日中真っ赤っ赤だ。

 こんな時期に我が粘膜を攻撃する輩は、いったいナニモノなのであろうか。医者に薬をもらいに行ったら、すっかり顔なじみになった看護師さんが、ニコニコと出迎えてくれた。
 「もう出ちゃった? 金木犀の花粉じゃないかしら」
 あの、トイレの芳香剤のような香りを放つ細かい小さな花が、私の敵なのだろうか。いやそうではないだろう。金木犀は、この辺ではあまり見かけない。うちの周辺には、金木犀など足元にも及ばないくらい、ワサワサと雑草の生い茂った空き地や林がまだ残っている。犯人は、きっとその中にいるはずだ。インターネットで調べてみることにした。

b0080718_17274781.gif 容疑者は、簡単に見つかった。10月に花粉を撒き散らす候補の中に、馴染みの草が堂々と登場していた。
 『カナムグラ』という蔓科の草である。一見、大振りながらもなかなか美しい葉のカタチをしている。だが、その茎には頑丈で凶暴な棘が無数に生えており、素手で触ろうものなら、血だらけになりかねない。いくら手入れを怠っているとはいえ、さすがにわが家の庭には生えていない。カナムグラは、うちのすぐ裏手にある某娯楽施設の駐車場周辺および林に、ジャングルのように群生している。こやつらの花粉の飛散時期は、9月~10月。間違いない、カナムグラだ。いかにもワルそうな名である。来月になれば、いくらか楽になれるだろうか。楽になりたいものだ。

 秋の花粉症患者はまだまだ少数なので、誰もマスクなどつけていない。本当はつけるに越したことはないのだが、目立つのが嫌なので我慢している。鏡を見ると、ビン底レンズの眼鏡越しに、血に餓えたドラキュラのような目が見える。自分でも、コワイ。
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by vitaminminc | 2006-10-12 17:18 | 健康 | Comments(0)


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