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凄腕時計

b0080718_11474812.jpg 「ねぇ、私の腕時計知らない?」
 日曜の晩から、ムスメがそんなことを訴え出した。昨日も学校から帰ってから寝るまでの間、気がつくと狭い家のあちこちをしきりに探して回っていた。
 「2月のはじめに実力テストがあるから、それまでに見つからないと超ヤバいんだけど・・・」
 ムスメの学校の教室には、なぜか時計がない。教育方針の一つ‘5分前行動(余裕をもって準備・行動する)’を身につけさせるためらしい。今年度から新しく赴任してきた先生が気を利かして自前の壁掛時計を教室に設置したところ、翌日には撤収されてしまったという。時間は各自で把握・管理するシステムが貫かれている。携帯は毎朝集められ、放課後まで職員室で眠っているので、時計代わりに使用することは出来ない。

 ムスメは日曜日に、私が仕事に行っている間に食器を洗っておいてくれた。その時に外したとしたら、当然キッチンのどこかにあってよさそうなものだが、どこにもなかった。
 「上着のポケットは?」
 「全部見た。なかった」
 「お風呂に入るときに外したままなんじゃない?」
 「脱衣所も探したけど、なかった」
 「枕元は?」
 「寝る前に外したら(学校の)鞄の中に入れちゃう。鞄の中にも入ってなかった」

 そんなわけで、ムスメは今朝もリストウォッチなしで家を出ていった。
 仕事が休みの今日、私は朝から張り切って洗濯物を片付けた。第2ラウンドの洗濯物を洗い終え、次々干していくうちに、見たくはないものを見つけてしまった。ソレは洗濯槽の底に、キラン-☆と音をたてて光っていた。
 「げ!」
 またやっちまった・・・。
 2回目に洗った衣類の面々からいって、ムスメのGパンのポケットに入っていたのだろう。ポケットに腕時計が入っているのに、そのまま洗濯カゴに入れたムスメも悪いが、衣類を確かめずにポイポイ洗濯機に入れる母(私だ)も悪い。つい最近、同じ理由で自分の携帯をお釈迦にしたばかりだというのに。確かめない。学習しない。懲りてない。いや、自分の衣類だけは確認するようにはなったのだ。まさかムスメまで・・・そこまで考えが及ばなかった。親の顔が見たいが鏡は見たくない。‘脱衣所も見た’、という言葉を鵜呑みにした私がアホだった。
 きっとムスメは、日曜日に食器洗いの手伝いをする時に、時計を外してGパンのポケットに入れたに違いない。そんなムスメを誰が責められようか。そうよ私はバカな親バカ。
 母はアテにならないから、自分で気をつけるようにしてね。ぅふっ♪
 とでも言っとくか──ふと、手のひらの時計を見て驚いた。
       心臓(秒針)が動いているではないか!
 しかも、時間も正確に刻んでいる!
 8:05だった。ちょうどムスメが学校に着く頃だ。朝自習の時間。きっと携帯はまだ集められていないはず。腕時計のことを気にしていたから、早速‘無事’をメールで知らせてやった。
 『ありがとぉ。良かったぁ。スーパーな時計だ☆』という返事がきた。

 本当に凄い。何が凄いって、防水製でもないのに文字盤のところに水が入っていないところが凄い。ステンレスボディにはさすがに細かな引っ掻き傷が無数についてしまったが、パッと見は無傷にすら見える。
 で、これが一番凄いことなのだが、なんとこの腕時計、ファンシーショップで
   たった1,000円 で買ったシロモノなのだ。自転車通学のせいか、時計の傷みが早い。汗で革のバンドがすぐダメになってしまい、バンド交換だけでもう一つ時計が買えるくらい費やした。そこで、電池交換が必要になった時に、この際使い捨て感覚でいろんなデザインを楽しむのもええんじゃないけ?と試しに買い与えたのがこの1,000円時計だった。
 洗濯機という鳴門海峡で昇天した私の携帯は、これの30倍はしたはずである。が、精密機器ゆえに脆かった。そこいくと1,000円時計のなんたる生命力。余計なものなど搭載せず、ただ時を刻むためだけに作られたアナログ時計。
 シンプル・イズ・ストロング。鳴門快挙。
 
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by vitaminminc | 2007-01-30 13:14 | Comments(4)

心を編む先生

b0080718_1762030.gif 実家の母から電話があった。
 「この間A先生にお会いしたらね、ミン子(←私の名前)がA先生に送った手紙のことをみんながいる前でうんと褒めてくだすって──」

 A先生というのは、編み物の先生である。母がA先生から編み物を習っているわけではない。母とA先生は、共に区のカルチャースクールに通う間柄で、A先生に習ったことがあるのはこの私だ。

 もう20年も前になる。たった1年間だけ編み物を教わった。当時すでにカルチャースクールで顔なじみになっていたA先生が、編み物を教えていると知った母が(自分が習えば良さそうなものを)、この私に「どう?」と勧めてきたのが始まり。
 「嫌だ」と私は即答した。編み物をするような柄ではない。
 「あら~、どうしましょう・・・」と言って母は困ってみせた。もうA先生に、「うちの娘をぜひ・・・」などと勝手に話してしまったらしい。私にだって都合があるというのに。
 仕方ない。母の顔を立てるためだ。‘ちょっとだけ’教室に通うことにした。

 初日には、私一人で行くつもりでいたが、母がついてきた。隣駅にある教室までわざわざ電車に乗って。
 「わたくしの娘です」と私を紹介すると、先生はひまわりみたいな笑顔で迎えてくださった。
 「あらまぁ! こちらがお嬢さん?」
 先生は自己紹介している私をベタ褒めし、「おーほっほ!」と嬉しそうに笑ってくださった。
 かくして母の顔を立てるため、私は土曜の晩だけ月2回、編み物教室に通うことになった。実際教室は毎週開いていたので、用事があって行けない週は次週に行けばよく、とにかく月に2回、自分の都合の良い土曜の晩に顔を出せばOKだった。

 自分で予想していた通り、私は編み物のセンスがなかった。ほかに女子高生や看護師さんなんかも習いに来ていたが、中でも最も上達の遅いのが私だった。若かったので、私の手は四季を問わず常にしっとりしていた。つまり、毛糸が指の間をスルスル抜けていかない。そのため編み目がきつくなり、目が詰まってしまう。静かな教室に、歯ぎしりのような奇怪な音が鳴り響くと、A先生は「おーっほっほっほ!」とほがらかで豪快な笑い声を上げた。私の編み棒が、キツキツの編み目を抜けようとギリギリもがく音が、相当愉快だったようだ。A先生は作品展に出品するために編んでいる自分の編み物を放り出すと、私の編みかけを手に取った。
 「あらまたこれは、ずいぶんガッチガチになりましたこと」
 そう言いながら、風呂屋の麻の足拭きマットのように硬い目をスルスルほどきにかかる。
 「ちょっと、緩めてさしあげますわね。でないと毛糸が足りなくなってしまいますから」
 A先生は、魔法のように滑らかに、ふんわりやわらかく編み直してくださった。
 「ミン子さん、こんなに硬くては、かなり肩が凝ったんじゃありませんこと?」
 「ハイ。編み物がこんなに重労働とは思いませんでした・・・」
 「おーっほっほっほ! 慣れますよ、必ず慣れますからね」
  
 次の教室。私が持参したベビーパウダーをてのひらにふりかけているのを見たA先生は、
 「おーっほっほ!」と笑い、私のことを「楽しいお嬢さんだこと」と褒めてくださった。そして無駄に瑞々しい私の手をうらやましがってもくださった。
 1年間で、両親のマフラー、自分のサマーセーター、兄のセーター、恋人のカーディガン(←途中であげる相手が変わった)などを編み上げ、いよいよ卒業することになった。編み物教室の卒業は自分で決めたわけではない。A先生が借りていた教室の閉鎖に伴う「お開き」だった。教室が存続していたなら、‘ちょっとだけ’なんて言葉は撤回して、もう少し続けたいとさえ思っていた。何が好きって、編み物は相変わらず好きにはなれなかったけれど、A先生の朗らかで豪快な笑い声を聞くのが楽しみだった。

 編み物教室を‘卒業’してから、年号が変わった。私は仕事が変わり、住む所も姓も変わった。
 それでもA先生は、ずっと変わらずに私のことを気にかけてくださった。月に一度カルチャースクールで母と顔を合わせるたびに、「ミン子さんはお元気?」と必ず聞いてくださるそうだ。A先生には、ちょうど私と同じ年齢の娘さんがいる。それでもA先生は(母の話では)しきりにミン子さん、ミン子さんと、なにやらとても私に好意的なのだそうだ。もったいないくらいだ。
 去年の暮れも、
 「これはあなたが食べちゃダメよ、ミン子さんにさしあげてね」と何度も母に念を押しながら、大きなジャムのビンを渡してくださったという。ルバーブのジャムだった。大変珍しい。
 電話が苦手で筆まめな私は、いつもA先生には手紙でお礼を述べる。今回は、お礼を書く前に、まずネットでルバーブについて調べた。タデ科の薬草で、「ダイオウ」の仲間。食物繊維とカルシウムが豊富とのこと。私の健康を気遣ってくださっているのだなぁと嬉しくなり、礼状には印刷したルバーブの写真も添えて出した。

 「──それでね、A先生よほど嬉しかったんでしょうね、‘ミン子さんがきれいなグリーンの植物の写真を送ってくださったんですよ’って。ミン子、何か送ったの? それをわざわざ額に入れて、玄関に飾ってくだすったそうよ」
 「え~!? あれ、ルバーブの写真なんだけど。ほうれん草をジャンボにしたような・・・ペラッペラのA4の紙に印刷しただけなのに・・・」

 出来の悪い珍客のような教え子だった私のことを、20年間も気にかけてくださるA先生。その人柄に、頭も目尻も下がった。編み物にくるまれたように暖かい気持ちになった。
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by vitaminminc | 2007-01-26 18:50 | Comments(2)

堪え性のない自分

b0080718_15484885.jpg 泣くことと笑うこと──どちらの方が我慢できる?
 こう聞かれたら、迷わず「泣くことです」と答えるだろう。
 私は笑いを制御できない。堪え性のない人間だ。たいていの人は、「そりゃそうだ」と賛同してくれるだろう。「おかしけりゃ笑うわな」と。それに、笑っちゃいけない場面に限ってよけいおかしさが込み上げてくるってことも、みな経験済みのことと思う。ただ私の場合は、それが人より重症化してしまうというだけの違いだ。

 ひまわり保育園の卒園式のあと、ふじD組の教室に戻った私たちは、オルガンを弾く先生を取り囲むようにして「想い出のアルバム」を唄った。
 先生はオルガンから両手を放すと、感極まったように自分の顔を覆い、涙声で言ったのだ。
 「先生、もうダメ。みんなで唄って」
 先生の気持ちに応えようと、みんなは泣きながら伴奏なしで唄い続けた。ごく一部の園児を除いて。なぜなら私ともう一人の男の子だけがゲラゲラ笑っていたからだ。先生の「欧米か」的オーバーアクションと、泣き崩れたみんなのバッチィ顔。それがたまらなくおかしくて、おなかの皮がよじれるくらい笑った。こんなにくたらしい教え子が、いまだに年賀状を欠かさないなんて、きっと先生は想像もできなかったろう。
 おまけにその時の罰が当たったのか、おとなになってから「想い出のアルバム」を子どもたちに合唱されると、やたら泣けて仕方ない。人目をはばからず涙してしまう。

 小学校高学年から通い始めた学習塾(好きな男子が通っているというヨコシマな理由で入塾)では、授業中鉛筆が転げただけでも笑いの発作が起きた。講師から退場を命じられること二度三度。塾に呼ばれた母は、講師から「なんであんなに笑い上戸なんですか。みんなの学習の妨げになります」と厳重注意を受け、嘆いていた。

 中学校で夏休み前の大掃除が始まる前、私たちは昇降口担当だった技術のフランケンシュタイン先生からデッキブラシなどの場所や掃除の仕方について指示を受けていた。
 「柄のついたタワシはココにあるだけです。自分たちで話し合ってワタシの担当を決めてください。タワシは中の階段のところにいますから、何かわからないことがあったらタワシまで聞きにきてください」
 聞いていて違和感を覚え、その理由に気づいた瞬間、タワシぃゃ私は耐え切れずに「ブッ」と発声、そのままトイレに駆け込んで笑いまくった。

 そんな私も中学生の子を持つ親となった。ムスメが中一の時に行われた、吹奏楽部の「フレッシュ・コンサート」に出席。新一年生による初めてのソロ演奏会である。みんなまだようやく音が出せるようになった段階で、実に初々しかった。ところが、これがいけない。ラッパ系の子が発する音色が、真面目に聴こうとすればするほど象のオナラにしか聴こえない。周囲の保護者はみな教育熱心そうな人ばかり。音に合わせてリズムをとって頷いたり、てのひらが痒くなりそうなほど力強い拍手を送っている。
 それに、どの生徒も真剣だ。それがわかっているからこそ、何が何でも笑うわけにはいかなかった。たとえ耳に入ってくる音が、象の放屁でしかなかったとしても、絶対に吹き出すわけにはいかないのだった。あぅう、やめれけれ・・・まるで何かを問うように、そんな尻上がりな放屁など・・・。
 拷問のようなフレッシュ・コンサート会場を後にした時、私の左手の甲には赤いあざが浮かんでいた。崩壊しそうになる理性を保つために、必死に自分でつねっていたからだ。
 
 我ながら、大人気ないと思う。笑いの提供者を嘲っているわけでは決してない。自分の置かれた状況がたまらなくおかしいのだ。おそらく私には、私を中心とした半径10mを見下ろす宙の目があって、その目が捉えて笑っているのは、間違いなく私自身だ。私はただ、自分のことがおかしいだけなんである。なにやら苦しい言い訳だが、治らないもんは治らない。こりゃもう限りなく本能に近いprimitiveな発作だから、理性という自傷行為によって笑いを阻止するしかないんである。

 堪え‘笑’のない私を、どうか笑ってやってください。

 ※写真=「笑い猫図鑑」~‘わはは属 #49’
  
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by vitaminminc | 2007-01-25 17:39 | Comments(4)

金縛りからの解放か?

 職場で、背中合わせに座っていた○○さんが、椅子をクルッと90度半回転させて私に言った。
 「昨日あたりから携帯の調子、良くなってきてませんか?」
 彼女の携帯も私同様ソフトバンク。機種変して以来まともに使えねーじゃねーかと嘆いていた私だが、彼女は機種変したわけでもないのに、やはり送受信が1日~2日遅れていたらしい。
 彼女に言わせると、去年会社がソフトバンクに変わった当初も同じような現象が起きたとのこと。昼間仕事であまり携帯を使っていないせいか、私自身はソフトバンクに変わった当時の異変にはあまり気がつかなかった。
 「今回のはきっと‘ホワイトプラン’のせいですよ」
 と彼女は言った。ホワイトプランというのは、ソフトバンクが打ち出した、基本料980円のコースのことだ。申込者が殺到したため、受付業務が一時ストップしたことは知っているが、それの余波が送受信にまで及んでいたのだと彼女は確信していた。
 
 確かに、昨日あたりから何かの呪縛を解かれたかのように、私の携帯はほぼ健康を取り戻したように見える。でもそれは、直営店の店長から受けたアドバイスによるものなのだと思っていた。
 店長は、私が噛みついたお客さまセンターからの連絡を受け、私に電話を入れてくれた。新しい携帯が機能しないことを訴えると、次のような指示をしてきた。

 ①携帯の電源をいったんOFFにする
 ②携帯の裏フタを開き、中に入っている電池パックを取り出す
 ③電池パックが入っていた奥にある幅1.5センチほどの黒い小さな爪(引出し)を手前に1センチほど引き、またもとに戻す
 ④電池パックを元に戻して裏フタを閉じる
 ⑤電源をONにして、ロードし直す

 以上を行うことにより、機種が周辺の(電波)環境を読み直すことが可能だという。
 なんと。コレの直後に、それまでどこかでつかえて入って来なかったムスメや知人からのメールがブーブー鳴きながら何本も駆け込んできた。
 それを伝えると店長は、
 「しばらくそれで様子を見ていただき、お気づきになったことがあればメモをとっておいてください。え~、そうですね、22日に、またこちらからお電話させていただきますので」と言って電話を切った。
 ただし、携帯はその後も安定しているとまでは言い切れなかった。電池パックを取り出さないまでも、電源を入れ直さなければ送受信できない状況が時折起こるのだった。
 
 22日の晩、再び店長から電話が入った。
 同じ位置で固定した状態にも関わらず、アンテナ表示がめまぐるしく変わることや、電源を入れ直した直後は調子がいいことなどを伝えた。
 「そうなりますと、‘機種の不良’ということも考えられますので、交換させていただくのが良いかと思います。その際ですね、代替機を確保する必要がありますので、それがはっきりしましたら、またこちらからお電話いたします」
 一発交換とはいかないようだ。それほど品薄ということらしい。そして代替機の方も出払っているということだろう。
 手持ちの携帯が相変わらず機能しない状況だったら、ここでもう一回牙をむくところだったが、携帯が回復傾向にあったので、気長に待つことにした。
 店長も気の毒だ。こちらからカマをかけてもグチひとつこぼさなかったが、おそらく電話を入れなくてはならない顧客は私だけではないはずだ。毎晩業務が引けてから、顧客一人一人に「詫び」の電話を入れて回っているに違いない。

 そんなわけで、洗濯機の鳴門海峡で携帯を水死させた時期と、‘ホワイトプラン’の高波が押し寄せる時期とが重なったことが今回の私のささやかな悲劇を呼んだようである。

 新しい携帯が、ことごとく機能しなかった様子は、まるで金縛りにでも遭っているかのようだった。
 ホワイトプラン──それは、金のためなら既顧客にかける不便など白紙に戻せとばかり、新規開拓にのみ的を絞った、孫社長の究極の金縛り策としか思えない。
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by vitaminminc | 2007-01-24 16:18 | Comments(0)

消しゴム

 図書館に予約を入れたのは、確か去年の5月頃。梅雨も猛暑も紅葉も過ぎて、今ようやく手にした「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」。
 東京で暮らすリリー・フランキーが、当時五十代になったオカンのことを、次のように書いていた。

 ──会うたびに年老いてゆく気がした。半年に一度顔を見るたびに身体がどんどん小さくなってゆく。その姿を見るたびに切なくなった。
 ずっと働き続けて小さくなった消しゴムのようなオカンと、東京で阿呆のように遊び呆けているボク。──

 ムスメの学級で、最近席替えがあった。話したことのない男子の隣になったという。
 「消しゴムを気持ちよく貸してくれるかなぁ」
 などと気にしている。消しゴムの貸し方で、‘とっつきやすい男子’かそうでないかがわかるのだそうだ。
 「例えばどんな? 消しゴムを貸してくれない子なんていないでしょう?」
 「貸してくれても、‘なんでコイツなんかに貸さなきゃなんねーんだ’みたいな冷たい目をしたら、多分永久に私とは合わない」
 ムスメの席替え時における秘かな統計によると、この最初の消しゴムの貸し借りで得た感触に狂いはないのだそうだ。
 「でもさ」と私は言った。「テレてわざとぶっきらぼうにする男子だっているし、‘女の癖に消しゴムも持ってないのかよ’って軽蔑されたら恥ずかしいじゃない。消しゴムくらい忘れずに持っていきなさいよ」
 ムスメの視点は違っていた。いつも消しゴムは常備しているのだそうだ。
 「え? じゃあ、試してんの?」
 「違うよ。出しにくいから、急ぎで必要な時に借りるだけ」
 ムスメのペンケースは、ラッシュ時の階段に近い車両のようだ。ありとあらゆるペンがひしめき合っている。赤ペン1本借りるにも相当手こずった。とうとう取り出せずに、ムスメに「出せ」と言ったくらいだ。中身をぶちまけようにも、パンパンに入りすぎていて邪魔なペンすら出て来ない。
 「少し整理しなさい。あんな小さい消しゴムなんか使っているから余計取り出せないんじゃないの? 新しい消しゴム買ってあるんだから、いい加減取替えなさいよ」
 ペンの量に関しては「今時の常識」とかわし、消しゴムに関しては「一度でいいから最後まで使い切ってみたい」んだそうだ。変な子だ。気持ちはわかるが、そういう志は小学生のうちに成し遂げておけ。

 「以前の席の男子はよかった」などと数日前を懐かしみ、席替え当初のやり取りを一人芝居で再現してくれた。

 娘「消しゴム貸して」
 男子「いいけど、忘れたの?」
 娘「持ってるよ。出すのめんどくさいだけ」
 男子「はぁ?」
 
 おかしそうに、笑って貸してくれたんだそうだ。「はぁ?」と言いながらも。その時ムスメは、
 (お! コイツは話しやすいかも)
 と直感。その男子の隣ではなんら気兼ねすることなく、たいそう居心地よく過ごせたらしい。
 ムスメが大切そうにペンケースにしまった青い消しゴムは、すでにパチンコ玉ほどの大きさになっていた。小さくなった消しゴムを目にしたちょうどその日、私は冒頭のくだりを読んだのだった。
 リリー・フランキーの母親が、‘時間と手足で伝え’た無償の愛。それはどんなによく消える消しゴムを使っても、彼の記憶から絶対に消すことはできないだろう。

 ムスメが「消しゴム」というちっぽけなアイテムから得るもの──ひょっとしたらそれは、決して記憶から消えないくらい、大きな意味のあるものに変わるかもしれない。
 私も小さくコロコロ転がりながら、尻拭いを厭わず夢を護る‘消し護夢’となって、ムスメの成長を見守っていこう。消しゴムのカスにだけはならないよう気をつけながら。
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by vitaminminc | 2007-01-23 11:16 | Comments(4)

六日坊主ンどこ節

 ほ~ほ~。そうかい、そうかい。
 今朝は新聞を入れ忘れちまったのかい。
 今日入れられてりゃ~、キレイに7日間。
 ‘一週間続いた’って、ちょっとした自慢もできたろうに。
 そりゃ~残念だったねキミ。
 ほ~、ほ~。何?
 ゴミを出しに行く時には覚えていた?
 ところが戻ってきて、ザリガニにエサをやってるうちに忘れたっていうのかい?
 けどキミ、そりゃ詭弁というものだよ。なぜならポストは外、ザリガニは玄関の中。
 ゴミ出しから戻ってきたときに、先にキミのことを出迎えるのは、ザリガニよりもポストではないのかね。
 ほ~、ほ~。

 新聞入れ忘れのバッテン印を記入するため緑色の油性マーカーを探したけれど、見つからなかった。仕方なく緑の細いカラーペンを持ってトイレに行くと、先回りしたムスコが油性マーカーで、元気よく堂々とカレンダーに × 印を書き込んでいた。

 もうちょっと・・・残念そうな筆圧で書けっちゅーねん。
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by vitaminminc | 2007-01-22 17:09 | Comments(0)

ソフトバンクへの不信

 私の身の上に起こっている小さな悲劇について、語らせていただきます。しかし何から話せばよいのやら・・・。(T.T)

 年末に誤って携帯を洗濯機で洗ってしまい、年明けに直営ショップに出かけ、さんざん待たされた末にようやく機種変の申し込みをしたところ、殆どの機種が在庫切れ。代替機種を借り受けてきたところまでは、前に述べたとおりです。

 で、ようやく入荷の連絡を受けたのが、1月14日のお昼過ぎ。代替機種に、メールで連絡が入りました。昼食を済ませてから、直営ショップに行ったのが2時半過ぎ。店内は日曜の午後とあって、相変わらずの混みっぷり。3時間待ちましたよ、3時間。別の日に出直そうにも、「10,500円割引」というサービスが受けられるのが16日までだっていうのです。チャンスはあと2日しかありません。だからこその混みっぷりだったのでしょう。仕事もあることですし、15、16日に出直したとしても、駆け込みで機種変、契約変更しにくる人が少なくはないはずです。そんなわけで、忍の一字でひたすら待ちました。

 ようやく私の番号が呼ばれました。新機種が目の前に用意されました。
「この3Gという機種は、性能上、地域によっては以前の機種よりも圏外表示が出やすくなっています」
「え? 新しい機種なのにですか?」
「ハイ。あまり頻繁に圏外表示が出るようでしたら、3月10日までは室内アンテナを無料で取り付けるサービスを行っておりますので、お申し出ください」
「うちの方、鉄塔なんかが立っていて電波障害受けやすいんですよ」
「それでしたら、アンテナを設置した方がいいかもしれませんね」
「アンテナの申し込みは、またココに来なくちゃいけないんですか?」(←結構遠い)
「いえ。お客さまサービスセンターまでお電話いただければ申し込めます」
「そうですか・・・」
 ともあれ、ようやくこれで家に帰れるんだ、と涙腺にうっすら涙さえ浮かんでいたそのときです。受付画面に‘エラー’が出たではありませんか。係の女性も少々慌てた様子。あたふたして、「少々お待ちください」と私に言い、センターに問い合わせを入れました。ものすご~く嫌な予感が、音も無く押し寄せてきて、悲しいことにそれは的中しました。借り受けていた代替機種の解除はセンターで行われるのだそうですが、それがまだ完了していないとのこと。早い話が、事実上機種変が行えないというのです。
「あとぉ・・・そうですね、30分から1時間ほどお待ちいただくことになりますが・・・」
 目が点になりました。‘入荷しました。いつでも受け取りにお越し来てください’というメッセージを受けたから、こうして受け取りにきたわけです。客が多いのは仕方のないことですから、3時間待つことにも我慢しました。ああ、我慢しましたとも。ようやく自分の番号が呼ばれ、やっと帰れると思った矢先、さらにあと1時間待てとは。
「はい、わかりました」とおとなしく待てるかってんだ。ふだんは温厚な私ですが、このときばかりはさすがに怒りのスイッチが入りました。だって
4時間ですよ、4時間。
大学病院でなら、同じくらい待たされたこともありました。でも、なんだってたかが入荷した機種の受け取りに訪れただけで4時間も待たされなきゃならないんです? おかしいじゃないですか。おかしいでしょ。おかしいですって。きちんと準備万端整えた上で呼び出せってんです。大体がですね、サービスの適用を16日までなどとケチな期限を設けたりするから、変更客が殺到するんです。そのくらい見越してタッタカ対応できるようにシステムが整っているなら話は別ですが、どう考えてもオーバーワーク。機種の在庫はない、対応できない、処理できない。ないない尽くし。なんというお粗末な対応でしょうか。

 で、待ちましたよ。待つしかないじゃありませんか。けど、「待て」と言われてから66分経過しても名前を呼ばれることはありませんでした。仕方なく、自主的に椅子から立ち上がりました。
「もう、1時間以上待ってるんですけど」
「まだセンターから解除連絡が入りませんので、もう少々・・・」
「入らないなら、プッシュしてくださいよ。もう4時間以上も待ってるんですから」
 そのとき、ショップの店長と名乗る人が、「お客さま、お客さま」と言いながら私の方に歩み寄ってきました。「本日はご覧のとおり、大変混み合っておりますので・・・」
 まるでホエザルをなだめるような口調です。ふざけんじゃねー。私は、単に長いこと待たされているほかの客とは違い、呼ばれてからさらに待たされている異常な客なのだ。その点を説明してさしあげましたら、自分でも事態を調べて把握したようです。
「申し訳ありません、通常ですと30分・・・長くても45分以内には解除が完了するのですが、センターの方も混み合っているようでして・・・。あとどのくらいお待ちいただくことになるか、正直読めない状態ですので、解除が完了しましたら、私がご自宅まで携帯をお届けするということで、よろしいでしょうか?」
 了承しました。そうするしかないじゃないですか。ショップを出たとき、時刻はすでに夜の7時近く。星が瞬いておりました。何のために追加で1時間以上も待ったのだろうと情けなくなりましたが、悪いのは彼らではありません。対応が追いつかないようなシステムを次々発表し、顧客獲得に躍起になっている、ソフトバンクのガツガツした体制です。結局その晩わが家に新しい携帯が届けられたのは、夜の10時過ぎでした。

 ところが、これでめでたしめでたし・・・とはなりませんでした。新機種の説明を受けたとき初めて知った「圏外問題」。相当なもんです。受け取った当日は、まだムスメとやり取りなんかも出来たので、問題意識は持たずにおりました。その後、時々ムスメが「無料」をいいことに、オチャメなメールを寄越してきたらしいのですが、全然受信できませんでした。大晦日や年明けにメールが殺到したときのように、ネットが混み合っているのかな、なんて軽く考えておりました。なぜならムスメが送っていたメールが、翌朝になって何通も届いていたからです。ところが、友人が出してくれたというメールはいつになっても届かず、私からムスメや友人に出したメールはことごとく送信失敗。サーバにあるはずの新着メールを請求しても、サーバにすらつながらないのです。
 こりゃアンテナを設置してもらうより仕方ない。ところがソフトバンクはハードパンクの状態で、お客さまサービスにつながらないったらないのです。15分待ってようやくつながったと思ったら、圏外になってしまい、何も言う前から切れてしまいました。その日は断念し、本日かけ直しました。携帯からだと途中で切れてしまうので、自宅の電話から再びかけました。大変混み合っていますので、おかけ直しください・・・といういつものガイダンス。いつかけ直したって同じなので、やはり待つこと10分。ようやくつながって、アンテナの申し込みをしました。そうしたら、なんて言われたと思います?
「設置まで2ヵ月お待ちいただくことになります」
 あー、そーだろそーだろ、そんな予感がしていたのですよ。そんなに長い間携帯が使えないままになるってことの保障はどうなるのかと尋ねたら、
「こちらはアンテナの受付だけなので、詳しい話は総合案内におかけ直し願います」
 と言われました。この電話ではおつなぎできません、なんだそうです。
 
 またまたお客さまセンターにふりだし。待つこと10数分。ようやくつながり、また一から説明。
「2ヵ月も使えないままの状態になる可能性があるのなら、この機種を申し込んだ時点で、その説明があってもいいんじゃないんですか?」
「説明はお受けになりませんでしたか?」
「何も言われてませんよ。入荷連絡を受けて取りに行ったときに、初めて圏外になりやすい機種だと説明されました」
「申し込まれるときに、お客様からは、その機種がこれまでどおり使えるものであるかどうかの質問はされなかったんですか?」
「新しい機種に変えるのに、今までどおり使えなくなる可能性があるなんて思う人はいないでしょう? そんな質問する人いるんですか?」
「いえ、ただ事実関係を把握するために質問させていただきました」
 すったもんだの末、
「それではどうして欲しいとお考えですか」とバカなことを聞いてくるので、
「2ヵ月間携帯が使えないのに基本料金だけ支払うことがないように、代替機種を借してください」
 するとなんと! 
「そういうサービスはやっていないので、2ヵ月間基本料金を免除します」ときたもんだ。
「サービスをやっていない、ではなく、そういうサービスをお願いしますと言ってるんです。初めにきちんと説明していただいていたら、この機種は申し込んではいませんでした。在庫切れの際には借りられたんですよ」
「いえー。サービスセンターとしては、そういう対応は行っておりませんので、それでは直接ショップの方に話してみていただけませんか」
「なんのためのサービスセンターなんですか? そちらソフトバンクのお客さまサービスセンターでしょう? どうしてショップや客任せにばかりするんですか?」
「では、こちらからショップの方に電話を入れまして、折り返しお客様にお電話するよう伝えます」

 このやり取りからおよそ3時間。ショップからではなく、サービスセンターの女性から電話が入りました。
「何度も店の方には電話を入れているのですが、つながりません。この状態ですと今日中にご連絡を差し上げるのは難しいようです。引き続き連絡を取ってはみますが、ご了承願えますでしょうか」
 わかったか。パンク状態のショップ任せにされたら、客は永遠に話もできないってことが。あぁもうソフトバンクとは無関係になりたい。でもそのためには、圏外になって使い物にならない新機種の契約を白紙に戻してもらわねばなりません。4万も5万もする不本意な分割ローンが残ってしまうことになるからです。
 機種変した携帯が使えないなんて、こんなバカなことってあるのでしょうか。ネットで調べたら、同じような思いをしている人がほかにもいることがわかりました。なぜ3Gと呼ばれる新しい機種が、以前のものに比べて電波障害を受けやすくなったりするのかわかりません。これでは進化と言うより、一番肝心な部分の退化ではありませんか。
 
 今の私の、ささやかな悲しみを乗り越えるためのささやかな要望、それは白紙撤回以外にはございません。、ショップからなしのつぶてだったら、また不愉快な思いをして、半日がかりで店に詰め、不毛な交渉をしなくてはならないのでしょうか。私が何をしたというのでしょう。携帯を洗濯機で洗ってしまったのは無論私のミスですが、機種変更にも契約変更にもお金を払っていながら、なぜ普通に使える状態にしてもらえないのかがわかりません。借りていた代替機は、電波障害などは受けず、普通に送受信できていました。これまで使用したことのある全ての機種がまともに使えていました。解約できないのなら、3Gでない機種に変更させてくださいってば。
 憂鬱です・・・。

 
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by vitaminminc | 2007-01-19 18:29 | Comments(7)

サダカジ

 2年前、私は壁倒立ができた。当時小6だったムスメに、逆立ちの手本を見せてやった。運動会の組体操に「倒立」が入っていて、どうしてもマスターしておく必要があったのだ。

 さらにさかのぼること4年。鉄棒の「逆上がり」の手本を見せるときは失敗した。
「こうやるんだよっ」と言いながら、私が示した手本は、わずか45度の弧を描いて元の地面に着地する、単なる振り子であった。最後に逆上がりをやったのが、いつなのか思い出せない。何十年も逆上がりをやる機会がない間に、完全に逆上がりが出来ない身体になっていた。下半身が錨のように重かった。
 「逆上がり」の二の舞になるのはマズイ・・・と思いつつ、三の舞でも四の舞でも踊ってやる、という気で一か八かでやってみた。
 「逆立ち」は、出来た。
「スゴ~イ!」
 と驚くムスメ以上に自分が驚いていた。逆上がりも逆立ちも似たようなものなのに、内回りと外回りの違いだろうか?
 そんな危うい私の指導のもと、ムスメは無事補助倒立(足をキャッチしてくれる相手との2人一組でやる逆立ち)をマスターした。ところが、ムスメが組まされた相手が悪かった。別の子と組んでいたときはまったく問題なかったのに、途中から替わった相手はムスメの足を取るどころかよけてしまうのだという。一度、足を取ってもらえず地面に背中を打ちつけてからというもの、ムスメは怖くて思うように足が上がらなくなってしまった。結局本番でも「倒立」はうまくいかなかった。

 あれから2年。ムスメは、逆立ちをして倒れた恐怖が尾を引いていたようだ。一時は出来ていた補助倒立が、まったくできなくなっていた。三学期早々、体育の実技テストで壁倒立、または補助倒立のいずれかを20秒以上やる、というテストが行われ、ムスメは完敗した。
「家には壁倒立の練習をするための壁がない」というのを理由に、冬休み中殆ど練習しなかった。小6のとき練習に使っていた「襖」は、身長がのびたムスメには丈が足りず、確かに強度的にも危険ではあった。ならば補助倒立の方を選択して、私に補助を頼めばよかったのだが、ムスメは現実逃避するばかりだった。
 テストの2日前になってようやく私に補助を頼んできたが、にわか練習でどうにかなるレベルではない。恐怖心から身体にブレーキがかっかてしまい、右足がまったく上がらない。
「こうやるんだよっ」
 と、2年前のように手本を見せようと思ったが、やめておいた。どうも自信がない。出来ないムスメの前で失敗なんかさらしたら、余計マイナスだと思ったのだ。
 結局ムスメの右足は上がることはなく、私は見切りをつけて先に寝た。夜中過ぎまで一人でドタンバタンやっていたようだが、付き合っていたら明日の自分の仕事に差し障る。冬休み中、10日以上も練習の機会を与えられながら、いいように遊び呆けていたムスメ。勝利の女神が微笑むはずもない。
「テストどうだった?」
 まぐれで足が上がる場合もある。翌日1%の期待を抱いて帰宅したムスメに聞いてみたが、首を横に振られた。奇跡なんかが起きていたら、こちらが尋ねるより先にムスメから報告してきたろう。

 で、久しぶりに今日、こっそり「襖」を相手に壁倒立をしてみた。やっぱり出来た。テスト前に、見せてやればよかったなぁ・・・。ちょっぴり後悔。
「こんなに重くたって、怖がるさえしなければ、軽々できるものなんだよ」
 どんな言葉よりも説得力があったろうに。ムスメの右足にはめられた足枷は、恐怖心そのものだったに違いない。
 そういえば、ムスメは小さいときから「逆立ち」とは相性が悪かった。どうしても「逆立ち」と言えず、「サダカジ」「サダカジ」と言って私を笑わしてくれたっけ。
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by vitaminminc | 2007-01-18 17:52 | Comments(4)

バッテン効果

 朝起きたらポストの中から朝刊を取ってくる──これはムスコのシゴトだ。なのに、毎度毎度忘れる。前にも述べたが、頭がおかしいんじゃないかと思うくらい、スコンスコン忘れる。私が注意しても、私より怖いダンナが叱っても、一向に改善される気配が無かった。

 月曜(15日)の朝も忘れていた。よくもまあ、毎日毎日見事に忘れられるものだ・・・と100%呆れた。何食わぬ顔で朝ごはんを食っているムスコを眺めながら、私はほんの思いつきで言ってみた。
「今日から記録を残すことにしましょう」
 ムシャムシャごはんを食べながら、ムスコが「?」という顔になった。
「し・ん・ぶ・・・」
 と私が言い終わらないうちに、ムスコが「ひょー」と息を吸い込んで席を立った。廊下に走り出ていったムスコと入れ替わりに、ダンナが起きて居間に入ってきた。そこにムスコがすかさず新聞を差し出す。
「お、サンキュ」
 ムスコは事なきを得たような顔をして、再び食卓についた。私はその様子を見届けてから、緑色の油性ペンを握り締め、トイレに急行した。そして、便座の前の壁に吊るしてあるカレンダーに、きゅるきゅる摩擦音を立てながら、文字を書き込んだ。

         ×・・・新聞を入れ忘れた日(1/15スタート)

「1月」の横に、↑のような注意書きを大きく書き、15日の数字の上にでっかくバッテンを記入した。後ほどトイレに入ったダンナは、嫌でも自分のムスコの実態を目にすることになる。当然ムスコは、ダンナから説教されることになる。
 それほど期待していたわけではないが、効果はテキメンだった。昨日と今日。ムスコは自分から新聞を取りに行った。朝起きたら、まずはトイレで放尿──この習性を持つムスコには、トイレの掲示が最も威力を発揮した。慣れっこになっているから、ダンナの説教が怖いわけではないはずだ。便器に座って真っ先に目に飛び込んでくる、月曜日の「×」がムスコを変えたのだ。自分の評価を×で表わされ、屈辱を感じたに違いない。
 ‘新聞を入れることが出来た日’として、日にちを○で囲んでやる方法もあるが、私はそこまで甘くない。割り当てられたシゴトは、出来て当たり前なのだ。やらねばならんのだ。出来なかった日を×にする。これが正しい教育である。まるでワンコの調教レベルだ。
 とはいえ、忘れずに入れられるようになってから、まだたったの二日目。それでも、忘れずに入れることが二日と続かなかったことを思えば、大きな進歩である。はたしてダンナが出張で留守のときでも、この「×無し記録」は更新されていくであろうか。×は○より効果的ってことを信じ、期待したい。
 楽しみである。しかし、もしもこの先、×が書かれても平気の平左になり下がるとしたら、私は相当落ち込むだろう。期待するというより、もう祈るしかない。

      南無阿弥陀罰・・・南無阿弥陀バツ・・・南無阿弥陀×・・・
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by vitaminminc | 2007-01-17 16:20 | Comments(0)

小便親子

b0080718_15185989.jpg「立小便は、町の恥」
 という立て札を見たBFに、「ぶっ」と吹き出されたのは、今から何十年前だろう? 自分の家に初めてBFを連れていく日。迎えにいった駅から長く続く道。周りに畑が見え始めた頃、BFが立て札に気づいて笑った。
「東京じゃないみたいでしょ」と言い訳して照れ笑いしながら、心の中じゃ「立小便は町の恥」という立て札こそ町の恥ではないかと町内会のセンスに激怒していた。
 そう。私は立ちションが嫌いである。自分がしないのは言うまでもなく、立ちションする野郎が嫌いだ。犬を飼っていた頃、夕方に散歩をさせていると、よくソの最中のオヤジに出くわした。近くのパチンコ店から出てきて、道端でやらかしているのだ。店にはトイレが設置されているというのに、わざわざ道端で立ちションする。そしてまた煙草の煙モウモウの、チンジャラやかましい店内に戻っていく。頭にくる。立ちションオヤジを見つけるたびに、こちらはわざわざ散歩コースを変えなければならないのだ。外の空気を吸いたかったら、店内で小便くらい済ませてから出て来いてんだ。
 ところがある日。もう引き返せないところまで歩いているところに、突然オヤジが現われた。駐車場の周りに張りめぐらされた生垣の隙間から不意に出てきて、いきなり立ちション体勢に入ったのだ。美しく可憐な人妻と、いかにも賢そうなミックス犬が歩いてくるとわかっていながら、である。
 引き返そうかとも思ったが、悔しいのでそのまま歩いていった。少しは羞恥心を見せるかと思いきや、向こうは首を半回転させて私と犬を睨み、バーロー、見世物じゃねーんだというような視線を投げて寄越した。
 足は短いくせに、尿道はやたら長いらしい。いつまでたっても不快な瀑布の音が鳴り止まず、そのあまりの、あまりの長さに、通り過ぎてずいぶん進んでから吹き出しそうになった。いや、笑い事ではない。わが愛犬の散歩コースに、よそからやってきたパチンコオヤジに所かまわず排尿されたのではたまらない。不愉快この上ない。不潔以外のなにものでもない。戸外での放尿は、そんなに気持ちがいいのだろうか。立ちションオヤジはこのほかにも何人もいた(たぶん今もいる)。
 さて、このように「立小便撲滅運動」を推進している私である。まさか自分の家の中で、立ちションの被害に遭うなどとは思ってもみなかった。ダンナである。ダンナが立ちションを止めない。トイレで立ちションされると、細かい飛沫が床に壁に飛び散る。そんなに足が長いわけでもないのに、なぜか飛び散る。許せない。しかも時々中ブタを下ろし忘れて、私やムスメが便器にはまりかけたりする。許せない。
「頼むから座って」と頼むと、その場でだけ生返事を返す。しかし独身時代からの習性はちょっとやそっとでは変えられないらしい。本人は「立ってやってない」と言い張るが、密偵のムスコが時々報告するところによると、「いつもパパのあとは中ブタが上がったまま」なのだそうだ。これが動かぬ証拠である。
立小便厳禁と書いた貼り紙も、一向に効果がなかった。立ちションスタイルによる排尿は、腰掛スタイルよりも便器を汚すってことがまったくわかっていない。きっとルミノール反応かなんかで見たら、便器から跳ねて飛び散った尿で、壁と床一面に星空が現れるに違いない。ダンナが長期出張で不在の週は無臭なのに、いる週はトイレがやたらアンモニア臭に包まれるのは、みんなみんな立ちションのせいである。おすわり!

 ところが、今朝。トイレから戻ったムスコが、困ったように報告してきた。
「なんかトイレの床が、濡れているんだけど・・・」
 見に行ったら、「ヒィ!」と叫びたくなるくらい、オピッコ臭かった。ダレだだれだ誰だ。朝っぱらからトイレの床にこぼすヤツは!
 ぷりぷりしながら床を拭いた。「─ったく、自分で汚したもんくらい、自分で拭いてほしいわよね!」とブツブツ言いながら、セッセと拭いた。「あー、男子ってヤーネ!」
 歯を磨いていたダンナが口をモゴモゴしながら、「何だよ、オレじゃないからな」と言った。声には出さなかったが、(どーだか)と思った。出切ってないのに膝を伸ばしたに違いない。ふん。
「言っとくけどな」とダンナが言った。洗面所で歯磨きの泡を吐き出している。「オレは、起きてから、まだトイレに行ってないんだからな。トイレに入ろうとしたらムスコが入ってクソしていたから、こーして先に歯を磨いてる。ジョーダンはよしてくれ」
 床をオシッコまみれにしたと疑われた割には、ダンナの怒りは中途半端だった。日頃の立ちション癖でわたしに細かく迷惑をかけていることを自覚しているせいか。・・・・と、いうことは・・・?
 他人事のように報告していたが、犯人はムスコか。座った状態でもクシャミなんかをするとオピッコが場外乱闘する。いや、私ではない。幼児期に一度、ムスメがクシャミをした瞬間、オピッコが前の壁まで飛ぶのをこの目で見た。が、後にも先にもトイレを汚してくれたのは、その時だけ。私もムスメも実にクリーンな使用者である。
 そこいくと、うちのオヤジとアホムスコは、立っても座っても・・・。
 男子って、ホント、ばっちくて、ヤーネ!!
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by vitaminminc | 2007-01-15 16:42 | 人間 | Comments(4)


日々の暮らしに「ん?」を発見


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