登山鉄道の車内は冷房が効き過ぎ、さっきから鳥肌がおさまらない。それでいてやたらと喉が渇く。
 向かいのシートに座っている上品そうなご婦人が、車両の天井に渡してある冷房の排水パイプを指差して私に言った。
 「あなた喉が渇いているのでしょう? あそこから水が漏れているから、飲んじゃいなさいな」
 飲んじゃいなさいと言われても、所詮排水だ。しかもパイプの内側に見えている黒っぽい影は、どう見たって黒かびである。
 (あれを見てください、黒かびですよ。あんなパイプを通って流れ出る水、あなた飲めますか?)そう聞く自分を想像してみた。いや、だめだ、たぶんご婦人はこう言うに違いない。
 (あら、残念ですわ。わたくし今、ちっとも喉が渇いておりませんの)
 私は無言のまま愛想笑いだけ浮かべると、その親切でお節介なご婦人が、どうかそれ以上飲むことを強要しませんように、と祈るしかなかった。

 さっきまで、確かオレの横にはムク犬が眠っていた。ヒッチハイクしてつかまえたジープの荷台で、土埃を浴びながら、オレたちはうつらうつらしていたはずだ。なのに、目の前には青い海が広がっている。冗談じゃない、オレは絶海の孤島に‘不時着’している。温かかったムク犬の姿はどこにもない。急速にあたりが暗くなってきた。日が海に飲み込まれていく。それと同時に冷たい海風が島に吹きつけ、どんどん体温が奪われていく。冷たい岩陰に身を寄せてみるが、寒さをしのぐには程遠い。オレは落ちていた小枝を岩に擦りつけ、火を起こすことを試みる。だめだ。煙ひとつ立ちやしない。
 おまけに必死になって枝を擦っていたら、ひどく喉が渇いてしまった。島の周り中、水があふれているというのに、海水では飲むわけにもいかない。皮肉なもんだ。波の音に合わさるように、さっきから「流刑」という言葉がオレの耳の中で押し寄せたり引いたりを繰り返している。

──以上は今朝、ハワイアン・アラームが鳴り響く直前まで見ていた夢の二本立て。掛布団は半分なくなり、喉が渇いていた。花粉症の薬を服用すると、やたら喉が渇く。起きているときは茶のみババアになって渇きを防げるが、眠りの最中は喉を潤しようがない。そのため「飲みたいのに飲めない状況」の夢をよく見る。今日は布団が半分なくなっていたものだから、そこに寒さまで加わった。温かい「ムク犬」は、言うまでもなく、横で寝ているムスコだろう。寝返りを打って私から離れていった際、布団を巻き込み剥がしていったようだ。寒い夢を見るわけだ。

 このように、現実の五感に介入してくる夢というのは、現実をデフォルメしたようで妙におもしろい。超現実の世界が繰り拡げられ、登山鉄道に乗ろうがジープに乗り込もうが、どこまでいっても喉の渇きから逃れることはできないのである。
by vitaminminc | 2007-02-28 16:42 | Comments(2)

青空の途中より

b0080718_1250249.jpg おかあさん、元気ですか。
 ボクはまだ青空の途中にいます。
 ムスコ君が動かないボクに気づいた前日に、ボクは最期の脱皮をしていたんです。その日おかあさんがボクにエサを入れてくれるのを、ボクは少し高いところから眺めていました。おかあさんは、ボクが眠っているんだと、必死に思い込もうとしていたでしょう?

 おかあさんの家に来たときのことを、ボクはよく覚えています。人工池で誰かに捕まり、紙コップの中に入れられたボクを、ムスコくんがもらい受けてくれました。
 おかあさんは、カサブタみたいな色をしたボクを覗き込んで、こんな狭いところじゃかわいそうだとムスコくんを叱り、車を飛ばして家に連れ帰ってくれました。
 あんまり紙コップが窮屈だったものだから、広い水槽に引っ越したボクは、つい急いで身体を伸ばし過ぎ、脱皮に失敗してしまいました。殻が脚にからまって、ボクは瀕死の重傷を負いました。片方のハサミが脱落し、複雑骨折を起こしていない脚の方が少ないほどでした。
 おかあさんは、ぐったりと横たわるボクの殻を、ピンセットでだましだまし脱がせてくれました。ボクの身体からはひっきりなしに白い粘液が溶け出て水を汚しました。いろいろ調べたおかあさんが、あとでそれが「出血」を意味していることを知り、ずいぶん胸を痛めたこともボクは知っています。

b0080718_12505991.jpg 水槽の中には外敵がいません。動けずに横たわるボクを襲うものがいない代わりに、自分でエサをとることもできませんでした。そんなボクにおかあさんは、割り箸でエサをつまんで食べさせてくれました。ボクが死んでしまうと思っていたおかあさんは、エサを食べるボクを見て、もしかしたら助かるかもしれないとムスコくんに話していましたね。
 毎日エサを食べさせてもらったボクは、日に日に元気になっていきました。脚は相変わらずからまったままだったし、ハサミは片方しかなかったけれど、出血がおさまった頃には、どうにか自分でエサを食べられるまでになりました。
 二回目の脱皮は大成功でした。こんな不自由な脚をしているのに、よくきれいに脱皮できたねとおかあさんとムスコくんは大喜びでした。いっぱい褒めてもらって、ボクは嬉しかったです。殻を脱いだボクの脚は、きれいに揃っていたし、ハサミがなくなっていた手の先には赤ちゃんみたいな小さいハサミも生えていました。
 その頃から、ボクには少しずつ変化が出てきました。ボクの身体の色が、普通のザリガニと違うとおかあさんは不思議がっていましたね。とてもきれいだと。
 真冬に著しく元気がなくなってしまうボクのことを、南方系のザリガニと判断したおかあさんは、ボクの水槽にヒーターを付けてくれました。俄然元気を取り戻したボクに、「また脱皮に失敗しちゃだめだからね」と注意してくれました。
 おかあさんは、ボクに素敵な名前をつけてくれました。グレゴール・チョッキンです。おかあさんの大好きな、カフカの小説に出てくる主人公の名前からもらったと教えてくれました。そしてボクの目が大好きだといってくれました。
 だからボクは、もう少し頑張るつもりでいたんです。だけど今度の冬は、どうしても身体がいうことをきいてくれませんでした。ムスコくんがボクにエサを入れ忘れるのを、あんなに叱る必要なんてなかったくらい、ボクはエサを食べられなくなっていました。眠っていることが多くなりました。夏にムスコくんが伊東の海岸で拾ってきてくれた大きなあわびの貝殻、あれを屋根にした寝床で、ボクは一日中夢ばかり見ていました。水槽を脱走したボクのことを、おかあさんが血眼になって探してくれた日のことを懐かしく思い出したりしながら。

 2月24日。殻だけでなく、身体ごと脱ぎ捨てる脱皮を果たしたボクは、ボクのかつての身体の色によく似た雲をいくつもいくつも越えながら、ゆっくり上を目指しています。
 お皿を洗いながら、小学生みたいに泣きじゃくるおかあさん。庭にボクの亡骸を埋めて、マジックで「チョッキンのおはか」と書いた墓石を立ててくれたムスコくん。おかあさんが大好きだといってくれていたボクの目には、みんなのいろんな様子が、はっきりと映ります。
 早く、元気になってください。ボクのことは、忘れていいから。大好きだった甘えびのお刺身が、また食べられるようになることをボクは祈っています。 さようなら──チョッキンより。
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by vitaminminc | 2007-02-27 12:54 | Comments(2)

古い巨塔

b0080718_9162281.jpg サグラダ・ファミリアの足元にも及びませんが、なかなか壮観でございます。何しろ宅は知識欲旺盛。新聞も、日本経済新聞はもとより朝日、読売、毎日。ほかにもムスメのために英字新聞、そしてスヌーピーグッズや体脂ボールに目がくらんだワタクシが産経までとっているものですから、たった一月で法~螺ご覧のとおり。古新聞タワーが完成いたしました。

・・・・ハイ、本当は産経新聞のち読売新聞、時々東スポでございます。

 え~、全部で10束ございます。とても一軒で出す量とは思えませんでしょ? これにはちょいとしたワケがあります。決してゴミ屋敷傾向にあるわけではございません。産経が、毎月の古紙回収をやっていないものですから、以前はほかの家(朝日なり読売なりを購読)が門のところに古新聞を出す日に、便乗して宅でも門の前に出しておりました。もちろん業者は新聞のより分けまではしませんから一緒に持っていってくれます。
 しかし、その方法が使えなくなりました。それまでは私が早朝ゴミを出しにいった時に、ほかの家の前に新聞が出ていると知るや、慌てて新聞をまとめて門前に出していたのでございます。が、パートに出るようになって、朝のゴミ出しをムスコにやらせるようになってからというもの、いつが古紙回収日なのか、知る手立てがなくなりました。ふつうでしたら、ムスコに「新聞が出ていたら教えて」と言えば済むことです。しかしムスコは①ゴミを出す、②朝刊を入れる、のたった2つの決まりを遂行するだけで満杯の状態。情けない話ですが、頼りになりません。
 
 やむを得ません。古紙回収日に家の前に個人的に出すのはやめることにしました。しかし市の回収日にゴミ集積所まで運ぶのは無理。ちょっと距離があるのです。そこで、小学校の資源回収日に出して、わずかながらも学校の備品購入に役立てようと考えました。
 小学校の資源回収も、ほぼ毎月、第1か第2日曜日に行われています。その集積所まで車で運べば済むことです。が、人間というのは計算高いいきものでございます。いざ車を出すとなると、「毎月そんなことやってられっか」という気になるのです。そう、毎月古新聞を一束ないし二束車に積んで9:00までに運ぶのは、非効率的です。隔月にまとめてやればいいっぺ、なんて考えているうちに、気がついたら私の日曜出勤と重なるようになってしまいました。
 やむを得ません(←コレばっか)。ダンナの休みと新聞社の古紙回収日が一致した奇跡の朝に、ダンナに家の前に出しておいてと頼んで出勤したのですが、家に帰ってみたら、新聞は門の前、ダンナは午後になっても寝ているといった始末。力仕事なんだからやってくれってんですよ。
 その後も古紙回収日にはダンナが出張で不在、なんてことが重なり、毎月着実に古新聞の塔は積み上げられていったのでございます。なにやらこんなことを書いておりましたら、過去の怒り(10/2付「負傷の代償」)が再燃してまいりました。ムカムカムカ。

 トドのつまり、ダンナは当てになりません。こうなったら絶対に自分の仕事と重ならない日──つまり私自身が小学校の資源回収当番に当たっている日──にまとめて出すしかありません。車に積んで、集積所まで行くっきゃないのでございます。
 決戦は2月4日。しかし、実行ならず、でございました。なぜならそれより二日ほど前に、細すぎるせいでしょうか、足首を捻挫してしまったからです。自分を支えるだけで精一杯。目と鼻の先にあるとはいえ、重い束を抱えて庭の車まで何往復もするのは到底無理な話です。集積所まで歩いてもわけない距離ではありましたが、片足漕ぎでヨロヨロと自転車を転がしていった次第。

 「ママ!今月の古紙回収日は、明日だって!」
 金曜日の朝、ムスメが叫びました。現在は読売新聞をとっているので、「古紙回収のお知らせ」が新聞に挟まってきます。土曜日とは珍しい。ちょうど仕事が休みです。

 そんなわけで、長いことわが家に居座っていた古紙のブロックとも今日でお別れ。門の前で、記念写真を撮りました。武器よ、さらば──10月にダンナの武器に使われて、私のかわいいアンヨからを出させた束も、この中にございます・・・。
 ふははははは!トイレットペーパーに生まれ変わったら尻拭いてやる。
by vitaminminc | 2007-02-24 10:08 | Comments(2)

燃焼系文字

b0080718_1194269.jpg 昨夕、学校を休んだムスコのために、もやし少年が連絡帳を届けに来てくれた。連絡帳には昨日返された国語のテストが挟んであった。
 「ゲッ」
 と思ったが、珍しく100点だったのでホッとした。

b0080718_11135548.jpg が、答案の裏には×が並んでいた。答案の裏の問題は、たいてい点数とは関係なく、雑学クイズのようなものが出題される。今回は、古代エジプトの象形文字の問題だった。
 書くべき答えは明らかに「月」のはずなのに、「」っていうのは何なんだ? こんなところでアブラなんか売るな。

b0080718_11215197.jpg しかも、次も間違えているではないか。まぁ、確かに「」に見えないこともないが・・・どうして「*」と単純に書けんのじゃ?
 などと思う私の目には、「魚」のすぐ上の絵文字、どう見ても「半魚人」にしか見えない。
b0080718_11255178.jpg 今朝になって答案が挟んであることに気づき、ムスコの「」という字を食い入るように眺めていると、横から答案を覗き込んだムスメが言った。
 「あれ? そんな字、3年生じゃ習ってないはずなのに」
 「え! そうなの?」
 なんで「」なんて書いたのだろう? 私に対する警告か? 起きてきたムスコに早速尋問した。

 「習ったよ。だってその絵、‘指’に見えるもん」
 ムスコは自分が「」と書いたすぐ上の絵を‘指’差した。
 「偏が変でしょ、‘指’なら手偏でしょ。どうせ‘月’にするなら右は書かなくてよかったのに」
 私の指摘に『何のことやら、よくわかりません』という顔をしたムスコ。
 「これはぁ、脂肪の、脂!
 となぜかプンプンしながら補足説明したら、
 「あぁ!」と納得し、ニタッと笑って私を見た。それは、『ど~して習ってない漢字を無意識に書いちゃったのか、よ~くわかりました』という顔に見えた。

 脂肪を燃やさねばッ!と決意を新たにした私であった。

  ※4枚目の写真は、岩波新書「古代エジプト人の世界」より拝借
  *「川」ではなく、正しくは「」が正解(面目ないっす)
  
by vitaminminc | 2007-02-22 11:55 | 子ども | Comments(14)

ドシ~!!

 月曜の夕方。
 ムスコが林檎のほっぺをして学校から帰ってきた。
 「クラクラする・・・」
 額に触れてみると、恋の病にかかったわけでもないのに、妙に熱っぽい。目にも眼力がない。泳いでいるというよりも、瞳が浮いてしまっている。ビューフォート風力階級4もあれば、へなっと倒れそうである。
 熱を測ったら37.5℃あった。うちのデジタル体温計はいまいち信用できない。表示する数値が異常に低い。うちの子たちの平均体温は35℃ということになる。爬虫類か。
 そんなわけで、38.0℃以上あるに違いないとみた私は、すぐに医者に連れていった。
 「38℃? いや、これはもっとありそうですよ。ちょっと、熱測ってみて」
と医師が看護師に指示を出した。
 「5時間目くらいからクラクラしてきたの? 5時間目っていうと・・・?」
と医師が聞く。
 「お昼を食べたあとくらいだと思います」
と、すでに思考停止状態になっているムスコに代わって私が答える。
 「そうか。インフルエンザの検査をするには時間的に早すぎるなぁ。あまり早く検査しても菌が検出されないんですよ」
 P-!P-!P-!(体温計の音)
 「熱、何度あった?」と医師が聞く。
 「39.4℃・・・!」と看護師が口に手をやる。
 私も思わず息を吸い込んだ。ドシ~!39・4℃~!
 「高いですね。夜になるともっと上がるでしょう。今から3時間以内に節々の痛みを訴えるようなことがあったら電話してください。検査をして、インフルエンザだったらタミフルを出します。咳なんかが出ていたってことだから、おそらく違うとは思いますがね」
 そう言って医師が処方してくれたのは、クラリスという抗生剤だった。

 その晩は(当然のことながら)食欲がなく、夕飯も食べずに寝込んだムスコ。学校から帰ってきたムスメが、弟の容体を聞くやいなやマスクを装着した。半月ほど前、自分が風邪をひいて咳をしていたときは、「迷惑だからマスクをしろ!」と何度言っても言うことをきかなかったくせに、自分がうつされる側に回ったら即行防御態勢に入った。
 「だって39.4℃なんて、冗談じゃない」
 そうだ。確かに冗談じゃない。10年以上前になるが、38℃熱が出たとき、私は腰が抜けた。立てなくなって、床を蛇のように這ってキッチンに辿り着いた。そして遠退いていこうとする意識を必死に保ちながら、冷蔵庫を開けた。はぁはぁはぁ、そしてドアにしがみつくようにして、ズズズ・・・と解熱剤(←座薬)を取り出し、そのまま薬が効いてくるまで床にくの字になって倒れていた。熱が下がるとすぐに立つことができたが、38℃で死にかけたのだ。39℃なんて、完全にイッてしまう。

 もちろん私も立体マスクをした。カラス天狗の嘴のようである。‘いまさら’という気がしないでもないが、嗽と手洗いを頻繁に行った。それでいて、夜はムスコの横に寝た。
 ポカリスエットと熱冷まシートと抗生剤。この3種の神器の力により、翌朝には少し元気になって階段をおりてきた。
 「お腹空いた」
 これが子どもの回復力、生命力なのか。
 それでもまだ微熱少年であることに変わりはない。昨日に引き続き、今日も学校を休ませた。
 
 発熱した月曜の晩、近くのスーパーに買い物にいったら、ムスコと通学班が一緒の男の子にあった。母親のお手伝いで、店にもやしを買いにきていた。私と挨拶を交わした後も、チラッチラッとこちらを見ていた。
 もやし売り場を案内する店のお姉さんの後を歩きながらチラッ。
 「もやしはココです」と教えてもらいながらチラッ。
 私は寄っていって、再び声をかけた。ムスコが高熱を出したから明日学校を休むことを伝えると、
 「やっぱり?」ともやし少年は言った。「ムスコ(←ムスコの名前)ね、今日学校の帰りに何度もしゃがみこんじゃったんだよ」
 チラッチラッと私を見ていたのは、そんなムスコを心配して、様子を知りたがってくれていたからだ。
 「○○くんも風邪に気をつけてね」
 もやし少年とスーパーで別れ、家に向かいながらムスコの‘成長’を実感した。ほんの1年前までは、大したことでもないのにしょっちゅう保健室にいっては絆創膏を貼ってもらったり、熱もないのに迎えの電話を寄越していたムスコ。38℃以上も熱を出しながら、30分の通学コースを歩いて帰ってくるとは。途中でぶっ倒れてアスファルトに後頭部でも打ち付けたらどうするつもりなのか。こんなときはいくらでも呼び出してくれて構わないのに。嬉しいような、悲しいような。

 今日も念のためムスコを医者に連れていった。もしかしたら検査をするかもしれない。だがすでに熱は下がってきている。
 「インフルエンザではないですよ」と断言された。「インフルエンザの熱は、こんなもんじゃない」
 残っている抗生剤を飲みきったあとで服用するために、咳止めの漢方薬をもらってきた。

 「寝るのに飽きた~」と嘆いていたムスコ。今日の午後は、ベッドの上の陽だまりで、「がんばれヘンリーくん」シリーズを読み直している。ヘンリーくんが、野良犬アバラーを家に連れて帰りたい一心で手に入れたダンボール箱。ドラッグストアでもらったその箱に書かれた文字にウケていた。
 「何度読んでも笑える・・・『もう誰からもハゲ呼ばわりされることはありません』だって!ひゃひゃひゃ・・・」
 育毛剤を笑ってられるのも、今のうちだけかもしれない・・・。高熱を出して毛根に損傷を来たしてなければ良いが。
  
by vitaminminc | 2007-02-21 15:43 | Comments(0)

さよなら20年

 私の20年間の一部が消えてから、数日が過ぎた。その鉄の塊は、中に冷たさを残したまま、6000円で引き取られていった。

 「10年前の冷蔵庫を使っているとヤバイって。フロンガスは放出するし消費電力はでかいし。買うときにお金がかかっても、1年も使えば電気代だけで元が取れるって」
 「誰が言った?」
 「社会の先生。ほんとヤバイって。10年前の冷蔵庫を使っている家庭は、地球環境と家計を考えて、買い換えを勧めますって」

 (--;)先生が「ヤバイ」という言葉を使うとは思えない。だいぶムスメの私情が入っているようだが、学校の先生の言うことはほぼ正しい。現に地元の友達が最近冷蔵庫を買い換えたのだが、一月の電気代が3000円~4000円安くなったと喜んでいた。冷蔵庫の規模にもよる。1年で元を取るのはまず無理だろう。だが、2、3年以内ならイケるかもしれない。
 家計も気になるが、私はそれ以上にフロン放出という言葉に反応した。地球の空気を汚していることに、非常に胸が痛んだ。なぜならわが家の冷蔵庫は、10年前どころか20年前のシロモノなのだ。結婚するときに、家に余っていた冷蔵庫を持って出た。私の実家には、最盛期には3台もの冷蔵庫があった。冷蔵庫が小さくなり、大きい冷蔵庫を買ったものの、小さい冷蔵庫も壊れたわけではない。捨てるのも勿体ないってんで、父が仕事場に移してビールを冷やすために使ったり・・・まあほかにもいろんなワケがあって、家で眠っていた3ドア冷凍冷蔵庫を1台、持って来た。

 20年前といえば、バブル景気の頃だ。惜しみなく電力を消費し、フロンなんかガンガンまき散らす仕様になっているに違いない。2年くらい前に苦しげな音を発するようになり、一時はいよいよダメかと思ったこともあった。しかし、詰め込む量をシェイプしたら、嘘のように元気を取り戻し、復活した。ただし、元気にはなっても寄る年波には勝てないものだ。よりによって夏場になると、よりによって冷凍室のドアパッキンがバカになる。中身が半解凍状態になるのも珍しくはなかった。今年の夏、わが家から食中毒を出さないためにも、地球環境と家計を考慮するいい機会かもしれないと考えた。

 だが、私の重い腰はなかなか上がらず、結局ムスコのおもちゃ「はねるっち」のボタン電池を買いにいったときに、冷蔵庫の現物を見て衝動買いしたのだった。
 電池売場の前に立っていたときは声すらかけられなかったのに、10万円を超す冷蔵庫の前に立っていたら、店員が揉み手をしながらやってきた。
 「冷蔵庫を、お探しでしょうか?」
 見りゃわかるじゃねーかと腹の中で笑いながら、
 「先日送られてきたダイレクトメールに載っていた品は、コレですか?」と尋ねた。揉み手店員は私の感触の良さをキャッチするや否や、気が変わらないうちにと無線のようなもので素早く対応。「─うん、東芝の、そう、GR-L40G、これって上得意様宛てに先日発送したDMに載ってる? すぐ確認して」
 冷蔵庫には、「お値引き4万円」の札が貼られていた。ドアを開けて中を見ている私に、揉み手店員が言った。
 「ハイ、確かにこちらの商品になります。滅多にないお値打ち価格ですよね~」って、客に同意を求めている。 
 パソコンを購入して以来、電池やインクなどの消耗品しか買っていない上得意様の私は、あーだこーだと細かい質問もせずに、一発宣言。
 「コレ、ください」
 揉み手店員は、レジまで私を誘導し、椅子を勧めた。そしてはねるっちの裏ブタをネジで開けボタン電池を装着してくれながら、届け日を決めた。

 冷凍室が計80L以上あったのが購入の決め手となった。財布が許せば冷凍室はいくらあってもいいくらいだが、あまりでかくなることは望ましくない。幅は20年前の3ドア冷蔵庫より、増えて5cmが限度。でないと置くスペースがなくなる。

 そんなわけで、出張中で不在のダンナに相談せず、さっさと購入した。
 「パパに怒られるかな?」と私が怖気づいたら、 
 「大丈夫だよ」とムスメが大船を予約してくれた。「勝手にドアが開く冷蔵庫じゃどーしよーもないですから」
 「そうだ。ママの2ヵ月分のパート代で買ったって言おう」私は豪華客船をチャーターし直した。

 「冷蔵庫だけがセレブ~♪」と子どもたちが浮かれている。ムスコがあんまり何度も開閉するので、「消費電力の意味がなくなる」と叱らねばならなかった。
 「牛乳出して」というと、
 「お待ちしておりました、奥さま」と答え、うやうやしくドアを開ける。
 (置き場もお金も足りず6ドアは断念したが、)5ドア冷蔵庫の一番大きな扉が、ノブを引かなくてもでっかいボタンに触れるだけで開くことに気づいたのもムスコだった。
 「ほ~ら奥さま、こうやって開けるんですのよ♪」
 
 しかし、狭いキッチンに置かれた冷蔵庫の開閉ボタン、デカ過ぎる。ムスコが冷蔵庫に牛乳を戻し、ドアを閉めた直後にまたドアが開く気配がした。
 「何やってんの!」と振り返って睨んだら、
 「クシャミをした拍子に、肩がボタンにぶつかった」
──ダメだこりゃ。
 あの20年前から使っていた冷蔵庫、今頃どうしているだろ?

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by vitaminminc | 2007-02-17 13:02 | Comments(4)

絵のモデルは好少年

 小学校の授業参観に行った。本日は理科の授業。一人ひとり、自分でこしらえた「磁石を使ったおもちゃ」を発表する。

 ムスコのおもちゃは男子が作った中で最も多かった、カー・レース。画用紙の表にコースを設け、磁石を内蔵した車を作り、裏から別の磁石で車を動かすというものだった。しかし前に出たムスコは、肝心の磁石を席に忘れてきた。そのため、車を動かして見せることを省かざるを得なくなり、感想を述べるに留まった。
 「磁石の授業を通してボクが一番不思議に思ったことは、どうしてN極とS極がくっつくのかということでした。ボクも大人になる頃には、ぜひこの謎を解いてみたいと思います」(ほんとーだな)

 発展的な考えによる作品も何点かあった。磁石のくっつく力ではなく、同極の反発する力を利用して、オモチャの犬に「お手」をさせてみせる女子、さらには磁石をスイッチにして、電球が点く仕組みを考えた男子もいた。感心させられた。

 そのうちに、聞き覚えのある名前が呼ばれ、男の子が前に出た。2006年12月15日付の記事「ケンケン、パー」のP.S.で述べた男の子だった。図工の時間にムスコが似顔絵を描いた、あの絵のモデルである。
 前に出た男の子を見て、ムスコが描いたのは間違いなく似顔絵だったのだと認めなくてはいけないほど、カレはあの絵によく似ていた。もうコレだけでも十分ぷるぷるきてしまった。それだけではない。カレは発表後の感想──同じN極とN極を使って、相手を退ける力を利用して──の中で、
 ぞりけるというキュートなコトバを3回も連発してくれたのである。
 ああ、言い間違えちゃってカワイイな、と参観の親たちはみな優しく微笑んでいたことだろう。そんな中、私だけが歯を見せて笑っていた。声こそ出さなかったが、ザクトライオン歯磨きのコマーシャルのように歯を出して笑っていた。花粉症のマスクをしていて本当に良かった。
 ただし、神に誓って言えることだが、決してバカにして笑っていたのではない。感涙に対抗して感笑というコトバがあったなら、まさにソレだった。実際、カレは反発する力を採用するだけあって、大変利発的な好少年だったのだ。ただ、ムスコが以前描いた似顔絵にあまりにも似ていたことで親近感がわいてしまい、ソコにもってきてのしぞりける発言だったものだから、歯が全開してしまったのだ。あの3D似顔絵では、まともに「退ける」と言っていたとしても、私の耳には「尻ぞ蹴る」としか聞こえなかったかもしれない。
 感動と笑いの発表を聞けて、私は大満足であった。ムスコの実演カットの中途半端な発表は別として。   ↓ X君再び ↓
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by vitaminminc | 2007-02-14 16:51 | 子ども | Comments(6)

 洗濯機を回していたら、カラカラころころと、不穏な音が聞こえてきた。
 「ムスコー! はねるっち(育成ゲーム)は部屋にあるかー?」
 「あるー!」
 「ムスメー! 腕時計は無事かー?」
 「なんで~?」
 「変な音がするー!」

 不安になった子どもたちが、現場に駆けつけてきた。

 カラカラ・・・ころころ・・・カラカラ・・・・ころころ・・・・

 「なんだろう?」
 「硬いものって感じの音だよね」
 「え~? 何の音かなぁ?」

 普通ならここまで引っ張らずに、洗濯機を一時停止して、音の原因を調べるところだ。だが私は普通ではない。そのまま洗濯機を回し続けた。確かめるのが怖かったのと、物によってはすでに諦めるしかないという心境になったのと、洗濯せっけんに手を浸すのがイヤだったからである。
 私はもちろん携帯を、ムスメは無論腕時計を、ムスコはラリルレロンはねるっちの無事を確かめると、何事もなかったかのようにそれぞれの作業に戻った。

 洗濯が終了した。カラコロいっていた音の原因は、何だったのであろうか。

  珊 瑚 の 骨 だった。
 
 私の怒声が轟いたのは、いうまでもない。母が衣類のポケットを確かめずに洗濯機にポイポイする人種だってことを、いったいいつになったら学んでくれるのか。
 「珊瑚の骨なんかズボンのポケットに入れておくなー!」
 怒鳴った拍子に、今朝見た光景を思い出した。
 トイレの床に、クシャッと丸めたトイレットペーパーが落ちていて、拾い上げたらそれは明らかに、
 お 尻 を 拭 い た 紙 だったのだ。犯人は、時間から推理して、明らかにムスコである。自分の尻を拭った紙くらい、どうしてまともに便器に捨てられないのか? ああもう、情けない! 
 叱ろうと思ったが、やめにしておいた。食事前に話すには、カラーの映像がチラついて、私自身がゲンナリしてしまう。食事が済んだら注意しようと思っていたはずが、ものの2分も経たないうちに忘れてしまった。
 そんなわけで、珊瑚の骨に引き続き、尻拭いペーパーのポイ捨ての件も厳重注意した。だが横でムスメがバカ笑いするものだから、緊迫感も何もあったもんじゃない。反省するどころか、自分のボケっぷりにウケているバカムスコ。叱っている私がバカをみる。

 建国記念の日。わが家の休日は、しまりなく、ひたすらしまりなく過ぎていった。
by vitaminminc | 2007-02-12 18:03 | Comments(2)

七輪の運命

 その七輪は、宅配便で男の家に届けられた。数日前に、男がインターネットで買い求めたものだ。男は七輪のほかに、炭なども一緒に購入していた。アウトドアグッズを扱う店のHPで、バーベキューセットのコーナーを見て選んだものだった。
 男はアウトドアという響きとはおよそかけ離れた生活を送っていた。親の脛をかじり、都内にアパートを借りて引きこもっていた。親の希望通りの大学に入った時点で、男は目標を失った。大学生活の4年間は可もなく不可もなく無目的に過ぎ、再びの目標となるはずの就職活動では、自分がどれだけ魅力のない人間かを思い知らされた。
 燃え尽きていた。自分は燃え尽き灰色になった炭のようなものだと思った。そう感じたとき、朝のニュースを思い出した。見ず知らずの男女4人が山奥の車中で自殺。自殺志願者がネットを通じて知り合い、同じ車の中で死んでいた。助手席の下には七輪が置かれていた。
 死に様すら模倣するしかない自分をあざ笑いながら、男はパソコンに向かった。
 何回かのやり取りの後、男に割り当てられた‘仕事’は、七輪の調達だった。重要な役割を任されたように感じ、ほんのわずかだが心が躍った。ホームセンターに行けば簡単に手に入れることができただろう。しかし男の顔にはすでに自分だけにわかる死相があらわれていて、人目に出ることがためらわれた。人と接することを想像しただけで、身体が蝋人形のようにこわばった。
 インターネットにアクセスする時は、あまり億劫に感じない。キーに触れる自分も、ディスプレイを通じて語りかけてくる相手も、みんなロボットのように思えた。感情がないのだと思うと気が楽だった。
 ダンボール箱を開いて、中身を床に置いてみる。七輪の肌色。男の目には悲しいくらいやさしく映った。
 七輪を入手したことを短い文で入力し、最終の決断と誓いの欄にチェックを入れてから送信した。

   * * * * * *

 「ここヤケドしちゃったー」
学校から帰ったムスコが、右手の親指の腹を見せた。
 「先生が、もしかしたら水ぶくれになるかもしれないネって」
 金曜日の社会科の授業で、ムスコたち3年生は、「昔から使われている物」の勉強をした。学校にある七輪で実際に火を起こし、餅を焼いてみんなで食べるという体験学習である。
 うちわを持って元気に登校していったが、うっかりして熱くなっている七輪の金属部分に触れてしまったという。
 「だって○○くんがさぁ、枯れた葉っぱを足さなきゃいけなかったのに、緑のはっぱを入れちゃったんだよ。そしたら葉っぱの水分のせいで、火の勢いが一瞬弱まっちゃったから、必死になってうちわで扇ごうとしたら──」上記のごとくヤケドしたらしい。
 「指も腫れたけど、お餅も腫れた。ボクのお餅ね、斜めにぷくぅ~って膨れ上がって、網の上で勝手にバランス崩して、途中でコロンって地面に落ちちゃったの。でも先生が‘そのくらいならハタいて食べられます’って。だからポンポンて砂はたいて、食べた。チョーうまかった!七輪で焼くとおいしいんだね~!」 
 
 ムスコに小さなヤケドを負わせた七輪と、自殺に利用された七輪。胴体を形成している珪藻土に、その七輪の‘生前’の記憶が焼きつくとしたら、どうだろう?
 何百年か先の人類が、珪藻土の欠片を発掘したとき、あるものは温かく、またあるものは氷のように冷たいと感じるだろう。子どもたちの歓声を吸収した土の欠片からは温もりが、まったく違う目的で使われた土の欠片からは、断末魔にもならない最期の冷たい吐息が感じ取れるに違いない。
 七輪自殺のニュースを聞くたびに、憤りを覚える。昔から使われてきたものを「死」に利用するなんて、先人たちの知恵を冒涜しているようで、なんともいえず不快な気分になる。
 
 だが、ムスコたちは違う。
 ひどい使われ方をして不本意な注目を浴びている「七輪」で、おいしいおいしいお餅を焼かせてもらえた。これはたいへん貴重な体験になったと思う。先いって人生につまずいて、万が一死にたくなったとしても、七輪を見たら、逆に死を思いとどまるのではなかろうか。大げさなことを言うつもりはない。でも寒い冬に、七輪で温まりながら、みんなでお餅を焼いて、おなかも満たされたのだ。それくらいの影響力を与えても不思議ではない。
 「生きた学習」というのは、「人を生かす力のある学習」なんだと私は信じる。
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 「七輪」の語源は、‘わずか七厘の炭で煮物の用が足りる’という意味が有力らしい。いくら燃費がいいとはいえ、死ぬ頭数まで増やすことはない。募集なんかするな。一人で逝け。
by vitaminminc | 2007-02-11 15:35 | Comments(4)

友チョコ事情

 ムスメが今日は午前中から小学校時代の友だちの家にお邪魔している。‘友チョコ’をつくるためである。
 私がムスメと同じ齢の頃は、まだ‘本気チョコ’しか認知されていなかった。まあカレ以外に父親にはあげていたが、‘義理チョコ’なる言葉が認知されたのは、社会人になるかならないかの頃だったと思う。‘義理チョコ’なんてもんが流行り出したとき、やたら鬱陶しく感じた。私はその手のやり取りが性に合わない。でもみんなが渡している手前、自分だけ会社の人たちにあげないというのも居心地が悪い。仕方なく周りに合わせてチョコを用意したものだが、
 これは絶対菓子メーカーの陰謀に違いないと感じてしまう自分の偏屈さがまた鬱陶しかった。

 そんな大人のしがらみを、すでに中二のムスメが体験しているような気がする。‘友チョコ’なる言葉が使われ出したのは、3年くらい前からだろうか。女子校に通っているわけでもないのに、仲の良い女友達と毎年チョコを渡しっこしている。一人に小さいチョコを1個というわけにはいかないから、友達が何人もいたら相当数のチョコをつくらなければならなくなる。仲のいい者同士だけなら、この手作りチョコの交換は、苦痛でもなんでもなく、むしろ楽しいという。問題は、仲の良い友達と、そのほかの友達とのボーダーラインの‘認識’の曖昧さにある。

 数日前、ムスメはクラスの仲良し数人と‘友チョコ協定’を結んで帰ってきた。つまり、片方だけが渡して自分はもらい損ねるということがないように、「○○ちゃん、私の愛を受け取って」「もちろん! 私のも受け取ってね」と確認し合う。
 また、友達に抜けがけして自分だけが別のグループの子にチョコをあげてしまうという過ち──「え~! ○○ちゃんたちにあげたの~?嘘、あたしあげてないよ~」なんてこと──がないように、互いに誰にあげるかということをはっきりさせ、足並みを揃えるためである。人間関係の摩擦を回避するための密談&協定なのだ。涙ぐましい限りである
 それだけではない。14日のバレンタインデー当日では先生の目も光っているから、‘前日に交換しよう’という13日協定まで結んできた。
 親としては、「学校が禁止しているものを持っていったらあかん」と阻止せねばならないところだが、そんなことを言ったらムスメが‘スルー’(無視すること)されることは必至。逆に、「誰かの分を数え忘れてたら大変だから、多めに持っていきなさいよ」なんて助言する始末。

 ああ、私のムスメ時代は楽ちんだった。本命の、しかもフラレる心配のない手堅い相手がいたら、たった1個用意すれば良かったのだから。ムスメに聞いてみた。
 「本命チョコをあげたいような男子は誰かいないの?」
 「そんなもんいるわけない」
 そう答えながら、「○○ちゃんでしょ、△△ちゃんにぃ、××ちゃん、あとは、そうだ、ママにもあげるね・・・」指を折り、数の計算に余念が無いのだった。(私は‘友’か)
 
by vitaminminc | 2007-02-10 16:02 | Comments(2)

日々の暮らしに「ん?」を発見