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眠ーる街の悪夢

 昨日の午後、久しぶりに子どもたちを連れてツタヤにいった。「藤岡弘、探検シリーズ」がDVD化されていたら借りようと思ったのだ。しかし、藤岡隊長はおろか確実にDVDになっている川口隊長にすらお目にかかれず、「『宮内洋探検隊の超常現象シリーズ 幻の生物ツチノコを捕えろ!』ならありますけど」と言われ、探検ものは断念した。

 「このまま何も借りずに帰るのもつまらないし─」とムスメが提案した。「─ほら、前にママが言っていた、『ムール貝の悪夢』なんかどう?」
 ふはははは! そりゃいったいどんな悪夢なんだ?
 私が以前話したことのある映画は、1984年に作られた『エルム街の悪夢』(ウェス・クレイブン監督第一作目)である。この映画、85年の第一回「東京国際ファンタスティック映画祭」で上映されるや、日本中のホラー・ファンを魅了した記念すべき作品なのだ。
 80年代当時、この映画の斬新なアイデアに誰もが唸った。夢の中で受けた心的ストレスや外的ショックが、同時に現実の身に起こる。叫び声をあげて周囲の者に起こされると、少女の頭髪の一部は恐怖のあまり白髪になっており、夢の中で殺人鬼に切り付けられた腕には同じ傷がつき、血が流れる・・・。
 眠ると、殺される
 眠って夢を見るのが楽しみな自分にとって、この恐怖感は本当に鮮烈な印象だった。
b0080718_1928541.jpg 同じホラー映画として、『13日の金曜日』の殺人鬼ジェイソン、『ハロウィン』の殺人鬼ブギーマンと並び、『エルム街の悪夢』の殺人鬼フレディの人気も相当なものだ。番外編も含めると、すでに8作品にも及ぶという。芸術的にも評価が高いのは、なんと言っても1作目である。

 ところでこの1作目に、思わぬ人物が登場していた。なんとこの映画、『パイレーツ・オブ・カリビアン』のあのキャプテン・ジャック・スパロウ役、私の子どもたちも大ファンのジョニー・デップが出演していたのだ。今をときめくジョニー・デップの映画初出演作品こそ、この映画だったのである。どこから見ても高校生にしか見えない(21歳当時の)ジョニー・デップが、いざというときにまったく頼りにならない、「役立たず」のBF役を好演していた。

 映画を観終えた二人の子どもの感想は、「怖かった・・・」。ピーチクパーチク語りたがらないところが、逆に真実を物語っている。ただ、ムスメ、何度も言うけど「ムール貝」じゃないって。
 事件はエルムで起きているんだ、イタリア料理の皿の上で起きているんじゃない!!
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by vitaminminc | 2007-07-30 19:37 | Comments(2)

女子中学生口語体

 「あ”~! ダレンシャン! なぜ映画化されないッ!? マジはげてるし!!」

(-"-;)恥を忍んで申し上げます。↑コレはわたくしの愛ムスメの、家庭におけるごく日常の‘話し言葉’でございます。中学に入って以来、語尾のイントネーションも、いわゆるコギャル風に変わってしまいました。嘆かわしいことでございます。つまり、『フラット⇒フラット⇒語尾♂(尻アゲ調)』とでも申しましょうか。今では町中でも電車内でも普通に耳に入ってくる、あの千葉埼玉茨城三県連合訛り(?)のイントネーションでございます。
 当初私はコレがどうにも我慢できず、耳にするたび訂正しておりました。しかし、途中で諦めました。授業参観で学校に行きまして、休み時間に(ムスメ以外の)真面目そうな生徒さんたちが友達同士で話している会話などを小耳に挟み、今はコレが‘普通’なのだと知ったからでございます。それに、TPOをわきまえている子たちです。授業中の発言など教師に対してものを言うときには、きちんと標準語に切り替えており、ほっといたしました。そういえばムスメも東京のおばあちゃんと話をするときや近所のお年寄りと話をするときには、私がとやかく言うまでもなく、ごく自然に標準語(敬語)で話しておりましたっけ。
 そんなこんなを総合的に判断しました結果、家であまりうるさく注意するのは取りやめた次第でございます。

 冒頭のお下劣な日本語を深窓の令嬢風に訳しますと、↓このようになろうかと存じます。
 「あぁ・・・『ダレンシャン*』・・・。なぜ映画化されないのかしら。とても残念ですわ」

 私はムスメに注意するかわりに、提案しました。
 「そう思うのなら、読書感想文に自分の言葉で書きなさい。⇒『私はこの小説が映画化されないなんて、マジはげてると思います。』」
 これを聞いたムスメは、ブッと吹き出し、ひたすら笑うのみでございました。まったく・・・親御さんのお顔を拝みたいものでございます。手鏡を拝借・・・?

 *ダレンシャン=アイルランド生まれの小説家ダレンシャンのバンパイア小説。主人公の名前も同じくダレンシャン。小学校高学年から高校生まで、10代の若者に人気のシリーズ。 
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by vitaminminc | 2007-07-29 17:30 | Comments(2)

See 湯 again !

b0080718_2150585.jpg ムスコがいない。湯けむりの向こうに、思わずムスコの姿を探してしまう。大浴場で嬉しそうに湯につかるムスコ。その姿を目にすることは、もう二度とないのか。

 ムスコが女湯を卒業した。東京のおばあちゃん(私の実母)と一緒に温泉に行ったのを最後に、ザバーッと女湯を断った。もう小学4年生。遅すぎたくらいだ。

 男児が女湯に入れる年齢の上限は、各都道府県の条例に定められているほか、健康ランドやスーパー銭湯など独自の判断で制限することもできるらしい。因みに東京の某温泉の年齢制限は10歳まで。これを参考にして、わが家の条例を定めた。⇒「ムスコが嫌がらずに入る限り、10歳まで女湯可」と。

 だが不幸なことに、ムスコは私に似ず背が高い。顔はあどけないが、見ようによっては小学5、6年に見えないこともない。こうなると、いくらムスコがOKでも、世間様が奇異な目で見る。5月に温泉に行ったときは、もう無理かなぁ~と躊躇したものの、結局女湯に入れてしまった。9歳の坊主を初めて訪れた温泉の男湯に、たった一人で入れるのは、正直心配だった。世の中には少年に興味を抱く変なオッサンもいる。それに何よりもムスコが、
 「女湯? 全然へーき!」とまったく意に介さなかったので、それまで通り女湯に入れた。

 客の1人(おばちゃん)がムスコを見て一瞬アレ?という表情を見せた。大きな男の子が女湯に入っていることに対する驚きとは違う。ムスコは、よく女の子に間違えられる。だからおばちゃんは、ムスコに小さな息子がいるのを知ってアリャ?と感じたようだった。おばちゃんの目の動きが、そう言っていた。
 ムスコの腰にタオルを巻いてやろうかとも思ったが、かえって目立ちそうなのでやめておいた。女の人はオトコの人と違って、腰にタオルなど巻かない。(←小3の前半まで男湯に入れられていた私の体験に基づく)手に持ったタオルをさりげなく前に垂らすのだ。
 ムスコは不利珍状態でも平ちゃらだったが、私はこのとき半分冷静に、そして半分感傷的に、決断するしかなかった。この日女湯に入っていた男児はせいぜい7歳くらいまで。ムスコは明らかに大きくなりすぎていた。だからわが家の条例を無視して、敢えてこの日を最後と決めた。
 ムスコと一緒に入る、最後の女湯─。2007年5月。若葉の頃だった。

 昨日は家族で温泉に行った。5月にインターネットで調べて訪れた、あの決別温泉だ。ムスコは父親と男湯へ。私はムスメと女湯へ。
 「ムスコ・・・パパと一緒でくつろいでるかな・・・」
 私が心配するのを、ムスメが大丈夫だよ~と笑い飛ばした。家風呂では、ムスコは父親と一緒に風呂に入るのを嫌がる。狭い空間が「説教部屋」と化すかららしい。日頃の己の行いがいけないのだが、ムスコはそっちを改めるよりも私と一緒に風呂に入ることで急場をしのぎたがる。

 温泉からあがって休憩所で飲み物をのんでいるときに、オットが苦笑して言った。
 「ムスコのやつ、ろくに湯に入りもしないで、すぐに出たがるんだよ」
 え?
 「きっと漫画が読みたくて仕方なかったんだろ」とオットは休憩所の隅にある漫画の本棚に目をやった。
 オットが機嫌を損ねるといけないので口に出しては言わなかったが、そりゃ違う。ムスコは温泉が好きだ。いろんな風呂を次々試して何度でも入るクチだ。早々と出たがったのだとしたら、それは説教されたくなかったからだ。お説教の前に逃げ出したに決まっている。せっかく車を走らせて、ふたつ隣の街まで温泉につかりにきたのになあ。

(-"-;)女湯を卒業すると同時にムスコが身につけたことが、カラスの行水とはね。カァカァ・・・。
 あ~、こんなことならもっとたくさん温泉に連れて行ってやるんだった。
 I miss 湯 !
 
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by vitaminminc | 2007-07-29 00:13 | Comments(2)

ひと夏の探検

 あ~、見たい。
 今、私と子どもたちが最も見たい番組の一つ、それはテレ朝スイスペ!(水曜スペシャル)の探検シリーズだ。

 おかしなものである。まだ若くとんがっていた時分、私はこの手の番組がキライだった。ビックリマークが跳びはねる扇情的な見出しに、毎回釣り上げられては2時間近くも探検に同行。ラストのとんでもない幕切れに、「なんじゃこりゃ!?」と切れてばかりいた。
b0080718_20255540.gif 何しろ初代隊長川口浩は、謎の生物を目の当たりにすると、いつだって大自然の驚異に敬意を払うあまり、「我々人間がこれ以上踏み入ることを拒むかのような大自然」を決して(アップで)カメラにおさめさせたりはしなかった。何かを‘見た!’のは隊員たちのみ。我々視聴者が見るのは、妙に清々しい隊員たちの汗と、夕日と、達成感を物語っている彼らの背中だけなのだった。

 記憶が多少ゴッチャになっているかもしれないが、「双頭の巨大蛇」なんかはその名の通り、相当なものだった。洞窟の岩壁に一瞬だけ映る、ぎこちない動きの影。今のはなんだ? 思う間もなくコマーシャル。2分後、当然さっきの映像のリプレイが拝めるだろうと思いきや、「我々は神秘の洞窟を後にして・・・」というナレーション。今回の旅のまとめと次なる冒険に向けたメッセージを聞きながら、さっきのアレは、スタッフが苦し紛れに腕と手を使って‘影絵’をやったのでは・・・?という疑念と、ああ、今回もまた2時間ムダにしてしまったという喪失感とが双頭をもたげてくるのであった。b0080718_20242814.gif

←1982年5月12日放送「恐怖! 双頭の巨大怪蛇ゴーグ!南部タイ秘境に蛇島カウングの魔神は実在した!!」

b0080718_21235582.jpg 2005年3月19日。読売新聞の朝刊で、「藤岡弘、探検シリーズ」のことを紹介していた。歳月はアマゾン川のごとく流れ、初代隊長の遺志を受け継ぐ者として、藤岡弘、が探検隊を率いていた。この手の探検ものはもうケッコーと思っていたはずなのに、新聞の番組紹介にそそられた。記者は、(‘やらせ’と紙一重の?)演出を「突っ込みどころ満載」と許容。家族で楽しめる娯楽番組として高く評価していた。
 そうか、そうであったか! 探検シリーズをドキュメンタリー番組だと思っていた自分が大バカだった。あの東スポの‘世界のびっくりニュース’の記事を思い出してみろ。手乗りの鹿や怪しげな宇宙人の写真を見て、本気で目くじらをたてる者がいないのと同じように、この番組もパロッた目線でとことん楽しんでしまえばよかったのだ!
 番組表に載っていたタイトルはズバリ、
       ミャンマーの奥地
 赤い密林縦走3000km
 伝説の野人ナトゥーを追え!!
 ついに生け捕り!! 最強の野人
  であった。
 いや~、今になって思えば、昔から似たようなタイトルのこの番組をドキュメンタリー番組としてとらえていた自分が恥ずかしくなってくる。見方を変えることでこれだけ楽しめようとは。子どもたちも番組を楽しんだ。やらせ(?)をやらせ(?)と言わせない仮面ライダー的人望が、藤岡隊長にはあるようだ。

 竹で作った罠の檻の中に、凶暴なナニモノかがかかって暴れている。中にいるのは伝説の野人ナトゥーなのか!? さあ今すぐ檻を開けてその正体を見せてもらおうじゃないか。
 しかし、隊長は断念する。なぜなら隊員たちの顔に、疲労の色が濃く、夕闇も迫っていたからだ。番組よりも隊員たちの身体を一番に気遣う隊長の潔い一言、
    「よし、ベースキャンプへ戻ろう」
 によって、檻を確認するのは翌日に延期となった。
 「嘘ー! これを確認しないことには眠れないってのが普通だろー!」
 普通ではないのである。我々母子がギャーギャー騒いでいるうちに、ジャングルの夜は明けた。しかし現場に行って見ると(案の定)檻は物凄い力で破壊され、中で暴れていたナニモノかは‘忽然と’姿を消していた。
 「え~! なんだよ~!」
 「だから昨日のうちに見ておけって言ったのに!」(←聞こえるか)
 子どもたちはブーブー文句を言いつつも、なぜかウケて笑っていた。番組自体が文句なく面白かったからだ。そして藤岡弘、隊長の、遠くを見つめるまなざしが、どうにもにくめなかったのだ。

 残念ながら、藤岡弘、探検シリーズの6回目となった「ナトゥー」以降、新たなる探検は放送されていない。放送されないというより探検そのものが行われていないのかもしれない。私たちはあれから3回目の夏休みを迎え、しみじみ思うのだった。
 「あ~あ、また藤岡弘、探検隊やらないかな~」
 日本の夏が、熱帯雨林のようにどんどん暑くなっている。このジャングル的暑さが肌にまとわりつく度に、我々母子は藤岡弘、探検シリーズを懐かしく思い出す。
 「こんなことならシリーズ1からシリーズ5も見ておきたかったな」
  
 私のPCのデスクトップ背景は、今、「藤岡弘、探検隊」の写真で飾られている。
 背景画像はコチラからダウンロードできます。→藤岡弘、探検シリーズ
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by vitaminminc | 2007-07-21 10:25 | 趣味 | Comments(2)

お祭りデート

 日本全国、この三連休に夏祭りをしたところは結構多いと思う。台風直撃で一時はどうなるかと危ぶまれた地元の祭り、なんだかんだと盛大に行われた。

 前の晩にてるてる坊主をつくって見せ、言葉でなく視覚的に祭りに連れていけと訴えていたムスコを伴い、疲れた身体に鞭打って、祭り会場目指して歩いた。駅前通りが歩行者天国になるため、駅行きのバスが途中までしか走らないからだ。
 ところが、祭りゾーンが目と鼻の先というところまで来て財布を持ってくるのを忘れたことに気がついた。ムスコの目が、流れに逆らう岩魚のように泳いでいる。
 「えっと・・・ママ? 取りに戻ろう? そうするしかないよね?」
 諦めきれずバッグの中を引っ掻き回している私にムスコが言った。決してウルトラドジな母をなじったりはしない。
 「バス代くらいならボク持ってきたからさ、今すぐ家に取りに戻ろうよ」
 ふう、と私は溜め息をついた。
 「ね? 歩いて帰ったら疲れちゃうから、バスに乗って帰ろう?」
 ムスコが恐れていたのは、このまま何も買わずにお祭りだけ見て帰りましょう、という私の一言だったに違いない。
 
 私たちはバスの臨時発着所に行った。運よくバスはすぐに待機所からやって来て、私たちを乗せると今来た道を戻り始めた。
 「ごめんね」とムスコにあやまった。
 「いいよいいよ。それにしても、バス代持ってきてよかった~」
 迷彩カラーの財布から小銭を取り出しながら、ムスコがニマッと笑った。

 家の近くのバス停では結構待った。西の空に、黒々とした雨雲が押し寄せているのが見えた。
 「『妖怪大戦争』の空みたい」とムスコがウキウキした声で言った。「お神輿、見られるかな」
 「風が強いね」」
 「いろんなお店、いっぱい出てるかな。雨降ったらヤバイ?」
 「露店は雨よりも強風に弱いかもよ。テントみたく飛んでっちゃうから」
 「どうかこれ以上風が強くなりませんように」
 「あ! バスが来た!」

 歩行者天国のど真ん中を歩いて駅前まで行くと、ちょうど神輿が出ていた。ムスコは1分で見物に厭き、露店に視線を走らせ始めている。私は1分で疲れが吹っ飛んだ。旧中山道を、町名を掲げた長提燈に導かれて次々にやってくる神輿。すっかり心を奪われていた。一基、二基、三基・・・・少なくとも六基の立派な神輿が駅のロータリーに集結しようとしている。気がつけば、歩道橋の上にも隙間なく観衆が詰めていて、たくさんの視線が空から降り注いでいた。

b0080718_23205138.jpg ある町の神輿の担ぎ手は、今風の若者ばかりで構成されていた。昔からの住宅街で、住人の平均年齢が高い分、担ぎ手の大半が外から来た若者ばかりとなったのだろうか。真っ黒に日焼けした肌。唇に光るピアス。コーンロウ(編み込みヘア)やバリアート(バリカンで坊主頭にイラストを描いたヘア)、金髪、スキンヘッド・・・。場所を変えて彼らを見たらきっと怖がったに違いないが、国籍不明に見える彼らのことをムスコは好意的に見ていた。
 「みんなうれしそうだね」。
b0080718_23213479.jpg 別の町の神輿にはひっつめ髪の細身の美人がいて、その後ろのお兄さんの鼻の下が伸び切っているのがおかしかった。
 一しきり神輿を見たあと、ムスコと二人で中仙道を舞台に繰り広げられる壮大なバイキングを楽しんだ。大たこ焼き、フランクフルト、かき氷、イカのげそ焼き・・・。歩道の縁石に座ってかき氷を食べながら、「寒い」と鳥肌を立てるムスコ。かき氷で冷えて唇が紫色になっているのか、シロップに染まっているだけなのか。
 目の前を行きかう群集をマンウォッチしながら、イカげそにかぶりつく。
 「このでかいクローケン(映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』に出てきたタコの化け物?)の足、ママにあげるね♪」

 空クジなしというバルーンの店では透明のプラスチックケースの中で舞うクジを摑み、結局スカ。ハズレ商品の中から青い風船刀を選んだムスコ。ダサい刀を肩にかけ、
 「ハズレでコレってすごくね?」
 なんて言う。まだまだ無邪気だ。500円出してそんな程度かい?と思う私は邪気に満ちている。

 途中、デパートの中の本屋に立ち寄ったりして涼をとってから、そろそろ帰ろうかということになった。夕飯を済ませて帰るつもりだったが、露店バイキングですっかりおなかが出来上がってしまった。ロータリーに出ると、再び神輿が動き出していた。ライトアップされた神輿はどれも神々しい。 
 「雨降ってるね。結局姉ちゃんと友達には、会えなかったね」
 「ムスコ、あの人見てごらん」
 ある神輿の横では、法被にふんどし姿で掛け声をかけているおじさんが私を笑わせてくれた。つるりとそり上げた頭にピンクのシャンプーハットをかぶっていたからだ。

 ずいぶん歩き回ってくたびれているはずなのに、祭りの余韻が私たちを後押ししたのだろうか。帰りは家まで元気に歩いて帰った。人影が途絶えた道で、ムスコが肩にかけていた風船刀を股に挟んだ。
 「ばあか」と私は笑った。絶対やると思ったら、やっぱりやった。

──ムスコ。お祭り、とっても楽しかったよ。ムスコと一緒だったからだよ。
──あとどれくらい? 来年もママと一緒に歩いてくれる? だといいなぁ。
 
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by vitaminminc | 2007-07-16 23:22 | Comments(2)

忘れじの答案

 期末試験の結果を嘆くムスメに、
 「つまらないミスをして」などと偉そうに言ったとたん、自分の過去がぶわっと蘇り、ぶはっと吹き出した。
 
 確か中学の時だ。国語のテストで漢字問題だけは自信があったのに、返された答案は漢字で×を喰らっていた。一体どうして? 

 『ボキを習う。』の「ボキ」を漢字に直す問題だ。得意げに書き込んだことまで覚えている。間違えるはずがない。先生の採点ミスなのでは?

 しかし2秒後、私はわが目を疑った。( ̄皿 ̄;)!! 答案には、筆圧の高さに自信のほどが窺える文字で、

 『簿簿を習う。』

 と書いてあった。

 
 高校の保健体育のペーパーテストでも同じような‘思い入れ’ミスをやらかした。死後硬直について述べている文章の穴埋め問題。(↓うろ覚え)

 『死後2~3時間のあいだに顎から首に見られ、その後大関節、末梢関節へと進み、6~8時間経過すると[     ]に広がる。』
 [     ]に適当な言葉を入れよ、というもの。
 教科書には、『このような現象を「下行型硬直」という。』という一文があったように記憶している。当然それが出題されると思ったのに、的が外れた。そのせいだろうか、素直に「全身」と書けば○だったのに、なぜか
  「下半身」と書いてしまい、一際大きな×をもらって級友に爆笑された。

 以上の話を笑いながらした後で、私は学んだ。母親の過去のお笑いネタというのは、その血を受け継ぐ子どもにとってはなぐさめになるどころか不安材料にしかならないってことを。
 ムスメが、笑う気力もなくしたように言った。

 「──その話聞くの、もう3回目だよ」
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by vitaminminc | 2007-07-14 22:15 | Comments(4)

不自由の女神

 学校で友だちに、
 「タヌキとアライグマとレッパーサンダの区別がつかない」とどーでもいいようなことをぼやいて大笑いされたムスメ。彼女は時々、不意に母親(←私のことだ)に簡単な英文を振って、和訳させようとする。ボケ防止になればというささやかな願い、彼女のやさしさなのだろう。

 「ママ、──This is the p------- of the goddess of liberty. ハイ、これの意味は? アレ? アタシ今間違えた?」
 「これは自由の女神の‘写真’です──て言わせたかったんでしょ?」
 「そう、あひゃひゃひゃ♪」

 ムスメは picture と言うべきところを思い切りピカチューと言っていた。もう日本語がどーとか英語がどーとかの問題ではない。ボキャブラリーが不自由な女神のようだ。

 大丈夫・・・・なんだろうか?
 
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by vitaminminc | 2007-07-13 08:26 | Comments(2)

前時代人

 思春期のムスメとギャングエイジのムスコ。普段は顔を合わせりゃ口喧嘩ばかりするくせに、私が何か言った瞬間に限り意気投合することがある。
 そんな二人が口を揃えて発する一言が、

      「出たぁ~、昭和の女的発言!!」

 悪かったね。前時代人で。平成生まれのひよっこ2羽を相手に平静ではおれなくなった私は、ムスメに力道山的空手チョップ、ムスコに鉄の爪エリック(←古ッ)的アイアン・クローをお見舞いし、反撃するのであった。
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(ーー;)──昭和を、なめんなよ。
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by vitaminminc | 2007-07-12 22:48 | Comments(2)

人稚魚

NOKKO「人魚」←クリック!!
b0080718_166921.jpg 薬師丸ひろこのような顔で歌っているのは、レベッカのヴォーカルNOKKO。グループ解散後、ソロとなって発表した曲の一つである。私は今、この曲がひじょ~にお気に入りだ。

 思えば9歳~10歳までの2年間、私は人魚の稚魚だった。スイミングクラブに週2回通い、2時間もくもくと泳いでいた。苦しいのは最初の100メートルくらい。あとは身体が麻痺したように、何時間でも延々と泳ぎ続けることができた。クラブが2時間だけだったので何時間も試したことはなかったが、時々泳ぎながら眠っていたくらいだから、まんざら嘘ではなかったと思う。子どもだった分、水と溶け合うことが上手だったのかもしれない。

 よく、系の夢を見るのはヤバイと言われる。欲求不満タラカンタラと言われがちだ。やめて~と私は言いたい。水を汚すような解釈はよしてくれと。なぜなら私はよく海の夢を見る。夢の中の海は、決まって信じられないほど美しい。この世のもの(そもそも夢はこの世なのか?異次元なのか?)とも思えない海の碧、波のうねり、魚の鱗のきらめきを、夢に見る。私の中の聖域を冒涜されては困るのだ。人はみな母親の胎内──小さな入り江──から生まれてくる。だから海の夢を見るたびに私は癒される。

 NOKKOの「人魚」は90年代の曲なので、おそらくこれまで何度か耳にはしていたはずなのに、あ!と思ったのはつい最近。バカなことを・・・と笑われるだろうが、敢えて言ってしまおう。つい先日この曲を聴いた瞬間、私は自分がかつて人魚だったことを思い出した。正確に言えば、そんな気にさせられた。よほど疲れていたのかもしれない。が、人魚だった頃の息継ぎを思い出して、ほんの少し呼吸が楽になったように思えた。いい。実に、いい曲だ。
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by vitaminminc | 2007-07-11 16:16 | Comments(4)

コウモリの子守唄

 眠りに就く直前になって、ムスコがポツリと言った。
 「今日学校で、すごく気分が悪くなるようなことがあった」
 一体何があったのかと聞くと、ムスコは次のように話した。

 教室のベランダに、蝙蝠の赤ちゃんが落ちていた。児童らに発見された当初、赤ちゃんはまだ確かに生きていた。南に面したそのベランダで、かわいそうに、直射日光を受けていたらしい。

 乱暴者の男の子がその小さな生きものをいじくりまわすのを見て、ムスコは何度も「やめろよ」と抗議をした。が、男の子は休み時間のたびにベランダに出て蝙蝠をいたぶった。担任(女性教諭)が、
 「触らないで、放っておきなさい」と何度も注意するのも聞かずに。

 そのうちに教頭先生がやってきた。男の先生だし、少しは事態が好転するだろうとムスコは期待を寄せた。しかし、
 「自然のままにしておきなさい」とだけ言い捨てて、何もせずに去っていった。

 掃除の時間ともなると、ベランダ伝いに下の学年の児童たちまでやってきた。乱暴者の男の子が、隣の多目的ホールを掃除していた3年生をわざわざ呼び寄せたのだ。蝙蝠の赤ちゃんはみんなに気味悪がられ、突かれ、いじくり回された。そして掃除が終わるころ、とうとう動かなくなってしまった。
 「あれ? 死んじゃった」と乱暴者の男の子が言うのを聞いて、ムスコは「誰が死なせたと思ってるんだよ!?」と激怒したそうだ。

 「去年の教頭先生だったら何とかしてくれたと思う・・・」とムスコはつぶやくように言った。「おとななのに、誰も頼りにならない。学校の先生たちみんな、なんかおかしいよ」

 私はそんなムスコにどう答えてよいかわからなかった。
 学校のベランダというのは、鉄筋コンクリートで固めた人工エリアだ。土のある日陰まで移動させて、そこから先は手出しをしないで‘自然のまま’にしておく──もしも私がその場にいたら、きっとそうしていただろう。それが最良の処置かどうかはわからないが、絶対そうしていた。
 すぐそばで生きものが死んでいくのを見せることもまた教育の一つだとは思う。が、放置したことによる死ではなく、明らかに人(子どもたち)の手が加わったことで早まった死だ。だからムスコは傷ついたのだ。‘自然のまま’にしておくことが最良と考えるなら、何もできない蝙蝠の赤ちゃんに、『手出しをしないこと』まで徹底させてほしかった。

 「ああ、もうこの話題はよそう・・・」
 いつになく大人びた口調で嘆いてみせたムスコ。中くらいの溜め息は、まもなく子どもらしい寝息へと変わっていった。
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by vitaminminc | 2007-07-07 00:19 | 生きもの | Comments(2)


日々の暮らしに「ん?」を発見


by みん子

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