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やさしさとは

 「眼鏡かけた時、みんななんて言ってた?」
 「うん、○○(学友の一人)に‘眼鏡かけた方が頭良さそうに見えるな’って言われた」
 車のルームミラーで確認したムスコの顔を天気予報で表わすと、‘晴れときどき曇り’だった。

 「塾の友だちは? (眼鏡をかけたムスコを見て)なんか言った?」
 「△△がね、‘なんだよオメー眼鏡かけたのかよ、なんかムカつく~!’って」
 ルームミラーのムスコの顔は、‘晴れ’だった。ニヤニヤとよく晴れていた。

 やさしさについてふと考えるとき、いつも思い出す言葉がある。作家の庄司薫(*)が、某大学祭の講演会で‘やさしさの定義’について語った言葉だ。小説の主人公のようには饒舌でなかった「薫くん」の話に、瞼が下りかかったものの、
 「やさしさとは、知性のことではないかしら」
 という妙に女性的な言い回しだけが、やけにすんなり鼓膜の内側に飛び込んできて、そのまま居ついた。そして、私と友人が講演開始40分も前から並んでいた行列に、20分前くらいにやってきて、いきなり話しかけてきた男子学生の知性について考えた。男子学生は、まるで私たちの知り合いででもあるかのように、一方的に会話に割り込んできた。
 「(キミたち)ここの学生、じゃないよね?」
 「はぁ」(←まだ高校生だった)
 「だよね?今回なぜこの大学なのか?って疑問に思わなかった?」
 「・・・・?」
 「ぼくの大学でも何度もオファーを試みたんだけど、全然OKしてもらえなかったんだよね。悔しいなぁ。一体どういうアプローチの仕方をしたんだろう。あ、でもかえって‘こういう’大学だから引き受ける気になったのかな、なんて思っちゃったりもするけどね、ハハ」
 「・・・・」
 確かにその日、私と友人は聞いたことも見たこともない大学にいた。一応関東圏ではあったが、朝早くから電車やバスを乗り継ぎ、ちょっとした旅気分で辿り着いた大学だった。
 しかし、無料講演会を開催してくれたことに感謝こそすれ、キャンパス内でその主催者を軽んじる気持ちなど微塵もなかった。
 コイツはバカ田大学の学生か? めんどくさくなって無視していると、男子学生は何食わぬ顔でそのまま行列に加わり、図々しいことに私たちの前を維持したまま講堂に入った。

 先日、雑学系のテレビ番組を見ていたら、「運動能力と学力は比例する」というようなことを紹介していた。運痴の自分を例に挙げれば確かにそうだと頷くしかないが、敢えて否定する、それは一部の人にしか通用しない。文武両道の才人は多い。が、脳味噌が筋肉化しているスポーツ馬鹿は確かに存在する。

 中学時代、私はこの手の級友に泣かされた。ふだんは「えぇ??」と思うほどおバカちゃんで精彩を欠くのだが、体育の授業のときだけやたら元気になる。年に一度の球技大会なんか、もう最悪だった。極道の親分としてクラスを優勝に導くべく、指揮を執りやがるのだ。
 運痴の私がかろうじて得意としていたのはハードル走や水泳など個人種目のみ。動体視力が劣っているのか、球技なんか苦手中の苦手だ。しかもそういうスポーツに限ってチーム戦ときた。これが泣かずにいられるかってんだ。
 その年、親分が立てた作戦は、冷酷非情なものだった。
 「─それからみんこ、あんたは前衛」
 「えぇ!?」
 生徒数が多かったわが中学では、バレーボールは9人制にせざるを得なかった。前衛には常に運動神経抜群の子が選ばれる。花形のポジションなのだった。
 私を筆頭に全員が「なぜ?」という目を親分に向けると、親分は安心しろと言わん‘バカ’りにこう言い放った。
 「で、みんこは前衛の左側。ボールに触っちゃダメ、みんなの邪魔にならないようにネットにへばりついてて」
 脱兎の如く教室を飛び出し、トイレで目にハンカチを押しあてていると、友だちが迎えに来た。ドアの外でしきりに同情する。
 「ちょっとひど過ぎるよ~アレは」
 正直いって、後衛でサーブを取り損ねてばかりいて、敵のターゲットにされる恐れのある私をネット際に追いやろうと考えたのは、ある意味まっとうな作戦であった。悔しいけれど、もっともだと認めざるを得なかった。自分で自分を納得させることが出来る以上、立ち直るのは時間の問題であった。
 トイレで泣いている間に、親分は私を「補欠」に指名してもいた。下手なのだから仕方がない。ネット際作戦も補欠扱いも大いに結構。甘受するつもりでいた。
 しか~し! 私が最も傷ついたのは、私より輪をかけてバレーボールが下手っぴなA子が補欠ではなく、レギュラー扱いになっていると知った瞬間だった。ココロの踏ん張りがきかなくなった。補欠はA子と私で、交替で前衛の左に立つものとばかり思っていたのに、もう一人の補欠は私と互角の球さばきをするB子。つまり、A子はクラス一バレーボールが苦手であるにもかかわらず、補欠は免れたのである。なぜか? A子と親分は大の仲良しだったからである。
 こんな私情むき出しで邪悪な采配をふるう筋肉オンナの犠牲になっちまったのか。自分が哀れになって腰が上がらず、大会当日はとうとう欠席してしまった。

 「ひぇ~~~っ!」
 「なかなか言えるものじゃないョ、‘ボールに触れるな’なんて台詞」
 「スゴイ!! ネットにへばりついてろですよ?」
 「ネット際の魔術師じゃん!」
 涙なくしては語れない中学時代の悲惨な体験を高校の友だちに話すと、みんな一斉に笑い転げた。私が一番ウケていた。笑いすぎて涙が出た。本当に涙なくしては語れない話になった。

 嫌味も棘もなく、笑いに変換させてくれるやさしさというのは、ひじょ~に心地いい。
 ムスコが塾トモ△△くんに言われた言葉も、「ムカつく」などという険しい単語が入ってはいるが、実はクールに褒めてくれているのだとわかる。
 理由は単純。塾で現在最も出来る男の子が、眼鏡をかけている。ムスコと△△くんは、共にその子を目標に奮闘している(はず)。なのにある日突然ムスコがハイレベルの象徴のような(?)眼鏡をかけ出した。カタチから入るタイプ(?)のムスコを牽制した△△くん、「抜けがけは許さへんで~」と自分に鞭打ち、ムスコにもハッパをかけてくれたのだ(と、思う)。
 ルームミラーで表情を確かめるまでもなかった。話を聞いた瞬間、ムスコと二人で吹き出してしまった。

 要するに、庄司薫が言っていた、やさしさの別名=知性というのは、「想像力」にほかならないと思う。知性というのは、学力だけを指すわけではない。常に相手の身になって考えることのできる力。体験から学びとろうとする性質のことだと思う。
 前向きな想像ができれば、無用に誰かを傷つけたりしないで済む。何よりも、自分が必要以上に傷つかずに済む。
 歌にもある。
           泣いた数より笑った数の方が
      少しでも多い人生でありますように─
って。

  ※【庄司 薫】 作家。1969年に、和製「ライ麦畑でつかまえて」(サリンジャー)と評された小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」で芥川賞を受賞。
  「現在の時世粧をアイロニカルに駆使しながら、『不安定なスイートネス』の裡に表現した才気あふれる作品~by三島由紀夫」
  「おもしろいところはあるが、むだな、つまらぬおしゃべりがくどくどと書いてあって、私は読みあぐねた~by川端康成」など世界的文豪による選評洗礼を受ける。
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by vitaminminc | 2008-02-27 13:13 | 人間 | Comments(4)

大人という抜殻

    夢見たもの ひとつずつ箱にしまって
    いつか僕も 大人という抜けがらになる

 コブクロの「願いの詩」という曲の一節。私の大好きな歌だ。
 私的解釈をさせていただくと、前半の主人公は、かつて少年だった自分。彼は、自分がいつか‘大人という抜殻’になることを知っている。
 そして後半の主人公は、少年の頃の自分に対し暮雲春樹にも似た思いを寄せる今の自分へとすり替わる。
 大人になった彼の‘願い’には力がこもっていて、とても抜殻とは思えない。強さと切なさに彩られた願いが、夏の残照を浴びながら、くぐりながら、心地よく耳に入ってくる。それはいつのまにか自分の願いとなって、心臓にも響いてくる。
 過去の自分と現在の自分。この歌を聴くと、子どもだった頃の自分がこんなにも憧憬の対象となり得るってことにまず驚かされる。懐かしむというより渇望に近い気持ち。これは、私だけに起こる現象なんだろうか?

 今朝は、BGMにこの曲を繰り返し流しながら車を運転した。信号待ちをしていると、たくさんの小学生が歩道を歩いてくるのが見えた。
 高学年の班長のすぐ後ろには、一年生の男の子。遅れないように一生懸命歩いている。両腕でクッションのようなものを大事そうに抱きかかえながら。
 ほかの学年の子たちが、ランドセルに体操着袋をぶら下げているのを見て、男の子が抱きかかえているものの正体がわかった。そうか、今日は月曜日だものね。
 体操着袋を抱きかかえて歩いている。なんてかわいいんだろう。それだけで涙腺が緩んだ。

 アパートでの仮住まい生活も2ヵ月が経過した。このわずか60日間余りのムスコの成長ぶりたるや凄かった。越して間もなく、確かによく食べるようにはなった。学校から帰ると夕飯前と夕飯後にも‘軽食’をとるようになった。
 乳歯が2本も抜け(うち1本は「コレ邪魔だ、イテテイテテ」と言いながら自分で引っこ抜いた)、去年はブカブカだった上着の袖が短くなり、買ったばかりのズボンの裾からはひと月も経たないうちにくるぶしがはみ出てしまった。
 おまけに視力まで近視の大人並みに悪くなり、急遽メガネをあつらえる始末(級友からは「メガネかけた方が頭良さそうに見える」と褒められたらしい)。近眼はともかく、心身の成長が眩しくてたまらない。伸び放題の手足に学力が便乗してくれるとなおよいのだけど。

 しかし! 大人とは、本当に‘抜殻’のようなものなのか? そんなことはない。「願いの詩」は、「違う」と気づかせてくれる。答えはくれないけれど、「違うんじゃないか?」と気づかせてくれる。

 見えない殻を捨てられたとき、本当の大人になれるのかもしれない。子どもの成長に目を細めながら、私は今そんなふうに思っている。
 
 殻から抜け出た大人のココロは、案外子ども以上に自由・・・かもしれない。
 
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by vitaminminc | 2008-02-25 20:52 | 人間 | Comments(0)

老人と海

 「お待たせしました」
 図書館員が差し出してくれた本を見て、私はのけぞった。アーネスト・ヘミングウェイの「老人と海」ではなかったからだ。
 それでも受け取った。‘閉架’扱いになっていたため、わざわざ地下室の書棚まで取りに行ってくれた本だ。突っ返したりしたら申し訳ない。いや、「間違えました」と告白するのが恥ずかしかったというのも確かにある。でもそれ以上に、表紙の写真に心が動かされた。

 ふとしたことから、ムスコとヘミングウェイの「老人と海」について語る機会があり、突然読み返してみたくなった。文庫本なら持っているが、あいにく仮住まい中の身。私の蔵書はすべて隣町の倉庫で眠っている。
 薄い本だし、ムスコにも読ませたいと思い、先週図書館に足を運んだ。どうせ借りるなら文庫本でなく、でかいヤツを借りたくなった。要するに、検索画面の文字をよく確認もせずに、ヘミングウェイの文庫本の下に出てきた「老人と海」をリクエストしてしまったというわけ。
 
 持ち帰った本を見て、ムスメが笑った。
 「ならそれと別に、ヘミングウェイのも借りてくればよかったのに」
 ・・・ふっ。甘いな。それをやっっちまったら「間違えた」ことがバレバレではないか。ヘミングウェイはまた別の日に借りるとして、取り合えずは写真録「老人と海~与那国島~」とご対面。
 写真は本橋成一氏。そして文はミュージシャン坂田明氏。日本最西端の島のとりこになったお二人の写真録である。

 本文冒頭のタイトルが、
 与那国で、
 オレの目から
 ウロコが
 バサッと落ちていく。


 何やら因縁めいたものを感じながら、大いに楽しんだ。坂田さんの文は、南国にとてもよく合う。例えば、地元の久部良中学が全校生徒でブラス・バンドをやっているというのを聞きつけ、その練習風景を見に行ったときのエピソード。若い顧問の先生が、坂田氏を紹介したときの様子は、こんなふうに書いてある。

 ─誰もオレを知っている奴がいないというのが清々しい。
 「全校生徒でブラス・バンドをやっておられるそうで」
 「ええ、これで全校生徒です」
 「わ───」
 全校生徒というオレのイメージの前に集合した生徒の数は二十八名という、圧倒的にするどいものであった。つまり、全校生徒でなければブラス・バンドは成立しないのである。これはもう、偉い、凄い、負けましたという以外にないのである。


 行間に、南国の海風が吹き抜ける。椰子の葉のように前髪を揺らしながら、私はつい嬉しくてニヤケてしまった。

 本橋氏の写真もすばらしい。まさに日本の「老人と海」だ。
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 負け惜しみではない。おっちょこちょいなのも、たまにはイイもんだなとしみじみ思った。
 この本の初版は1990年の8月。写真の老人が、まだまだ元気でいてくれることを祈りながら、表紙を閉じた。
 
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by vitaminminc | 2008-02-12 11:03 | 趣味 | Comments(2)

フランダースの犬

b0080718_1915317.jpg 本日は子どもたちを引き連れて、市の文化センターに出かけた。「親と子のよい映画を見る会」が主催する映画を観に行ったのだ。
 本日の上映作品は、「フランダースの犬」。フジテレビ系「世界名作劇場」で放映された、あのあまりにも有名なテレビアニメシリーズの映画版である。ムスコが生まれた年(=1997年)に初公開されたそうだが、私たちが観るのは今日が初めてだった。
 観に来ていた客層は、年齢一桁の子どもたちとその親ばかり。二桁(10才&14才)の子連れは、私オンリーだった。
 映画が始まって5分も経たないうちに、隣でムスメが洟をすすり始めた。その音を聞きつけて、私の斜め前に座っていた5才くらいの女児が振り向いた。女児は、映画よりも後ろのオネーチャンの様子に興味を持ってしまったらしく、以後映画が終わるまでずっとムスメのことを見続けていた。起きながらにして首を寝違えたのではないかと少々心配である。

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 かくいう私もムスメとほぼ同時に「泣き」のモードに突入。花粉症用マスクには、涙の雫が絶え間なく流れ続けた。
 映画には、原作やアニメシリーズにはないアレンジが施されてあった。それが素晴らしくて泣けた。冒頭、私たちは主人公ネロのガールフレンドであったアロアと出会う。小さな驚きを伴って我々の前に現れた、成人したアロア。そのイメージは、「フランダースの犬」の結末を知る者であれば、誰もが無意識に望んでいた姿かもしれない。だからこそ、たまらなく切なくなった。
 物語は、そんな‘今’を生きるアロアの大切な思い出─回想として始まる。

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 ぅぅ・・・老犬パトラッシュ、かわいかったなぁ。それにネロの気立てのよさ。おじいさんの愛情が海よりも深かったからに違いない。
 意外に冷静に映画を観ていたムスコであったが、ラスト近く、アロアが吹雪の夜道を駆けるシーンで、涙腺が決壊したそうだ。そう、泣き叫ぶように名前を呼ぶ声を聞いた瞬間に。
 「ネローー!」

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 さあ、ご一緒にルーベンスの名画を鑑賞しましょう。
 貧しいネロが、‘もう思い残すことはない’とまで感じた、魂の名画
キリスト降架
です。 
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by vitaminminc | 2008-02-11 19:23 | Comments(0)

今時の校長

 どうも今時の校長センセイは、「事なかれ主義」に走り過ぎる気がする。その結果、子どもたちを束縛しているように思えてならない。それともこうした傾向は、いわゆるモンスターペアレント対策の一環なのだろうか? 慎重になるあまり、子どもたちから自由を、子どもらしさを奪ってはいないだろうか?

 前回嘆いたとおり、ムスコの小学校では雪が降った翌2月3日(月)から、校庭の使用が禁止となった。
 雨も降っていないのに、月、火ァ、水、木の4日間も外で遊ばせてもらえなかった。
 職場の人伝に、近隣の小学校ではそこんところどうなのだろうと探ってみた。今時の校長先生は、バック(市教育委員会)がそれとなく促す‘注意事項’に従順なのか、申し合わせたように月曜日は足並み揃えて校庭使用を禁じていた。
 それでも、B校とC校では火曜日から、我が校を除き一番遅かったD校ですら水曜日には解禁となった。
 校庭開放=児童解放=事態快方、である。

 ムスコの学校だけだ! 4日間もの長きにわたって児童を校舎内に軟禁しくさったのは。
 もちろん、私は学校に理由を聞いた。自分が子どもの頃にも、東京に雪が積もるのは珍しいことだった。積雪に恵まれようものなら学活の時間はもちろん、体育の授業だって雪合戦に早変わりした。先生が率先して、子どもたちを外に連れ出してくれた。みんな童謡の犬のように、歓び庭駆けまわった。泥んこになって、びしょびしょになるまで、空がくれたプレゼントにはしゃぎ、遊びまわった。休み時間のたびに、校庭のあちこちに雪だるまが立った。冷たくて温かい、雪の思い出だ。
 
 担任の先生が、校長に確認したのち、夕方になって返事の電話を下さった。噂に聞いていたとおり、校庭の使用を禁止した理由は、「校庭のコンディションが悪くなるから」というものだった。「コンディションが悪くなると、次の体育の授業に支障が出るから」だそうだ。
 運動不足の身体の方がよっぽど支障が出そうではないか?と私は思うのだが。

 さすがに今回は、担任も疑問を抱いたようだ。高学年の大きな子たちがエネルギーを持て余している様子を伝えつつ、「何年に一度あるかないかの雪だったんですけどねぇ・・・」と電話口で溜め息をついていた。雪遊びをさせてあげたかったという担任の先生の気持ちを知って、ほんの少しだけ救われた気がした。

 そうだ。地球温暖化は進む一方だ。校庭に雪が積もる日が、この先再び訪れるとは限らない。いや、訪れたとしても、今の校長がデンと居座っている限り、校庭で雪と戯れる機会は永久に訪れないだろう。
 つまりムスコは、小学校時代に校庭で雪合戦をしたことがないまま大人になる。ここは与那国島か? 有明海なのか? いや違う。周りに山も海もない、自然に恵まれているとは言い難い関東内陸部だ。どんなに雪遊びがしたかったろうに。校長の、バッキャロー!
 
 このような不満を友人にぶつけたところ、友人は友人で、こんなことを嘆いていた。
 彼女の息子くんが通う小学校では、昨年就任した校長先生(♂)が、
 「ニックネーム禁止令」を発布したそうだ。
 友だちを呼ぶ時は、
 《悪い例》「ねぇ、おぱぴ~」
 《良い例》「ねぇ小島くん」
 のように(?)、苗字+君(orさん)で呼べってか。頭からすべて禁止するよりも、どんな呼び方が悪いのかを教える、それが教育ではないのか?

 お蔭で面倒くさくなった子どもたちは、校内ではもっぱら「おい」とか「ねぇ」。名前を省略して呼び合っているという。
 これには笑った。「おい」や「ねぇ」では、まるで倦怠期以降の夫婦ではないか。

 友人の息子くんは、そんな校長のことがでーきれーとのこと。
 しか~し! ある日友人が帰宅すると、友だちの家に遊びに行くことを告げる、息子くんの手紙が置いてあったそうだ。
 ‘校長のニックネーム禁止令が身体に染み付いているのか?’と友人。
 画像を送りながら苦笑している友の顔が、目に浮かぶザマス。

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                             ↑↑↑慇懃無礼講?
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by vitaminminc | 2008-02-10 18:25 | 人間 | Comments(0)

恥ずかしい‘漢’違い

 ムスコが国語の文章問題と格闘しているのを覗き込んで、「あ!」と叫んでしまった。その文章は、「根雪」について説明していたのだが、うすら恥ずかしいことに私はこの齢になるまで「ねゆき」は「寝雪」と書くのだと勝手に思い込んでいたのだ。
 
 なぜそんな思い込みをしたのかは、容易に想像できる。なにしろ自分の脳味噌と付き合って早○○十年。解けないまま残った雪の上にどんどん新しい雪が降り積もり、雪解けまでずっと残る雪であることから「万年雪」を連想したのだろう。「万年雪」とくれば当然眠るのが大好きな私のこと、「万年床」を連想したに違いない。そこで、耳で覚えた「ねゆき」に勝手に「寝雪」という漢字を当てはめ今日に至ったという次第。

 私のいけないところは、反省能力に欠けることである。しかも、反省しない分を反発して補おうとするところだ。
 今回も、「あ!」と叫んだそのすぐあとに、「根」よりも「寝」の方が似つかわしいではないかと反発した。地べたで寝そべったまま固まっている雪の状態を想像してみよう。やはり「寝雪」のほうがしっくりくる。こうなると、擬人化を通り越して雪を自分化しているとしか思えない。
 が、名残惜しいので、私の辞書には「寝雪」は残しておこうと思う。

  *ね‐ゆき【根雪】 解けないうちに雪がさらに降り積もって、雪解けの時期まで残る下積みの雪。《季 冬》~Yahoo!辞書 大辞泉 国語辞書~

    ↑↑ほらね、たとえば夏がくれば解けるのだから、「根」では根が深すぎるでしょ。
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by vitaminminc | 2008-02-06 15:28 | Comments(0)

不幸せの黄色

 日曜日に雪が降った。関東地方平野部では珍しいくらいの積雪を記録した。

 昨日の朝は、車で子ども二人を学校まで送り届けた。路面が凍っていてキケンなので、ムスメには自転車通学を禁止したのだ。小学校と中学校が南北にかけ離れているだけでなく、路面凍結によるノロノロ運転で、道路はどこも大渋滞。一時間余裕をみて家を出たのだが、事態は深刻さを増していた。ムスコをおろした後、ムスメも自分も遅刻しないで済む方策を練ろうとしたが、諦めた。前の車の男性が、ちっとも動かない車の波に溺れかけ、頭をかきむしる姿を目撃したからだ。

 中学入学以来、遅刻は一度もしたことがないというムスメを無事学校付近でおろし、すぐに職場に向かったが、私自身は一時間も遅刻してしまった。次に雪が降ったら、ムスメは小学校に向かう途中、駅でおろしてそこからバスで学校まで行かせるしかない。


 昨日は日中よく晴れた。校庭で雪遊びをすることを楽しみにしていたムスコ。下校時間に学校の近くにあるコンビニに車を停めて待っていると、ランドセルに交通安全の黄色い塩ビカバーをつけた一年生がキャッキャ笑いながら校門から出てきた。大きな雪だまを大事そうに抱えて歩いている男の子もいた。校庭中央あたりはだいぶ土が見え始めていたが、校庭の隅にはまだまだ雪がこんもりと残っているのだろう。

 やがてムスコの姿が見え、車に走り寄って来た。
 「みんなで雪合戦とかした?」
 私が聞くと、ムスコは嫌なことでも思い出したというように顔を曇らせた。
 「遊ばせてもらえなかった」
 「なんで?ムスコのクラスだけ?」
 「違う。学校全体。全員遊んじゃダメだって」
 「どうして?今日はせっかく晴れて暖かかったのに。地面が凍っていて滑って危ないから?」
 「違う。もう凍ってないし。校庭が、グチャグチャになるからだってさ」
 「服が濡れてびしょびしょになると風邪ひくからとか?」
 「知らないよ。みんなが走り回ると校庭がグチョグチョになるからって言われた」
 「えーッ!」
 「─ったく、今の校長になってから校庭で遊べなくなることばっか!前はそんなことなかったらしいよ」

 現在の校長が子どもたちの学校にやってきたのは今から3年前。ムスメが小6にあがった年だった。確かに、怪我人が出るといけないからという理由で、休み時間校庭でボールの使用が禁止となり、バスケやサッカーをするのを楽しみにしていた男子たちが怒っているという話をムスメから聞いたことがある。何人かの親が校長に抗議したが、何かあったらお宅で責任とれるのかと逆に言い負かされたらしい。そういう校長なのだ。

 「校庭は、整備するためにあるんじゃねー! 子どもたちが運動するためにあるんじゃ!」

 母親の形相に殺気を覚えたのか、ムスコが視線を校庭に移した。
 「ほら、あそこ。黄色い旗が立ってるじゃん? アレが出てる時は、
 校庭で遊ぶことを禁止するって意味なんだョ。チェッ!」

 家庭で集団のルールを教えるには限界がある。所詮で聞くしかないからだ。
 校庭で実際にみんなと遊ぶ中で覚えることは、必ずにつくと思うのだが。

 校庭がグチャグチャになるくらい、なんぼのもんじゃい! そんなのは晴れて校庭がすっかり乾いたら、地面を荒らした張本人たち=児童たちに後始末させればいい。子供会の会長をやったことがあるから知っているのだが、子どもたちはトンボ(レーキ)を引くのも竹ぼうきで地面をならすのも、大人よりもずっと楽しんでやる。要は地面が云々ではなく、やはり怪我人が出た場合の責任を問われるのが嫌なのだろう。

 前日に雪が降り積もり、翌日は青く晴れ渡った空。そんな絶好の雪遊びの機会を子どもたちから奪うなんて。
 
 通学路の旗振り当番のときに感じるのは、子どもたちの目に生気がないこと。あれは単に眠いだけでなく、「横断中」と印刷された黄旗対する条件反射なのではないだろうか。
 その旗の色が、校庭に立つ不幸せの黄色い旗、すなわち子どもたちの楽しみを奪う象徴と同じ色だからかもしれない。
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                  ↑アパートの前でムスコが一人さみしくこしらえた雪だるま
 

 
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by vitaminminc | 2008-02-05 12:11 | Comments(2)


日々の暮らしに「ん?」を発見


by みん子

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