年金欠病 所見なし

 今週火曜日。仕事休みを利用して、年金問題を解決しに行った。
 私のもとにはまだ「ねんきん特別便」は送られて来ない。しかし、インターネットで照会した個人データに、厚生年金の記録が表示されていなかったので、その所在を確認しておく必要があった。

 社会保険事務所は混んでいるに違いない。すでに年金生活を送っている高齢者や支給間近のお年寄りの確認が一段落するまで、時期を見計らうべきかとも思ったが、あまり先延ばしに出来ない深刻な理由を抱えていた。

 これ以上ボケる前に、白黒はっきりさせておく必要がある・・・そう痛感した。今月ダンナに2回も小遣いを渡すというヘマをやってのけた時は、さすがにゾッとした。
 「これは何だ?」
 封筒に入れられた諭吉数人を怪訝そうに眺めながらダンナが聞いてきた。何を言っている、小遣いではないかと答えた私に、ダンナが「それならもう前に・・・」と言いかけ、なぜか慌ててその後の言葉を飲み込んだ。
 「あ!」私は手を差し出した。「間違えた。返して」
 ダンナの小遣いは毎月ダンナの給料日に渡している。なのに今月はその後おとずれた自分の給料日にまでお金を引き出し、同じことをやらかしていた。
 「何だよ、間違えるくらい余裕があるならもっと額を増やしてくれりゃいいのに」
 渋々返してきたダンナの手から封筒を奪い取りながら、私は自分に危険を感じた。自分の薄給の半分に当たる金額を、なぜ「おかしい」とも思わず通帳から引き出し封筒に入れたりしたのだろう。頭蓋骨という名のドーム内をボケが歩き始めている証拠である。

 これ以上脳味噌がトロけて鼻から流れ出ないうちに、やるべきことはやっておかねばっ!
 待ち時間のお相手は、前東京都監察医務局長・上野正彦博士の「死体は語る」。死滅していく脳細胞への弔辞だろうか。なぜか無性に読みたくなり手にしかけたが、でかくて重かったので、泣く泣く家に置いて出た。

 9:20過ぎ。車で家を出る。隣接する政令指定都市に、社会保険事務所はあった。が、通り過ぎた。入れなかったのだ。駐車場がいっぱいで、駐車待ちの車が国道にまであふれていた。
 
 スルーしながら考える。事務所はいかにもお役所なので、オープンは9時きっかりだったろう。オープンと同時に満席になるような人気の焼肉店を思い浮かべてみる。客の多さに対し客席数は少なく、やたら回転が悪い。おまけに駐車場も狭いときたもんだ。ここは路上で待つより、出直した方が賢明かもしれない。

 ぐるっと回って家に引き返し、愛チャリの16インチミニサイクルの小さなタイヤを空気で満タンにした。水筒を携えて、ぬかりなく出陣。

 遠い。こいでもこいでも見慣れた街並みが続く。夏を思わせる向かい風を縫うように縫うようにこぎ進み、ようやく政令指定都市に入った。なんじゃ偉そうに。同じ風が吹いているではないか。

 ああ、本当ならこの貴重な休日、家でのんびり読書を楽しむか、好きな映画でも観に行けたのに・・・。ストレス解消の策が次々頭に浮かんでは消えた。ああ、もったいない・・・。

 事務所の建物に入ったとたん、軽いめまいを覚えた。光の明暗のせいだけではない。どこもかしこも年金欠病の高齢者でいっぱいだったからだ。

 入口には総括するような受付がない。そのため、まずどこに行けばよいのか路頭に迷う。方向音痴の私も迷えば高齢者も迷うわけで、全体的に誰も彼もが右往左往しているのだった。

 「年金は3階へ」という小さな案内板が目に入り、階段で3階へ。(エレベーターはお年寄りに譲った。)するとなんと! 階段下まで行列が出来ているではないか。本当にこのフロアで間違いないのだろうか。

 行列を素通りして、フロアに出てみる。そこは【ねんきん特別便】専用フロアであることがわかった。そして通常の待ち時間は5時間であることもわかった。
 立て看板に、「10時に受付を済ませた場合の目安」として、「手続き完了は、午後3時頃になります」と懇切丁寧に書かれてあった。(ケッ!)
 
 すぐに踵を返し階段をおりる。少なくとも(幸か不幸か)自分は「ねんきん特別便」を受け取ってはいない。インターネットで年金記録を照会して、厚生年金の欠落に気づいただけだ。そしてそれを復元するに十分な証拠資料を揃えてココに来ているのだ。
どこじゃい、受付は!

 2階のフロアに入って行くと、【調査課】という看板が目に入った。相談者に対して、応対所員はたったの一人。相談している男性もたまたま一人だったので、この男性さえ終われば次は自分の番になる。ただし、本当にココで間違いないのだろうか。無駄な待ち時間はごめんだ。
 
 途中から初老の夫婦連れがやってきて、長椅子の私の隣に座った。
 「お父さん、ココでいいのかしらね」
 「待ってればそのうちわかるだろう」
 「でも聞いたほうがよくないかしら? 私ちょっと聞いてくるわ」
 奥さんが、通路を歩いている所員の一人を呼び止めて確認する。
 「おとうさん、ココ“健康保険”ですってよ。やっぱり3階ですって」
 夫婦連れは、嘆きながら立ち去った。
 「あんなにたくさん待ってるところへか・・・?」

 私もすぐに長椅子から立ち上がった。カウンターの奥で安穏とデスクワークをしている大勢の所員に向かって声をかけた。
 「すいませーん」
 「はい」
 「どこの窓口へ行けばよいのか教えてください」
 早口言葉が苦手な私が、舌をクルクル回転させながら説明。
 「でしたらあそこの入口付近にある【期間】の窓口になります、あの階段を上がってすぐの・・・」
 所員は【調査課】の二つ隣の窓口を指差した。

 【期間】?
 厚生年金の記録モレの窓口が、【期間】? わっかりにくいっちゅうーねん! 「何の」が抜けちゃいないか?

 番号札を取り直し、窓口の真ん前にある長椅子に腰掛け直す。
 3人待ちだった。カウンターの奥では大勢デスクワークしている。もうちょっと窓口を増やすことは出来ないのだろうか。何のために我々が、大半お年寄りが、ここまで来なければならないのか? 胸に手を当てて、よーく考えてみい。本来ならばキミたちが、一軒一軒家庭訪問をして、年金記録を提示して、確認して回らなくてはならないようなことなのだよと私は言いたい。

 相談中のおばあちゃんが、突然大きな声で嘆いた。
 「だって、3階に行ったら2階に行くよう言われたんじゃないですかぁ。それをまた3階へ行けだなんて、いったいどういうことなんですかぁ!」
 たらい回しにされたらしいおばあちゃんは、途中から年金の相談から脱線し、人生の相談をし始めている。
 「主人が亡くなってからというもの、あたしは一人でこうやって・・・」

 もう一組は、60前くらいの夫婦連れ。すでに私が【期間】の長椅子に落ち着いてから30分以上経過している。この分だと何分後に呼ばれるか想像もつかない。だが夫婦連れが終わった後、すぐに私の番がきた。一つ前の番号札の人が途中で諦めたのか、不在だったからだ。

 年金手帳を提示。所員が私の基礎年金番号を入力してしばらくすると、データが出てきた。
 なんと! 厚生年金記録がモレなく入っているではないか。所員が申し訳なさそうに言う。
 「番号が2つ以上ある方は、登録した番号のみ表示される仕組みになっているため、どうしても表示できない年金が出てしまうんですね・・・」
 んなアホなぁ。

 ボケてきたから記憶が曖昧になってはいるが、登録は、基礎年金番号を入力するようになっていた(ハズ)。コチラはそれに従うしかないではないか。個人情報を入力しているのだ。個人が特定できる以上、預けた年金は全て表示されなければおかしい。何のための照会なんだか。
 厚生年金の月数の欄に、わざわざ「0」と入れられたのだ。これをモレと思わないヤツがどこにいる? 
 「このほかに番号がある場合は、番号ごとに別途エントリーが必要です。」という説明は、インターネットの照会ページのどこにもなかった(ハズ)。システム不備も甚だしい。

 ともあれ、1ヵ月のモレもなくすべて確認できたので、気分は上々。3階で5時間待ちを強いられている高齢者の方々に胸を痛めながら、社会保険事務所を後にした。

 よく晴れて、南風の吹きわたる一日だった。年金欠病の疑いも晴れてにっこりである♪

 にっこりついでに、1つ回文を思いついた。

 床濡らし 頭(かしら)しか 知らぬこと

<解説>盗人稼業に初めて手を染める若者。盗みに入る前夜、寝床で武者震いをしたついでに思わず失禁してしまう。盗人のお頭(かしら)がそれと気づくが、何も言わずに見て見ぬふりをしていることであるなあ。(←時代劇の見過ぎ)
 
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by vitaminminc | 2008-05-30 19:22 | Comments(6)

寝こ+ムスコ+寝こ

 眠い。一夜を共にした相手が、私をろくに眠らせてくれなかったせいだ。
 
 昨夜テレビ放映された、キアヌ・リーブス酒宴主演の映画「コンスタンティン」。居間に居合わせたというだけで、たまたま冒頭30分を観てしまったムスコ。父親に、早く風呂に入れと叱られた後、菩薩を仰ぐような目で私を見ると、父親には聞こえないような小さな声で訴えた。
 「ママ。一緒に入って・・・」
 よほど怖かったらしい。そんなに怖いなら途中で観るのをやめればよいものを。
 キアヌ・リーブスはやっぱりイイ男だ、などという感想を抱きながら観ていた私とはえらい違いである。
  
 おかげで昨夜はトイレの番人にされただけでなく、ムスコが自分の部屋に入るにも同伴しなければならなかった。
 それでも、ブタのぬいぐるみと肌がけふとんを抱きしめながら私の寝室(別名ネコ部屋)にくっついてくるムスコのいじらしさに、思わず目尻が下がってしまうダメ母なのだった。
 蒼白した顔で「あぁ、ダメだ、ああいうのはほんとーにダメだ・・・」などと溜め息を吐かれるたびに、自我が母性に説教されているような複雑な気分になった。映画をDVDに録画したいと大騒ぎしてチャンネルを替えさせたのは、この私だ。

 昨夜は蒸し暑かった。すぐ隣に37℃ちかい湯たんぽが寝ている。暑苦しいったらない。おまけにルームメイトの38℃ちかい毛玉(♂ネコ)が明け方からぼやき始めた。うるさいったらない。
 「せめーんだよ! なんで小僧がココにいるんだ? オレの寝場所がせめーっつんだよ!」
 とでも言っているかのように、ハスキーな声でず~っと鳴いている。小さい毛玉(♀ネコ)も、私とムスコの腹の上を行ったり来たりで落ち着かない。気分を落ち着かせたいのか、時々私の足をかじる。イデデ。

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チョモランマ。
ムスコが片膝を立てて寝ている。
左上の物体はブタのぬいぐるみ。

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こんな目をして、
ず~っと私にナゴナゴ
文句を言い続けた。


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写真右上の亡霊もどきは、
興奮したチビネコが窓辺から
飛び降りる瞬間。



b0080718_17213584.jpg

寝こ
す寝
寝こ

どこに寝ろっちゅーんじゃい!
私の寝場所は何処にもない。


 暑いのとうるさいのと痛いのとで、眠った気がしないまま朝を迎えた。
 ムスコのあ~、よく寝た❤という顔を見たら、睡眠不足した甲斐があったなぁと、ダメ母ぶり全開なのであった。
 
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by vitaminminc | 2008-05-26 17:37 | Comments(2)

何の番組で紹介されたのか覚えていない。
何て名前の人なのかも知らない。

その人はりんごジャグリングの達人だった。
目の前で3つのりんごを操りながら、
同時に齧る人だった。

動きが速い。
まるでりんごで顔を殴っているようだ。
自分で自分の顔を殴っている。
しかもりんごで。

飛び散っているのは、血でも汗でもない。
りんごの果汁。

そう、実際は食べている。
歯茎から血も出さずに、
りんごを丸かじり。

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しかも3つのりんごがめまぐるしく円を描き、
お兄さんはその一つ一つを確実にかじっていく。
相当難易度の高い技に違いない。
なのに人に与えるのは緊張感ではなく笑い。

あまりのバカ馬鹿しさに思わず大笑いしたが、
それは安心して見ていられるほどの凄腕だったからだ。

また見たいなぁ。
Aqua Timez のリードヴォーカルに、
ちょっと似た雰囲気のジャグラーお兄さん。
子どもたちも一目ぼれしていた。

不思議なくらい、りんごがおいしそうに見えた。
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by vitaminminc | 2008-05-24 01:20 | Comments(2)

い危機もの係日誌

b0080718_18235158.jpg解体工事の前に、ダンナに泣きつき残してもらった、
庭の2本のもみじ。
写真のように、季節に関係なく、1本は燃えるような真紅、
もう1本は爽やかな黄緑の葉が自慢だった。


b0080718_18275952.jpgが、伐採の危機を免れ庭に生き残った彼ら。
解体工事中、よほど怖い目に遭ったらしい。
新築の庭に芽吹いた葉は、ご覧のとおり。
まるでパレットの上で、
赤と黄緑色の絵の具の混ぜ合わせているような・・・。
しかし、共に励まし合うことで恐怖を乗り切ったのだろう。
あの美しい2色のコントラストを拝むことはできなくなったが、
この何とも表現しづらいドドメ色は、長い春に終止符を打ち、
ようやくゴールインした彼らの愛の証なのかもしれない。
・・・にしても、
地味もみじ~。


b0080718_18441084.jpg←本当にこんなふうに成長するのだろうか?







b0080718_18491967.jpg実は、錦鯉の赤ちゃんが数匹死んでしまった。
餌がいけなかったのか。
水質が悪化したのか。
餌は切らしていなかったし、水もきれいだった。
原因がよくわからぬまま水を換え餌を替えた。
「もっと自然に近い環境にしてあげようョ」
ムスコの提案で、水草投入。
体長7mmあるかなきかの、
半透明の小さないきもの。
花壇に埋める心の痛みは決して小さくなかった。
残りの推定7匹に告ぐ。
天に召されたものたちの命を受け継ぎ、
腕白でもいい、大きくなれよ~。


b0080718_18542963.jpg庭に香りが欲しくって、沈丁花の苗木を取り寄せた。
←こんなふうに斑の葉に赤い花を咲かせる、
珍しい品種である。


b0080718_18582951.jpg昨日我家に届いたばかり。
箱を開けた瞬間、思わず
「よく来たね」
と声をかけてしまった。
早速庭に植えた。
写真の沈丁花はスタイルがイマイチ。
それもそのはず、魚のマンボウを真正面から見たようなもの。
家の中から眺めたとき最も姿よく見えるように植えたのである
(なら家の中から撮れってか)。
ところが、一晩でいきなり白髪になったかのように、
突然葉が黄色くなり出した。
パラリ・・・脱毛ぃゃ落葉しているではないか!


b0080718_19123274.jpg何がいけなかったのだろう。
剪定の必要も殆どなく、土も選ばない。
育てやすい花木のはずなのに。
慌ててネットで調べてみたら、
大きくなった苗木は植替に向かないということがわかった。
根が太い分、根付きにくいということだった。
本体が植替のストレスに耐えられなかった場合のために、
沈丁花が本来得意とする挿し木部隊も待機させておくことにした。
写真はHB-101(天然植物活力液)を数滴たらした水に浸かり、
赤玉土に挿される時を待つ
新芽たち。
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by vitaminminc | 2008-05-21 19:37 | Comments(6)

同性からの愛コンタクト

 「クラスのやつに、おまえってズルイって言われた」
 ギョ。ムスコ、いったい何をやらかしたのだ? いじめにあうような種を蒔いちゃいないだろうね。少々心配になり、どういうことかと先を促した。
 「おまえって面白いしアタマいいし・・・」
 レベルの低い話である。
 「・・・髪の毛だってサラサラじゃん、て言うんだよ」
 どうも方向性がおかしい。突然ピンときた。
 「ソレ言ったの、もしかしておんぶおばけくん?」
 「え?」
 「ほら、前に授業参観が終わった後、ムスコに聞いたじゃない、‘さっきの子だあれ?’って。ムスコにおんぶされてた子」
 「ああ、そう! けどオレがおんぶしたんじゃなくて、勝手に向こうがさぁ・・・」

 おんぶおばけくんは、席替する前までムスコの後ろの席にいた男子である。参観日の休み時間中、なぜかムスコの背中にベタッとおぶさっていた。どちらかというと背が高いほうであるムスコよりもさらに身体が大きいので、後ろ足をズルズルと床に引きずったまま、ずーっとムスコにへばりついていた。
 苦笑いしつつも、ムスコは明らかに迷惑顔であった。後ろ手にその子を支えようともせず、自然に落ちるに任せていたが、背中の荷物は決して落ちたりしなかった。

 おんぶおばけくんは、私がムスコの母親とわかっても、ムスコに密着したまま離れなかった。逆に‘この人がムスコのかーちゃんか・・・’という目で、私の目をじっと見た。その時のその子の様子が、負ぶわれるというより、背後からムスコを抱きしめているようにしか見えなかったので、あとでムスコに名前を確認したのである。

 「ずいぶんムスコのことがお気に入りみたいだね」
 おんぶおばけくんとは5年になって初めて同じクラスになったそうだ。
 「そうかなぁ? いつも‘おんぶ~’って来るから、重くてしょーがない」
 どうやら席替でムスコと別の班になってからも、おんぶおばけくんはムスコに憑りついて離れないらしい。ムスコは呆れ顔で‘ひゃははと笑った。

 似たような経験が、自分にもある。高校時代の放課後、教室で仲のいい友だちと話していた時だ。
 バタバタと廊下を駆けてくる足音がしたと思ったら、ほかのクラスの女子が数人、中をのぞき込んだ。
 「Aちゃん見なかった?」
 同じ剣道部の仲間を探しにきたらしい。
 「Aちゃんたちなら少し前に帰ったよ」と友だちが答えた。
 剣道部の女子が廊下を去っていく気配がして、私と友だちは中断した会話に戻った。友だちは普通に腰掛けていたが、私は揺れていた。イスの後ろ足だけを床につけ、ロッキングチェアーみたいに前後に揺らしていたのだ。すると、友だちが「え?」という表情を浮かべるのと同時に、ガタンと音を立てていきなり自分のイスが‘着地’した。
 びっくりして後ろを振り向くと、私の真後ろに先程の剣道部の女子の一人が立っていた。両手で私のイスの背中を押さえ付けたまま。武道をやっているだけに、行儀にうるさいのかもしれない。学習イスをロッキングチェアみたいに操っていることが許せなかったのだろうか。でもまさか注意されるようなことはないだろう、などとあれこれ思案していると、射るような眼差しで、彼女が口を開いた。
 「あなた、名前なんていうの?」
 ポカンとしている私に代わって、友だちが即答した。明らかに展開を楽しもうとしていた。
 「そう。みんこさんていうの」
 朝香光代を若くしたような凛々しい顔で、彼女が復唱する。
 そして数秒後、私がこれまで聞いてきたどんな言葉よりも衝撃的な言葉を口にした。
 「私あなたみたいな人、好き」
 友だちが、「わ」と「え」を一緒にしたような声をあげたのを無視して、女子剣道部員は私にだけ「じゃあね」と短く挨拶をすると、悠然と教室を出ていった。
 「なに? あれ~?」
 友だちが素っ頓狂な声を上げるのを聞きながら、私は軽い冗談だろうと信じて疑わなかった。

 しかし冗談ではなかった。それからというもの廊下ですれ違うたびに、浅香光代が私に手を振り熱い視線を飛ばしてくるようになった。
 初めのうちは、「みんこ、ココが共学でよかったね。女子高だったらエライことになっていたかもよ~」などとからかっていた友だちも、私が心底困っていると知ってからは、トイレに行くにもまず先に廊下に首を出し、浅香さんがいないのを確認してから私においでおいでをしてくれるようになった。共学校なのだから地の利を生かし、どうか異性に目を向け私のことは放っていおいてくださいと小さく祈ったご利益だろうか。その後朝香さんはストーカーに進化することなく、珍現象は沈下する運びとなった。

 ムスコの髪を、「サラサラでズルイ」と言いながら撫で回しているおんぶおばけくんの様子が目に浮かぶ。

 おんぶおばけくん。ムスコは超汗っかきなので、サラサラの髪なんかもうすぐベタベタになるョ。それでもキミは、「オマエのアタマってどうしてそんなにベタベタなんだ~」なんて言いながら、やっぱりムスコにベタベタするのかな。親子揃って妙~~~な好かれ方をしたもんだ。‘毛嫌い’されるよりは、ずっといいか。

 母は複雑な心境で、ムスコの昔の写真を取り出し眺めてみる。

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←姉のおしゃれグッズを身につけるのが何より好きだった2才前。
太いベルト(腹巻ともいう)に負けないアクセサリーがゴージャス。
スッピンなのに化粧したような顔。ゲイバーのママになれる素質十分。
もしもムスコが性同一性障害だったなら、一番の良き理解者になろうと本気で心に誓ったもんじゃ焼き。

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←どんなに男の子っぽい服を着せても、外出先ではほぼ9割の確率で「お姉ちゃん」とか「お嬢ちゃん」とか「妹ちゃん」とか呼ばれ続けた幼稚園時代。
入園と同時に♂脳が目を覚ます。
ファミリーレストランのお子様セットについてくるおもちゃで、ウェイトレスさんに女の子用のカゴを持って来られた時はさすがに憤慨。

 こんな乙女チックな面影は、今のムスコには微塵もないのだが・・・甘く危険な香りを感じてしまうのは、なぜ?


 
 
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by vitaminminc | 2008-05-20 10:13 | Comments(4)

 ねんきん特別便。なかなか送られてきそうにない。ちょいとした悪条件を抱える身なので、4月26日、自発的に社会保険庁のHPにアクセスした。引越しなんかがあったので、今年度に入ってようやく。
 そこで「年金記録の照会」に必要なIDとパスワードを取得するための登録を済ませ、待つこと2週間あまり。
b0080718_1422675.jpg 昨日、社会保険庁から黄色い封筒が郵送されてきた。
 見る前から「萎え~~~」のココロに無理矢理はっぱをかけ、本日HPの照会ページにGO!

 あらぁ~❤自覚していなかったけど、やっぱり私、
 箱入り娘だったのね、ぅふ❤だって生まれてこのかた、一度も社会に出て働いたことなんかなかったんですもの~❤ほら、見て見て❤↓↓↓

  厚生年金⇒月数:  期間:

(TwT) 冗談じゃない! 酸いも甘いも辛いも苦いも、ぜ~んぶ舐めたし味わった。

 えぇえぇ、ハナッから期待なんかしてなかったですョ。転職も改姓も一度や二度ではなく、そのうえ現在の姓だって二通りの読みが可能。逆にパーフェクトな記録が残っていたら、コサックダンスを踊ったまま世界一周してやると豪語したい気分でしたとも。
 けどね、こちらは未納月をこしらえないよう、きち~んきちんと納めてきたのだよ。それをそれをそれを、よくもまぁ、一社の記録も残さず「0」とは恐れ入谷の鬼子母神ジンさせて。

 気を取り直して、「年金加入記録(一覧)の詳しい見方について」の中から、
 照会画面に出力された年金以外にも年金に加入していたのですが

 をクリック。チッ、何だぃコレは。何で被害者の我々に↑↑↑こ~んな丁寧語をしゃべらせるのかね。ココは、
 てやんでーバーロー! 照会画面に出た年金だけのわきゃねーだろ、コォら!
 とすべきです。
 次に、パターン別項目の中から「他の年金手帳をお持ちでないとき」を選択。するとこんな案内↓↓↓が・・・。

 お近くの社会保険事務所でお問い合わせください。詳しい職歴が必要になりますので、事業所名、事業所所在地、勤務した期間などのメモをご持参いただきますようお願いします。

 抜け落ちていることへの詫びの言葉が一切ない。それに、歩いて行けるところにあるならともかく、社会保険事務所に行くまでにかかる交通費はどーしてくれる。ココは初めにまず詫び、補足として結びは、
「また、お越の際ハイヤーまたはリムジンを利用された場合は、その領収書もご持参ください。お帰りの分も合わせて2倍お支払いいたします。」とすべきではなかろーか。
 
 本当にメモだけでいいのか? 聞けば、行くと「一日がかり」になるという。何度も足を運べるほど暇ではない。そのへんを確認したくて、黄色い封筒に書かれたねんきんダイヤルに電話したら、こんな↓↓↓自動アナウンスの声。

「ナビダイヤルでおつなぎいたします。この電話は210秒ごとに10円の料金がかかります・・・」

 その後、「電話が混み合っているのでしばらくお待ちください」が延々繰り返されるのみで、一向につながらない。どうせこんなことだろうとは思っていたョと電話を切った。フリーダイヤルにしなさいよ。誰のせいで電話かけてると思ってんのよ。

 とにかく完璧なモノを用意する必要がある。抜けていた(というより記録ゼロの)会社に電話を入れ、自分の記憶に間違いがないか、勤務期間の照会を行った。すでにこの世に存在しない1社のことが心配だったが、年金手帳で確認したところ、そこに勤めていた期間は「国民年金」に加入していたことがわかり、ホッ(潰れる前提で採用されたとしか・・・)。

 社会保険事務所に持ち込む‘メモ’が必要な会社は全部で3社。
 初めにかけた会社は上場企業。私が入社した当時よりさらに巨大化したが、担当部署の態度は丁寧で感じがよかった。快く証明書の発行を申し出てくれた。

 2番目にかけたところは新卒で入社して最も長くいた会社。保険事務所で期間を記入するだけでOKのはずであると、勤務期間のみ教えてくれた。

 3番目にかけた会社もやはり上場企業。ひとりで3つも姓を名乗らねばならず、応対した若い女性社員を混乱させたようで、調べて折り返し電話をくれるとのことだった。
 10分ほど経ってかかってきた電話では、私が在籍した記録が確認できたとのこと。証明書の発行も快諾してくれた。
 そして、ちょっとイイこともあった。担当してくれた女性社員が意外なことを言ってきたのだ。
 「あの・・・Mさんを、ご存じですか?」
 「ハイ」
 「今、隣のデスクにいるんです。よろしかったら、お話しされますか?」
 「ハイ!」

 Mさんというのは、その会社の横浜支社に勤めていた頃の同僚。中途入社だった私とは違い、新卒で入った彼は(私より1つ年下だったが)、すでに入社5年目。中堅の営業マンだった。
 東京下町の生まれで、私の出た高校の姉妹校出身であったことから、共通の話題がもてた。

 しかしなぜ私はその会社に入ったのだろう。コレを語ると、読む人の頭上に暗雲が立ち込めるかもしれない。が、話す本人(私)の頭の上は改姓ぃゃ快晴なのだから、お気楽に読み流して欲しい。
 当時の結婚相手が結婚前からつくっていた多額の借金を返済するためだった。そんなこととは知らない周囲の目に、私は「幸せな新婚さん」に映っていたろうか。
 ある日、遅くまで残業していた私を気遣って、Mさんが声をかけてくれた。
 「早く帰らないとダンナさんが心配するよ」
 後でわかったことなのだが、妻が少しでも残業代を稼ごうと頑張っている時にも、結婚相手は残業だと偽っては借金を重ね、パチンコに明け暮れていたのである。
 皮肉なことに、Mさんはこんな結婚相手と同じ大学の出でもあった。

 結婚生活が破綻し離婚してからも、2ヵ月間東京の実家から横浜まで通った。精神的にしんどかったが、引継マニュアルの作成ほか残務処理をきちんと完了させた努力が買われ、東京本社に異動が決まった。
 横浜での仕事の最終日、Mさんは東京まで私を送ると申し出てくれた。何度も断わったのだが、同郷のよしみだけでなく、まったくの他人とはいえ離婚相手と同じ大学を出ている申し訳なさ?から名誉挽回とばかり、「放っておけないよ」と強く申し出てくれた。
 小分けして少しずつ荷物を持ち帰ってはいたが、送別の挨拶まわりでいただいた花束や贈り物が結構たくさんあった。それでも車に乗せていただくというのは、あまりに図々しい・・・。
 私が躊躇していると、Mさんはキビキビと自分の奥さんに電話を入れた。
 「今からみん子さんを葛飾まで送っていく」
 Mさんの奥さんとは会社のみんなで海釣りに行ったときにご一緒したことがある。可愛くて明るい奥さんで、私も大好きだった。その奥さんに、「安全運転でしっかり送り届けるんだよ!」と言われたんだから、いい加減車に乗ってよと促され、ありがたく助手席に乗せてもらった次第。
 黒の、フェアレディZだった。リスのようなMさんのイメージとは違うように感じていたら、さすが察しのいい青年。
 「この車はね、奥さんの趣味❤」
 幸せそうな笑顔だった。
 Mさんは傷心の私のために、レインボーブリッジを見せてくれた。そしてすっかり痩せてしまっていた私に夕飯もごちそうしてくれた。やさしい青年だった。

 「よく覚えていてくださいましたね」
 受話器に向かってMさんにそう礼を言うと、20年前とちっとも変わらないMさん笑い声がした。
 「覚えてますよォ、さっきお名前聞いて。今ボク東京の方で、まさにこういう(厚生年金などの)管理の仕事をしてるんですよ」

 Mさん。あん時は本当にありがとう。ちょっと涙目になっていたけど、アレは離婚して実家に引き揚げていく悲壮感からではなく、人の情けが目に沁みたんです。

 アホ庁のバカ仕事の尻拭いの副産物は、そっと目を拭った20年前の時間。その日の夕暮れへと続く「どこでもドア」だった。

 ※ことわざ「金の鍵はどの戸をもあける。(A gold key opens every door.)」
        ⇒金(gold)の力で、できぬことはないというたとえ。
 

 
 
 
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by vitaminminc | 2008-05-16 15:00 | Comments(6)

垢デミー賞

b0080718_16133922.jpg白壁に
日ごと増えゆく
指の跡

b0080718_1614761.jpg写真では目立たないが、
肉眼だとかなり目立つし腹も立つ。

b0080718_16314871.jpg「おかえり~!」
「触るな、どこにも触らずに洗面所へ行け!」


b0080718_16324019.jpg幼稚園児じゃあるまいに、
10才でしょーが。

この手の作品があと4枚ほどあるのだが、
どれも似たようなものばかり。
やめにしておく。

そりゃそうだ。
家を手垢だらけにしているのは、
同じ手によるのだからぬぇぇぇ。
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by vitaminminc | 2008-05-14 16:22 | Comments(4)

パンダよりパゴダ

 おまえを知ってるよ
 
 その冷たさ その匂い

 おまえなんだとすぐにわかる。

 あの日おまえは

 「もう夏は戻らない」って告げると

 私に秋だけを

 押しつけてったじゃないか。

 
・・・・そんなわけで、秋も訪れたことだし、一つ夏の思い出を・・・いや違う、まだ春だ。夏に腰をおろしもしないうちから、なんでこんなに秋っぽいのか。

 本日は、初夏みたいな陽射しがまぶしかった、4月のある一日について語ろうと思う。
 これといった映画も上映されていなかったので、母と二人、東京は上野駅に降り立った。上野のお山を散策することに決めたのだ。

 新緑の木漏れ日が気持ちいい。遊歩道をのんびり歩いていくうちに、「上野大仏」という文字が目に入った。
 え! 上野に大仏?
 母は東京神田生まれ。私は東京葛飾生まれ。垢の抜け方に違いこそあれ、二人とも東京下町育ちに違いない。それなのに、嗚呼、それなのに、上野に大仏様がいらしたなんて。その日その時までちっとも知らずにいた。東京生まれが恥かしい。
 会いたい。
 私と母は、上野大仏を求めて、足を速めた。
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 あいや~! 上野大仏は、下に記す年譜を見てもわかるように、実に痛々しい運命を辿っておいでだ。1855年の安政大地震では頭に大怪我を負い、1923年の関東大震災では頭が転げ落ちるという致命傷。1940年には、とうとう戦争の犠牲となり、青銅製の身体を提供。顔面を除く頭部胴部も失った。
 整形に整形を重ね、当初とはまったく別の顔のレリーフが、大仏山パゴダ(*)として上野の寛永寺大仏山に祀られている。

b0080718_18284415.jpg何度も頭部が落下したことから、小顔を目指したのだろうか。このレリーフを見た瞬間、通販に載っていた「小顔補正ベルト」を思い出してしまった。

b0080718_18181717.jpg何度も落ちはしたものの、今や壁に埋め込まれ、絶対落ちない象徴として、受験生から慕われているらしい。
「合格大仏」である絵馬は、愛嬌があるだけではない。震災も火災も人災も甘んじて受けてきたのだ。強靭な身代わり精神が感じられ、実に頼もしい。
ムスメが受験するときは、ぜひこの上野を訪れようと思う。

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   *パゴダ(Pagoda)⇒仏塔を意味する英単語

 【上野大仏年譜】
 ★一代目は座高280cm。粘土を漆喰で固めて造られたが、1647年(正保4年)の地震で倒壊。

★1656年~1660年(明暦2年~万治3年)⇒江戸の民の浄財により360cmを超える青銅製の釈迦如来坐像が造立。

 ★1631年(寛永8年)⇒越後村上藩主・堀直寄が戦死者慰霊のため漆喰の釈迦如来坐像を建立。

 ★1647年(正保4年)⇒地震により倒壊。

★1658年~1661年(万治年間)⇒遊行僧浄雲が金銅像として再興。再興は明暦年間(1655年~1658年)説有り。

 ★1698年(元禄11年)⇒公弁が露座であった大仏に仏殿を建立。

 ★1841年(天保12年)⇒火災により大仏、仏殿が損傷。

★1843年(天保14年)⇒堀直央の寄進により大仏を新鋳再建、仏殿を修復。

★1855年(安政2年)⇒安政大地震により頭部破損。再び堀直央の寄進により修復。

★1875年(明治8年)⇒上野恩賜公園の整備に伴い仏殿を撤去。露座に戻る。

 ★1923年(大正12年)⇒関東大震災により頭部が落下。大破した頭部、解体撤去した胴部以下は寛永寺が保管するが、資金の目処が立たず再建計画は放棄される。

 ★1940年(昭和15年)⇒金属類回収令により顔面部をのぞく頭部、胴部以下が供出され消滅。

 ★1967年(昭和42年)⇒関東大震災の50回忌にあたり、上野観光連盟が願主となり大仏再建を願う祈願塔を建立。

 ★1972年(昭和47年)⇒寛永寺に保管されていた顔面部をレリーフとして旧跡に安置する。


 1972年・・・・。上野大仏のパゴダは、同じ年に初来日して上野にやってきた2頭のパンダの陰で、当時からこんな味のある微笑を浮かべていたのか。木漏れ日がよく似合う、やさしいお顔である。おそらく、中国のこの度の大震災による犠牲者の数が、少しでも少なく済むようにと祈っておられるに違いない。
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by vitaminminc | 2008-05-13 19:17 | Comments(6)

五月雨いきものがかり

b0080718_23305535.jpg毛仔(生まれて間もない錦鯉の赤ちゃんのこと)誕生。
粘りに粘って撮ったものの、あまりに小さいためこんな画質。画面中央やや右寄りに写る「魚影」がソレ。半透明、体長約7mm、胴囲約0.7mm。‘点’のような2つのお目目が超かわいい。10尾前後確認できた。
孵化後おなかに残った卵は、養分のほかに吸盤の役目も果たす。水流に流されてしまわないよう水槽の底や壁に身体を密着させておくことができるのだ。おなかの卵が体内に吸収されスマートになった途端、ぴょいぴょいと元気に水中を泳ぎ始める。
餌は生きたミジンコがベストだというが、調達できない上に、どう考えてもまだミジンコの方がでかい。熱帯魚用の三日間フード(家を留守にする際、水槽に沈めておく固形フード。細かい餌をが少しずつ水に溶け出る)を1個投入。写真左手前の白いドーム型の物体が餌。
金魚用の三日間フードだと常温で溶け出すため、まだうまく食べられない毛仔にとっては水を濁らせる原因になると考え、敢えて常温では溶けにくい熱帯魚用を入れてみた。
我ながらgoodな思いつき。ふはは。

b0080718_23584139.jpgゆうじろうさん、危うし!
浜木綿のゆうじろうさんと猫の眠眠
眠眠はゆうじろうさんのことが大好きのようだが、ゆうじろうさんは非常に迷惑そうである。

b0080718_004322.jpg茶尾を愛すること。それはゲロを愛すること。
非常に臆病者で、初めての人を見るとず~っと鳴き続ける。いったい何を訴えているのだろう?
一応女の子なので、身嗜みには気を遣う。毛づくろいに熱心だけに、おなかに手玉が溜まる。肝心の毛玉よりも食べたばかりの餌を吐くってか。
昨日は窓辺に、今日はベッドにゲロゲーロ。

b0080718_042831.jpg茶尾の、茶色いしっぽ。
太くて短い尾を犬のようによく振る。また、犬のように人のことをよく舐める。だが猫の舌は紙やすりのようにザラザラした鮫肌。夜中や未明に手や顔に痛みを感じて目を覚ますと、必ず茶尾が一生懸命舐めている。
ナメんなよ。
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by vitaminminc | 2008-05-11 00:26 | Comments(2)

 ジャイアントパンダのレンタル料年間1億円。いくら何でも値段がジャイアント過ぎる。高い。
 大体子育てが下手なパンダは人工哺育が主流というではないか。苦労してパンダミルクを開発したのは日本。中国政府はそのミルクを使用して金のガチョウ=パンダを繁殖させているという。開発にせよ外交にせよ、少しは勉強したらどうなのだ。

 そこで私は提案する。中国にはレンタル料の10%くらいの料金で、国家機密プロジェクトに参加してもらうのである。支払われる代金は、いわば演技&口止め料。
 上野のパンダ舎のガラス張りの室内の方には、視界180度の立体パノラマ映像を開園時間中エンドレスで放映。コレがまた凝った仕掛けになっていて、マジック界のスーパー・スター、デビット・カッパーフィールドのトリック映像のように、パンダが庭に出ていくのに連動して、室内の映像からはパンダが消え、庭に‘ホンモノ’のパンダが出てくるようになっている。もちろん我々見物客は、室内のガラスが実はワイド・スクリーンになっていて、そこに見たものが3D映像だなんて知らない。ホンモノのパンダがいると信じて疑わない。
 しかし、庭に出てきて遊んでいるパンダは‘生身’のパンダである。ただし、中身は精巧な着ぐるみを着た人間。もちろん我々は外で遊ぶパンダもホンモノであると信じて疑わない。実際のパンダは通常動きが緩慢なので、中に入っている人もさほど難しい動きを強いられるわけではない。疲れて室内に入る時には、動作が自然につながるように、決められた通り動く必要はあるが、室内映像にバトンタッチさえすれば、あとは奥で休憩をとるもよし、そのまま国家機密的裏口を通って帰宅するもよし。
 パンダがちっとも庭で遊ばず、ずっと室内で寝そべっていたとしても誰も不思議がらない。残念がりはするだろうが、「今回は珍しく動いている」という程度なのだ、普段のパンダ自体が。室内用のパノラマ映像は、実際に録画したホンモノのパンダの様子を3Dに加工するだけなので、1から作る3Dアニメよりもずっと安く上がる。
 問題は、パンダの中に入る人間である。今の世の中、日本人より中国人の方が信頼できるような気がする。口外したりしたら、日本よりはるかに重い厳罰が下されそうだ。
 
 わかりやすいくいうと、熱帯魚の泳ぐ映像が見られる水槽ね、アレの規模をでかくしたようなものである。観客が見守る中、笹を食べなくても大丈夫。餌の時間になったら室内に笹を持ち込んで、スクリーンの向こうで笹を食べている映像にバトン・タッチすればよいのである。

 石原都知事、こんな提案はいかがでしょう? 
 

 
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by vitaminminc | 2008-05-07 15:47 | Comments(4)

日々の暮らしに「ん?」を発見