大腸内視鏡検査~本番~

 ケツ論から言うと、何もかもが杞憂に終わったのであった。

 いやぁ~、実に快適な検査であった。

 ★検査までのスケジュール★
 ①検査の2、3日前からワカメやヒジキなど、消化されにくくおなかに残りやすい食物の摂取を控える。
 ②検査の前日は早めに夕食を済ませて夜8時以降は固形物の飲食は避ける。ただし水・お茶・スポーツドリンクは多めに飲んでおく。
 ③8~9時までに下剤(錠剤2粒)を服用。

 ★検査当日のスケジュール★
 ①朝8:30頃来院。
 ②検査予約票および(ポリープが見つかった場合の)手術同意書を提出。
 ③2階にある、「広くゆったりした洗面所つきトイレ&テレビ&クロゼット&ドアに鍵つきの超清潔な個室」に移動。
 ④90分~120分かけて腸内を洗浄する液薬2Lを自分のペースで飲みながら待機。
 ⑤デトックス効果により、排出されるものから固形物がすっかりなくなり黄色い透明な液体になったのを確認後ナースコール。
 ⑥検査衣(ローブ&肛門部穴開き黒色不織布パンツ)に着替える。
 ⑦浣腸⇒内視鏡を入りやすくするための液薬(筋肉弛緩剤?)を注入。直腸いっぱいに薬が溜まった時点でストップ。あとはすべて排出して可。

 ★検査★
 ①オペ室に移動。貴重品入れの鍵、眼鏡等、金属類はすべて預かってもらう。
 ②脱水&苦痛回避のための点滴開始。
 ③痛がり屋の私はさらに軽い麻酔を点滴に追加投与。心地よく目が回るも意識はちゃんと有り。
 ④内視鏡検査スタート。
 ⑤普段は出口専門の入口でチューブが動くのが何となく解る程度。
 ⑥大腸の曲がり角でおなかが張る感じがしたら腹式呼吸をしてやり過ごすように言われていたが、腹式呼吸を始める前に楽々通過。
 ⑦2、3回身体の向きを変える(横臥⇒仰向け、再び横臥)ことに協力。
 ⑧「終了です」と言われたがだるい。「そのまましばらく休んでください」と言われ、嬉しそうに惰眠をむさぼる。

 ★検査後★
 ①小一時間うつらうつらとしてから自力で覚醒。
 ②洋服に着替えて待合室へ移動。
 ③名前を呼ばれて診察室へ移動。
 ④内視鏡が捉えた画像を6~8枚見せてもらう。

  「ここが大腸の入口ですね」
  黄土色とベージュ色の中間色をした、クラインの壺──襞のある太いホースの内部画像を次々指差しながら先生が説明していく。
 葉脈のように広がった血管が透けて見えている。かなり鮮明な画像である。
  「それから直線部・・・きれいですね、ココが最初の曲がり角・・・気になるようなものは見つかりませんでした。次また直線部に行って、再び曲がり角・・・つぶさに見ていきましたが、ポリープは一つもありませんでした、大丈夫です」
  「ホントですか!?」
  「ええ、どこも悪いところはありませんでした」

 そんなバカな・・・。先生の顔と目の前に展示されている自分の大腸。何度見てもそこに「嘘」とは書いていない。
  「では、便が痩せるのは、大腸下垂などが原因なのでしょうか」
  先生は一瞬、『なんでこの人はこういうことを言うのだろう?』という表情──困惑しつつ笑いを噛みしめているような表情を浮かべた。
  「いえ・・・そういうことではなく、今はコレステロールの薬を服用中ということですが、普通にはなっていくと思いますよ──」
  先生はどうもうまく言葉に出来ない様子だ。まるで糞詰まりのようにスッキリしない言い方をする。
 要するに、努力すればアナタにだって、バナナみたいな作品を生み出せるはずなんです、ということらしい。

 でも先生、それはきっと間違いです。やっぱり私は妖精なのだと思います。妖精なので妖精みたいに華奢なもんしか生み落とせないんです、きっと。

 それにしても、あぁ、良かった。にわかには信じられないくらい心配していたのだ。
 ポリープどころか、内視鏡の手には負えないくらいの良からぬものが発見され、目の前のグロテスクな画像に思わず目を覆う自分を想像していた。悪玉コレステロールの数値が高くなったのだって、大腸内で良からぬものが増殖し、そいつらの吐き出す毒素が原因なのではないかと思ったほどだ。
 検査の数日前の朝、目覚ましを止めて二度寝していたムスコを起こしにいったとき、
 「もっとしっかりしてよ。いつまでもママを頼ってばかりはいられないんだからね」
 そう叱りながら、目の奥で泣いていた、ダーク・ブルーな私だったのだ。
 職場の人たちにも大腸内視鏡検査を受ける話をして、ことによったらこうしてみんなに会えるのも今日が最後かもしれない──そんなことまで感じていたのだ。

 検査前日の晩に服用した下剤はおなかが痛くなることもなく穏やかなものだった。
 当日飲んだ2Lの液薬も、味は海水を薄めたようでまずくて気持ち悪くなりかけたけど、「強力な下剤」という説明のわりにはさほどの苦痛もなく済んだ。
 久しぶりにNHK教育テレビで幼児番組を見ながら、快適にのんびり過ごすことができた。

 検査直前はさすがに未知の領域だったのでかなりビビッたが、横になると同時に始まった点滴のおかげでうつらうつらと夢見心地で受けることができた。点滴するための注射針さえ痛くはなかった。
 先生はもちろん、看護師さんの腕も確かなものだった。年間2000件を超える内視鏡検査を実施している経験豊富な先生は、おそらくゲーセンのマリオカートで対戦したらダントツ一位だろう。
 人一倍痛みに弱い私が無痛で受けられた。コチラのクリニックの内視鏡検査なら、自信をもってお勧めできる。

 おかげで私は今絶好腸なんである。
 腸だけ、腸だけ。花粉症でかなりマイッテマス・・・。

 
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by vitaminminc | 2009-03-27 00:39 | Comments(2)

 テレビを見ていたら、40代女性の大腸癌が急増している実態に密着取材していた。
 単に検査を受ける人口が増えているからという見方もできるが、すっかり欧米化した食事内容や昨今問題になっている‘食の安全性’を考えると、「やっぱりな」という感想である。

 番組の特集を見終わる頃にはすっかりブルーになってしまった。というのも、数年前から大腸のことがずーっと気になっていたからである。

 食事中の人にはたいへん申し訳ないのだが(ダレが食事をしながらコレを見るかいな)、5、6年前から便が痩せてきた。食事量が減ったわけではない(←減らせョ)。にもかかわらず、身が細る代わりに排出物が痩せてきたのである。

 2、3年前には飼い猫眠眠のブツよりもずっと細くなり、今では妖精の落とし物かと見まごうくらい華奢なブツ。そう、あなたが噛んだ小指よりも更に細い便柱なのだ。

 むろん私もバカではないので、コレが正常だなどとは思っちゃいない。それでもこうして何年も見てみぬふりを通してきたのは、年に一度の主婦検診で、「この範囲では異常は認められませんでした」という結果を手に入れていたからである。
 早い話が、大腸異常の有無を調べる採便検査では、潜血が検出されなかったわけだ。だからといって妖精の落し物を排出し続けるわが身を放置していてよいのだろうか。いや、よくはないだろう。
 放置理由は、採便ではなく直接腸内を調べてもらう検査に恐怖心と羞恥心を抱いていたからにほかならない。あぁ、やっぱり私はバカだ。バカすぎる・・・。

 そこで、希望的観測に基づき原因を探ってみた。
 悪性腫瘍が腸管を細くしているのだとしたら、年齢的に進行が遅すぎはしないか?──まあ腸年齢が70代、80代なのだと言われれば泣き笑いするしかないが。

 ★楽天的考え①⇒大腸下垂かも?
             年齢と共に腹筋が衰えて腸が骨盤内に落ち込んで直腸まで圧迫しているとか。比較的身体
             が細くてお尻が小さい人に多いといわれているところなんか私にピッタリ(←超勘違い)。

 ★楽天的考え②⇒外痔核かも?  
             便の出口が痔で塞がれているから便が細くなるという単純な理屈。注射による治療や手術に          
             よる除去が必要にはなるだろうが、癌よりどんだけマシか。

 考えても始まらない。先日、無痛大腸内視鏡検査で人気の病院を調べて予約を入れてみたら、1ヵ月待ちと言われた。
 思い立ったが吉日。今朝むやみやたらと「1ヵ月も待てない気分」になり、病院の調べ直しをした。
 「無痛」⇒「苦痛の少ない」まで譲歩し、検索すること1時間。ちょうど本日土曜日も診察しているクリニックが見つかったので、検査予約云々よりも直に足を運んでみることにした。

 11時半頃に胃腸科肛門科クリニックに到着。なんと待合室には誰もいない。評判の悪い病院に来てしまったのだろうか。1人だけだったがネットの口コミ情報で褒めていたが、ありゃ病院関係者のサクラだったのか?

 不安を抱えつつ問診票に記入。
 名前を呼ばれて診察室に入ると、そこには左ストレートの代わりに左脳を鍛え眼鏡をかけた内藤大助が座っていた。20代後半~30代前半の、やさしそうな雰囲気の男性医師である。

 先生には、「喩えるのも嫌なんですが」と前置きをしてから「糸こんにゃくのように細い」ブツについて説明した。
 「便の検査では潜血なし、と──」
 先生はキーを叩きながら、電子カルテに私の諸症状を入力すると、努めてさりげなく言った。
 「──では、おなかとオシリを診察しますね」

 ひえぇぇッ! そういう展開!?  叫びたいのを呑み込んで、診察台の上に上がった。
 「おなかを出して、膝は軽く曲げてください」
 看護師の指示に従い、上着をまくって仰向けで待つ。
 カーテンを開けて内藤先生登場。
 触診のあと、おなかのあちこちに聴診器を当て終え、内藤先生退場。
 「今度はオシリを出した状態で横向きに寝て、膝を抱えて‘く’の字になってお待ちください」と看護師。
 カーテンを開けて内藤先生登場。
 「少し‘中’を見ますからね、痛かったら言ってください」
 「(ひぃ~~~ん)・・・・」
 「大丈夫ですか?」
 「はぃ、我慢できます(ひぃ~~~ん)・・・・」
 「今度は少し冷たいものが入りますよ」
 何やら冷たいものを挿入し、中で360度ゆっくり回してからゆっくり抜き取り、内藤先生退場。
 「オシリを拭きますから、そのまま動かないでください」と看護師がペーパーで私のオシリを拭った。

 おなかとオシリをしまってからカーテンを開き、先程の診察の椅子に腰掛けた。
 「肛門は特に問題ないですね」と先生が説明を始めた。「痔と言えなくもない部分も一ヵ所あるにはありましたが、全体に肛門はキレイな状態です」

 ほっとして喜んでいる場合じゃない。確認せねばッ!

 「すると、便が細くなる原因としてはどんなことが考えられますか?」

 ありがたいことに先生は努めてではなくごく自然に即答した。
 「そうですね、肛門はキレイでしたが、大腸内視鏡検査は一度受けておくと安心できますからね。原因は検査の結果で、ということになりますね」
 そして、人懐こい柔和な笑顔で、
 「受ける前から心配することはないですからね」と付け加えてくれた。

 流行らない医者でもいいや、この先生ならと覚悟を決め、検査の予約をした。
 「万が一に備えて、できるだけ早い日でお願いしますッ」
 「それでは──3月24日の朝、8時半に来れますか?」
 「はい、お願いしますッ」

 このあと、消毒液にかぶれやすい局所の持ち主であること、痛みに異常に弱く、痛いのを我慢すると血圧が急上昇してアブナイ体質であることを強調し、検査当日はアルコール性の消毒薬は使わないことと鎮痛剤の点滴を受けながらトロ~ンとした意識状態で内視鏡検査をすることを約束してもらった。

 診察室を出る際、ドアを思い切り押したり引いたりしていると、先生に「それは引き戸です、ふッ」と笑われた。

 待合室に戻ると、さっきは1人も座っていなかったソファーに8人ほどの患者が待っていた。そうか、ココは内科や整形外科とは違うんだ。胃腸科肛門科クリニックというのは、予約を入れてから受診または検査する人が大半なのかもしれない。
 
 閑古鳥疑惑を払拭するかのように、外は春の嵐が吹き荒れていた。南風に追い立てられた雨が、バラバラと傘に当たる。
 そうか。クリニックに着いた時、患者の姿がなかったのは、この悪天候のせいだったんだな。
 
 検査はこれからなのに、受診しただけで気が楽になった。
 なんだか雨がじゃれついているようで、駅までの道のりが楽しく感じられた。
 
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by vitaminminc | 2009-03-14 15:49 | Comments(4)

「お薬を出しましょう」

 脂質代謝検査     <基準値>    <みんこ/3ヵ月前>   <みんこ/今回>

 総コレステロール    140~199         276            317
 
  中性脂肪        30~149          42            163

 LDLコレステロール   60~119          226             210 


(ーー;)・・・この3ヵ月間の私の努力は何だったのか。
 厳冬期、土砂のように雨が降ろーがチラ雪が舞おーが、三日坊主がセミロングになるくらいは頑張って歩いたというのに、この結果は一体何なのか。

 「う~~~ん、全体的に増えてしまっていますね」と女医は眉を寄せるようにして私のデータを睨んだまま言った。「確かお母さまもコレステロール値が高いんでしたよね?」

 「ええ、母も別に肥っているわけではないんですけど・・・」

 「となると、やはり体質ということになりますから、薬でコントロールしていくしかないですね」

 コレステロールを薬でコントロールか。

 「初めですので比較的副作用の少ない、弱いものを2週間分出して様子をみていきましょう。もしも身体に合わないと感じた場合は服用を中止して2週間待たずに受診してください」

 「はぃ・・・」

 処方されたのは、「ゼチーア」というごく小さな錠剤。高脂血症の薬である。この白い小さな楕円形の錠剤を一日1粒飲む。

 とうとう薬の世話になろうとは。もしかしたら、劇的に体質が改善しない限り、一生死ぬまで飲み続けなくてはならないのだろうか。夏以外ほぼ毎日飲んでいる花粉症の薬もそうだけど、副作用が心配。

 ま、数値的には何の効果もなかったけれど、健康のために歩くことは続けようと思う。いや、歩いていたにも関わらずこんなに数値が高いということは、歩いていなかったら心筋梗塞か動脈硬化を引き起こして、今頃は病院のベッドの上だったかもしれない。おぉ怖い・・・。

 ついでに言っておくと、先日市の健康診断に申し込みをしておいた。

 乳がん検診(X線)と骨粗鬆症検査の2項目だ。
 勤務先の人に話したら、
 「骨粗鬆症はいくらなんでもまだ早いんじゃないですかぁ?」と笑われたが、対象は40歳~70歳までなんである。私は早熟なところがあるので(老化が早いとは言えねえ)、早め早めに対策を打っておく必要があるんである。

 出来たら骨密度だけじゃなく脳密度も測って欲しいくらいなのだが、コチラは結果がおそろし過ぎてたとえあったとしても受けに行けないかもである。

 今朝も病院に行く前、
 「私のバッグを見なかった?」とムスメに聞いたら、
 「ママの肩にかかってる」と教えられたばかりである。

 認知症の特効薬は、まだ開発されんのか!?
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by vitaminminc | 2009-03-10 23:54 | Comments(4)

ぼんくらな休日

 私の左腕の肘内側を消毒しながら看護師が言った。
 「頑張って歩いてるんですってね」
 「はい。1日に合計で1時間だけですけど」
 私の左腕の肘内側に注射針を刺しなが看護師は言う。
 「1時間でも毎日続けることが大切ですもんね。ハイ、ココ自分でしばらく押さえてて」
 私は注射針が抜かれたあとを指示通り脱脂綿で押さえながら言った。
 「歩くのが苦じゃなくなってきたから、先日も車に乗って買い物に出た帰り、駐車場に車を置き忘れて歩いて家に帰って来ちゃったんですョ」
 「あら~!」とベテラン看護師は笑った。「いっぱい買い物をして、帰り荷物になるからってわざわざ車で出かけたのに?」
 
 車を店の駐車場に置き去りにして帰ってきたという事件は、今回で二度目である。
 一度目は、単純に買い物目的で車を出し、ブーブを忘れて歩いて帰ってきた。
 二度目は朝寝坊をしたから。歩いて会社まで行ったら絶対間に合わない。そこで途中にあるスーパーまで車で行って、店の駐車場に車を停めて出社した。
 でも仕事を終えるまでには車のことなどきれいさっぱり忘れていた。帰りにそのスーパーに寄って、買い物までしたというのに。
 家まで結構な距離を歩いて帰って、車のない光景を見ても何も感じなかった。玄関ドアを開けてくれたムスコに、
 「奥さん、車は?」と聞かれてはじめて気がついたのだから、車のない庭を見た瞬間「あちゃ~!」と嘆いた一度目よりかなり重症である。


 「結局、ダイエットに成功したのは脳味噌だけみたいです」

 「ぶっ!」
 緑字の真実を省略して感想を述べると、さっきまで問診していた女医がカーテンの向こうで噴き出した。

 悪玉コレステロール値が高いということで病院を訪れてから3ヵ月。本日は仕事の休みを利用して、血液検査を受けに来た。
 若い女医が聞く。
 「この3ヵ月間をどのように過ごしましたか?」
 「日に1時間程度のウォーキングと、脂っこい食事は極力控えるようにしました」
 「卵は?」
 「週に1個食べるか食べないかです」
 「体重に変化はありましたか?」
 「全然ないです」
 女医の口角がクイッと上がる。とてもチャーミングだ。何もかもお見通しに違いない。
 「検査の結果は3日もすれば出ますけど、(他の医師ではなく)私が診るのがいいでしょう」と女医は言った。
 「私は毎週火曜日に居ますから、また来週の火曜にでも来てください。ではそちらで採血を──」ということでふりだしに戻るというわけだ。

 私の哀しい脳味噌ダイエットの話に相好を崩したベテラン看護師に見送られ、病院をあとにした。

 病院の帰りに洋菓子店で雛ケーキを買うと、自動車整備工場に車を乗り入れた。車検に出すためだ。
 整備工場の社長に車のキーを預けて代車を借りた。
 社長は甘党だったのだろうか。鍵を受け取りながらも、目は私が手にしていたケーキの箱にロック・オンされていた。

 ふだんと違う車。運転が楽しくて仕方ない。本屋に寄ったり、ホームセンターに寄ったり。街中をくるくる走りまわった。

 家に着いたのは、13時近く。お腹が空いた。採血のため朝食を抜いていたのだ。
 庭にバックで車を入れていると、ちょうどムスメが帰ってきた。学年末考査の最中で、帰宅が早いのだ。
 車から降りて、ムスメに家の鍵を渡そうとして気づいた。
 「ない!!」
 「鍵ならあるよ」とムスメが自分の鍵を取り出しながら言った。
 「いや、そうじゃなくて、車の鍵を預けるときに、家の鍵をつけたままキー・ホルダーごと預けて来ちゃった!」

 自動車整備工場に家の鍵を引き取りに行った。再び代車に乗り込む私に、事務所から社長の母上まで出て来て、丁寧に頭を下げられた。
 
 覚えていますか、おカミさん。私はお宅を通じてカー・オーディオを買い換えた直後、
 「CDを入れても音が出ないんです~」と修理を依頼した、あの時のおバカな顧客です。
 そう、カー・オーディオと車体とのわずかな「隙間」にCDを差し込んだところで、鳴るのはてめえの腹の虫。
不良品の濡れ衣を着せられた機器の上に、まぬけな様子で載っているCDを見たとき、
 「もう二度とココへは来れまい・・・」
 と思いながらも、こうしてやってまいりました。同じ日に二度もタイヤを運んだ私は、あの日と同じように手厚く見送っていただいておりやす。

 ぼんくらな私のぼんくらな休日は、こんなふうにへいへいぼんぼん頭くらくらと過ぎていくのであった。
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by vitaminminc | 2009-03-03 17:21 | Comments(5)

「名作」に迷わされた日

 ムスメが私に言う。
 「奥さ~ん、コレ意味通じる? ちょっと聞いてみて。
 ──で、またそれが今来たらどうかと思ってみて、なおかつ、あまり変わらない自分であろうと思うと「あるがまま」で、気分で願うところが、そう実際にすぐは影響はしないものに相違ない、しかも両方が本当で、影響した場合は、それでよく、しない場合でも、それでいいのだと思った。──意味通じた?」 
 
 ‘で、’って何だ、‘で、’はないだろう。もう少しマシな接続詞を使えんのか。
 「意味わかんない。直訳しないで、ちゃんと日本語になるように訳しなよ」
 私が難癖をつけると、ムスメはハハハと笑ってこう言った。
 「別に英文和訳をしたわけじゃないよ。これもともと日本文だよ。しかも文学作品ですよ、奥さん」
 「嘘をつけ」
 「ほら、国語の教科書に載ってる。ダラダラ長いけど、これ一文なんだよ」
 ムスメ(高1)が差し出す国語総合の教科書を覗き込むと、そこには確かにムスメが音読したとおりの文が載っていた。転記ミスではない。一語一句ありのまま。
 なんとこの下手糞な日本文、志賀直哉の「城の崎にて」の引用であった。

 深呼吸をして、もう一度大マジメに読んでみる。

 ──で、またそれが今来たらどうかと思ってみて、なおかつ、あまり変わらない自分であろうと思うと「あるがまま」で、気分で願うところが、そう実際にすぐは影響はしないものに相違ない、しかも両方が本当で、影響した場合は、それでよく、しない場合でも、それでいいのだと思った。──

 ムスメの顔を見て、問う。
 「ママは頭がおかしくなったのかな。それともこの文が・・・」
 「文のほうでしょう」とムスメは言った。「国語の先生も言ってたもん。‘名作と言われてますけど、先生の率直な感想は『つまらない』でした’って」
 「いや、つまるつまらない以前に、文脈がひど・・・」
 「だよね~?」とムスメ。「これ読んでると頭が狂いそうになる」

 ムスメが抜粋した一際難解な箇所以外にも目を通してみた。クエスチョン・マークしか浮かんでこなかった。

 「ごめん、わからないや。これのどこが名作なのか、ママには理解できない」

 私同様「この作品のドコが名作なのか」と疑念を抱いたムスメ、すでにネットで調べて自分なりに答えを見つけ出していた。

 「城の崎にて」を明快に読み砕き、我々母娘の疑念に解りやすく応えてくれたブログ「Blog ことば・言葉・コトバ」の中で、筆者は言い切る。
 「城の崎にて」には感動がない。そして、この作品が志賀直哉の代表作とされる常識に不満を覚えると結んでいる。

 まったく同感だ。

 授業で教わったところによれば、教科書に載っている「城の崎にて」の文中のデカ文字「それ」と「両方」は、それぞれ下記のような意味を成す(らしい)。
  
 「それ」・・・死に直面したとき
 「両方」・・・「静かに死にたい」という気持ちが、死に方に影響する場合と影響しない場合。
        実際の局面では、願いどおりになるものではないが、あるがままに静かに死を
        迎えたいというのが作者・志賀直哉の本音であろう。

 「何が‘静かに死を迎えたい’だ、バカヤロー」
 私は当時34才だった志賀直哉に毒づいた。

 「城の崎にて」のテーマは「生と死」。そのモチーフの一つ「イモリ」に関するエピソードを読むと、小動物殺しがエスカレートして、やがて対象が人へと発展していく猟奇的殺人を連想してしまい、胸が悪くなる。
 作中の「自分」(=直哉自身)は、イモリを驚かそうとして、イモリよりデカイ石を水に投じる。そうして殺しておきながら、ねちっこく自分を正当化する。
 
 ──自分はしゃがんだまま、わきの小まりほどの石を取り上げ、それを投げてやった。自分は別にいもりをねらわなかった。ねらってもとても当たらないほど、ねらって投げることの下手な自分はそれが当たるなどとは全く考えなかった。(中略)その気がまったくないのに殺してしまったのは自分に妙な嫌な気をさした。もとより自分のしたことではあったが如何にも偶然だった。いもりにとっては全く不意な死であった。──

 ヤモリもイモリも好きな私は、教科書を読みながらムカムカした。
 「嫌なヤローだ」

 「Blog ことば・言葉・コトバ」の筆者が、志賀直哉といえば「城の崎にて」とされる常識に不満を感じたの同じように、私はこの作品が高校生の教科書で取り上げられたことが物凄く不満だ。
 感動を覚えないどころか、若い人たちの読書離れを助長する「有害図書」ではないかとさえ思う。
 自己中心的で読者置き去り。奥が深いというよりは文脈の乱れにより難解。まるで出口のない精神病棟を彷徨うようなこの小説から、一体何を学べというのか。

 おかげでムスメは学校の授業に関する限り「古文」の方がずっと面白いと言う。読者にとっては必ずしも小説が書かれた「時代」が障害になるわけではない。いつの世の読み手にも感動を与えられる、そういう作品が本当の名作だと思う。

 例えば、鴨長明の「方丈記」。
 ──ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。──

 あぁ、水の流れにも似た美しい名文。私の目は笹舟となり、ゆく河の流れに乗り、気持ちよく文字を追って旅することが出来る。読み直さずとも、すんなりと頭に入ってくる。
 しかし「城の崎にて」は、私にとっては河の淀み。枯葉となった私は、同じところをくるくる虚しく回るだけだ。

 浅田次郎の小説が流暢で読みやすいのは、作家が自分の書いた文章を何度も何度も音読しているからだと聞いた。あれほどの作家であっても、声に出して読むことによって、自身の文章を切磋琢磨しているのだ。手で掬い取ったドロの塊(言葉)を、集めて固めて撫でまわして、玉のような泥団子(文章)に仕上げているのだ。
 志賀直哉は、はたして「城の崎にて」を自ら読み返し、納得した上で発表したのだろうか。そのへんが不思議でたまらない。

 また、ムスコの塾で使用している国語の教材では、たびたび重松清の小説が引用される。ムスコはもともと重松清の小説が好きなので、馴染みの一節が問題に出たりすると大喜びだ。文章題に使われている重松清の小説は、そのほんの一部分を読んだだけでも十分魅力が伝わってくる。本好きな子なら原作を読んでみたくもなるだろう。
 
 学校の教科書には、生徒にプラスになるような作品を採用してもらいたい。感動するしないは別として、せめて日本アルプス並みに美しい文脈で書かれているとか。少なくとも教える側が「つまらない」と感じるような小説は選んで欲しくない。
 あ~ぁ、ムスメの教科書を覗き込んで、ここまでケチをつけることになろうとは。それも、日本文学史に名を連ねる志賀直哉の作品に対して。愛すべきイモリやヤモリがクソミソに扱われたことを恨んでいるのだろうか、私は。

 でもやっぱり「城の崎にて」は名作ではない。ホント、迷作だと思う。言い切っちゃうよ、今回は。
 
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by vitaminminc | 2009-03-02 20:10 | Comments(0)

日々の暮らしに「ん?」を発見
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