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 私は今やコーネンキーズの代表メンバーである。

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5月に入ってからは、毎朝保温用弁当バッグに凍らせた保冷剤を数個忍ばせ家を出る。そして国道17号線の信号待ちで、まずは1個目の保冷剤を取り出し首に押し当てる。残り30%の道中、頚動脈を急冷しながら歩き、全然冷房の効いていないクソ暑い事務所に入る。

30分以上せかせか足を運んでの徒歩通勤。イスに座るなり左団扇に右保冷。本人が死にそうに暑いのだから、傍で見ていてもかなり暑苦しいに違いない。

b0080718_13533189.gif私をこんな目にあわせている犯人は、エストロゲンというホルモンの減少──これが原因らしい。
更年期の症状の1つ、ホットフラッシュと呼ばれるのぼせに悩まされている。

ホットフラッシュというのはイヤ~なヤローで、何の理由もなく突然首から上がクワーーーーッという具合に熱くなる。個人差はあるようだが、私の場合、
顔から温泉が湧き出ましたふうなのだ。

 もしも今の仕事をクビになったら、転職に苦労するのは目に見えている。飲食系は絶対に無理だ。料理に汗が滴り落ちるたび、客に怒鳴られ店長に怒鳴られ・・・。
 販売も無理だろう。客に商品の説明をしながら大汗をかく販売員・・・説得力がないというより怪しすぎる。
 成績の棒グラフが棒に見えないまま、クビになる日も近いだろう。

 そんな私なので、汗拭きタオルは必需品。出掛けに噴出的発作に見舞われると忘れようもないが、発作がおさまっていると、これがまた面白いように忘れる。
 発作さえ起こらなければ涼しい日は人並みに涼しさを感じるため、ついバッグに入れ忘れてしまうのである。小学校の持ち物検査でも、若いミソラだった日々も、決してハンカチを忘れることなどなかったこの私がッ。

 その日も、17号の交差点でバッグに手を入れ、タオルがないことに気づいた。ハンカチでは事足りないので、去年あたりからは冬でもハンドタオルを持ち歩いている。それほどの必需品だというのに平気で忘れられる自分を呪いながら、顔面温泉郷と化して事務所に辿り着いた。

 私はマジメ人間である。誰にも見られることなく給湯コーナーの備品を漁ることができるのは、毎朝早めの出勤を欠かすことがないからだ。
 前に忘れたときは、洗面棚からお手拭用タオルの控えを借りて使った。だが、あれはイケナイ。浴用タオルなのでデカすぎて、途中から首にかけるしかなく、気づいたらオッサン・モードになっていた。
 
 そこでその日は、苦し紛れに台ふきんを借りることにした。サイズだけならハンドタオルとほぼ同じ。手ごろな大きさである。
 黙って使っていれば誰にもバレずに済んだハズなのだが、あいにく私には悪い癖がある。カミングアウターで、こと自虐ネタに関しては5分と黙っていられない。

 頬に台ふきんタオルを押し当てながら、横の同僚に話しかけた。
 「このホテル仕様のハンドタオルだけど・・・」
 「?」
 「どこのだと思う?」
 「?」
 「あそこ・・・」
 もう、自分でウケてしまって言葉にできない(←激バカ)。震える指先で、給湯コーナーの方を差し示す。
 同僚は私の手元のタオル──①手拭いから格下げとなった浴用タオルをハサミで半分に切っただけの、②ほつれた繊維で片端だけフリンジのようにビロビロしている、③茶渋で黄ばんだ元は白かったハズのタオル──を見るなり、
 ヱ゛!?と赤サビのような声を発し笑いつぶれた。

 台ふきんで顔を拭く女。人としてどうでしょう。
 流れる汗もそのままに仕事に精出すか、台ふきんであろうと顔の汗を拭うか。私は後者を選んだ。その台ふきんが、見てくれはどうであれ、一応お茶当番の人がキッチンハイターで消毒し、洗って仕舞っておくものだったからだ。

b0080718_13544216.gifもちろんマジメ人間の私のことである。
拝借したタオルはすべて家に持ち帰り、
ワイドハイター⇒アタック⇒ファブリーズを施した後、洗面棚に返却している。

つい最近は、バッグに入れた保冷剤とハンドタオルの確認に全神経を注ぐあまり、もっと重要で大切であるハズの社員証を入れ忘れて出勤した。

神さま、どうか一日も早く顔面の温泉が枯れますように・・・emoticon-0141-whew.gif
by vitaminminc | 2009-05-28 14:10 | Comments(11)

1冊だけのコレクション

 世の中にはいろんなコレクターがいる。
 私も小学生の頃はちょっとしたケシゴム収集家だったし、10代後半から20代前半にかけては店のマッチ(←嫌煙家のくせに)を集めてもいた。
 どれも諸事情により長続きしなかったが、たった1つだけ、コレに執心していたら自分の人生変わっていたかもしれないと思うコレクションがある。
 「コレをやっていたら」という逃げ口上からもわかるとおり、やっていたこともなければこれからやろうというのでもない。
 やるからには常に世の中に対してアンテナを立てておく必要があり、それなりに根気と根性が要るからだ。3日に1度は世捨て人のようになって、新聞に目を通すことすら億劫になる私には到底続きっこない。
 その、人生をも変える力を持つコレクションとは何か。それは、
 雑誌の創刊号コレクション
である。

 なぜか? 創刊号(に限って)は、文句なく面白いから。編集スタッフの血と汗と涙(←徹夜続きによるあくびのし過ぎ)で練りに練られたピザ生地(←記事ともいう)に、情報という名のあらゆるトッピングがてんこ盛り。おいしくないわけがない。
 競争の激しいこの世界、1つの雑誌が生き残れるか否かは、創刊号がどれだけ売れるか否かに掛かっている。平積された数ある雑誌の中で、ひと際異彩を放ち(表紙)、手にとってもらえたらシメたもの。あとは、
 「ん? これは・・・立ち読みするより家に帰ってじっくり読もうか」
 と思わせるような、凝りに凝った思わせぶりでソソる目次でがんじがらめにすればいいのだ。

 実は、私の宝物の1つにもなっているのが、朝日出版社の1981年7月創刊号「MON NONCLE」。
 「モノンクル」というのはフランス語で「ぼくのおじさん」という意味で、‘伊丹十三責任編集’の月刊誌だった。
 当時私は伊丹十三の作品が大好きだったこともあり、飛びつくように買いに走った。
 それはまさに、目から鱗の新感覚テイストの月刊誌だった。

 表紙は、頬杖をついて静かに笑う伊丹十三の小さな写真と、
 「ちょっとこっちへ
 おいでよ
 君の心について
 話そうよ」
 
 おじさんは静かにいった──

 というでか文字のキャッチ・コピー。

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表紙をめくると、1ページ目にいきなりニューヨーク市警本部の「犯行手順並びに身元報告書」の調書のフォーマットが。なんじゃこりゃ。


 オジサンの部屋パート1<人生相談>は、↓↓↓こんな相談内容。

 「おたずねします。マスターベーションは同性愛でしょうか、異性愛でしょうか、自分相手だから同性愛のようにも思えるし、異性をイメージして行うから異性愛のようにも思えるのですが」
 これに対して、伊丹十三+岸田秀+福島章の3人のおじさんが、上品と下品の狭間であーだこ-だと対談する。異性愛か同性愛かで結論が出ず、
 「弱りましたね」なんて言ってるうちに、途中から伊丹十三が、
 「マスターベーションと女とどっちがいいか、というアプローチはどうですか?」
 などと勝手に問題を挿げ替える。すると岸田秀も嬉々として、
 「──それに、ホラ、ノサカ・アキユキさんがそういってるじゃないですか、マスターベーションのほうが女よりいいって」
 などと同調。話題はどんどん際どい方向へと進んでいく。
 「それにしても質問者は、なんでこんな質問を考えたんだろう(笑)」と福島秀が箸休めをした後は、タクシーに乗って運転手にゾンザイな態度をとられるとカッとなるという話から、いまだに試験に苦しむ夢を見るのはなぜか、とか遅刻常習犯なのは性格に問題があるのか?といったものまで、心理学の領域へと突入していく。
 オジサン版井戸端会議は、エスプリが利いていてなかなかおもしろい。
 
 そして何よりも斬新だったのが、三次元空間に読者をいざなう寺山修司の「びっくり!東京案内!」。
 内容は↓↓↓こんな感じ。

 ・第1回目は予告篇です。
  見知らぬ人同士がこのページを通して出会い、言葉をかわしあう。
  東京が、そのための舞台装置になる。雑誌のかたちをかりた「市街劇場」。
  その仲介をするためにやってきた、ぼくの伯父さん!
  そうだ、これは実用的人生処方薬局なのだ。

 ・ある日見知らぬ人から、あなたに手紙がやってくる。たとえば、『日曜日に日比谷公園の入口から四つ目のベンチで、あなたを待っている孤独な男、それがわたしです』という手紙が来たら、その通りにしてみて下さい。きっと何かドラマがはじまる。
・これは、「書簡演劇」の試みです。もし、参加したいと思ったら、「書簡演劇参加希望」と書いて住所明記の上、お申し込み下さい。次の日から、郵便ポストをのぞくのが楽しみになるでしょう。(どんなドラマを希望かも書いて下さい。たとえば、毎日が平凡で退屈しているから、ショックがほしい、とか、夫婦ゲンカが絶えないので、その通りに会話したら仲良くなれる台詞を郵送してほしい、とか)──以下略。

 この企画では、実際に読者が参加して、それぞれの人生を処方してもらったようである。

 広告ページが少ない割に内容が盛りだくさんで、とても読み応えがあった。読者層を絞り込まなかったことが敗因なのか、はたまたマニアックすぎる内容が裏目に出たのか? 1年もたなかったようだ。

 その後もたびたび雑誌の創刊号を買っては読んだ。どの雑誌も当然創刊号には力を入れているので、裏切られたことはない。だから、雑誌の創刊号だけを収集して読んだらどんなに楽しいだろうと思う。
 今でもテレビコマーシャルの「創刊号のみ190円」という安価に惹かれてたまに買って読んだりするが、「MON ONCLE」創刊号で受けた静かな衝撃を超える雑誌には、いまだめぐり合っていない。というより主婦になってからというもの、足しげく本屋に立ち寄る機会がなくなってしまった。さみしい限りだ。うちの隣が本屋ならよかったのに。

 「ちょっとこっちへおいでよ」──すっかり日に焼けて茶っぽくなった「MON ONCLE」の表紙で、伊丹十三が静かに笑っている。
 いや、そっちへは行きたくないです。オジサン、なんで自分を殺しちゃったの?
 今から28年前の6月はじめ。二十歳の私は、大好きだった伊丹おじさんの、
 「ちょっとこっちへおいでよ」
 という言葉に頷くように、初夏の通りを本屋へと急いだのだった。 
by vitaminminc | 2009-05-27 20:07 | Comments(2)

オタマジャク詞

──一番はじめにその詞(コトバ)を知ったのは、たぶんこの曲。 

 emoticon-0159-music.gifWont you 俺の肩を 抱きしめてくれ

   生き急いだ男の

   夢を憐れんで   
                    「スローなブギにしてくれ」/唄:南佳孝 1981年

 

──音符と相性のよい詞。メロディーに乗っけたくなる詞なのか。



 emoticon-0159-music.gif淋しくて 淋しくて 君のこと 想うよ

   離れても 胸の奥の 友達でいさせて
 
   僕が生き急ぐときには そっと たしなめておくれよ   
                     「Hello, my friend」/松任谷由美 1994年


──不思議だ。21世紀に入ってからも。


 emoticon-0159-music.gif生き急ぐぼくらの鼓動

   生まれたかった思いを 望みを

   吐き出す痛みと ハンカチーフ

   それだけが残ったんだな

   きみのことを忘れたかった
             「ハートビート」/GOING UNDER GROUND 2003年


 emoticon-0159-music.gif雨に打たれながら 

   風に吹かれながらも

   霞んでく答えを 掴むまでは

   生き急ぐことはない

   生き急ぐことはない・・・
                       「雨の中で」/AUDIO RULEZ 2004年


 emoticon-0159-music.gif生き急ぐ人達

   くぐり抜けて家路につく

   迎え入れる先は

   無言の箱 冷えた空気
                               「Glitter」/柴咲コウ 2005年

 
b0080718_11501547.jpg 生き急ぐという詞が持つイメージの最たるものとしては、Bonnie and Clyde のような生き方が脳裏に浮かぶ。
ボニーとクライドといえばご存じのように、世界恐慌時代(1930年代)に実在した銀行ギャングである。
彼らの出会いから死までを描いたアメリカン・ニュー・シネマ『俺たちに明日はない』(67年)のラスト・シーンは、「死のダンス」とも呼ばれ、あまりにも有名。車の中に座ったまま、警察の一斉射撃による銃弾を87発も浴び、踊るように絶命するのである。

 
 ここまで破滅的だと生き急いでいるのか死に急いでいるのかわからなくなってしまう。
 もう少し身近な視点で解釈すると、私の中では生き急ぐ人のイメージというのは、クリエイティブな人種に限られる。
 単に無軌道で変に無鉄砲で、自分の命を粗末にする鉄砲玉のような人種はこれには当たらない。
 生き急ぐ人というのは、寝食を忘れるほど何か一つのテーマに打ち込み、死期を早めてしまうような人。
 そしてその「何か」は、与えられた仕事の処理ではなくて、自ら何かを創り上げていく作業&結果──そんなイメージだった。

 そうしたら、生き急ぐという詞そのままに、大きな大きなオタマジャクシに跨って、天に昇っていった人がいた。たくさんの「何か」を地上に残して。

 忌野清志郎。

 生き急ぐことの意義を教えてくれて、ありがとう。
by vitaminminc | 2009-05-12 08:40 | Comments(2)

yeah! 清志郎

 テレビで流れていた清志郎のyeah!!を見て、私は泣いてしまった。
 
 なんてやさしい目で微笑んでるんだろう。

 58で逝ってしまうなんて早すぎる。

 永遠の30みたいに齢を停めていたけれど、呼吸まで停めてしまうなんて。

 私より10歳近く年上なのに、いつのまにか私より年下みたいになっていた。

 テレビで清志郎を見るたび「ズルイ」なんて思いながら、それでもヤンチャでシャイな

 清志郎のことが大好きだった。とってもとてもかわいい人だった。心から冥福を祈る。


 
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訃報を聞いて真っ先に思ったのは、

どうしよう、どうしよう、

ということだった。

清志郎の生の声が

もう聴けない世界で、
 
私はいったい

どうすればいいのだ。


(角田光代/5月4日付讀賣新聞コラムより)
by vitaminminc | 2009-05-09 22:46 | Comments(0)

プチ幸せな日

 プチ① 去年の秋に79番目の待ち人として図書館に予約を入れておいた「のぼうの城」。
      3つの季節を経た今日、ようやく手にすることができた。(←買えばええのに)

 プチ② 車の後部座席に座っているムスコに「今何時?」と聞かれ、カー・オーディオの時計を見たら、
      4:44だった。

 プチ③ 体調が冴えず、パソコンを開くこともままならず、久方ぶりに開いたところ、受信メールがピッタリ
      100通だった。(←ネットで買い物をした際、「配信メールを希望しない」にチェックを入れ忘れていた)

 プチ④ を見た!
      夕方、雨上がりの東の空に、美しい虹が出ていた。何年ぶりだろう。
      携帯で慌てて撮ったので薄くて見えにくいが、180度の弧を描く、それは見事な大架橋だった。
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by vitaminminc | 2009-05-08 19:06 | Comments(4)

日々の暮らしに「ん?」を発見


by み茶ママ