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天女

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このCM、いいと思いませんか?
「こころの路線図、西武鉄道」
秩父を旅する文学青年・又吉が印象的。
それに何より、旅の終わりに天女(?)が登場するのです。なんたるたおやかさ。はぁ~~~お美しい~~~emoticon-0152-heart.gif
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ロングヴァージョンにももちろん登場するけど、こちらは普通の人間の姿でも結構出てくる。なので私はやはり、短いCMの方がいいなー。
このモデルさん、俳優の満島ひかりと満島真之介の妹さんだそうで。ひかり&眞之介姉弟はすごくよく似ているけど、25歳のみなみさんは、また少し違った面立ち。ソフトな感じですね。
さらにもう一人弟さんがいるらしいのだが、きっと美少年に違いない。おそるべし、美形一族。

by vitaminminc | 2016-04-29 18:57 | 趣味 | Comments(0)

第一回服用、無事成功

昨夜は夜中0時まで、今日は朝6時から、何度も庭を確認した。
玄関ドアの蝶番がバカになるんじゃないかというくらい、何度も何度も確認した。
モフの姿はどこにもない。
あんなに毛が抜けてしまっては、きっと寒いに違いない。

冷たい雨が、容赦なく地面に跳ね返る。
こんな日は、たとえ元気な猫だって姿を見せたりしない。
どこかでじっとうずくまり、雨が止むのを待つのである。

しかーし!!
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8時ごろになって、モフを発見。
黄砂をかぶった小汚い愛車の上にいた!!
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「モフ、いい? そのまま待ってて。いい? わかった?」

私はモフに話しかけた。
じっとこちらを見ているモフ。
胸元の毛が抜け落ち、やつれ果てたツキノワグマみたいだ。
顔の皮膚がただれてしまって、それはそれは恐ろしい形相。

私はすっ飛んで家の中に入った。
そして、冷蔵庫に保存しておいた、薬入りのエサをさっと温めた。
適当なサイズの発砲スチロールの箱の中身を廊下にぶちまけた。
空にした箱とエサを手に、静かに外に出た。
そっと庭の隅に、薬と寝床をセッティング。

「これは、お薬が入っているの。だから、絶対食べてね」
そう言い残して、すぐにその場を去った。

30分ほど過ぎた頃、念のため確認しに外に出た。
モフは相変わらず、車の上にいた!!
すぐ上にはカーポートの屋根。
軒下とはいえ、地面に置いた箱よりも、車の上の方が濡れずに済むのだろう。
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ああ、良かった。ほとんど残さず食べてくれた。
ほかに野良猫の姿は見えないし、何よりモフがいる。
食べた主は、モフ自身とみて間違いないだろう。
エサをレンジで20秒だけ加熱した。
薬効が消えてしまってなければいいけれど。

来週も同じ木曜の、できれば同じ朝に、薬入りのエサを食べてくれるといいな。
外にいる以上、繰り返し感染するのは避けられないかもしれない。
でも、とにかく今は、「今」のことだけ考えよう。
モフを痒さ地獄から救い出すのだ。




by vitaminminc | 2016-04-28 13:11 | 生きもの | Comments(2)

野良ニャン事情

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昨年秋から冬にかけて、猫の額ほどのうちの小庭に顔を出していたモフ。黒いロン毛の、推定オス。迫力ある鋭い眼光で、初めて見た時は猫とは思わず「い、今横切った未確認生物は何だったんだ?」とかなりビビった。
何度か見かけるうちに、野性味豊かで魅力的な「猫」であることがわかり、家族間では「モフ」とか「タヌキ」とか好き勝手に呼んでいた。
ただし、サバコに輪をかけ人に馴れることはなかった。

推定オスなので、縄張り争い等、厳しい世界があったのだろう。サバコのように毎日顔を出すでもなく、そのうちモフはさっぱり姿を見せなくなった。どこかで逞しく生きていてほしいなと思っていた。

ところが二日ほど前、仕事から帰ると庭に奇怪な生物がいた。あまりの変わりようにわが目を疑ったが、一目見てモフだとわかった。
モフは重い皮膚病を患っていた。モフは「シャーッ」と私を威嚇すると、どこかに消えてしまった。
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昨日もモフが庭にいた。今度は威嚇しないで、「にゃー」と鳴いた。ものすごく体調が悪いのだと訴えているようだった。あいにく昨日はかかりつけの動物病院が定休日だったので、モフに「明日まで待ってくれ」と説明した。
そして私の言葉を理解していたかのように、私が仕事から戻ると、私の愛車の上でモフが待っていた。激しく身体を掻いている。そして、「にゃーにゃー」という訴えは更に切実になっていた。
動物病院は、昼過ぎから手術を行うため、午後の診療は16時開始である。昼食やら雑用やらを片付けて、病院に出かける時間になった。
モフは相変わらず愛車の上で風に吹かれていた。そして身体を激しく掻いていた。
「お薬もらって来るから、待ってるんだよ」
昨日スマホで撮っておいたモフの悲惨な病状を先生に診てもらい、薬を処方してもらった。
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疥癬であることは明らかなので、エサに混ぜることが可能な服用薬を出してもらった。本当なら、背中に直接塗布する薬と併用するのがベターなのだが、モフはサバコ以上に接近困難。写真を撮るだけでも大変だったのだ。やむを得ず、服用薬のみお願いした。
家に帰ると、モフはちゃんと庭の片隅で待っていた。
「今すぐ用意するからね!」
そう言って家に入り、大急ぎでエサに0.2mlの薬を混ぜて用意した。
ところが、庭に出るとモフの姿はどこにもなかった。3分も待たせていなかったというのに。病院への往復50分を待っていられたのに、どうして?
すると、すぐ近くで発情歌を唄うオス猫の声が聞こえた。のしのしと我が家の横を歩き去っていった。
あとちょっとのところだったのに。モフはそいつから逃れるため、姿をくらましたに違いない。今のモフは身体的に大変弱っているので、逃げるしかなかったのだろう。
薬を投入したエサをなんとしてでも食べさせたい。薬は週に一回、3週間かけて服用するタイプ。一回一回がとても大事なのである。
モフを目前に確認してからエサに混ぜるべきだった。。。戻って来てはいまいか。さっきから何度も庭に出て確認するも、いまだ現れず。
「保護して飼ってやれないのなら放っておけ」という意見も世の中にはある。「それが野良の宿命なのだから」と。が、モフが私に「何とかしてくれ」と訴えている以上、私は病気だけでも治してやりたいと思う。
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by vitaminminc | 2016-04-27 17:56 | 生きもの | Comments(0)

サバコ

外猫のサバコ(本名サバンナ)が、99.99%の確率で死んでしまいました。

今週月曜日、サバコにそっくりな猫が県道で車にはねられ死んでいるのをムスメが目撃しました。
彼女はそのことを、通勤バスの中からLINEで私に知らせました。
仕事がOFFだった私は家事をこなしていて、LINEを見たのは1時間半も過ぎてからでした。
しかも、ムスメが送ってきた内容を完全に見誤っておりました。
「サバコにそっくりな猫が○○さんちの前で死んでいた」
を、『うずらにそっくりな猫』と読んでしまったのでした。
私の返信は、「かわいそうに」のみでした。あとは、うずらの居間デビューがうまくいかない件に関する内容を延々と綴っておりました。うずらの写真付きで。
超ビビリっ子のうずらが、私の部屋の外に出るのをひどく怖がり、いまだに家の中を自由に行き来できないでいることを嘆いていたのです。
その日も居間に連れてきてはみたものの、怯え方が尋常でなく、トイレに入るも緊張のあまり用を足せずにいたのでした。震えてピーピー鳴くばかりなので、結局2階の部屋に連れ戻したところでした。
ムスメから届いていたLINEを、うずらのことでいっぱいの頭で読んだものだから、サバコをうずらと読み間違えたのです。
「うずらに似た子が、また車に轢かれちゃったんだって──」
部屋に戻ったとたん、水を得た魚のように元気を取り戻したうずらは、早速優秀なウンチをしてみせました。
私はウンチの処理をしながら、‘見ず知らず’の野良猫の死をうずらに伝えました。うずらはベッドに飛び乗り、生き生きとした表情を見せていました。

サバコがマンマだけ食べに来て実態を見せないというのは、そう珍しいことではありませんでした。それでも、姿を見なくなってから、今日でもう4、5日は経っています。
突然、ムスメのLINEを思い出した私は、不安になってムスメに訊きました。
「ムスメが見た、うずらによく似た猫が県道で死んでいたってあれ、キジネコじゃなくてサバネコだったんじゃないの?」
「何言ってんの?」ムスメが氷のように言いました。「サバコにそっくりな猫って言ったじゃない」
びっくりしてLINEを遡って確認してみたら、本当に『サバコ』でした。
しばらくの間、頭が混乱して、状況把握に手間取りました。ここ数日、マンマ(姿を現さないのでごく少量)を平らげていたのは、サバコ以外の野良猫だったことになります。

仕事から帰って来ると、どこからかやって来て、小さな庭でお腹を見せて精一杯歓迎してくれたサバコ。
触れようとすると十中八九逃げるサバコ。
警戒心が強い利口な子だから、サバコだけは車に轢かれたりしないと勝手に安心していました。

「あれ? 今日はいつも庭に来ている猫ちゃん、いないんですね」
「そうなの。今日はまだ姿を見てないの。どこかよその家で、もっとおいしいマンマをもらってるのかな」
契約更新のために訪れた新聞販売員のお兄さんとの会話、あれは月曜の夕方でした。あの時、サバコがすでに死んでしまっているなんて思ってもみませんでした。ムスメのLINEが頭をよぎることもなかったのです。

「今更泣かれても」とムスメが困惑して言いました。「どうりで(LINEの)反応が薄いっていうか、あれ?そんだけ? 冷たいなって思ったんだよね」

休みだったのだから、道端で冷たくなっているサバコを引き取って、眠眠たちが眠るお墓に埋葬してあげることだってできたはずなのに。
その日はよそのお宅(おそらく○○さんち)が通報したらしく、午後買い物に出た時には、県道には何も残っていませんでした。
せっかく、休みだったのに。サバコの最期をどうにかしてあげられたというのに。痛恨のミスです。

捕獲して、避妊手術を受けさせて、約4年間マンマを与えてきました。たまに姿を見せない日もあったけど、ほぼ毎日サバコを見てきました。
奇跡的に触れさせてくれた時は、すごくすごく嬉しかった。猫らしい性質。きれいなサバネコ。美人な子。

サバコのために庭に設置したけれど、サバコがまったく入ろうとしなかった猫ハウス。
ダンボール箱で、せっせと作った猫ハウス。
車のフロント部分に残った、サバコの梅の足跡。たくさんの足跡。
そんなものしかもう残ってやしない。

「もう絶対、もう絶対、野良猫の面倒はみない。もう本当に、本当に嫌だ」
べそをかきながら言う私に、ムスメが返しました。
「これまでも、いつもそう言ってたよね」

サバコ、ごめんね。ごめんなさい。天国にいったら神様に羽根をもらうんだよ。車に轢かれないように──。
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by vitaminminc | 2016-04-15 22:34 | 生きもの | Comments(2)

スーパー90歳

実母の誕生日の前日。
家に母を呼んで、卒寿を祝う計画を立てた私は、車で母を迎えに行く準備をしていた。そこに、兄嫁さんから電話が入った。
「みん子ちゃんがこっちに着く頃には私はもう出かけていると思うから、今のうちにと思って──」
兄嫁さんの声は、いつになく深刻である。心をゾワゾワさせながら、次なる言葉を待った。
「実は、数日前のことなんだけど、お義母さんが朝早く家を出たなと思ったら、夜8時を過ぎても帰らなくて、イチロー(わがアニキ)さんとすごく心配したの」
えぇ!? ついに認知症発症か。発症と同時に徘徊か。私は大いに焦った。さきほどさりげなく「卒寿」といったが、これは大変なことなのである。卒寿の卒は、「卆」(つまり「九十」と書くことから、九十歳のお祝いを指しているのである。そう、母はこの4月で満九十歳を迎えたのである。
厳密にいうと、卒寿のお祝いは数え年でやるそうだ。本当なら昨年お祝いしてさしあげるべきところだったのだが、昨年私は非常に緊迫した状況下にあり、それどころではなく、早い話がきれいサッパリ忘れていたわけだ。その親不孝ぶりを返上すべく、有休を使いまくって数日間仕事も休んだ次第。

兄嫁さんの話──私たちに一言も告げずに出かけたのは、言えば反対されると思ったからだろう。
早朝から出かけて夜8時半過ぎに帰ってきた。どこに行っていたのか尋ねたら、熱海に日帰り旅行にいっていたという。
熱海だけでなく、小田原にも寄って、帰りは上野公園に夜桜を観に行ったという。
同伴者は、一緒に習い事をしているお友達数人。訊けばその友人らは皆70代。お義母さんよりずっと若い。
70代の人たちと一緒に行動したことで、お義母さんはすっかり(体力的に)自信を持ってしまったようだ。
でも、実際はかなり無理していると思う。出先で万が一のことがあった場合、一緒に行ってくれた方たちに迷惑がかかる。
病院に搬送されたとして、ふだんどんな薬を服用しているか問われても、私たち夫婦は何もわからない。
とても上機嫌で帰ってきたので、私としてもあまり水を差すようなことは言いたくないが、みん子ちゃんからどうかうまく伝えてほしい。
今後は自重するように。イチローさんは優しいから、強く言えないの。ただ「今度から出かけるときはちゃんと言ってくれよ」と言うだけで。

熱海⇒小田原⇒上野──ハードスケジュールではないか。聞いてるだけで疲れてしまう。それを、90になろうとする母が、電車と二足歩行で成し遂げたとは!!

昼前に母を迎えに行くと、テニスから帰って来たアニキが、「これ、ムスコくんに」とムスコの大学入学祝いをくれた。寡黙なアニキは、案の定、数日前の母のあっぱれな行動に関して言及しない。だから私も聞きはしない。
母を車に乗せ、2キロほど走行したところで、思ったとおり、母自ら怒涛のように語り出した。
「こないだね、とてもいいことがあったの!」
「え? 何何?」すっとぼけて尋ねると、母が頬を桜色に染め、興奮状態で話し始めた。
週一で通っている、体操教室で一緒の人たちが、「今度熱海に桜を見に行きましょうよ」と提案。体操教室の面々というのは、母が最高齢で、当時あと数日後に90歳になる母と、5つ下の85歳、あとは70代の方が5人ほどだという。85歳の方が、その日は予定が入っているからと辞退。70代は、当然母も辞退するだろうと思っていたらしい。
が、母は違った。
「ご迷惑かもしれないけれど、今生の見納めに、私も参加していいかしら?」
70代の方たちは、「まぁすごい」と大賛成。「行きましょう、行きましょう」ということになった。
余談だが、母が実年齢を明かすまで、70代の方たちは母を一回り若く見ていてくれたそうで、90近いと知った途端、毎回体操教室終了後に椅子を運ばなければならないのだが、代わりに運んでくれるようになったという。元々親切な方たちだったのだ。
当日、一人が全員分の「青春18きっぷ」を用意してくれていて、90になろうという母、18才の気分で受け取った。
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熱海では、寛一とお宮の像を見てから、近くの料理屋でたいへん美味しいお昼を平らげた。肝心の桜は、東京より暖かいはずの熱海でも、まだ三分咲きだったらしい。

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熱海だけで帰るものと思っていたら、「ねぇ、小田原にも寄ってみない?」と一人が提案。行き当たりばったりの気ままな旅に、変化球が投じられた。
もちろん母を除く70代は、「みん母さん大丈夫? 無理しないでね」と気遣ってくれた。母は「私も行くわ」と腰を上げたという。
小田原城に登るときは、70代の中で一番年上の方が母の手を引き、ゆっくりゆっくり階段を上ってくれた。
ほかの皆さんも、「みん母さんを見てると励みになるわぁ」と、母の姿に自分たちの近未来を投影させ、声援を送ってくれたようだ。

これで帰ると思いきや、「ねぇ、帰りに上野に寄って夜桜を見て行かない?」というご意見が。熱海の桜が拝めず不完全燃焼だった70代は、実にエネルギッシュなのだった。いくらなんでもみん母さんはもうお疲れでしょう、絶対無理しないでねと念を押してくれた。
そういえば、この齢になるまで、夜桜というのを見たことがなかったなと気付いてしまった母。「私も見たいわぁ」と同行表明。

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画像はどれもネットから拝借したものなので、実際はまだ五分咲きだったという。平日だったため、狂ったような人込みもなく、満開ではなかったにせよ、それなりに楽しめた模様。
帰り際、みなさんが訊いてくれたそうだ。
「明日何か予定あるの?」
「コーラスの日だわ」
「きっと今日の疲れが出るでしょうから、お休みして家でゆっくりした方がいいわよ」
「そうね、そうするわ」
しかし、70代と一緒に行動と共にした母は、翌日しっかりコーラスのお教室にも出かけたという。

恐るべし! 90歳! 
だって、平日だったら電車だって混む。特に帰りは17時以降、エンドレスでラッシュだろう。それに、駅には階段がつきものだ。いったいどうすりゃそんなに歩けたのだ?
昨年は体調が悪かった母。やれ膝が痛む、踵が痛い、メニエールでクラクラする、二度も吐いてしまった等、結構私も心配させられた。だからこそ、オットのお通夜も告別式も、敢えて母には来てもらわなかった。89歳と聞いて、オットの親戚も納得してくれた。オットが急逝し、この上母にも逝かれたら、私はきっと正気を保てない。そう感じたからこその決断だった。

結局私は、アニキの言葉を補足する感じで、「どこに行くと告げずに家を出たらどうなるか」というシミュレーションを語って聞かせ、警察のご厄介になりたくなかったら、ちゃんと行先・同行者の連絡先を伝えるかメモに残して出かけてくださいと母にお願いした。
そして、百均で紐付きカードケースを3つ購入して、カードには母の氏名・住所・血液型・服用薬・緊急連絡先電話番号をせっせと書き込んだ。その一つを母が持参した手提げバッグに紐で括り付け、カードを中にしまった。
「バッグを替えたときに入れ忘れないように、あともう2つ予備で作ったから、家に帰ったらほかのバッグにもこのように括り付けて、いつでも持ち歩くようにしてねemoticon-0152-heart.gif

90歳の母を自宅に呼んで、二泊三日。卒寿のお祝いカラーだというずくめのベスト、ストール、ショルダーバッグを贈った。それらを身に着け、乙女のようにはしゃいだ母。わが母ながら、いちいち可愛い。お連れした日帰り温泉でも、露天風呂で一緒になったご婦人に母の実年齢を教えたら、「あらでもお肌がすべすべ! とてもそんなお齢には見えないわ、きれいなおばあちゃまだわ」と心底びっくりされた。補聴器を外していて、ますます耳が聞こえない母は、せっかくの褒め言葉も聞こえなかったけど、頷く代わりににこにこと笑顔をふりまいていた。

三日目に母を実家まで送り届けたら、母が家の鍵を持っていなかったというオチemoticon-0147-emo.gifアニキに見送られたため、自分で鍵を閉める必要がなかったから持って出るのを忘れたという。まぁ、このくらいのポカは私やムスメだってよくやる。アニキたちが帰るまで、お隣の家にあがらせてもらい、待たせていただけることになった。
私は翌朝5時半起床なので、お隣さんにお礼を言うと、さっさと帰らせてもらった。

その三日後くらいに母から電話があった。話し方教室で、熱海の話を披露したら、講師に「たいへん素晴らしい」と褒められたそうだ。耳が遠くなってみんなの話が聞こえないからもう辞めるとこぼしていた母だが、実際は辞めてなどいなかった。
「今度の話し方教室で何を話そうかしら」と、送る車中で私に相談してきた。
母は「これは娘から聞いた話です──」として、私が提供した話を発表することが多かった。「実体験を話せるいい機会ではないか」と、熱海の話を発表すべしとアドバイスしていたので、その結果報告。

若い。本当に若い。頭脳も私よりずっとずっと明晰。
私なんか、母のためにとった連休の穴埋めで連勤しただけですっかりくたびれちゃって、その後遺症で毎日ヘロヘロ。
ヨレヨレの頭ながら、先行きに一抹の不安。6月に控えたオットの一周忌法要で、オットの親戚に「お元気そうですね」と言われようものなら大変である。
「ええ、3月には熱海に日帰り旅行にいって、小田原城にも上ったんですよ」と自慢しそうな母が怖い。
当時は本当にそうだったとはいえ、足腰が弱っていてよう歩けん母のはずが、あん時ゃ仮病だったんかい!てなことになったら、私の面目丸つぶれである。いつになく人の声がよく聞こえて、いつになく饒舌になった母が、熱海物語をしちまった場合は、「ボケちゃって、すみません」と小声で取り繕う覚悟である。

母よ。目指せ、白寿!!







by vitaminminc | 2016-04-11 13:16 | 人間 | Comments(2)

ぬれねずみ

やはり猫。
うずぴはこうしたネズミのおもちゃが大好き。
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ところが、毎日のように、自分の飲み水の中に入れてしまう。
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毎日ですよ、毎日。
欠かすことなく毎日。

はじめは遊んでるうちに、自然に入ってしまったのかと思った。
でも違う。
飯の器には、絶対に入れない。
水の方にだけ入れちゃうの。

で、それを手でチョイチョイするのがたまらないらしい。
やめてくれぇ(笑)
脱毛した毛は沈んでるし、不衛生で仕方ない。
見つけるたびに水から救い出し、ティッシュで拭き拭き。
水も日に何度も入れ替える。

尾はちぎれてるし、咥えられて水に沈められ、いたぶられる日々。
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背中が、ゲハってきた
なにゆえ、水に入れて遊ぶのか。
いと哀れなり、ぬれねずみ。



by vitaminminc | 2016-04-05 13:30 | 生きもの | Comments(2)

日々の暮らしに「ん?」を発見


by み茶ママ