路傍の意志

b0080718_9182473.jpgb0080718_23295046.jpg この世は、謎に満ちている。
 数年前に、気心の知れた女ともだちと三人で飲み会をした時の話。気がつくと、私たちは、身近にある‘わからないこと’について、アーダコーダと面白おかしくあげつらっていた。
 「わからないことといえばさぁ──」と一人が言う。「──道路によく、靴が片方落ちてたりするじゃない、アレって何?」
 三人共、靴の落し物を見た経験が有ったので、そうそう、よく見るよく見ると、大いに盛り上がった。
 「意外にボロ靴じゃないんだよね」
 「結構新しい靴だったりするよね」
 「スニーカーならまだしもさ、黒の革靴!?」
 「あーはっは! あるある!」
 「アレって酔っ払いとかが、片方脱げても気づかないで、そのまま歩いてっちゃうわけ?」
 いやいやいやいや。私が見た黒の革靴は、そんなとこにはいなかった。歩行者の通らない、自動車専用立体交差の橋の上に、横臥状態で世を儚んでいた。
 「バイクに乗ってる人かも・・・」とボソッと言ってみた。「バイクで走行中に片方脱げちゃって、そのまま走り去るしかなかったパターン」
 「そッかぁ」と一同(って二人)が尊敬の眼差しで私を見る。
 「でも脱げるか? 普通」
 「まぁ新しい靴は足になじんでいないからね」
 「けど、不思議と女物の靴が落ちてるのは見たことないんだよね」
 「そう言えば一度もないわ」
 「逆に、あったら怖い」
 「ハイヒールが片方落ちてたりしたら、犯罪に巻き込まれたかと思っちゃう」
 で、私たちは、‘やっぱ男の人ってマヌケよね~’と結論づけてご満悦なのだった。

 しばらくして、もう一人が思い出したように言う。
 「紳士もんの靴が落ちてるのも変だけど、タイヤのホイールが落ちてるのも変だよ」
 「あぁ、たまに見るよね」
 「あら不思議、なんでこんなところに?って」
 それなら、靴より確実にわかる。また私の出番である。
 「縁石に乗り上げると、意外に簡単に外れるんです」とボソッ。
 「へ~ぇ、そうなんだ」
 「外れたホイールが、またどこまでも転がってくんです」と補足。
 「経験者かぁ!?」
 私が頷くより先に、二人が笑い崩れた。
 「な~んだ、どういう奴が落としてくのかと思ったら・・・」
 「こ~ゆ~奴だよ・・・」
 アルコールの力を借りているとはいえ、息も絶え絶えの感動振りだ。
 そうなのだ。運転し始めの頃に、一度だけヤッっちまった。なにしろ音は派手だし、通行人は転がっていくホイールをどこまでも目で追うし。リアルタイムの通行人がいなくなることを祈りながら、少し先にあるスーパーの駐車場にゆっくり車を停めて、ゆっくり時間をかけて現場に戻ると、哀れ、私のホイールは、次々と後続車に踏み敷かれ、アルミ箔のようにぺしゃんこになっていた。回収にいった自分も思わず凹んだ。

 だからホントは、靴を落としていく男の人を笑う資格など、私にはない。でも、路肩や中央分離帯付近で風雨に耐えている靴の姿を思い出すと、頭の中で勝手に再現ドラマが流れてしまうのだ。
 落とし主の中には、得意先に向かう途中の人もいたかもしれない。だが、片靴姿で得意先を訪問するわけにはいかない。落とし主は、専門店が入っている大型店を泣く泣く通り過ぎ、やっとのことで、商店街にある小さな靴屋を見つける。片靴のままで歩く距離が、なるべく少なくて済む店だ。
 バイクを店の前に停めて、落とし主がさりげなく片靴のまま店に入っていくと、店主の第一声は、
 「アレお客さん、靴をどうなすったかね?」
 仕事柄、客の顔より先に足元に目が行くらしい。
 「いや、ちょっとした事故に遭って。いや、怪我はしてないです」
 「そりゃ大変だったね。あれだろ? やっぱり同じようなのがいいんだろ?」
 そう言いながら、店のオヤジは、合成皮革の艶と輝き丸出しの靴を得意そうに出してきた。
 「これなんか、同じタイプだね」
 落とし主には時間がない。自分が履いていたリーガルは19,450円。目の前の靴には1,980円の値札がタグ留めされている。値札だけではなく、左右の靴がはぐれてしまわないように、靴同士もタグ留めされいた。
 《どこが同じタイプだ》と憤慨しながら購入。
 「履いて帰るかね?」
 《当たりめーだバカヤロー、そのために寄ったんじゃねーか》
 店のオヤジが、鋏でプラスチックのタグ留めを切る。値札が取れた代わりに、靴には値札の痕跡として、小さな穴が残った。左右の靴を結びつけておいた穴も入れると、合計3個。
 落とし主は、‘靴辱’のようなものを感じながら、昨日購入したばかりのリーガルの片割れに目をやった。
 「あのこれ、処分頼ンます」
 新しい靴の履き心地を実感するには、店の外に出るまの数歩で十分だった。
 《最悪じゃん》
 片靴ばかりか、肩まで落とす、落とし主。
 《けど、今日の商談だけは、ぜってーキメてやる!》

 これが深い愛情をもって笑わずにおりゃりょーか。
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# by vitaminminc | 2006-08-07 00:40 | Comments(0)

b0080718_1747546.jpg 子どもたちにせがまれて、仕方なく公共の屋内プールつき健康ランドに連れて行った。
 腰の重かった私だが、順応性に優れている。行ったら行ったで、アクアウォーキングをしながら娘と話したり、温水プールの健康ゾーンで寝そべったままジャグジーに浸かり、ウォータースライダーに興じる息子を眺めたり。子どもと三人でやった水中鬼ごっこでは、顔で笑っていながら身体は真剣に逃げていた。息子に追われている振りをして、後ろを振り返り振り返り娘に近づき、タッチしてから実は自分が鬼だと笑ったり。
 市内には、波のプールや流れるプールがウリの、もっと大きな屋外プールもある。今回は、どうしてもそちらへ行く気にはなれなかった。数日前に、息子と齢の変わらぬ少女が、排水溝に吸い込まれて悲惨な死を遂げている。それと似たようなプールに足を運ぶことには、どうしても抵抗があった。

 さて、たっぷり2時間半水遊びをしてプールから上がり、更衣室で着替えていると、横に一人、やたらガミガミ怒鳴りまくっているばあさんがいた。とにかく周りにいる者すべてが気に入らない様子で、大きな声で自分の孫二人を叱りまくっている。
 「何やってるの、ふざけてないで早く着なさい!」
 「もう、ここは狭いわね、ロッカーの中身全部出して! あっちの広いとこで着替えましょう!」
 「だから、荷物はあそこのベンチに置けっていってるでしょう!」
 「あぁ、何だってここはこんなに濡れてるの! 水着はあっちで脱いで来ないと駄目なのよ!おばさんに叱られるわよ!」
 最後の文句は、娘に向けられたものだった。プールの更衣室の床が多少濡れるのは当たり前。そんなにケンケン言われるほど床に大洪水を作っていたわけではない。すぐ横に、明らかに保護者である私が立っているのに、私よりも弱い立場の、おとなしそうな娘を選んで八つ当たりしているわけだから、自分でも正面切って文句を言うほどのことではないとわかっているのだろう。大体‘おばさんに叱られる’という言い方が卑怯である。清掃のおばさんではなく、叱っているのはアナタご自身じゃございませんか。だがココで私が口を挟むと事態がややこしくなりそうだったので、哀れな娘を生贄に、自分は黙っていることにした。
 外に出て駐車場に続く遊歩道を歩きながら、楽しい気分を台無しにされた娘が文句を言った。
 「あんなだから孫が迷子になっちゃうんだ! 頭にくる!」
 「迷子って?」と私が聞くと、1階のロビーでロッカーの鍵を返しているときに、
 『東京からお越しの○○くん、おばあさんが1階のフロントでお待ちです・・・』というアナウンスが流れていたのだそうだ。
 「ママ、気づかなかった?」
 「うん、全然」
 「そのアナウンスを頼んでたの、あのガミガミばばあだったんだよ」
 「へぇ~、そうなんだ」
 「そうだよ。‘まったくどこ行っちゃったんだろう!’って、相変わらずガミガミ怒ってた」
 「ママも怒りんぼになるけど、あそこまでガミガミ言わないなぁ・・・だって疲れる」
 着替えの最中、いきなり見ず知らずの人にガミガミ言われて、顔を引きつらせていた娘。入浴せずに帰る客は、ロッカーまで水着で来るのが普通だと、周囲の様子で確認した後、ひそかに腹わたをグツグツいわせていたらしい。娘はそのガミガミばあさんのことをつぶさに観察し、粗探しすることに余念がなかった。
 「何さ! 自分たちはあんなに通路に荷物広げちゃって、通る人たちの邪魔していたくせに! 更年期なんじゃないの!?」(いや、更年期はすでに卒業していたろう)
 「その孫、きっとプールにいた間も、ずーっとああしてガミガミ言われっぱなしだったんだろうね」と私は娘をなだめるように言った。「楽しくなかっただろうね。だから迷子になったんじゃなくて、自分の意思で息抜きしに行ったんだよ」
 「そうだね、逃げたんだ!」と娘も孫に同情するように言った。
 駐車場の係員のおじさんは、炎天下に立っているだけでも重労働だろうに、信じられないくらい穏やかで感じがよかった。
 「ご利用、ありがとうございました!」

 車に乗り込む前に、娘がつぶやいた。
 「あんなに暑いのに・・・いい人だ」
 娘がガミガミばあさんから投げられた言葉の棘は、駐車場係のおじさんの優しい笑顔のお蔭で、すっかり溶け落ちたようだった。

 それにしても、健康ランドにきてあんなに休みなくガミガミ言っていたのでは、絶対健康に悪いはず。心配になってしまった。 
 
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# by vitaminminc | 2006-08-05 17:42 | 人間 | Comments(2)

ハッタリアン

b0080718_17175256.jpg ハリー・ポッターの最新刊(第六巻)「ハリー・ポッターと謎のプリンス」を発売当日に購入、すでに季節も変わったというのに、ようやく上巻を読み終えたばかりだ。相変わらず大変面白い。でも一つ、困った問題が生じた。
 第五巻「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」が発行されてから、すでに2年近くが経過している。これまでの経緯は大方覚えているのだが、それに関わった人物の名前を片っ端から忘れてしまっていたのだ。
 上巻を読み始めた時点で、「あぁ・・・」と気落ちした。
 アメリア・ボーンズ? ベラトリックス? エメリーン・バンス?──誰?
 表紙の扉には、忘却術にかかったままの私でさえ忘れることのない、主人公ポッターをはじめ、レギュラー陣の名前と簡単な人物紹介、それに第六巻に新しく登場する人物の名前と紹介が載っている。レギュラー陣と新しく登場する人物紹介は要らない。私に必要なのは、登場人物の会話に出てくる人物すべての簡単な説明だ。もはや、時の経過と齢による老化で、疑問符なしにはスラスラ読み進めなくなってきた。知っていて当然とばかりに、何の注釈もなく過去に登場した人物の名前を会話にあげられては、ヒジョーに困るのである。
 ほんの簡単な注意書きでいい、ページの隅が見苦しいなら巻末にまとめるのでもいい、下記の例を参考に、会話にあがるだけのチョイ役人も含め、全員の紹介を載せてくれたらありがたいのだが。

 《例》
 ・エラリー・クイーン     特別捜査官
 ・アンドリュー・ヴァン    小学校長 
 ・ハラーフト          太陽教教祖の薬売り
 ・ヴェリヤ・クロサック    びっこの復讐鬼
 ・ヤードレー教授       エラリーの旧師
 ・トマス・ブラッド       敷物輸入業の富豪
 ・マーガレット・ブラッド   ブラッドの美しい後妻
 ・ヘレーネ・ブラッド     マーガレットの連れ子
 ・ヨナ・リンカン        ブラッドの番頭
 ・ヘスター・リンカン     ヨナの妹
 ・ポール・ロメーン      ハラーフトの弟子
 ・ヴィクター・テンプル   へスターを愛する医師   
 ・スティヴン・メガラ     ヨット乗り
 ・リン夫婦           疑わしい英人夫婦
 ・フォックス          ブラッドの下男

  以上、昭和52年角川文庫刊「エジプト十字架殺人事件」(エラリー・クイーン著)の扉に載っていた人物紹介である。一部不適切な表現もあるが、発行当時の翻訳を尊重し、そのまま転記した。
 この長編ミステリーの人物紹介、読んだ当時はまだ脳が若かったにも関わらず、私にはなくてはならない虎の巻であった。ハリポタも、巻単位ではここまでゴチャゴチャ人の出入りはないにせよ、巻を追うたび登場人物が増えていくのは当然。省略せずに、活字になる人名は、委細漏らさず注釈を載せてくれてもいいではないか。読んでも通じないと、何だか損をした気分である。かといって、五巻をひも解き自力で調べるほどの暇もない。やはり読者サービスとして、注釈付きを望むものなり。
 第六巻を購入後、数日で分厚い上下巻を読み終えた娘に、
 「ストーリーは面白いんだけど、登場人物の会話についてけなくなった・・・」
 とぼやくと、娘は自分もだ、とサラリと言ってのけた。
 「第五巻の『不死鳥~』あたりから、魔法も覚え切れなくなった」と、若い脳は告白している。
 それを聞いて、私は少しほっとした。三巻あたりまでは、娘と二人でハリポタの魔法呪文を暗記して、よくクイズを出しっこして楽しんだっけ。
 が、小説の中の主人公たちは、サザエさん一家とは違う。新刊が出るたびに成長し、より高度な上級魔法を体得している。マグル(普通の人間)の我々にわからなくなっても、ある意味仕方のないことなのかもしれない。
 そんなわけで、「謎のプリンス」というよりは、なぞなぞのプリンスを読み進めている私だが、自称ポッタリアン、たとえハッタリアンといわれようが、知ったかぶりして、下巻にも手を伸ばす。 
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# by vitaminminc | 2006-08-04 17:02 | 趣味 | Comments(4)

豆餅

b0080718_20533789.jpg 今から一年前、うちの西側のブロック塀と家との隙間は、「豆餅」のトイレにされていた。その頃、豆餅はまだ子猫と成猫の中間であった。夏ごろまでは、母猫とおぼしき黒猫と行動を共にしているのを時折見かけたのだが、秋になってから巣立ちを言い渡されたのか、豆餅は単独でいるようになった。うちの西側が豆餅のトイレにされ出したのは、ちょうどそんな時期だった。

 うちの近所にはパチンコ店がある。毎朝開店前に、数人の女性清掃員がホールの掃除に訪れる。私は亡犬の散歩をしていた時分、彼女たちが店の駐車場の周りで野良猫たちに餌を与えるのを毎朝見ていた。食うものに困らない猫たちは、あれよあれよと数を増やしていった。餌入れや古毛布なんかが置いてあるのを見たパチンコ客が、猫の捨て場所として目星をつけるのか、ダンボール箱に入れて置き去りにされる捨て猫まで出る始末。発情期にもなると、うちの近所では妖怪の赤んぼうのような恐ろしい啼き声が反響し、寝ても覚めても悪夢に引きずり込まれそうになる。豆餅は、そうしたパチンコ・キャットが産み落とした子に違いなかった。
 私は猫が好きだ。だから、野良猫に餌をやる人の気持ちがわからないでもない。むしろわかってしまう。だけど、餌を与えるということは、野良猫の数を増やすことになるってことをきちんと理解してもらいたい。餌を与える人たちは、野良猫たちに避妊手術を受けさせる気もなければ、引き取って飼う気もない。自分の家から遠く離れた場所で、野良猫たちに餌をふるまい、いたずらに野良猫を繁殖させているだけだ。
 パチンコ店の周辺道路は交通量が多い。私はすでに何匹もの猫が車にはねられ息絶えている姿を目撃している。無責任すぎはしないか。自然の摂理に反し、人為的に餌を与えて野良猫を繁殖させる行為、一生面倒を見るつもりはあるのだろうか。私には、単なる自己満足としか思えない。

 私の心は忙しかった。豆餅にトイレにされた西側のへたりこむような悪臭に悩んだだけでなく、小さな豆餅の将来を悲観して、胸を痛めない日はなかった。独り立ちしてからの豆餅は、親猫と一緒だった頃の警戒心をすっかり解いていた。生きるための本能が、そうさせたのだろう。豆餅は、私たちが外から車で帰ってくると、よく目立つ位置──門柱の上──にちょこんと座って出迎えるようになった。車はバックで庭に入れる。ちょろちょろしている豆餅を轢いてしまわぬよう、子どもたちに見張りをさせているうちに、豆餅は子どもたちとすっかり仲良しになってしまった。子どもたちの後について玄関の中に入ってこようとする豆餅を追い払わなければならない切なさつらさを、あの偽善的餌やりおばさんたちは知る由もないだろう。忌避剤なんかもろともせずにトイレ・・・いやうちの西側に糞をし続けた豆餅は、冬に入ってから益々私を悩ませた。寒いだろうな。おとなになりかけているな。今に子猫を生むんだろうな。絶対うちの縁の下で生むに違いない。寒風の中、大きなおなかを抱えた豆餅の姿を想像すると、たまらなくなった。春になって子猫を従えた豆餅の姿なんか見たりしたら、確実にどうかなってしまう。どうかなってしまう。

 それで、動物嫌いのダンナに離婚される覚悟で、身ごもる前に豆餅を引き取った。少しばかりの餌をもらったところで、豆餅が劣悪な環境下で乳飲み子時代を過ごしたことに変わりはなかった。子猫の時にひどい結膜炎を患った後遺症(獣医)で、今でも時々血の涙を流す。うっかり窓を開けると、家猫出身の先住猫は好奇心旺盛で外に出たがるけれど、野良猫出身の豆餅は、決して外に出たがらない。
 「苦労したんだね・・・」
 私は、焦げた豆餅模様のちび猫が、門柱の上で私たちの帰りを待っていた姿を思い出すと、今でもキュンとなる。今の世の中、野良猫たちにとって決して住みよいわけではないのだ。
 餌やりおばさん、生きものの面倒をみるには、「責任」てもんも必要なのではないでしょうか。
 
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# by vitaminminc | 2006-08-03 22:03 | 生きもの | Comments(2)

死に水

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 昨夜8時15分過ぎに、近所のおじいさんから電話が入った。蝶を捕まえたから、取りにおいでという。
 早速息子が蝶をいただきに行った。小さな飼育ケースごともらってきたのだが、どう見ても弱っている。そもそも夜におじいさんの手で容易に捕らえられたことからして、最期が近いように思われた。
 せっかくおじいさんがプレゼントしてくれたので、なんという種類なのかネットで調べることにした。
 「この翅の大きさからいって、絶対アゲハの仲間だね」と私が言うと、
 「黒いからカラスアゲハかもよ」と息子も同意した。蝶は真っ黒で、かなり大きかった。黒いドレスの裾にはオレンジ色の紋様があったが、かわいそうに、ボロボロにちぎれていた。元気な頃はさぞかし美人だったろうに。
 蝶は「クロアゲハ」であった。片方の後翅はちぎれてなくなっていたが、前翅にあるらしい別の模様がなかったことから、私の直感どおり雌であることがわかった。
 私が言うまでもなく、息子は弱っている蝶を逃がしてあげるつもりでいたらしい。
 「おじちゃんにケースを返してきなさい」というと、‘もちろんだ’という表情で頷いた。
 「逃がしてあげたけど、おかげさまで勉強になりました、調べたらクロアゲハでした、ってよくお礼を言ってね」
 「はーい。おじちゃんにケース返しに行く前に、蝶を安全なところに逃がしてあげる」
 そう言って息子は夜の庭に出て行った。
 しばらくして戻ってきた息子は、少々戸惑い顔だった。
 「おじちゃんに、‘何だ、逃がしちゃったのか’って言われちゃった」
 私は苦笑した。
 「おじちゃんは、せっかくあげたのにって思ったんだろうね。でもあの蝶は、もらった人が好きにしてもいいんだよ。蝶をあのまま狭いケースに入れっ放しにしておいたら、きっとすぐに死んじゃう」
 「そうだよね」と息子もなんとか納得した。
 蝶を逃がしたと知り、おじいさんががっかりしたということは、息子が「蝶が弱っている」事実を伏せておいたことを意味する。よくよく聞いてみると、おじいさんは蝶をくださる時に、「一発で捕まえたんだよ」と得意そうに説明していたらしい。
 捕まえた蝶の翅がボロボロに傷ついているとも知らずにいたおじいさん。息子は言うべきことと言わずにおくべきことを理解していた。それが嬉しかった。
 一夜明けた今朝、私はホウセンカのピンクの花に、クロアゲハがとまっているのを発見した。(写真)昨夜息子が「安全なところ」に選んだのは、自分が夏休み前に学校から持ち帰ったホウセンカの鉢植えだったのだ。軽やかにとまっているのではなく、落ちないように必死にしがみついている様子が痛々しい。よく見ると、クロアゲハはたいへん可愛い目をしていた。細い触角が、風にふるえている。ボロボロの翅では、もはや何処にも飛んで行けはしないのだろう。
 仕事に行く時に、再びクロアゲハを確認したら、鉢の土の上に落ちていた。息子に知らせると、
 「世話の焼ける子だなぁ。せっかく花の蜜が吸えるようにしてあげたのに」と、ニコニコしながら助けに来た。

 仕事を終えて戻った時には、クロアゲハは鉢の外に落ちていた。ポーチのレンガの上に。
 「植木鉢じゃなくて、今度は花壇の木陰の、大きな葉っぱの上にのせてあげなよ」
 「うん、そうする」
 しかし、すぐに息子は戻ってきた。
 「死んじゃってるみたい・・・」と悲しそうな目で私に報告した。
 それから息子は、「カブトムシの横に埋めてあげる」と言って庭に戻っていった。
 去年の秋、ひと夏うんと可愛がったカブトムシを葬ったお墓がある。息子はその横に、たったひと晩だけ「うちの子」になったクロアゲハのお墓を掘った。
 小石で丸く縁取った小さなお墓。その真ん中には、息子がもいだピンクのホウセンカが1つ、お供えしてあった。私は何か言う代わりに、瞳に映ったその光景をごくんと飲んだ。

 今朝、カノジョが必死になってしがみついていたホウセンカの花は、死に水になれただろうか。
 
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# by vitaminminc | 2006-08-02 17:28 | 生きもの | Comments(0)

ジュフン

 それは今朝──8:25頃のことだった。
 16インチの自転車を自力で転がしながら、家の近くの交差点を横断し終えた直後に、右の鎖骨付近にビチャッとした感触を覚えた。ムクドリによる落下物である。朝からなんてツイてないんだと怒りつつ、家に戻って出直す時間もなかったので、仕方なく鳥の糞を肩にのせたまま会社へ行った。
 タイムカードを切り、階段を登り、そのままフロアを突っ切って女子トイレへ直行。どうにか身を清めてから、ようやく自分の席に座ると、自分の身に起こった悲劇を同僚に語らずにはいられなくなった。
 「だけどそれってすごい確率だよね」と同僚は笑い、まもなく私の髪の毛の一部分を凝視し出した。「ちょっと、これもそうなんじゃない?」
 あぁ、やっぱり・・・。実は、肩とほぼ同時に左半球の後頭部にも跳ね返りのような軽い衝撃を感じていたのだ。
 以上のことからわかったことは、西に進路を取る私に対し、鳥は南南西を目指して飛んでいたということだ。自転車の速度、方向、地上からの高さ、そして鳥の飛行速度と方向と・・・。ベクトルの法則を駆使してもわからないのは、どうしたらそれを浴びてしまうかという確率である。
 同僚と二人で再び女子トイレへ。ティッシュで私の髪から不純物を取り除いてくれた同僚は、その後食器洗い用の除菌ジョイで自分の手をセッセと洗いながら、鳥の糞の有害性について語っていた。
 「いっそここでシャンプーしてっちゃえば?」
 「ジョイでかぃ」
 それにしても? いったいなぜ? 自分にだけ? こうも的中するのか? 春にも一回浴びている。あの日は会社の帰りだった。私が木の下に立っていて、その木の上に鳥が休んでいたわけではない。私は自転車で走行中、鳥は空を飛行中、にだ。
 今日、私は花柄のシャツを着ていった。受粉ならぬ受糞である。これからは晴れていても日傘を握りしめ、「防糞対策傘さし運転」でいくべきだろうか。
 情けない気分になった私は、糞を取り除いてくれた心優しい同僚に、改めてお礼することにした。
 「これでウンがつくはずだから、帰りに宝くじを買って帰ってね」
 後頭部をすり寄せながら験を担がせようとする私に、同僚はウレシイ悲鳴をあげて飛び退っていった。b0080718_17315594.jpg
 
 
 
 
 
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# by vitaminminc | 2006-08-01 17:11 | 自然 | Comments(0)

収穫のヨロコビ

b0080718_1142178.jpgb0080718_2004890.jpg 7月に入ったある日、息子が学校から一粒の種を持ち帰った。
 「ベランダにオクラの種が1つ落ちていたから、先生に頼んでもらってきた」


 息子の話では、オクラの種は裏庭の3年生用の花壇に、みんなで蒔いたものだそうだ。それがなぜ、3階にある教室のベランダに落ちていたのかは不明だが、息子は直径3ミリにも満たない小さな球状の一粒を、大事に大事に持ち帰ってきた。
 「実がなったらママにあげるからね」と息子は言い、早速玄関先に置いてあった空きプランターに、たった一粒のオクラの種を埋めた。
 正直いって、芽が出るとは思わずにいた。種には当たり外れがある。いくつか蒔いても、蒔いた数だけ芽が出るわけではない。巡りめぐって息子の手に渡り、我が家には来たものの、芽が出ずに終わってしまう可能性の方がむしろ高いんじゃないか。そんなふうに思っていた。
 ところが、息子は違った。芽が出ないなんて事態は頭をかすりもしない。実が生ったときのことをあれこれ想像して話しながら、毎日ジョウロで水をやっていた。
 半月ほど経ったろうか。
 「ママ! とうとう芽が出た!」と息子からの報告。雑草かもしれないよと笑う私に、息子は上機嫌で反論した。
 「違う、ほんとにオクラ。だって学校の花壇に出てきたのとおんなじ葉っぱしてるから」
 息子たち3年生は、オクラの観察記録もつけていた。オクラであることは疑いようがない。
 オクラはすくすく育ち、やがて黄色い花を咲かせた。花の命は短い。たった一日だけ、それも午前中咲いただけで、すぐにしぼんでしまう。だからうっかり者の息子は花と対面することができなかった。
 「実が生ったらママに食べさせてあげるね。ママ、オクラ好きでしょ」
 何度も繰り返し話す息子の気持ちが嬉しくて、私もこっそり米のとぎ汁をかけては陰ながらオクラの生長を見守っていた。
 そして先週、とうとう大きな実が生った。たった1本!
 「ママに食べさせたかった」という息子の気持ちが、食物繊維に織り込まれているようで、それはそれはおいしかった。生産者の息子に似たのか、オクラにしては‘粘り強さに欠ける’のが特徴。けれども妙におもしろい、いや、おいしいのだった。
 今朝、2本目が収穫された。息子が鋏で切ってきた実を小口切りにして、今回は息子と娘の目玉焼きにもトッピングした。
 現在、3つ目の花の蕾がふくらんでおり、明日の朝にも花が開くかもしれない。
 週に1本のペースでのんびりゆったり実を結ぶ、暢気なオクラ。やはりどこか、マイペースな息子に似ている。
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# by vitaminminc | 2006-07-31 20:30 | 子ども | Comments(0)

青い手

b0080718_16493873.gif 息子も8才になった。人目を気にして、私とつないだ手を離したがる回数が増えた。でも、あからさまに離したりはしない。
 「ちょっと待って」
 なんて言いながら、さりげなく手をほどき、大したことでもないことを‘身振り手振り’で話して聞かせたりする。人通りの多い時間帯なんかには、よくこうして手を離される。家を出る前から手をつなぎたがらなくなっているわけではない。私が子どもと手をつなぐのが好きなことをちゃんと知っているのだ。
 ところで、息子の手は、6歳くらいまで青かった。蒙古斑が、両手の甲に強く出ていたからだ。蒙古斑というのはご存じのとおり、黄色人種の100%近い乳幼児のおしりなどに見られる、あの青あざのことだ。生後1週目~1ヵ月頃までに、臀部や背中下部などに表れる。これは、色素細胞(メラノサイト)が表皮に向かって移動していく途中、表皮よりも深い繊維組織(真皮)に残存したものと考えられているのだそうだ。6,7歳くらいまでには自然に消失する。
 息子の手の青あざは、臀部など一般的によく出る部分と同時期に、よく似た色合いで表れたので、私はごく普通に蒙古斑だと理解していた。けれど、通常手の甲が青くなることはあまりないことから、何度か公園仲間のおかあさんたちに「その手、どうしたの?」と聞かれ、その度に蒙古斑だと説明しなければならなかった。それまでには自分でも家庭の医学書を開いて、息子のようにあまり一般的ではない箇所に出る蒙古斑が「異所性蒙古斑」と呼ばれること、アザが消えるまでにかかる年月が通常よりも比較的長いという知識などを得ていた。
 「もみじのような手」という表現がある。赤ちゃんの、ほんのり桜色をした小さなかわいい手を、赤く色づいたもみじに喩えた言い回しだ。そういう意味では、息子の手は「もみじのような手」ではなかった。けれど、私は息子の青い手がかわいくてたまらなかった。赤く色づく前──真夏の元気なもみじの手だと思っていた。
 歩き出し、やがてタッタカ走り出すようになった頃、息子は一度整骨院の世話になった。肘を脱臼したからである。いきなり県道に飛び出そうとした息子の手を、私が慌てて掴んだ瞬間、肘が抜けた。こうでもしなければ息子は車にはねられていた。
 当の息子はあまり痛がらなかったのだが、私はすぐに脱臼に気づいて、近くの整骨院に連れていった。上の娘が二度も肘を脱臼しているので、下げた時の腕の状態を見てピンときた。因みに娘の脱臼歴初回は知人のおばさんが娘の両手を持って宙に浮かせてあげようとしただけで外れ、二度目は自らマットレスの上でゴロゴロ転がって遊んでいる時に外れた。
 私自身が子どもの頃よく脱臼していたので、関節が外れやすいのは遺伝かもしれない。友だちが私の手を引っ張って「ねぇ早く行こうよぉ」なんていうのを見ただけで、母が「駄目駄目駄目駄目!」と叫びながら飛び出してきた。「腕が抜けちゃうから引っ張らないであげて!」
 この一言で友だちがギョッとして手を離し、娘がバランスを失ってひっくり返ることまで母は計算しなかった。
 私の場合、父が私の両手を持って回転ブランコみたいに「ぶーん」と振り回して遊んでくれようとした時に外れたのが最初。中学生の頃はやたら手首の関節が外れて難儀し、高校の時には一度自宅の風呂場でタオルを斜めに持って背中を洗っていただけで肩を脱臼した。息が止まるほどの激痛に、思わずもう片方の手でガバッと肩を押さえたら、鈍い音と共に無事にハマッた。社会人になってからも一度。あくびをした時に顎が外れた。笑い事ではない。この時も激痛に息が止まりかけた。思わず両手でガバッと顎を押さえたら、「カクン」という感触と共にハマッた。
 こんな自己体験を持つ私だが、素人が外れた関節を無闇にいじるのはどうかと思い、自分の子どもたちは整骨院に連れていくようにしていた。
 ところが、息子を診察した先生は、息子の手をじっと見て、「これは?」と私に聞いた。
 「蒙古斑のことですか?」と私は質問に質問で答えた。
 すると先生は私の質問には答えず、「お姉ちゃんも何度か脱臼していましたよね」といったきり、何やら思案顔になった。母である私がいかに脱臼しやすい体質であったかというこちらの説明には殆ど興味を示さないまま、
 「念のため明日も診せに来てください」と、湿布を貼られて帰された。
 翌日、言われたとおりに整骨院に行くと、待合室の本棚の真んまん中に、前日にはなかった書物が並んでいるのが目に付いた。
 「いのちの器」である。「いのちの器」というのは、『for Mrs’』(秋田書店)に連載された、上原きみ子のレディースコミック。産婦人科女医・有吉響子を主人公に、愛と勇気と生命の尊さを描いた物語で、後にテレビドラマ化もされた。
 間違いなく児童虐待を疑われていると思った。上の子が二度脱臼した上に、下の子も脱臼。しかも両手の甲に‘鬱血’までみられるとあっては、先生の気持ちもわからないではない。
 私がショックだったのは、自分が虐待母として見られたからではない。私の大好きな息子の青い手が、他人の目には虐待の証にしか映らないんだと知ったからである。整骨院の表ドアの横に貼ってあった「こども110番の家」の黄色いステッカーを思い出す度、目がしみた。
 健康診断に行った時、乳幼児の扱いに慣れている保健婦さんに、手の蒙古斑の話をしたら、
 「手の甲くらいなら十分一般的な場所なんですけどねぇ」と朗らかに笑い飛ばしてくれた。
 「──蒙古班の知識がない熱心なソーシャルワーカーや医療スタッフが、 児童虐待による傷であると誤解することもある」(wikipedia「蒙古斑」の項より)蒙古斑は、今はもう息子の手にはない。
 小さくて湿っていて青かった息子の手。今思えば、青いもみじというよりは、カエルの手みたいだった。カエルの手は、決して私を拒まなかった。
 またつないでみたいなぁ。息子の成長を喜びながら、同時に私の手は、青く小さな湿った手を探してもいる。

 
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# by vitaminminc | 2006-07-28 16:40 | 子ども | Comments(4)

KA(T-T)UN

 そろそろ3ヵ月になる。
 KAT-TUNの亀梨和也(20)と小泉今日子(40)。年齢差20歳の熱愛報道が写真週刊誌「FRIDAY」で報じられたのは、4月27日であった。明日でちょうど3ヵ月。二人は現在もアツアツなのであろうか。
 私は、先ほどの仰天ニュースについて互いの事務所が静観しているのが、妙に引っかかった。これはあくまでも私の邪推に過ぎないのだが、なんとなく二人の交際には営業戦略の匂いがしてならない。百歩譲って、二人が本当に惹かれあって交際を始めたとしよう。これまでのジャニーズ事務所といえば、売れっ子の人気に影を落とすようなスキャンダルは、事務所の圧力で徹底的にもみ消す──そんなイメージがあった。なのに今回は、サラッとしたものだ。
 「亀梨が、以前から芸能界の大先輩として尊敬している小泉さんから、ファッションなどに関してアドバイスを受けているだけの話」って、泊りがけの理由にもならないようなことをシャーシャーと。
 まあ、もともと亀梨君にもキョンキョンにもさほど興味のない私。どうでもいいといえばどうでもいい話なのだが、この二人の交際を互いの事務所がデメリットではなくメリットとして受け止めているのは間違いないとにらんでいる。
 私の職場にも、いるのだ。キョンキョンと同世代で、ジャニーズ・ボーイに夢中になっている女性が。彼女は山下智久君の大ファン。彼がチラッとでも映っていようものなら、DVDはもちろん、彼の声の入ったCDから写真集から、とにかく全て購入している。それはそれは見ていていじらしくなるくらいの熱の入れよう。本当に智ピーのことが好きで好きでたまらないのだ。
 「私は智ピーのためにパートをしているの。給料の全部を智ピーにつぎ込んでも惜しくない」と彼女は言い切る。少女のような表情で、そう言い切る。これこれ、コレなのだ。ジャニーズ事務所は、子どもの手が離れつつある40代女性を、有力ファン層として歓迎しているに違いない。少なくとも、学生よりはお金を落とす。
 キョンキョンがもしも中途半端な30代だったら、あるいは揉み消しにかかっていたか。親子ほども齢が離れていればこその静観。10代20代の若いファンとて、あまり目くじらたてることもないだろう、一過性の熱病として大目にみるだろう、そんな計算が働いたのではないか。年上の女性に夢中になる亀梨を、マザコン趣味だとなじるには、キョンキョンはあまりにもかわいい。悪趣味だと思う輩は、若さ以外とりえのないコギャルだけだろう。しかも、キョンキョンは現在独身。クリーンである。人妻だったら、こうはいかなかった(はず)。ダーティなイメージはアイドルにとって致命傷、絶対に揉み消されていた(はず)。
 要するにキョンキョンは、ジャニーズ事務所が狙っていた40代のファン層を獲得する上で、好条件のすべてを満たした逸材だったのである。キョンキョンは、「私たちだってまだまだ捨てたものじゃないのね」と同年代の主婦たちに夢と希望と錯覚を与えた。そして40代女性から羞恥心を払拭し、堂々ファンクラブまで率いる、自由の女神となったのである。
 一方キョンキョンサイドにしても、異論のあろうはずがない。いくつになっても魅力的! アイドル健在! てな感じで今回の騒動に、思わずガッツポーズが出たに違いない。

 な~んてことをぽわんと考える私には、夢中になれるようなアイドルもいない。若い頃から変わることなく、妙に冷めている。
 携帯の待受画面で物憂げな目をしている智ピーを、大切な宝物でも披露するように、そっと拝ませてくれる同僚のかわいらしさ。何となく、羨ましい。
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# by vitaminminc | 2006-07-26 15:49 | 人間 | Comments(3)

怖い人

 先日雨の朝、バスに乗って駅に向かう道中、それはそれは怖い思いをした。
 あってないに等しい時刻表。本来どの時間に来るはずだったのか見当もつかないくらい、大幅に遅れてバスが到着。やれやれとバスに乗り込み、空席に座ったはいいが、涼しかった外に比べて、冷房が入っていない車内は蒸し暑かった。それだけでも不快なのに、とにかくバスが進まない。駅へ向かう道は、雨の日には決まって渋滞する。
 突然、男性の短い叫び声が聞こえた。
 「携帯ッ!」
 私には、そう聞こえた。声の主は、通路を挟んで私の右斜め前に座っている若い男性。頭を抱える仕草が見えた。ははん、携帯を家に置き忘れてきたんだなと、ココまではまだ微笑ましい光景だった。
 しかし、携帯依存症患者の禁断症状(?)は、次第にエスカレートしていく。その若者は、1つ大きく舌打ちをすると、大声なのに何を言っているのか聞き取れないような独り言を始めた。最初のうちは数分に一度、短く何か発声する程度だったが、そのうちに窓ガラスをガンッと拳で殴る動作まで加わった。
 彼女との待ち合わせに遅れることが明らかになった今、携帯で事情を知らせることができずにイライラしているのだろうか。あれこれ想像する私の心臓は、恐怖で早打ち状態。
 バスは亀よりのろい。せめて冷房でも入れてくれたらいいのに。そうすればこの人も少しは頭を冷やし、冷静になれるかもしれない。運転手は何をやっているのか。今の窓ガラスを叩く音が聞こえてないはずはない。降車ランプが点いた。こんな切羽詰まった時に、次のバス停で誰か降りるらしい。いや、逃げ出す気になったのか。いっそそこでこのイライラの若者も一緒に降りてくれないものか。長いその足で、駅まで走った方が早いに決まってる。
 しかし、降りたのはまともな客だけ。若者は降りなかった。降りない代わりに、
 「ギャアア!」
 と奇声を発した。
 おお、ついにくるべきものがきた。やっぱりこの人は普通ではなかったのだと震え上がった。何が怖いって、どこから見ても普通に見えるところが怖い。きかんぼの乳幼児が、自分の思い通りにならなくて癇癪を起こすのなら、うるさいだけで怖くなどない。が、目の前に展開している現実は、ひたすら恐ろしい。
 若者は、20歳前後に見えた。とてもおしゃれだ。短い髪にツイストパーマをかけ、耳にはピアスがキラリ。アッシュカラーのセンスのよいアロハシャツの下には、きっと真っ白いTシャツを着ているはず。クロプトカーゴパンツの下には、しまって美しい脛が伸び、マリンシューズも自然に履きはこなしている。早い話が、黙って座ってさえいりゃあ相当モテるに違いないような若者の一人だったのである。
 だが、若者は黙ってはいなかった。
 再び「キョエェ!」と叫び(←ブルース・リーか)、自分の頭を拳骨でゴンゴン殴っている。
 若者のすぐ前には女子高生が座っていた。私がバスに乗り込んだ時、彼女は背を丸めてセッセと化粧をしていたのだが、かわいそうに、今やバッグを抱きしめながら、背もたれからできる限りはみ出ないよう必死になって寝たふりをしている。通路を挟んだ私の前の人々はと見ると、まるで申し合わせたかのように、自分を含め誰もがみな、窓にもたれるように身体を左(若者がいる方とは逆)に傾け固まっていた。
 バスは、ようやく難関R17を超えた。若者は窓ガラスや自分の頭を叩くのを止めて、ゆっくりとはいえ走行中にも関わらず、立ち上がった。おそらく乗客の誰もが肝を冷やした瞬間である。
 若者は、ゴリラのボス、シルバー・バックのように、天井のてすりにつかまりながら、上体を屈めた。そしてフロントガラスの向こうにかすむ駅を黙って睨んでいた。運転手が、さりげなく冷房を入れたようだ。もうすぐ駅のターミナルに入るという頃になって。
 「たいへんお待たせいたしました。まもなく○○駅に到着いたします」
 運転手の生の声は、いつになく丁寧である。バスが遅れた時、降りる客は先を争うように料金箱を目指すが、我々の誰もが電車に乗り遅れることよりも、命の方が大切だと認識していた。若者が、誰にも邪魔されることなく悠々とバスを降りるまでの間、おとなしく座ったままだった。
 こうして恐怖のバスツアーは、一人の犠牲者も出さずに無事終了。だが、私だって頭を抱えたくなる。あの若者の奇行はなんだったのか? 一見おしゃれな今風の若者を、ああも自己制御不能にさせたものは、何だったのか? 何が彼を動かしていたのか?

 ダイオキシンを与えたマウスが、感情障害や行動障害を引き起こし凶暴化──いつか読んだ新聞記事が、今更のように頭をかすめる。
 自分が「怖い人」になっている、またはなりそうな気がする人は、絶対にハンドルだけは握らないでください。
 
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# by vitaminminc | 2006-07-25 18:08 | 人間 | Comments(4)

ポケモンたちに告ぐ

 思ったより息が長かった。しかも今でも続いている。なぜだ? なぜなんだ、「ポケモン」め。

 私は「ポケモン」が好きではない。これ案外、ペット好きな人なら頷いてくれるんじゃないかと思う。だって、モンスターと出くわすたびにいちいちポケットからモンスターボールなんかを取り出して、スヤスヤと眠っていたかもしれないモンスターたちに「行けー!」なんて偉そうに叫んで、闘わせるってんですから。そこのところの心境が、私にゃあ理解できない。一生理解したくもない。

 ♪あぁ~、憧れの~、ポケモンマスターに~、なりたいな~、ならなくちゃ~、絶対なってやる~

 あんたらはいい。モンスターたちを闘わせて、よくすればそのトップブリーダーのモンスター版みたいな地位が獲得できるんだから。でもね、闘わされるモンスターたちに、説明できるんですか? え? 【なんのために闘うのか】を、ちゃんと説明できるんですか!ってんだ。

 ウルトラマンや仮面ライダーは、まだ単純でよかった。だって彼らが闘う相手は明らかに人類に危害を与える「悪者」なんだもの。でも私が見る限り、ポケモンの闘いは絶対に必要な闘いだとは、どうしても思えない。人間様のために闘わされているだけにしか見えないのだ。
 ゲームの中で繰り返される暴力シーンが、少年犯罪を誘発する──このことが社会問題としてクローズアップされてから、もう何年も経つ。当然、ポケモンはそういったことを配慮してプログラミングされたゲームストーリーに違いない。その証拠に、主人公はポケモンたちをこよなく愛し、闘いの後にはキズついた身体を癒しに、お決まりのように「ポケモンセンター」に駆け込む。  おい、おい。キミたちには学習能力というものがないのか。キズつかないためにはどうすればいいのか。頭を冷やして考えろ。一緒に成長の旅をしている仲間を闘いに引きずり出したりしなければ、誰もキズつきはしないのだ。
 ポケモンたちもポケモンたちだ。どこの世界に愛するわが子を戦地に送り出す親がいる? それでもキミたちは、かなしいくらいご主人様が大好きなんだね? だって闘う前も闘った後も、ご主人様はとてもやさしくしてくれるもの──。
 ポケモンマスター(予備軍含む)の偽善者ぶりは、まるでDV加害者のそれとおんなじ。暴力に及んだ後には、必要以上にやさしくなる。そうすることで、傷つけた相手に精神的足枷をはめて、自分から逃げられないようにしてしまうのだ。

 ポケモンたちに告ぐ。──もう闘わなくてもいいんだよ。でないとただのDV被害者でしかない。自分たちの意思で闘うのなら何も言わないけれど、
 「キミに決めたー!」
 なんてバカげた一言で、いきなり闘いの場に送り出されちゃかなわないだろう?
 今度、卑怯者に言っておやりよ。
 【自分で闘えよ】──ってさ。
 
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# by vitaminminc | 2006-07-24 18:12 | 人間 | Comments(0)

鳥肌ーリン

 b0080718_17152793.jpg 
 「おはよ! 元気? 久しぶりに凄いニュース! 今日はうちの子の運動会なんだけど、朝一で、X君の父ちゃんが横にいるのを見た! 覚えてる? あのいつものオーラを発し、Gジャンに革靴だ! もう7年も経つのに、あの時のまま。超胸キュン!──」
 ↑これは今年の夏の初めに友だちから送られてきたメールである。友だちは、自分の下の子の小学校の運動会を見に行った朝、7年ぶりに「X君のおとうさん」を見ることができたのだ。その時の興奮と感動が「超胸キュン」の一言に凝縮されているようだった。
 私たちは、上の娘同士が幼稚園で仲良くなったことがきっかけで、8年来の友だちだ。X君というのは、当時娘たちと同学年だった男の子。クラスが一緒になったことはない。
 幼稚園というのは、とにかく行事が多い。ある日、私は何かの行事で、すごい力によってぐるりと後ろを振り向かされた。変な話、自意識過剰なわけではないが、私はたぶん人の視線をキャッチする能力に長けている。これまでにも、私が振り返ると慌てて視線を逸らす人を何人も見てきた。サマーセーターを裏返しのまま着ていたことや、後ろ髪が寝癖で飛び跳ねていたことなどを除外しても、決して少なくはない。なぜ人はかくも変なものに惹きつけられてしまうのか。何だか話がズレてきた。元に戻す。
 私が振り返ったとき、実はX君のおとうさんはこちらを見ていたわけではない。つまり、「視線」ではなく、別のチカラで私を振り向かせたのである。
 それは、どよよょ・・・とうねりくるオーラであった。それも、街で見かける芸能人などがやたら垢抜け輝いて見えるアレとは違って、限りなくダークなオーラ──「暗泥メダ大星雲」のような、闇に吸い込まれそうなオーラであった。わかりやすく言うと、【鳥肌が立つほどキモチ悪かった】のである。
 X君のおとうさんは、小柄で華奢だった。ヘタすると私よりライトだったかもしれない。そしてなによりも、いでたちが異様だった。両肩が脱臼したみたいな、大きすぎる上着。くるぶし丸見えの、短すぎるジーンズ。その下には黒ソックス&黒の革靴。「やめてぇ・・・」とうめきたくなるようなロー・センスであった。
 貧乏なやもめ男か万年独身彼女なし男が、古着屋でサイズのまったく合わない服を間に合わせに買って、そのまま歩いて来ました、というようなカッコだった。野暮ったさも、極めれば心を打つ。私はその人が気になって気になって仕方がなくなり、横にいた友だちに小声で聞いた。
 「ねぇ、あそこに立ってる男の人、誰のおとうさん?」
 え?と振り向き、私の視線の先を見た友だちは、思わず口を手で押さえながら声に出していた。
 「何あの人、気持ち悪い!」
 このように、当初は生理的に受け入れられずにいた私たちだが、「ぞっ」とくる妖しい感覚が忘れられず、気がついたら中毒になっていた。行事のたびに、どちらともなくX君のおとうさんを探すようになっていったのである。
 「ゲ!」と叫びたくなるファッションは相変わらずで、逆にどうすればああも適正サイズを外した服ばかり身につけられるんだろうと不思議でたまらなかった。
 暗黒オーラの光源がX君のパパだとわかるまでに、そう長くはかからなかった。友だちが、行事の係でX君のおかあさんとたまたま一緒になり、ついには服のセンスの理由まで仕入れてきた。それによると、X君のおとうさんは入婿で、お金にはちっとも不自由していないはずであった。いや、自由になるお金には誰よりも不自由していたのかもしれない。なにしろ着ている服の大半が妻のお下がりだという話だから。
 まもなく私と友だちは、秘かに「X君のパパ☆ファンクラブ」を結成した。X君のおとうさんは、安値の札で主婦を惹きつける、スーパーの「はね海苔」だった。光沢もなく薄いけど、味は寿司海苔。
 行事では、自分の子どもの位置を確かめた後には、必ずX君のおとうさんの立ち位置を確認した。子どもを見る振りをして、さりげなくそばに寄っていくこともあった。そばにいった時などは、「ぞぞぞぞぞ・・・」という効果音が周囲に漏れ聞こえはしないかとハラハラしたほどだ。
 やがて私たちは二人とも、離れていても近くにいても、X君のおとうさんがいると、自然に鳥肌が立って、“いる”と察知できるまでになった。妖気を感じると髪の毛が立つ鬼太郎のようなものだ。
 X君のおとうさんが発していたオーラは、北の空に揺らめくオーロラのように、我々二人のファンを魅了して止まなかった。

 「──こっそり写メしようかと思ったけど、携帯なんか構えてこっちが変人に思われるのもイヤだったから、泣く泣くあきらめた」と友だちはメールを結んでいた。
 
 こう蒸し暑いと、あんなにも私たちに鳥肌を立たせた、X君のおとうさんが懐かしくなる。彼は、あの強烈なマイナスオーラのほかに、きっとマイナスイオンも発生させていたんだろう。ただキモチ悪いだけの人はザラにいるけど、X君のおとうさんは格が違う。小柄で華奢だったが、母性本能をくすぐるタイプとはまったく違っていた。
 真夏の鍾乳洞かお化け屋敷か。一種独特の、あんなにも不気味な引力を持った人を、私と友だちは、ほかに知らない。
 ブキ魅力的、なのである。
 
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# by vitaminminc | 2006-07-22 15:42 | 人間 | Comments(2)

揺れる

b0080718_11234239.jpg 最近、揺れてます? 通勤電車とか震度2の地震とかじゃなくて、何かに身を任せて、揺れたりします? 心が揺れてどうするんですか。まぁ心が揺れたっていいですけど。

──ってなことを問いかけたくなったのは、遠い昔に揺られたハンモックのことをふと思い出したからだ。
 私が子どもの頃、家にはハンモックがあった。ハンモックだけではない。籐製のブランコもあった。気が向けばそれらに身を任せて、好きなだけ揺られてられた。夏の昼下がりには蝉の声を子守唄に、目を開けたまま、揺れて揺られて─夢見るように過ごしたものだ。
 なんていうと、広い芝生の庭だとか、ウッドデッキの玄関先だとか、アメリカ映画に出てくる田舎の家に育ったようだが、実際はまったく違う。ハンモックも籐製のブランコも、すべて家の中にあった。
 ハンモックは、六畳の和室(両親の寝室)。2本の柱に太いフックを取り付けて。普段は片側の柱にまとめておいて、使う時だけネットを広げる。片方の支柱バーの先の輪を、向こうの柱のフックに掛ける。
 ブランコは私の個室(1.5坪の畳部屋)。開け放った障子の上の鴨居にひっかけ吊り下げて、昼間はいつでも乗れたのだ。
 これらはすべて父の趣味。すごいセンスだが、子どもの辞書にミスマッチという言葉はない。畳の上にハンモックが渡してあろうが、障子の代わりに籐製ブランコが下がっていようが、そんなことは問題じゃない。風にゆれる木の葉のように、あるがままを受け入れ揺れる──大好きだったなぁ、揺れるのりもの。

 考えてみると、もうずいぶん長いこと揺られていない。公園のブランコに、最後に乗ったのはいつだったろう。黒澤映画「生きる」のワンシーンが蘇る。あれは確か、病気で余命いくばくもない主人公(役所の人間)が、地元住民の要望に初めて耳を傾け奔走する。市民の憩える公園をつくるために。ようやくその願いが叶った公園で、主人公は自分がもう長くないことを悟り、たった一人ブランコに揺られるのだ。ひとこぎひとこぎ、しみじみと。自分が生きた最後の証を噛みしめるようにして・・・そんな話じゃなかったか。

 自分の部屋の入り口にあった幼児用ブランコは、私が小学校低学年のうちに、もっと小さな子どものいる親戚の家にもらわれていった。大好きだったハンモックは、ある年の夏休みに難破した。兄(小6)と私といとこ(小4)の三人で、「嵐にあった船」ごっこをしている時に、悲劇は起きた。ハンモックの両端の張り木を掴んだ二人が、中の一人を振り落とすまで過激に揺らす。そんなろくでもない遊びをしている最中、ものの見事に大破した。新しいのを買ってもらえるかと期待したが、「買っても壊す」と決めつけられて、とうとう我が家から「揺れる」すべてが姿を消した。
 
 電車の揺れも“1/f 揺らぎ”らしいから、ブランコやハンモックの揺れも、それに近かったんだろう。とにかく心地よかった。心地よかったという記憶しかない。ブランコやハンモックに身を任せ、α波を放ちながら、いくらでも空想に浸っていられた。
 ブランコはムリでも、ハンモックになら大人でも乗れる。アウトドア用品のコーナーで、2000円位で手に入る。ただ、今の家の柱に吊るして、今の私が横たわったら、どうなるか。築30年を越す古家の柱。「人」という字を描きそうで怖い。家自体が揺らいでしまってはシャレにならない。心地よくもない。

 あ~ぁ、今のポリプロピレン製のネットなんかじゃなくってさぁ、あの懐かしいコットン素材の網の中、くもの巣にかかった幼虫のように、背中を丸めて目を閉じるのだ。観念しながら眠りについて、虚しくかぼそく祈るのだ─いつの日か、飛べますように─舞い飛ぶように、舞い飛ぶように、揺られながら、夢が見たい・・zzz・・・☆
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# by vitaminminc | 2006-07-18 11:23 | 人間 | Comments(2)

主役不在

b0080718_1827408.jpg←アブラゼミ(Wikipediaより拝借)
 
 図書館に向うアスファルト道路は、スイッチを切って間もないスチームアイロンの表面。街全体が亜熱帯植物園と化し、誰もかれもがふやけて見えた。
 連日ニュースでは、やれ34℃だ、35℃だと最高気温を伝えている。そのとおりの温度に浸りながら、頭の中ではしきりに何か目には見えないギャップのようなものを感じていた。何か変だ。何が変なのかがわからないまま、気がつくと図書館に着いていた。
 自転車を停めて、空を仰ぎ見る。梅雨明け前の、地味な雲に覆われている。白っぽい灰色、黒っぽい灰色、青紫っぽい灰色──空は、本来の突き抜けるような色を隠し、病んでいる顔色をしていた。
 でも、私が「変だ」と感じたのは、空の色のことではない。図書館の向かいの寺に視線を移したとき、その答えが見つかった。寺には、緑の木々がたくさんあった。

 温度にサウンドが伴っていなかったのだ。私の体感温度はセミの鳴き声を必要としていた。

 セミたちは、知っているのかな。こんなに幾日も暑い日が続いてるのに、まだ梅雨が明けてないってことを。
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# by vitaminminc | 2006-07-15 18:21 | 自然 | Comments(2)

名前ノムコウ

 ラジオの女性DJが、「シカオちゃん」と呼ぶのを耳にして、私はひどく違和感を覚えた。‘シカオちゃん’とは、ご存じのとおり、SMAPに「夜空ノムコウ」を提供したことでも有名なミュージシャン、「スガシカオ」のことである。彼は今、娘が夢中になっているアニメ「×××HOLIC」の主題歌なんかも担当しているが、ハスキーな声と怪しげな旋律が妙に印象的だ。
 ちょいとしたファンであれば、好きな相手の名前を「ちゃん」付けして呼ぶくらい、珍しいことでもなんでもない。私が「チガウ」と感じたのは、あくまでも個人的な見解からだ。なぜなら、「スガシカオ」は私の中では、「清し(すがし)顔」だったからである。
 そもそも最初に、文字としての「スガシカオ」を目にした時点で、私の勘違いは始まっていた。「すかし顔」と読み間違えていたのである。次に文字を見たときに、「ガ」の位置を修正し、「スガシカオ」はスカした野郎から「清し(すがし)顔」の男へと変貌を遂げた。どこをどうひねればそんな不自然な解釈ができるのかと首をひねりたくなるかもしれない。でも私はごく自然に何の疑いもなく、頭の中で「清し(すがし)顔」と変換していた。ミュージシャンにありがちなナルシスト的傲慢さと、長塚節の短歌「たらちねの 母がつりたる 青蚊帳に すがしといねつ たるみたれども」に見られる清廉さとを併せ持った、ヒジョ~に斬新なネーミングだと唸ったほどである。(←バカか)
 以来私は、ラジオの女性DJが「シカオちゃん」と言う瞬間まで、ず~っとスガシカオのことを「清し(すがし)顔」だと思い込んでいた。誰も変わった名前だと指摘する者がいないのも妙だなとは思ったけれど、もともとミュージシャンなんてのは変な名前の集団である。大して気にもせず、スガシカオは(私の中で)、自分で自分のことを「清清しい顔」呼ばわりする変な男であり続けた。だから今更「スガ+シカオ」なんて受け入れ難いのである。

 余談になるが、何年か前に「ウルトラマンティガ」がTV放映されていた頃も、同じような勘違いをした。新聞のテレビ番組表にあった番組のタイトルが、文字数の関係で「ウルトラ」と「マンティガ」の二段に分かれていたのが原因だ。私は何の疑いもなく、かつての「ウルトラQ」みたいなシリーズが帰ってきたのだと思った。
 「Q」の意味もいまだによくわからない私にとって、「マンティガ」の意味がわからないことなど問題ではなかった。もしかしたら、今度のウルトラシリーズは、宇宙からの飛来生物が相手ではないのかもしれない。「マンティガ」というのは、深海の未知なる生物の総称で、毎週毎週何らかの謎の海洋生物が登場して、ウルトラ警備隊と死闘を繰り広げるのかもしれない。
 ヒーロー不在の「ウルトラQ」シリーズの方が、よりリアリティが感じられて好きだった私としては、新番組「マンティガ」を大いに歓迎した。カモン、マンティガ!
──そんなわけだから、実際に「ティガ」が登場するシーンを見た時の私の失望と羞恥心は語るまでもない。
 あれから何年経つだろう。まったく学習能力なし。
 これからも私は、名前ノムコウにあるものを追い続けていくに違いない。
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                 ↑カナヅチだったティガ
 
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# by vitaminminc | 2006-07-13 18:25 | 笑い | Comments(10)

バカ無限大

b0080718_20324967.jpg 暑い。蒸し暑い。もはや笑う気力もないほど暑い。
 てなことを思っていたはずなのに、不覚にも笑ってしまった。
 息子のせいだ。やつはお風呂に入るために、脱衣所で服を脱いでいた。そして、
 「ひゃほほほほ!」
 とインディアンのように笑いながら、いったん廊下に出てきた。
 ニッと笑って得意そうに私に向けた顔には、大きなメガネ。それが何であるかを理解したとたん、私は笑った。

 息子が顔にあてがっていた大きな白い‘メガネ’の正体は、さっきまで穿いていたブリーフである。汗でくっついて、脱ぐときにクルクルとコヨリのようにねじれ、見事な無限大記号(∞)を形成していた。
 しばしエルトン・ジョンのような顔を披露したかと思うと、息子は突然自分の使用済みパンツを遠くに投げ飛ばした。
 「くせっ!」
 当然のことながら私に「バカ!」と叱られた息子は、すごすごと無限大を拾いに行った。
 マッパのふりちん姿で。 
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# by vitaminminc | 2006-07-12 20:51 | 子ども | Comments(2)

昔も今も欲しいもの

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はてなダイアリーさんより拝借/エクボが可愛い相田翔子→

 私は、エクボが欲しかった。小学一年の頃から、欲しかった。自分のほっぺに、欲しかった。
 笑うと「キュッ」と音が出るような、小さなエクボが欲しかった。口角の真下に「キュッ」と出る、小さなエクボが欲しかった。
 小学一年のとき、初めてエクボを知った。同じクラスのジュンちゃんが、エクボの出来る女の子だった。彼女が笑うたびに、口元に窪みが出来た。私は窪みにハマッた蟻となり、たちまちエクボのとりこになった。
 「その穴、なあに?」と私が聞くと、ジュンちゃんは「私、エクボが出来るんだ」と教えてくれた。少し誇らし気な顔をして。
 学校の外で二人で遊んでいると、よそのおじさんがジュンちゃんの顔を見て、
 「あれ、かわいいエクボだねぇ」と言った。
 やっぱり、誰が見ても可愛いんだ。
 「どうすれば、エクボができるの?」
 そう聞く私にジュンちゃんは、ますますエクボをシャープに絞り、小首を傾げて見せるのだった。
 母にエクボをおねだりしてみた。
 「いつも指で押していたら、そのうち出来るようになるかもよ」
 だから私は小指の先を、暇さえあれば口元に当てた。ほんの少しではあるけれど、「らしきもの」が確かに出来た。

 一口にエクボといっても、位置やら大きさや深さやら、様々な表情がある。私が理想とするエクボは、タレントの相田翔子のようなエクボだ。見ていると、こっちまでつられて「キュッ」と笑いたくなる。女性らしい、実にキュートなエクボである。まったくうらやましい限りだ。
 「あばたもエクボ」と言われるように、エクボはみんなに愛される。中国では、「エクボのある花嫁は幸運をもたらす」という言い伝えがあり、エクボ欲しさに形成外科を訪れる女性、決して少なくないらしい。なんてこった! エクボが金で買えるとは!
 そもそもエクボとは、何であろうか。その部分の皮下脂肪が通常より少なくて、皮膚が皮下組織(繊維成分主体)を介して筋肉と癒着するため、筋肉の動きに連動して生じる‘ヒキツレ’なのだそうだ。要するに、エクボというのは、皮下組織が不十分なために起こる、「皮下組織の発達障害」というわけ。
 形成外科でエクボを手に入れるためには、手術によって、この障害=ヒキツレを人工的に引き起こしてもらう必要がある。口の中から切開し、表情筋と頬の皮膚の裏側を結びつけるというのがそれだ。なんだか聞いているだけで頬の裏側がヒキツレを起こしそうだ。イデデ。
 参考までに、タイ・バンコクのDr.ピチェート整形外科センターでエクボ造形手術を受ける場合、料金は、入院不要で500USドル也。ん? 日本円にするといくらだ? 1ドル114.05円として・・・約57000円!? 私の1ヵ月の薄給のパート代を払ってもまだ釣りが来る。飛行機代はこの際考えまい。なぜなら、私はこんな手術を受けてまでエクボが欲しいとは思わないからだ。欲しいけれど手に入らない、だからこそイイのである。憧れるのである。
 大体ね、気色悪いです。口の中を切って、表情筋と頬の皮膚の裏側を結ぶなんてのは。イデデデデ。中国ではそんなことして作られたとも知らずに、エクボが出るっちゅーだけで、一族総動員で息子の彼女を歓待しちゃったりするんだろうなぁ。

 で、小学生の頃うっすら出ていたはずの私の浅いエクボだが、齢とともにきれいさっぱり消え失せた。そこの部分の皮下脂肪が、通常並または通常以上に増えたためと思われる。キュッ!
  
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# by vitaminminc | 2006-07-08 19:16 | 人間 | Comments(2)

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 ←宇宙人ではない。「タコ」である。

 昨日、子どもたちと一緒に七夕飾りを作った。
 「ママ、タコをつくってね」と息子に言われ、
 「えぇ? またぁ?」と私はごねた。なぜだか七夕飾りというと、「タコ」をつくるのは私の役目。
 「なんで? ママ、タコつくるの得意じゃん」
 娘もそうおだてて「はい、この色ならタコっぽいでしょ」とピンクの折紙を私に寄越す。‘タコつくるの得意じゃん’と言われても、ちっとも誉められた気がしない。
 でも今年は水色の折紙でねじり鉢巻なんかも締めてみた。8本の足も、くるくるにカールして、なかなか元気そうなタコに仕上げた。
 「タコに顔を描きたい!」という息子に任せたら、万引きを目撃した瞬間の、万引きGメンのおっさんみたいな顔のタコになった。
 娘が作ったおしゃれな短冊に、願いをしたためた。
 「虫が侵入してこない家に住めますように─☆」
 なんという現実的な、夢のない願いなのか。
 もう一枚の短冊には、毎年の恒例として、世界の平和を祈った。今年は北がバカなことをしでかすから、いつも以上に筆圧が高くなった。
 子どもたちは、二人揃って将来何になりたいかを書いていた。
 私は今、あなたたちのおかあさんをやっています。。。☆
 玄関先の大きな鉢植えの笹に、子どもたちがあーでもないこーでもないと、楽しそうに七夕飾りをほどこした。

 夜半過ぎに、通り雨。子どもたちが、七夕飾りのことを心配していた。
 「大丈夫かなぁ・・・」

 上の写真は、今朝見た七夕飾り。
 眼光鋭い万引きGメンのタコであったが、昨夜の雨にたたられ、くるくるの足は伸び切り、まるで泣き疲れたスルメイカである。
 今朝は、まだ願いが叶うには時期尚早だったため、玄関内の片隅には、一匹の蜘蛛が小さい巣をこしらえていた。私が虫の侵入を拒む内容を短冊に書いた晩に、わざわざ巣を張るなんていい根性をしている。しかも、その半透明な綿埃のような巣の中は、これみよがしにカメムシのような昆虫が捕まっているではないか。それを見た時の私の心境は、まさにスルメイカに変身したタコとシンクロしていた。

 今現在、日本の空の下で揺れている短冊、 いったいどのくらいあるのだろう?
 
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# by vitaminminc | 2006-07-07 21:46 | 人間 | Comments(0)

娘がね、虫眼鏡

b0080718_16182239.jpg 私の娘は、妙なモノが目に止まる性質である。幸か不幸か、見なくていいようなモノに限って目が釘づけになるらしく、これまで何度も笑わせてもらった。b0080718_15295834.jpg

 
 
 
 今年中学校で行われた歯科検診終了後、娘は何人かの級友にからかわれたそうだ。
 「今年は社会の窓が開いてなくて残念だったね」と。 
 これはどういうことを意味するのであろうか。去年の歯科検診まで時間を巻き戻してみると─。
 齢の頃は30代。学校でお目にかかる成人男性としては、「アレ?」と感じるほどイケメンの先生だったという。
 だが、その歯科医師と向き合って座ったとたん、娘の網膜に引っかかったのは、顔ではなく社会の窓だった。ほぼ全開に等しい状態で、その窓は開いていた。ギョッとした娘の瞼はフリーズを起こしてしまう。どうにもこうにも視線を逸らすことが出来ない。そのあまりに一途な眼差しに、先生も思わず視線のゴールを見た。
 「おっと、失礼・・・」
 さりげなく窓を閉めると、先生は何事もなかったかのように、代わりに娘の口を開けさせた。
 笑いをこらえていたからなのか、恥ずかしかったからなのか。自分の顔が異常に赤くなっていることだけはわかった娘である。
 検診を終えた娘が、友だちに顛末を話すと、みんなゲラゲラ笑った。みんなも当然気づいてはいたけれど、見て見ぬ振りをしていたのだという。オトナである。
 それを、本人に気づかれるまでジロジロ見るなんて、「やっちまったね」と大いにウケた。
 「なんでみんな平気でいられるんだ?」
 私にその話を聞かせながら、娘はしきりに首をひねっていた。コドモである。
 ちなみにこの時の娘の順番は、2クラス目の13番目。つまり、先生は丸々1クラス分の生徒+12人の生徒を相手に、風通しよろしく爽やかな環境で診ておられたことになる。

 このことで、ふと望遠レンズの話を思い出した。娘が小学4年生の時のこと。ある日の下校途中、娘は栗林のはるか向こうで、立小便をしている人影を発見した。正義感の強い娘、早速翌朝同じクラスの男子に、前日に見た不届き者の話をした。
 「それって何時ごろ?」
 「3時半ごろ」
 「それ、オレ」
 「え!!」
 「家に入ってからするのタリ~から、林で立ちションした」
 「げ!!」
 その男子というのは、栗林の持ち主の息子である。

 あ。ついでにもう一つ。またしても至近距離の話。林の立小便見物から無事一年が過ぎ、小学5年に進級した娘。担任の先生(40代後半の男性教諭)と向き合って話しているうち、全身がフリーズ状態に陥るほどのショッキング映像を捉えてしまった。もう、会話どころではない。
 「だって先生の鼻の、毛穴の、中の、白いぷつぷつが、【モンシロチョウの卵】みたいだったんだもーん!」
 「ひゃぁぁぁあ!」聞いた私も思わずのけぞった。そして背筋を鍛えながら、角栓(?)をモンシロチョウの卵のようだと言い切る娘の観察眼に、思わず感服した。 

 それにしても、うちの娘・・・。不幸といえば不幸な視線の持ち主である。こんな無器用すぎる娘の視線、はたして受ける側は、‘幸’なのか、‘不幸’なのか?
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# by vitaminminc | 2006-07-05 17:01 | Comments(0)

お鍋にマニロウちゃん

b0080718_92253.jpg 今日が私の仕事の振替休日と知るや、急性体調不良を訴え出た娘。仕方なく学校まで送り届けての帰り道。
 カーラジオから、にわかにチャカポコしたリズムが聞こえてきた。J-WAVEのDJジョン・カビラが、「みなさん、このリズムです!」と笑いを押し殺したように切り出す。

 彼の説明によると、シドニーでは6月初め、エンジン音や大音量のカーステレオといったルール違反の騒音を撒き散らす不良ドライバーを一掃する目的で、彼らがたむろするレストランの駐車場などに、拡声器を使ってバリー・マニロウの曲を流すことを決定。これは数年前、オーストラリアのとあるショッピングセンターが、ビング・クロスビーの音楽を流したところ、10代の少年少女を追い払うのに成功した事例に基づく対策であった。
 「ダサい音楽が彼らを追い払う唯一の方法。彼らは耐えることができない」(ビル・サラヴィノフスキー議員)
 世界的な観光地シドニーだが、近年では不良に駐車場を占拠され、ファミリー層の客足が途絶えるなど、事態は深刻さを増していた。そこで、上記の成功例に学び、フーリガンの溜まり場となっている場所に公共団体がスピーカーとパイプを設置、若者たちから「ダサい曲」扱いされている曲を流す作戦に出たのである。
 「マニロウは非常にダサいので、同じ効果があるはず」(地方議員ロックデール氏)
 ダサい、ダサい、と遠慮のない。なんだかどこかの団地で糞公害に悩む住民たちが、鍋を叩いてムクドリを追い払おうと躍起になっている話とどこか共通している。
 番組では、その後の成果がいかなるものであったかを、現地のしかるべき人物と電話をつないで確認していた。
 一度は駐車場に集まってきた不良ども。が、「耐えることができない」の言葉通り、早々に退散していったという。しかも、悪質な若者たちに対しては生理的に受け付けられなかったバリー・マニロウ、善良なファミリー客に対してはまったく無害だったらしい。「コパカパーナ」に文部省推薦曲的素質があったなんて驚きである。
 それにしても、「ダサい曲」として議員に推薦され、実際に効果を認められ「ダサい曲」のお墨付きをもらったバリー・マニロウ──喜んでいるわけがない。

 日本で同様の対策をとるとしたら? 私は演歌軍歌路線を推したい。でも若者の代わりに演歌好きのマイクを持った親父や黒灰色した装甲車が集まるようになるかもしれない。
 シドニーでは、バリー・マニロウのほかに、ビング・クロスビーやフランク・シナトラなんかも威力を発揮しているという。いっそ私の兄に「ホワイト・クリスマス」や「マイ・ウェイ」を生で熱唱させてはどうか。で、その横で私が鍋を叩くと──いかん、これでは自分たちが騒音源になってしまう。
(参考:「世界びっくりニュース」~6/5付シドニー発ロイター通信)
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# by vitaminminc | 2006-07-03 10:24 | 笑い | Comments(4)

虫愛でる秘め事

 「プ!」と吹き出したようなクラクションの音。ハッと顔を上げると、いつの間にか信号が青になっている。音の主は、バックミラーに映っている黒いタクシー。
 私は、ボーっとしていたわけではない。その反対である。ダッシュボードを歩き回る一匹の蟻をじっと目で追っていたのである。
 なぜ私の車の中に、蟻が? こんな餌もないような車内に、なぜ蟻などが? まさか息子が緩んだ口元から飴玉を落とし、私の怒りを恐れてそのまま放置しているとか?
 車を走らせながらも、蟻が気になって仕方がない。いや、蟻に限ったことではない。フロントグラスに止まっている小さな羽虫なんかがいようものなら、私の焦点はたちまちそっちに持ってかれる。いつぞやは、飛んでは止まり、止まっては飛ぶ気紛れな羽虫のせいで、文字通り寄り目になって運転する「羽目」になった。アブナイったらない。虫など無視すればよいものを、どうにもこうにも目の焦点が、虫を捕らえて放さない。

 イタリア映画やイタリア語の歌、それにパスタが好きというだけの理由で、自分の前世はイタリア人だったに違いないと恥ずかしげもなく思う私であったが、テレビの動物番組で犬猫の視力について学んでからは、少し考えが変わってきた。
 犬や猫の視力は、静止している物体に対しては劣っているため、もっぱら嗅覚に頼っているが、動く物体に対しては俄然威力を発揮するという。つまり、動体視力に優れているのだ。
 この論理を自分の生態に当てはめると、私の前世=イタリア人説は、キンチョールの噴煙に巻かれて消えてなくなってしまう。静止していよう蛾いまい蛾、虫に対して嫌いだろう蛾好きだろう蛾、目も心も奪われてしまうなんて。こんな私の、こんな私の前世は・・・。

 カエルか?
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# by vitaminminc | 2006-06-30 09:45 | 生きもの | Comments(2)

祥月命日6月28日

b0080718_14573968.jpg 昨日、
6月28日は、実父の命日であった。2002年の昨日、父は病床の白いシーツから白雲に乗り換え、上空に飛び立った。
 昨日の仕事帰り、私は花を買った。ミニひまわりと、レモン色のスターチス。それから、お酒と大福も。遺影の前に、それらを供える。背景を空色に加工してある、父の写真。青空で笑っているように見える。
 私は、父の死に目に会えなかった。病院からの危篤の知らせを、どう解釈したものか、母が私に知らせるのを大幅に遅らせたためだ。母が知らせを遅らせた理由というのが、こうである。
 「昨日もお見舞いに来てくれたばかりだったから、疲れているだろうと思って・・・」
 そう言う母を、ずいぶん責めた。人一人が死ぬというときに、いくら体を気遣ってくれたとはいえ、臨終に立ち会えなくさせるなんてひどいではないかと。
 だが、その後、自分よりも先に親を亡くした何人かの友の話を聞くうちに、母を責める気持ちはスーッと消えた。友だちの話から私が導き出した結論は、父が私に立ち会うことを望まなかった、というもの。
 死に逝く者の特権として、父は自分の臨終に立ち会うべき者を選別していたのではないか。思えば母は、なぜ私に知らせるのをああも遅らせたのか、自分でもよくわからない様子だった。父の容体を危篤と受け取っていない様子の母に、心配になった看護師さんが、念を押したという。
 「子どもさんたちには知らせてありますよね?」
 「息子にはさっき一応知らせました。あのぅ・・・娘にも知らせた方がいいですか? 家が遠いものですから」
 「あら!遠いのでしたら、なおのこと早く知らせてください」
 こんなやり取りがあった後、母はようやく私に電話を入れてきた。午前10時前だったと思う。母自身が病院から連絡を受けたのは、その日の早朝。「朝一番で病院に来てください」という連絡を受けた母が、病院に出向いたのが午前9時頃。駆けつけたわけではない。いつも通り、バスに乗って行ったらしい。同居しているはずの息子を伴うでもなく、単身ナースステーションに現れた母を見て、看護師の一人が事の重大性を説いたのだ。
 「でも、危篤だなんて一言も言われなかったから・・・」と、母は首をかしげながら私と兄に言い訳した。時間外に病院から連絡が入ること自体、緊急事態を意味している。「どういうことですか」と確認することもなく、母はほぼ普段どおりに行動していた。
 
 私が病院に到着したのは、12時25分過ぎ。そのわずか25分ほど前に、父の臨終が確認されたという。たった一人でベッドに横たわる父を見て、私は自分でない者の声を、自分の耳で聞いていた。それは、泣き声と叫び声とにすり替わった、自己批判の罵声だった。
 あと25分早く着いていたら──だが、きっと父にはもう私の声は届かなかっただろう。前日に見舞ったとき、父はすでに昏睡状態だった。ベッドで呼吸していたのは、父の脱殻。魂の抜け出た残骸。わずかばかりの細胞の生き残りだけだった。
 「心肺停止の瞬間を目の前で見てしまうと、しばらく尾を引くよ」──そう心やさしい友だちは教えてくれた。友だちのお兄さんも、普段よほど近くにいながら、母親が息を引き取る瞬間に限って居合わせることが出来なかったという。
 「自分でも、お兄ちゃんにはあれは耐えられなかったろうと思う。私だってもちろん辛かったけど、二人子どもがいてどちらかに最期を看取らせるとしたら、お母さんは私を選ぶしかなかったんだろうなって。うちのお兄ちゃんて、そういうの目茶苦茶弱いから」
 そういうものなのかもしれない。うちの場合は、そういうのに目茶苦茶弱いのは、兄ではなく私の方。父は見抜いていたのだ。
 25分早ければ──本当ならあと25分早く出られるくらいの時間はあった。その日に限って学校のPTA役員の連絡が入ったり、ダンナに会社を早退して息子の幼稚園に寄って引き取ってもらうよう電話するにも、幼稚園に事前連絡を入れるにも、いちいちやたら時間がかかった。自分ではどうにもできないような力が加わって、家を出るのが大幅に遅れたような感じだった。よくよく思い出したら、私自身、「取るものも取りあえず」家を出たわけではなかった。方々に手抜かりなく連絡を入れた後、往路気持ちを落ち着かせるためのコーヒーなんかポットに注いでいた。
 
 今では父の死に目に会えなくてよかったと感謝している。人の死を思い知らされるのは、冷たくなったその人に触れるだけで十分だ。モニターの波形が直線になってしまう瞬間など見たくない。医者の口から言い渡される「臨終」の言葉も聞きたくない。そして何より、だんだん冷たくなっていくその人のそばになど、いたくない。
 全部わかっていたから、父はうんと冷たくなった身体で私を迎えてくれたのだ。物わかりの悪い娘に、何の期待も持たせられないくらいに、これ以上はないという冷たさと硬さになって。

 今日、ネットの「没年別・命日データベース」というもので、2002年の6月に父と同期で天国に入門した有名人を調べてみた。↓↓↓
 
 ナンシー関(コラムニスト)・・・お父さんは知らないかなぁ。話すと面白いはずです。
 村田英雄(歌手)・・・一緒にカラオケする仲になっていたらいいな。
 室田日出男(俳優)・・・あくの強い名優さん。「天国にいちばん近い島」って映画に出てた。
 山本直純(作曲家)・・・でっかいことはいいことだ~。天国はでっかいとこですか?

 お父さん、天国にも、ひまわりは咲いていますか? 
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# by vitaminminc | 2006-06-29 15:33 | 人間 | Comments(0)

墨を磨る

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2001年宇宙の旅の  →
「モノリス」ではない。これは
お子様用 固形墨「呉竹墨」



 昨日、書道の話をしたら、急に墨を磨りたくなった。
 小学生の頃、地元の書道教室に通ったことがあるのだが、筆を握るより墨を握る方が好きだった。
 α波を放出させながら、ひたすら墨を磨る。いつのまにか水分が足りなくなって、どろどろのタールみたいな墨汁に仕上げてしまい、先生に注意されることもしばしばあった。
 墨を磨っているあいだって、なんであんなに落ち着いた気分でいられたんだろう。何も考えないで、いくらでも墨を磨っていられた。それでいて、とても心地よかった。

 香をたいて瞑想したことなどないが、私が墨を磨ると、それに近い状態になれるのかもしれない。なんといっても、あの香りがいい。墨の香りには、鎮静作用でもあるのだろうか。

 子どもの頃にかえって、また墨を磨りたくなってしまった。

 
 
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# by vitaminminc | 2006-06-24 23:01 | 人間 | Comments(2)

書道着

b0080718_17234852.jpg 3年生の息子の連絡帳に、「見ました」というサインをする。
 宿題をやり、持ち物を揃えるのはもちろん息子自身がすることだが、連絡帳の持ち物のところに「書写の用意」と書いてあった日だけは、私も動く。翌日の服装の準備。黒、黒、黒の用意。
 
 3年生になって初めて墨汁を使う日、私はうっかりして「黒装束」の用意をすることを忘れてしまった。泣きを見た。汚れてもあまり惜しくないようなお下がりの服はたくさんあるのに、よりによってなぜこの服が・・・? というくらい、墨だらけになって帰ってきた。
 思えば上の娘のときも、書道の日は黒と決めていたではないか。娘自身はほとんど汚さない子であったが、後ろの席の男の子が振りかぶった筆先を肩に受けて以来、ずっと書道の日は墨汁対策として、黒を着せていた。
 男の子は(うちの息子は)汚す。汚れても惜しくないというレベルをはるかに超えて汚す。外に着て出れないくらい、とにかく汚す。とてもじゃないが、黒以外は着せられない。でないと、書道初日に着ていった服同様、全部「パジャマ」行きだ。

 そうは言っても、ほっぺや足の脛にまで墨をつけて帰ってくる息子を見ると、かわいくて仕方がない。だから思う存分墨と仲良くなれるように、連絡帳に「書写の用意」とあった日は、母は嬉々として翌日の服の用意をする。黒、黒、黒。
 「この墨、○○くんにつけられちゃったの」──なんて、‘加害者’になってなけりゃいいけど。あの派手な汚し方からして、ちょっと心配である。
 どうか息子の近くの席の子が、みんな黒の書道着でありますように!
 
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# by vitaminminc | 2006-06-23 17:53 | 子ども | Comments(2)

草取り物語

 一昨日。
 私を草刈に駆り立てたもの、それは何か。──鈴香容疑者である。秋田の小学一年生男児殺害の、あの悪魔である。
 最近ワイドショーで、鈴香容疑者を知る関係者が語ったところによれば、鈴香容疑者の家の周りは、「毎年春先から夏のあいだは草ボーボー」だったという。草を刈るよう注意しても、返事ばかりでちっとも草を刈らない。なのに今年に限ってはなぜか「除草剤でもまいたのか」、まったく草が生えていない、と不思議がっていた。やがて詰め掛ける報道陣のカメラを意識してのことだったのか。確かに、テレビに映し出される家の周りは、妙に小ざっぱりして見えた。

 まあそんなことはどうでもいい。「草ボーボー」というコトバに、私は反応した。なぜならその形容は、そのまま我が家の周りにもあてはまってしまったからである。とんでもないことである。何の罪も無い子どもを殺す悪魔、今自分がもっとも嫌っている女の本来の姿と、「草ボーボー」でつながるわけにはいかない。一緒にされてたまるかと一念発起した私は、草むしりを実行した。それも、おそらく悪魔女が使ったであろう除草剤は使用せず、正々堂々額に汗して草を刈る行動に出たのである。自分でもわけがわからない。それが私のこだわりであった。

 蒸し暑い日であった。やぶ蚊の猛攻から逃れるために、サウナスーツを着て草むしりをやった。自殺行為である。スーツの内側には、チャプチャプ音をたてるほどの汗。死んだらおしまいなので、お茶を飲み飲み、もくもくと草を刈った。毛虫と遭遇した。ミミズとも遭遇した。午前中いっぱいかかって、家の周囲から「草ボーボー」をなくした。

 午後。息子が帰ってきた。
 「外、きれいになったでしょ?」
 「え? 気づかなかったけど?」
 夕方。娘が帰ってきた。
 「家の周り、見た? スッキリしたでしょ?」
 「え? 真っ直ぐ玄関にきたから・・・」
 夜。ダンナが帰ってきた。
 「家の周り、見た? 草むしりしたんだけど」
 「暗くて見えるわけないだろ」
 子どもたちは賢明だった。私がへそを曲げないように、すぐに外に見にいった。でないと次回から自分たちが草むしりをさせられるハメになることを知っていたからである。
 「ああ本当だ、すごくきれいになったね!」
 必死になってほめてくれた。
 翌朝。ダンナはしぶしぶ家の前を見て言った。
 「きれいになったというより、ようやく周りの家と同じになったよな」
 カチン。くそジジイ! と叫ぶ代わりに私は言った。
 「うちはほかの家みたく、ご主人が草取り手伝ったりしないからね!」
 一度も庭の草を刈ったことのないダンナは、みなまで聞かず、ぴゅ~と風切って出勤していった。こんな張り合いのない家族を前にしたら、わけのわからない信念も、滝の汗とともに流れ落ちるというものだ。

 本日。仕事帰りに「除草剤」を買った。そして、‘目も覚めるほどきれいになった’家の周囲に、除草剤の粒をまいた。なんだか花の種でも蒔いてるみたいに、ちょっと楽しい気分になった。
 
 
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# by vitaminminc | 2006-06-22 20:11 | 人間 | Comments(0)

Lの字

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               伊能大図彩色図/111→
                 「遠参~浜名湖」
               国土地理院HPより拝借 


 昨日未明。
 8才の息子に起こされた。一緒に寝ているダブルベッドの足元に、ちょこんと正座して言う。
 「なんかボク、おねしょしたみたいなんだけど」
 「えぇ? 寝汗じゃないのぉ?」
 「ほんとほんと」
 「どこにぃ?」
 「このへんに」
 息子が寝ていたあたりに恐る恐る手を伸ばすと、確かに湿った綿毛布が指先に触れた。
 「穿いてたズボンやパンツはぁ?」
 「まだ穿いてるけど」
 「なんでぇ~? 早く脱いで、着替えなよぉ」
 なんでオシッコで濡れたパジャマのまま、ベッドの上を移動するのか。被害が拡大するではないか。
 それでも息子は慌てない。恥ずかしがりもせず、分析している。
 「多分、爆睡してたからだと思うんだよね」
 何がたぶん、だ。理由はそれしかないだろう。
 「夕べ寝る前にお茶飲みすぎたんじゃないの?」
 「そうかなぁ」あくまでもとぼける。
 私もようやく起き上がり、濡れた毛布を一階にある洗濯機の中に入れに行く。梅雨のこの時期に大物洗いとは・・・。物笑いと大物洗い、なんか親戚みたいだ。

 おねしょは誰もが知ってのとおり、睡眠中に排尿してしまうことである。幼児から小・中学生と成長するに連れ、排尿器官の成長や抗利尿ホルモンの正常な分泌などにより、おねしょはしなくなっていく。
 が、膀胱に尿が溜まっている状態であるにも関わらず、眠りが深くて目が覚めないでいると、たいていの人は放尿する夢、またはトイレに行く夢を見て、「一時しのぎ」をする。これは、
    【尿意により放尿したい肉体】vs【尿意により目を覚ましたい精神】
──が見せる夢なんだそうだ。(フリー百科事典Wikipedia「夢との関係」より)
 つまり、精神・神経の成長とともに、尿意を催せば普通は目が覚めるようになり、仮に目が覚めずに夢の中で放尿したとしても、実際に布団を濡らす事態には至らないようになっていく。
 ただし、おとなになっても寝小便が続くようだと、「おねしょ」は「夜尿症」と呼ばれ、病気のひとつに数えられるようになる。しかも夜尿症は、本人自身の問題というよりは、母親のせいにされがちだ。すなわち、やたら神経質だったり潔癖症だったりする母親に原因がある場合が多い、なんて書かれている。
 う~ん・・・神経質とか潔癖症なんて聞くと、私は逆に憧れてしまうなぁ。幸か不幸か、こんな母を持つ息子の地図、単発ものに違いない。

 その朝は、残りわずかな睡眠時間を惜しむかように、親子水入らず(だけどお小水入りの)布団の上で、「Lの字」になって眠った。よりによって、ベッドのど真ん中に湖をつくるとは!
 おねしょした子どもに対する母親のタブーは、「叱る」ことだという。無視無視、私は叱ったもんね。
 一.「寝る前にガブガブお茶を飲みすぎるでない!」
 一.「陣地をわきまえて、もっと左に寄って寝ろぃ!」

 私に似て神経質とは無縁、しかも懲りないアホ息子。新しいシーツが、大好きなガーゼ織りなのを知って喜んだ。その晩、またしてもお茶をガブ飲みしたが、、おねしょはせず、気持ちよさそうに眠っていた。私にエルボー・ドロップをお見舞いしながら。
 
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# by vitaminminc | 2006-06-20 13:37 | 子ども | Comments(3)

ケムシャネル

 その晩、愛娘の「キャーッ!」という叫び声が、我が家の0.65坪の風呂場に反響した。
 娘を怯えさせた犯人は、にこにこしながら一緒に湯船に浸かっていた母親(私)である。狭い浴槽、二人で入るには膝を折り曲げなくてはならない。風呂に入る時くらい、ゆったりくつろぎたいものだ。寒い時期なら仕方ないが、今なら湯冷めの心配もない。私が湯船にいる間は洗い場で待機するよう言っても、すぐに一緒に入ってくる。カワイイもんだが、エコノミー症候群にでもなったらどうしてくれる。しかも窮屈なだけでなく、暑苦しいったらありゃしない。
 そこで、悪寒のする話題を思いついた。これはほかでもない、私が体験した実話である。

──つい最近のことだ。夕飯のおかずをつくろうとした私は、買ってきたばかりの白菜を取り出すと、流しでその葉をむき始めた。1枚、2枚・・・3枚目をはぎとった瞬間だ。何かちょっとした重量感のある物体が、葉を洗うために水をはっておいたボウルの中に、‘ちゃぽん’と落ちた。
 「ひっ!!」
 息を呑んだ私の視線が捉えたもの──それは、ボウルの水面でクネッ、クネッと、身体をひねる、体長2.5cmほどの毛虫であった。黒褐色の体毛は、水鳥のごとき防水でも施されているのか、見事な浮きっぷりである。だが、身の置き場を失って陸地を探しているようには見えない。もがいている。いかにも苦しそうである。もしかしたら、落ちた瞬間に水でも飲んでしまったのかもしれない。
 毛虫は、まるで視力検査の「C」記号の「右」「左」のように、交互に身体をくねらせている。恐怖のあまり瞬きも出来ずにいたせいだろうか。毛虫の動きは、残像現象を呼び起こし、私にある有名ブランドを連想させた。
 排水溝のネットを外して、一気に流してしまえばよかったのかもしれない。だが、この時はとにかく気が動転していた。「トイレに流すしかない」と思いつめた私は、炊事用ゴム手袋をはめると、震える両手でボウルを持ち上げた。
 一歩歩くたびに、表面張力が決壊しそうな恐怖を覚える。足元に水がこぼれたらどうなるか。廊下を這う毛虫、私の足を登ってくる毛虫、勢い余って私の足に踏まれる毛虫(←絶対イヤ!)──いろんな毛虫が頭の中を満たす。
 流しで少しでも水を減らしてきたかったのだが、毛虫は羽のように軽々と水に浮いている。しかもダイナミックに踊っている。水より速く流れ出て、シンクの壁を這い上がる様子を想像したら、とてもそんなことをする勇気が湧かなかった。
 能でもやっているのかというような足取りで、ようやくトイレに到着。ボウルを慎重に床に置き、便器の中蓋を上げる。生まれてこの方、一度も発揮したことがないような集中力で、再びボウルを持ち上げる。そして勢いよく、中身を便器の中に、「ザッ!!」とあけた。
 こわごわ底を覗いてみる。毛虫がいない。いないではないか。確かにココにあけましたという証拠に、浮いた毛虫を目視したかったのだが、幸か不幸かボウルの水量が、流し切るのに十分だったようだ。
 毛虫は跡形もなく消えていた。
 本当は、殺生の後ろめたさを消し去りたかったのかもしれない。念のため、私はもう一度レバーをひねり、水を流していた。

 「最後の姿を確認できなかったのが、なんとなく気持ち悪くてねぇ・・・」と私は言った。
 「思わず自分の手をこうやって──」
 手の甲を裏返して確認するしぐさをしてみせた途端、想像力豊かな娘が絶叫。
 悪寒に包まれた娘は、当然そのまま湯船の中で体育座り。出ようとはしなかった。
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←シャネル/ビーズイヤリング

 
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# by vitaminminc | 2006-06-17 18:24 | 生きもの | Comments(7)

悪人面と善人面

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←カブトエビ

 


写真は2点とも「フリー百科事典Wikipedie」より




↓ホウネンエビ

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 先月の終わりから、「カブトエビ」(写真左)を育て始めている。
 昨年の9月だったか、夏休みの売れ残りばかりを集めたワゴンセールで、「自由研究/生きた化石・エビ伝説」を買っておいた。
 説明書には、水温が高すぎても低すぎてもよくないとあった。残暑の厳しい秋を見送っているうちに、いつのまにか寒い冬になり、伝説の謎解きは延び延びになっていた。半年以上もお預けをくらっていた息子にせがまれて、とうとう春の終わりに開封。
 カブトエビは、ジュラ紀(1億9500万年~1億3600万年前)には、ほぼ現在と同じ形態に進化し、以来その姿を維持している超完成度の高い生物である。絶滅の危機を免れてきた最大の理由は、卵の生命力であろう。寒さや乾燥に強い耐久卵は、我が家に来てからも隙間風に耐え、寒い冬を無事に乗り越えたわけだ。
 淡水に卵(約0.5mm)を投入してから数日後、1mmほどの幼生を2匹確認。その後2匹は順調に成長し、半月過ぎた今現在は、尾の先まで入れると体長3cm。生後10日目くらいから急成長し、小さな水槽からはみ出ているのではないかという恐怖で、とても一人では確認する勇気がなく、少し前までは息子と二人、声を掛け合い水槽を見る始末であった。
 こんな小さな生き物にも、悪人面と善人面というのはある。実はカブトエビは2つの複眼がつり上がって見えるせいか、強面である。前に田んぼで捕らえたことのある「ホウネンエビ」(写真右)の、いかにも人のよさそうな顔と比べると、圧倒的に不利である。
 とはいえ、飼えば当然愛情が湧く。ようやくその容姿にも慣れてきたわれわれ母子。卵の孵化→幼生→成体までをビデオの早送りのように披露してくれたカブトエビに感謝しながら、今や1日でも長く生きて欲しいと願うばかりだ。

 カブトエビの一生は、わずか1ヵ月足らずだという。あと10日も過ぎる頃には、今度はまったく別の理由から、再び一人で水槽を覗く勇気がなくなるのかもしれない。
 
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# by vitaminminc | 2006-06-13 15:07 | 生きもの | Comments(2)

ジージョ逮捕

b0080718_1947243.jpg←トッポジージョのお面
ダイシン/2500円(高いョ)

 テレビに、懐かしのトッポジージョが出ていた。
 スーツを着て、ネクタイなんかしちゃって、一体どうしたんだろうと思ったら、村上ファンド代表の逮捕直前会見だった。
 耳、目、口。一度トッポジージョに見えてしまうと、村上世彰容疑者が話す日本語さえもがトッポいイタリア語に聞こえてしまう。
 東大→通産官僚→数千億円を操る投資組織のトップ─「モノ言う株主」にも誤算はあった。証券取引法違反容疑で逮捕。あの会見も、トップ辞意上等・・・・あ。ちょっと無理矢理でしたね。
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# by vitaminminc | 2006-06-06 19:51 | 人間 | Comments(4)

朝の情景

b0080718_2034974.jpg                      椋鳥→
          YAHOO!きっず図鑑より

  スズメよりも大きくて、鳩よりも小さい鳥が、電信柱のところで器用な飛び方をしていた。ハチドリのように空中で停止飛行している。何をしているのだろう? 訝しがりながら近づいていくと、その鳥は突然飛び去った。椋鳥だ。嘴に白い紙片をくわえ、少しバランスを崩しながらヨタヨタと、少し離れた建物の向こうに消えていった。巣作りの材料に使うために、電柱に貼られたビラを剥がしていたのだ。端をちぎり取られたビラはと見ると、違法に貼られた「バイアグラ」の広告だった。

 朝、駅に向かう途中、時折見かける一組の親子がいる。私が家を出る時間がバラつくせいで、毎日見かけるわけではない。それだけに、その親子と同じ時間に通勤できた日は、すごく得した気分になる。
 おとーさんは、イヤんなるほど若い。細身の濃紺のスーツを着て、緩くウェーブがかかった髪を赤茶色に染めている。おとーさんは、ベビーカーを押している。ベビーカーには2歳前の坊やが乗っている。カウボーイハットなんかかぶっていて、とても可愛い。おとーさんはベビーカーを押しながら、やさしい声で坊やに話しかける。
 「ほーら見てごらん、車がいっぱいだねぇ」
 「ブーブ、あっち」
 「そうだねぇ。あ、バスが来たよ。おっきいねぇ」
 もう、私の目尻は下がりっぱなしだ。目が縦になりそうである。
 おとーさんは、とにかく若い。スーツを着ているけど、そのまま成人式に行ってもおかしくないくらい若い。マックのドナルドのような髪の色で、いったいどんなお仕事をしているのだろう。ベビーカーに取り付けたフックには、ジェラルミンのアタッシュケースが下がっている。おとーさんのお仕事道具だ。
 「今日はあったかいねぇ。暑いくらいだね」
 「あっち、ぶぶ」
 息子はまだ幼すぎる。まともに会話が成立しない。それでもおとーさんは、息子と心を通わせている。いつでも息子に話しかけている。その穏やかな話し声を耳にしていると、なんだかとても幸福な気持ちになれる。
 ベビーカーの父子は、まもなく道を左に折れて、私の前から姿を消してしまう。坊やを保育所に預けに行くのだろう。短い距離だけど、素敵な朝をありがとう。
 坊やのおかーさんはきっと、幸せだろうな。安心して臨月を迎えている。あるいは新生児の世話を焼いている。それとも夫婦は共働きで、送るのがおとーさん、迎えにいくのがおかーさんか。

 30を過ぎた大人が、平気で子どもを虐待したり、殺したり。そんなニュースばかりが増えている。
 あのカウボーイハットの坊やは、絶対やさしい大人に成長する。子どものことが大好きな大人になる。そんなことを信じさせてくれるから、私は幸福な気持ちになれる。

 巣作りをしていたあの椋鳥も、きっとやさしいおとーさんになるんだろう。
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# by vitaminminc | 2006-06-05 21:19 | 人間 | Comments(0)

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