老化を走るな!

 「ママ~、ねーちゃんまだ起きてこないけど、いいの?」
 ランドセルを背負って運動靴を履きながら、息子が階段の方を見て言った。
 「ダイジョーブ」と私は答えた。「今日は学園祭の振替で、お休みなんだって」
 そして、娘のためにつくったお弁当をいつものように玄関に置くと、にっこり笑って息子を送り出した。

しばらくして起きてきた娘に、私は言った。
 「間違えてお弁当つくっちゃった」
 「え? マジ?」
 「だからお昼はお弁当食べて」
 「何なら朝ごはん代わりに食べてもいいけど?」
 「いや、朝ごはんは別につくって冷蔵庫に入れてある」
 「ひゃぁ~。今日が振替で休みってこと、忘れてた?」
 「・・・・」
 頭の一部では覚えていたのに、頭の一部では忘れていた。説明するのもめんどくさい。
 「とにかく、お昼は、お弁当!」
 二人でキッチンを振り返る。保冷剤入りのお弁当袋が、どことなく物悲しい表情をして見えた。
 「じゃあママが(仕事から)帰るの待たないで食べちゃってもいい?」
 「ハィハィ、お先にどうぞ」

 頭の中に、置き去りにされた何モノかと、先を突っ走る何モノかがいる。
 老化は走らず、ゆっくりと。
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# by vitaminminc | 2006-09-12 15:08 | Comments(0)
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 今朝のことだ。昨日までなんともなかった息子の腕に、赤い細かいブツブツが出ていた。痒いというからには、「ダニ」のしわざに違いない。いつもと同じように生活していて、宣戦布告するでもなく、ある日突然攻撃してくるとは。貴様それでも武士のィャ虫のはしくれか。ええぃ卑怯な奴め、成敗してくれるヮ。
 一緒のベッドで寝ているわたしの方は、まったく被害なし。悪い虫さえ寄りつかなくなっている。あるいは息子が刺されたのは、別の場所なのだろうか。
 そういえば、未明にすごい稲光が瞬いていたっけ。雷の光や音よりも、隣の息子の動く気配で目が覚めた。息子は腹ばいになって、枕の上で頬杖をつき、窓ガラスの外で気ぜわしく光っている稲光に見入っていた。詩人の卵のような横顔だった。
 「眠くなくても目を瞑って寝ないと。明日学校なんだから」
 「はぁい」
 そうこうしているうちに、雨が降り出した。隣室で窓を開け放して寝ている娘の部屋に行って、南側の窓を閉めていたら、いつのまにか息子も姉の部屋に入ってきて、西側の窓を閉めるのを手伝っている。妙な時間に起きてイキイキしてしまうところなんか、むずがゆいくらい自分に似ている。娘は2人も部屋に侵入してきて、窓を閉めたりしているというのに、一向に起きる気配もない。スヤスヤと寝入っていた。

 そんなわけで、私と息子は思い切り眠い朝を迎えたのだった。でもせがれの腕を見て、いっぺんに目が覚めた。
 「いつ刺されたの!?」
 「わからない。起きたらこんなになっていた」
 カーペット敷きの娘の部屋で、窓を閉めたときに飛びつかれたのだろうか・・・。それとも、一昨日の晩、可愛がっているコクワガタのダニを指の腹でこすり落としてあげていたが、まさかそれが原因とか?
 こうなったら家中スモークをたくしかない。これ以上息子の肌に、そして娘の肌にキズをつけてなるものか。
 午後、仕事から帰ると、早速ドラッグストアにダニ退治兵器を買いに行った。フマキラー「霧フォグロンSダブルジェット」はキッチンと寝室とパソコンが置いてある部屋に。ダニアースイエローは猫がいる居間とカーペット敷きの娘の部屋に。アースレッドは階段に。
 下準備が大変だった。ザリガニと金魚の水槽に目張りをし、観葉植物とコクワガタの飼育ケースを玄関の外に出し、直接顔を拭くタオル類や口に入れる食品類をビニール袋に詰めて輪ゴムで密封。それから2匹の猫を、換気扇をつけっ放しにした寝室に閉じ込め、ドアを目張り。
 息子が学校から帰ってくる前に全て終了したかったのに、結局息子が帰ってきてから‘作動’させるのが精一杯だった。
 タオルを口にあてて、2階の部屋から順に間髪入れずに噴霧して回った。(←花火師か)
 追いかけてくる悪霊から逃げるように外に飛び出し、車に飛び乗る。
 「ママ、大丈夫?」
 車の中で待っていた息子が、私の運転席の足元にスニーカーを脱ぎ捨てて、助手席にばあちゃん座りして出迎えた。
 「靴は自分の足元に脱げ。今から2時間、5:40過ぎまで家の中に入ることはできないからね」
 そう言って、娘に事の次第を説明するメールを送った。『5:40よりも早く着くようなら、メールで知らせて。ファミマ(コンビニ)で待ってれば、車で迎えに行くから』
 息子の腕を確認した私は、再びドラッグストアに車を走らせた。ダニに効きそうな虫刺され薬を購入。
 「よく塗っておくように」
 それから、息子が大好きなホームセンターに向かった。
 「わあい! あそこなら熱帯魚やハムスターなんかも見られるしね♪」
 「やれる宿題は、車の中で済ましちゃいなさいよ」
 「はあい」
 「月曜日は図書館がお休みだから、残念だったなぁ」
 「でもホームセンターでいいよ」
 ホームセンターに着くと、私たちは熱帯魚を観賞し、ガラスの中でぐったりしている血統書つきの子猫や子犬に感傷的になりながら、ペットコーナーを見て回った。
 ‘バツグンの粘着力でダニがよく取れる!’という昆虫用「ダニとりスティック」(10本入り198円)というのを見つけたので、息子のコクワガタのために購入。ようやく1時間が経過。
 途中、娘からメールが入る。『どっちみち家の鍵持って出るの忘れてた! 今ファミマに着いた』
 ホームセンターを後にして、娘を拾う。古本屋に行きたいというので、ブックオフに向かった。ブックオフの並びにあるラーメンやさんで、早すぎる夕飯をとることにした。有毒ガスが残留しているであろうキッチンでの調理は避けたい。
 娘が、先日の学園祭のお化け屋敷の話をした。
 娘「ママは肝だめしってやったことある?」
 私「誰が一番キモイか競うやつ?」
 息子「ブッ」。
 娘「キッタナイなあ!」
 息子「だってママが変なこと言うんだもん」
 娘「冗談に決まってるじゃない!」
 息子にティッシュを渡して顎を拭くように命じつつ、私も責任をとってテーブルの上を拭く。
 ブックオフで本を物色しているうちに、6時を回った。猫たちがおなかを空かせている頃だ。
 子どもたちに車の中で待機しているように言って、タオルを鼻と口にあてて後頭部でキリリと縛り上げた。
 「ママ、怪しすぎるんョ」
 「おだまり!」
 家の中に入るや否や、片っ端から窓を開け、扇風機を強につけ、換気扇を回し、毒ガス兵器を回収。風呂場では、2匹の猫が低音と高音で空腹を訴え二部合唱。車の中で待機しているはずの子どもたちの声まで玄関の外に聞こえ始めた。
 「わぁ、もうこんなに蚊にくわれちゃったぁ!」
 なんで呼びに行くまで車の中で待っていられないのか? せっかくダニ退治をしたというのに、やぶ蚊に襲撃されるとは。
 「コクワ、もう家の中に入れてあげてもいい?」
 「駄目駄目! ゴキブリだって死んじゃう猛毒ガスを撒いたんだから、コクワは一番最後!」
 「猫たち出してあげてもいい?」
 「駄目! 部屋に落ちてるエサを食べちゃうと毒だから、掃除機をかけてから!」
 
 あ~、疲れた。月曜からこんな調子で、一週間もつのだろうか。
 子どもの柔肌を守るのって、大変なことダニ・・・。
  ☆  ☆  ☆
 「──まだやってたの? そんなに長い時間かけてダニ取ってたら、コクワ、ストレスで弱っちゃうよ。もっと手早くやってあげなくちゃ」
 「はあい」
 「それから、虫を触ったら石鹸でよく手を洗ってね」
 「わかったぁ」

 ザリガニのチョッキンは、身体を横にして半分腹を出した寝姿で私を震撼させた。水槽を叩いてもびくともしない。手を突っ込んで水を揺らしたら、「なんだ? なんだべ? よっこらしょ」という感じで起き上がった。驚かさないでよ・・・。
(TwT)ペットを守ってあげるってのも、大変なことダニ・・・。
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# by vitaminminc | 2006-09-11 20:29 | Comments(0)

ウォーターボーイズ

 娘の学校の学園祭に行った。娘は中学生だが、高校と一緒のキャンパスなので、高校の文化祭というべきかもしれない。
 高校生のイベントで見たかったものが、男子水泳部員によるシンクロ=ウォーターボーイズ。

 タイムテーブルに変更があって、見にいったときはすでに終盤。だがアンコールとして、プールサイドでのダンスパフォーマンスを見ることが出来た。シマッた体躯が、真っ黒に日焼けして、これ以上ないほどシマって見えた。みんな見事な逆三&小尻。腹なんか風呂屋のタイルかというくらい四角く割れている。彼らと自分が同じ人種だということが、信じられなくなってくる。体内にぷにぷにと備蓄してきた防寒具と非常食、もう少し減らしてもよさそうだ。いや、減らさなければ。
 プールサイドを走る姿は、まさに若鮎。ピッチピチ。写真を撮りたくて携帯を構えたけれど、眩しすぎてピントが合わなかった。

 高校中心のお祭りを楽しむには、小学生の息子はまだ幼すぎた。学園祭が始まる前に近くの公園で遊ばせたときは元気だったくせに、キャンパス内では早くも暑気中りの表情。若者の熱気中りに陥りかけた私ともども、早々に引き上げることにした。
 ウォーターボーイズの第2回公演を始めから見てみたい気もしたが、すっぱりあきらめた。
 公園で水を得た魚のように遊ぶ息子こそが、私の小さなウォーターボーイだったからだ。
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# by vitaminminc | 2006-09-09 15:52 | 子ども | Comments(0)

消えた昆虫標本セット

 昨夜、季節はずれの花火なんかをやったせいだろうか。セミたちの終末を想ううちに、かつて怖~いシロモノがこの世に、それも子どもの手の届くところにあったことを思い出した。

 小学校低学年の頃。
 近所の駄菓子やでは「昆虫標本セット」が普通に売られていた。値段だって子どもの小遣いに毛が生えた程度。セットの内容は、軟質プラスチック製ピンセット、脱脂綿、防腐剤、そして注射器だったように思う。
 驚くなかれ、注射器である、注射器。私の記憶に尾ひれがついてなければ、太めではあったが、ちゃんと注射針がついちゃった注射器だった。
 ジッ!ジジー!!と鳴いて暴れるアブラゼミを左手でつかみ、右手でセミの腹に針を刺そうとする兄に、私は両手ですがった。
 「セミは一週間しか生きられないんでしょ、やめようよぉ、そんなこと」
 だが、兄にはジキル博士が憑りついていた。
 「腐らせないためだ」とかなんとか言っちゃって、職務を遂行してしまう。当時セミなど、いない木を探す方が厄介なくらい、それこそ‘腐るほど’たくさんいたというのに。

 今の世の中、もしもこんなオモチャの標本セットが売られていたら・・・? 考えただけでもゾッとする。境界線を知らない子どもたちや、境界線を超えた大人たちが増えている。筋弛緩剤殺人をまねて、虫ではなく弱い者に針を向けないとも限らない。数人で1人を取り囲み、押さえつけて、不衛生な注射針を腕に突き刺し、粗悪品の防腐剤を注入──そんな光景が頭に浮かんで、空恐ろしくなる。
 子ども相手にあんなアブナイものが売られていたなんて、今では考えられない。当時、死人は出なかったのか。怪しげな防腐剤、誤って人に刺しても致死量とはならないにしても、さっきまで元気だったセミは死んだ。大事に至る前に製造および販売中止になったのかもしれない。
 それでも昔の子どもの思考回路は、今の人々よりアンゼンだったように思う。単純だったのかもしれない。なんとなく、やっていいことといけないことの区別が、本能的に備わっていたような気がする。環境なんかもひっくるめてだが、何かを悪用するという考えが頭をよぎらないように、目には見えないストッパーが働いていたように思う。
 昔子どもだった大人と、今の子どもたちを様々な犯罪に駆り立てるのは、いったい何なのか。キケンな標本セットが何食わぬ顔をして駄菓子屋で売られていた背景には、当時の人々の思考回路が基本的にアンゼンにできていたという事実があって、それが規制の甘さにもあらわれていたのだと思う。そう断言したい。

 なぜ、‘ストッパー’が作動しなくなったのだろう?
 意識を宇宙の果てまで飛ばすと、地球が脱脂綿に思えてくる。私たち人間は、自分たちで調合した粗悪な防腐剤に浸り、呼吸し、ときに注射針を刺し合っては硬直を急ぐ。

 何かの標本になろうとしているのかもしれない。
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                (写真/Nautilus様より拝借)
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# by vitaminminc | 2006-09-08 14:43 | Comments(2)

お疲れsummer

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 今朝もまた、朝顔がきれいに咲いた。(写真上)
 今夜ドラッグストアに、
 たった1袋だけ売れ残っていた花火。(写真下)

 コオロギの合奏を聴きながら、
 1本1本、花火に火をともす。
 花火の煙は、秋に向かって流れていった。
 ありがとう、夏の日。
 
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# by vitaminminc | 2006-09-07 19:54 | Comments(0)

Kの悲劇

b0080718_14173929.jpg  スピルバーグの「激突!」という映画を観たことがあるだろうか。この映画は、スピルバーグが劇場用映画の監督としてデビューする前、若干25歳のときに撮ったTV用ホラー・サスペンス(71年)である。あまりの完成度の高さに、日本では劇場用映画として一般公開された。
 平凡な中年サラリーマンのディビッドは、ある日カリフォルニア州のひと気のないハイウェイを南へ走行中、一台の大型タンクローリー車を追い越す。その直後から、彼はタンクローリーに執拗に追い回され、死と向かい合わせの不条理な恐怖を味わうこととなる──。

 4年前。東京へ続く幹線道路で、私はディビッドのごとき恐怖を味わった。愛車の軽で走行車線を走っていると、やがて目の前に壁が現れた。10tは超えていたであろう大型トラックが、車の流れに乗らずに、まるで行く手を塞ぐようにゆっくり走っていた。私は走り屋ではない。しばらくは根気強く、そのトラックのうしろをおとなしく走っていた。
 後続車が、次々と私とトラックを追い越していく。私にも先を急ぐ事情があった。視界の確保も兼ねて、トラックを追い越すことに決めた。ちょうど次の信号までの区間、追い越し車線が貸切状態となった。前後を確認し、ウィンカーを出してハンドルを右に切る。その瞬間、けたたましいクラクションが鳴り、トラックが強引に車線変更してきた。再び目の前に、威圧的な銀色の壁。
 憮然と唖然を同時に味わった。明らかに、こちらの方が先にウインカーを出し、車線変更を始めたではないか。トラックの方は、ウィンカーも出さずに私の行く手を阻んだ。嫌な気分になった。軽自動車ごときに追い越されてたまるかと、カチンときたのだろうか。1%くらいは理解できる。私自身、下手な追い越し方をされない限り、普通乗用車に追い越されても何とも思わないが、軽自動車に追い越されると、つい「軽のくせに」と思ってしまう。
 そうとう車間をとってみるが、とにかくデカイ。前が見えない。鬱陶しい。不快感をあらわにした私は、すぐに左の走行車線に戻った。右車線をチンタラ走っていたはずのトラックが、今度は私の速度にピッタリ合わせるように、真横にはりつき、スピードをあげる。どういうつもりなのだろう。しかもこちらが加速しようとすると、ラインを越えて幅寄せしてくる。こっちがブレーキを踏んだり、ハンドルを切らないでいたら、確実にぶつかっている。信じられない。右車線を好きに走ったらよいではないか。パトカーでも現れてくれたらいいのに。
  そんな状態が永遠に続くような気がした。いったい私が何をしたというのか。軽の癖に生意気だとでも? けれど、車線を右に変更するのは、何も追い越すときばかりとは限らない。右折するために変える場合だってあるではないか。ならば、ミラーに映ったのが女だったから、頭に来たというのか? 女だから、ナメられたのだろうか。悔しくて、涙がチョチョ切れそうになる。
 前方の信号が、赤になった。減速する私の車に、そのトラックがしたことをありのまま説明すると、こうなる──‘ゆっくり歩いてくるマジメな生徒に、いきなり足を出して転ばせようとする、悪意に満ちた不良’のような真似をしたのである。なんとトラックは、左前輪を40度左に傾けると、車線をはみ出し私の右ヘッドライト前に「ギャッ」と威嚇声を上げて急停車したのである。
 《オレより前に出てみろ。しょうちしねえからな》とその巨大なタイヤは言っていた。運転している奴の顔が見たかった。目から手が出るほど見たかった。いっそ車から降りて、見に行ってやろうかと思った。けれど、一歩間違えれば大事故につながるようなキケンな行為をする奴だ。まともな神経じゃない。今、死ぬわけにはいかない。機会を狙って、なんとか脱出するほかない。
 ミラーで後続車を確認する。車体が全部見えている。必要以上に車間をとっているのがわかる。みんな気づいている。左車線の哀れなトカゲ(軽自動車)が、右車線の凶暴なアリゲータートラックから、執拗に嫌がらせを受けているってことを。
 <そうだ。トラックがついてこれないくらいのスピードで走ってみよう>
 信号が青になった。私は、亀のスピードで走り出した。加速の邪魔をされるなら、低速でねばるまでだ。左車線の後続車は、思ったとおり、事態を察してくれていた。クラクションを鳴らす車は、1台もない。みんな味方してくれている。
 右車線のトラックは、法定速度を下回る私のスロースピードに伴走し切れないとみるや、「バシュン!」と威嚇の鼻息を吐き、腹立たしそうに走り去っていった。
 念には念を入れ、間に何台も入ってもらいながら、徐々に加速していく。前後をまともな車でがっちり固めると、まもなく団体の一部という顔をして、重そうに右を走るトラックを追い抜いた。トラックの運転台の位置が高かったために、とうとうドライバーの顔は確認できなかった。
 どうせ車体ばかりがでかくたって、中身はチンケな人間に決まっている。弱いものいじめをするしか能がない、くだらない人間なのだろう。
 恐怖というよりも、憤怒の方が大きかった。その時私は、末期癌の父を見舞うために、東京へと急いでいた。たった90分間父のそばにいるために、往復4時間半かけて通っていたのだ。頭のイカレたドライバーに邪魔だてされる筋合いはない。口にこそ出さなかったが、ありったけの放送禁止用語を並べて罵った。そして「激突!」のラストにそいつをはめ込んで、安堵の片頬笑いを浮かべてやった。
 極悪トラックに対しては堪えた涙腺だったが、
 「気をつけて帰るんだよ・・」の父の一言には、なすすべもなく決壊した。
 
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# by vitaminminc | 2006-09-06 16:29 | Comments(3)

夏の長逗留

 昨日のブログを見た人から、「嫌い」という字の正しい由来を教えていただいた。‘女を兼ねる’のではなく、‘女性が気兼ねして疑いきらう’意味とのこと。正しい解釈だけあって、こちらの方が俄然説得力がある。つまり、同棲相手の男に‘気兼ね’して子どもを邪険に扱ううちに、本当に邪魔になり、挙句の果てには、男の言いなりになって子どもを死に至らしめる。こうしたむごい事件が後を絶たないのがかなしい。

 それにしても、今日は陽射しが強い。ここのところ朝晩秋の気配が漂ったりして、暦は正直だなぁと感じていた。でもこう暑くては、季節を訂正してもらうしかない。地球温暖化の影響で、日本の四季は変わってきている。体感季節でいうなら、四季は↓こうなる。

  春・・・3月、4月
  夏・・・5月、6月、7月、8月、9月
  秋・・・10月、11月
  冬・・・12月、1月、2月

 つまり、‘この身’の上では、季節はまだ「夏」なのだ。残暑だと思うと「しつこい」と腹が立つが、夏だと思えば「残業ごくろうさん」と少しはやさしい気持ちになれる。
 海に行けばクラゲと一緒に泳げる。
 庭に出ればヤブ蚊の襲撃に遭える。
 夏なのだ。暑いのは仕方ない。5月生まれのだんなも9月生まれの息子も、みんな夏オトコだったのだ。どお~りで暑苦しいはずだ・・・。
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# by vitaminminc | 2006-09-05 15:52 | Comments(0)
 土日と仕事に出た自分へのご褒美として、今日は映画を観に行った。
 子どもが主役をやっている映画が大好きなので、前から観たいと思っていた「花田少年史」を観てきた。ココは泣くところではないと自分でもよーくわかっていながら、やたらめったら涙が出た。
 例えば、主人公の少年が、おにぎりをほおばって、声をかけてきた人物の顔にご飯粒を飛ばしながらしゃべるシーン。これなんかはむしろ笑うところだが、私は泣いた。かわいくて仕方ない。あるいは主人公の名札に「3年1組」という文字を発見したとき。これにも泣けた。自分の息子と同じ学年&クラスだというだけで泣けた。ボケが入ってるんじゃないだろうかというくらい、ヘロヘロ泣いた。だけど子どもは本当にかわいい。かわいくてたまらない。泣きたくなるほどかわいい。
(↑などといいながら、わが子が学校に行っている隙にノビノビ映画鑑賞♪)

 ところで、私は今でこそこんなだが、20代前半くらいまでは子どもが嫌いだった。わがままで、残酷で、バッチくて、無神経で──それが私にとっての子どものイメージだった。なのに、嫌えば嫌うほど、子どもたちは不思議と寄ってきた。どんなに無愛想にしても、いくら無視しても、「敵ではない」というオーラを発していたのだろうか。もしかしたら、おんなじニオイがしていたのかもしれない。私自身、成長していなかったからなぁ。それともただのバカ女だったということか?

 そういえば、「嫌い」という字は、なぜ「女を兼ねる」と書くのだろう? この字を見ていると、殺伐としたニュースが頭をよぎる。男にうつつを抜かし、わが子を虐待死または餓死させてしまう愚かな母親たちの事件を。母性を失い女を武器にするしかなくなった、哀れな女たち。男もそうだ。女に「好き」と言ったり言わせたりするのなら、その女の子どもも受け入れなければ嘘だ。「好き」という字は、「女に子ども」と書く。絶対切り離せやしない。人としてではなく、女としてしか相手を見ることができない、ただのケダモノ。「嫌い」という字、「好き」という字の裏には、母性の有る無しが大きく関わっているように思う。

 さて、若い頃の反動で子どもが大好きになった私だが、今や母性を通り越し、ほとんど老境。子どもが出ている、ただそれだけで涙が出てくる。ドライアイになりかけたら、メロドラマよりも韓流よりも、まず子ども。子どもが出てくる映像が一番。あ~、かわいい!
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# by vitaminminc | 2006-09-04 18:38 | 子ども | Comments(0)

Morning Wave

b0080718_20501112.gif 世間さまの休日にあたる土曜や日曜出勤、私はそんなに嫌いではない。なぜなら、道路の右端を突進してくる高校生も、すぐ脇を飛ばしていく車も、平日に比べると極端に少ないからだ。自転車をスイスイ走らせることが出来て、気持ちがいい。

 いつだったか、土曜出勤で早番という日があった。空いている道の左端を走っていたら、向こうから白い集団がやってくるのが見えた。中高生くらいの野球チームだった。車は少なかったが、緩やかなカーブをこちらに向かってくる自転車の列は、白蛇のように長い。私は、これ以上はムリですというくらい端に止まって、隊列が通り過ぎるのを待つことにした。
 と、先頭の主将とおぼしき少年が、待っている私の数メートル手前で、突然白い帽子を抜いで軽く会釈をしてくれた。なんという礼儀正しい少年だろう。感心する間もなく、後続の部員たちが主将にならって、次々に帽子を取っては会釈をし、通り過ぎていった。
 ものすごく感動した。白蛇の舞いだ。あんなに美しく爽やかなウェーブは、見たことがない。
 脱帽に脱帽。嬉しくて目尻を下げたまま、ペダルを踏み込んだ。
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# by vitaminminc | 2006-09-03 20:48 | Comments(4)
b0080718_8193751.jpg 8月下旬に届いた「埼玉リビング」を、昨夜偶然手にして読んだ。一面の見出しは、『大地震 その“常識”で生き残れる!?』。いくつかの質問に答えながら、正しい常識が身につくような構成になっていた。例えば──。

Q.自宅でグラッときた、その時 どうする? 
答.①すぐに机の下にもぐる 
②家具が倒れないように支える
③すぐに外に避難
 
 ②と答える人は陶器収集家くらいだろう。解説によると、①か③かを判断するカギとなるのが築年数。「築25年」を経過していたら、直ちに外へ避難すること、とあった。
 えらいこっちゃ。うちは築30年以上だ。単純に、①か③かは地震の規模によって判断するしかない、などと考えていた。突然大きな揺れを感じたら、素人頭で「これはでかそうだ・・・」なんて考えるよりも先に、迷わず外へ避難しなければならない。
 昭和56年以前に建てられた住まいは、現在の建築基準法で定められた基準を満たしていないこともあり、倒壊の恐れがあるという。もっとも、昭和56年以降に建てられた家屋だって、耐震構造疑惑なんかがクローズアップされた今となっては、本当に安心といえるのかどうか。さぁみなさん、私たちと一緒に、外へ飛び出しましょう!
 とにかくうちは、地震が来なくてもドアノブが外れ落ちるなど、すでに自主倒壊が始まりつつある。学校の避難訓練で教わった「机の下」の安全性は、わが家では確保できないということを子どもたちにもよく説いておく必要がある。

 また、ペットの扱いについても出題されていた。
 Q. 避難所へ行く時、ペットはどうする?

 正解は、「リードをつけたりキャリーバッグに入れるなどして、必ず連れて行く」。
 災害発生時はペットも人間同様パニックになっているので、どこへでも自由に動けるようにと放したりすると、人を襲うことも考えられる、というのが理由。避難場所は、原則としてペットは禁止でも、学校の校庭などにつないでおくことが可能とのこと。
 でも──と私は思うのだった。↑ここでいうペットは、「犬」しか想定していない(としか思えない)。「猫」は、どうしてあげるべきだろう。リードをつけるにも体が柔らかすぎてすぐに縄抜けしてしまう。キャリーバックに入れるために捕まえようとしても、犬より野生に近い猫のことだ、パニックになっていたら捕まえられるわけがない。
 野良出身の妹分の豆餅は、放しても(人を襲ったりはせず)逞しく生き延びるかもしれない。が、妹分より二まわりも図体がデカイくせに、ケンカすると必ず妹分に負ける、おっとりネコの兄貴分は・・・縄張り争いでボコボコにされ、とても外では生きられないだろう。かといって落ち着くまでの間とはいえ、なんとか捕まえられたとしても、先の理由でつないでおくのは困難だ・・・。
 ネコママは「キャッ」と叫んだきり、沈黙するしかなくなった。そうか。犬を避難場所へ連れて行くのは、「人を襲わせないため」に決まっているではないか。犬の性質からいって、確かに連れていくことが犬にとってもベストなことに違いないが、犬のために考えられた答えではない。ここで「猫はどうすればいいでしょう?」なんて聞くこと自体が間違っている。私はまず、子どもたちを守らなければならないのだ。
 大好きなお風呂場で仲良く遊んでいる2匹の猫を見ていたら、逆に自然災害に対する恐怖がつのってきた。自然の脅威というのは、身を切る思いと背中合わせなのか? イヤだ。絶対に離れたくない。目頭が熱くなり、思わず唇を噛んだ。愛するものたちの命を想い、ひたすら地震が来ないことを祈るしかない。
 
 今日は防災の日。持ち出し品の見直しや、子どもたちとの連絡方法など、多くの課題を突きつけられた。
 
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# by vitaminminc | 2006-09-01 08:18 | Comments(4)

ハーフ・ムーン

b0080718_2028618.jpg  

今夜は 月を

夜空と 仲良く

半分こ




  イラスト~‘Atelier N’様「眺める1」~
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# by vitaminminc | 2006-08-31 19:05 | 趣味 | Comments(0)
b0080718_20131914.gif オケージョナル・ポエム=日常生活のありとあらゆる機会に素材を求め、生まれる詩歌。機会詩。言い出しっぺはゲーテらしい。詩のテリトリーを時事問題や社会問題にまで拡張させたとして、現代の革新的詩人たちからも支持されている。

 先日のボウリングで、わが家の夏のイベントは終幕したはずだった。なのに性懲りもなく、本日子ども2人を引き連れてカラオケに行った。仕事から帰ってみると、留守番をしていた娘と息子がいかにも退屈そうな顔で出迎えたので、つい
<こりゃいかん>と思ってしまったのだ。
 例によって平日の昼間だというのに、カラオケ・シダックスは大盛況。駐車場に私の車を1台滑り込ませると、ほぼ満杯状態。私の街は、遊び人だらけだ。
 子どもと3人でカラオケに来ると、いつも採点機能を使って得点を競う。本日は、採点のおまけに表示される消費カロリーも得点に加えることにした。
 歌手であると同時に多忙な主婦でもある私は、今日は2人の子どもが歌っている待ち時間を利用せんと、あるモノをカラオケルームに持ち込んでいた。はたして何を持ち込んだのであろうか。正解できる人がいたら、すぐさますっ飛んでいって握手したい。(それだけかぃ)
 ま、とりあえず歌の競演が始まった。フリーのソフトドリンクコースを選んでおいたので、早速息子が3人分の飲み物を注文。娘が採点表のノートを広げる。本日の機種の採点機能は、‘精密採点’というやつ。音程の正確さは%で、しゃくりは回数で、ビブラートは秒数で表示し、得点を出すようになっていた。‘しゃくり’の意味がよくわからん。しゃっくりでないことだけは確かだ。
 娘→私→息子の順に、唄い始めた。アニメ番組から次々に新しい曲を仕入れて唄う子どもたち。それに比べて私の選曲は、時が止まったようかのようだ。勝手に自分のテーマソングにしているイエロー・モンキーの「プライマル。」ほか、ワンパターン。唄い慣れている分、新曲にチャレンジする子どもたちよりも当然得点が高め。大人気ないと思いつつも、知らない歌は唄えない。
──これで、いいのだ。
 ところで‘しゃくり’であるが、12、13回という表示が多い私に比べ、子どもたちは0~せいぜい1桁表示。どうも音の上げ下げのテクニックをいうらしい。合唱部ではご法度の唄い方だろうと想像できる。なぜなら、素直に唄うことが要求される唱歌っぽい曲の場合、しゃくりが多いとかえって点数が低かったりしたからである。
 さて、子ども2人が2杯目のドリンクを注文したときのこと。
 「あ~? なにコレ!?」
 娘の叫び声で、私は顔を上げた。
 子どもたちが頼んだのは、クリームソーダとアイスココアだったのだが、テーブルの上に乗っていたのは、クリームソーダと梅昆布茶であった。
 「なんで持ってきてもらったときに言わないのよ?」
 思わず咎めたが、2人がそれぞれ唄うのと曲を選ぶのに夢中になっていたように、私もほかのことに精を出していて気づかなかったのだから、同罪だ。
 「コレ、似合いすぎてて嫌なんですけど・・・」
 そういう私は待ち時間を利用して、【雑巾を縫っていた】のである。私自身の飲み物は、まだ1杯目のトマトジュースがたっぷり残っている。
 娘がすぐさまフロントに電話を入れた。アイスココアと梅昆布茶が間違って届いたことを告げると、ただいま交換します、との返事。ところが店員は、アイスココアを持ってきただけで、テーブルの上の梅昆布茶は下げずにそのまま置いていった。フリードリンクなので、サービスとして置いていったのだろうか。それとも、カラオケ画面の青白い光を顔面に反射させながら、場違いにも裁縫している変な女を見て、<いかにも飲みそうだ>と確信したのだろうか。因みに雑巾は、始業式の日に学校に持っていく息子のために縫っていたのである。
 競演が2時間を過ぎた頃、子どもたちがあーでもないこーでもないと、必死にページをめくり始めた。
 「駄目だ、やっぱ番組名じゃ載ってないよ」
 「‘リンリンリリン’で調べてみたら?」
 「そんなの違うに決まってるじゃない」
 しょーがないなぁ。私の出番か。
 「‘恋のダイヤル6700‘っていうんだよ」
 「え~? ママなんで知ってんの?」
 CATVでやっている「思いっきり科学アドベンチャー」という子供向け科学番組のテーマソングに使われている曲は、私が小学生の頃に流行った、フィンガー5のヒット曲。リードヴォーカルのアキラとママは確か同年齢だったはずだと話すと、2人は「ひょぇ~!」と驚いて、ほんのちょっぴり尊敬の眼差しを寄越した。それよりちょっと前、私がキャンディーズの「年下の男の子」を唄ったときとはえらい違いである。
 「あれ? この曲どっかで聞いたことある」(息子)
 「思い出した!‘昭和のナントカ’っていう、昔の映像が流れる番組で──」(娘)
 「ムカシ言うなー!」(私)
 曲の途中でつい文句を言ってしまったので、得点に影響した。
 
 結果。全17曲ずつ唄い、平均得点74.6(100点満点中)を記録した私が堂々トップ。中でも一番の高得点は、サザンの「いとしのエリー」で、84点。娘はこの曲を「いとしのメリー」などと言いおった。あのレイ・チャールズもカヴァーしている名曲を間違えるとは。再教育の必要性を感じる。
 ところで、17曲も唄ったにもかかわらず、合計消費カロリーは、たったの85キロカロリー。トマトジュースと梅昆布茶路線で地味にいっておけばよかったものを、途中でコーヒーフロートやコーラなども飲んでしまった。摂取量の計算は、怖くてできなかった。

 こうして、雑巾を縫いながら梅昆布茶をすすった歌手は、終わらない夏に終止符を打った。 
 
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# by vitaminminc | 2006-08-30 20:09 | 趣味 | Comments(2)
 一週間ほど前のことである。新聞の読者欄に、「作業員泣かせの「『ごみ出し』」という見出しの投稿が掲載されていた。元会社経営者の70歳男性は、
──「家庭ごみを収集をしている会社に、パート勤務しています。作業員泣かせの『ごみ出し』についてお知らせします。」
 と前置きしてから、
 ①可燃ごみの日 収集車に積み込むとき、金属音がするので開封すると空き缶や瓶。多量に水分を含んだ台所ごみ。中にはガラス片も。
 ②プラスチックごみの日 残飯のある弁当容器にマヨネーズやソースが残っているもの。ライターやビデオテープのたぐい。
 というように、指定を無視して出されるゴミの実態を示し、言葉少なにこう語っていた。
──「私たちは、現場で分別しながらの作業です。」
 そして、ワースト地区が単身者の賃貸住宅ビルで、ベストは分譲マンションだと指摘した後、「その方の人柄を感じ」るゴミの出し方について、具体例を挙げて教えていた。

──「私たちは、現場で分別しながらの作業です。」
 この一言が、胸に響いた。小規模ながら、私はこうした‘作業現場’を体験している。
 今から3年前。うちが自治会の班長をやっている年に、突然ゴミ集積所の秩序が乱れ出した。こちらのゴミ収集トラックは、いたって事務的。袋の中に指定以外のゴミが1つでも入っていようものなら、情け容赦なく袋ごと置いていく。現場で分別などやってくれるわけがない。
 では、置き去りにされたゴミは、どうなるか。悲しいかな、班長が持ち帰るのである。自分が出したわけでもない他人のゴミを、集積所の美化のために、断腸の思いで持ち帰らなければならないのである。
 当時も仕事に出ていた私は、早朝から集積所で見張っているわけにも行かず、ただただ泣き寝入りするばかりであった。班員の中には、たまに分別ゴミの日を勘違いして出す人はいても、ビンも缶も生ゴミもいっしょくたに捨てるような人などいないはずだった。県道沿いに集積所が設置されているために、悪質なドライバーが投げ捨てるようにでもなったのだろうか。まさか誰かの恨みを買ったことによる嫌がらせでは・・・。
 不届き者が出すゴミ袋を仕分けするたびに、金属ゴミやらガラスゴミやらが増えていった。しかもそれらは月に一度しか収集がない。長いこと自分のうちの庭に保管しておかなくてはならない。私自身は、ゴミ出しに関しては、極めて優等生なのだった。ペットボトルは必ず洗い、ラベルとキャップを外して潰す。それが何ゆえ、他人のゴミの始末まで・・・。
 その日の午後も、県道を渡って、息子を乗せた幼稚園バスを待っていた。霧雨の向こうに、ゴミ袋が見えた。<まさか・・・!> ゴミ集積所に置き去りにされた、無分別ゴミの袋が、雨に濡れていた。
 「ママ、またゴミの袋、残ってるね」
 道路を渡って戻るときに、やはりゴミ袋に気づいた息子が、集積所を指差して言った。「まったく、しょうがない人がいるもんだねぇ」
 私は、息子のレインコートのフードをかぶった頭をペチャッと撫でてから、
 「ちょっとここで待っててね」
 集積所まで、ゴミ袋を取りに走った。
 「あー、もういい加減にして欲しい!」
 そんな言葉を吐き捨てながら、軒下でゴミの仕分け作業を行った。その日はゴミの収集日ですらなかった。一切のゴミに関し、収集がない、日。こんな日まで、他人の出したゴミ袋を開けて、分別をしなくてはならないとは。泣けてきた。いつまでこんなことをやらされるのだろう?──と、丸めた紙ゴミの中に、伝票の切れ端を見つけた。社名と、電話番号が入っていた。
 社名には見覚えがあった。年度の変わり目に、すぐ近くの空き事務所を借りて営業を始めた会社だ。小走りに県道まで出て、事務所の看板に書かれている電話番号を確認した。怒りがこみ上げてきた。
 道路の向こう側の住人が管理しているゴミの集積所は、別の場所にある。マナー以前の問題ではないか。私は自分の家の庭に溜め込んだ、空き缶の袋とビンの袋と普通ゴミの袋を全部持って、県道を渡った。
 プレハブ造りの事務所を開けて、「失礼します・・・」と声をかけると、ゲッと思うほど若い男性社員2人が、ゲッというような表情で私を見た。そりゃそうだろう。大きなゴミ袋を3つも手に提げたら、傘など差せやしない。本降りになった雨の雫を、髪の先からポタポタ滴らせて、
 「このゴミは、あなた方のですね?」
 と、半泣き声で言ったのだ。
 下手したら20歳前にも見える茶髪の若者が、意外なほど素直に、コクッと頷いた。素直に、というよりは、狂人を前にしたら逆らわない方が身のためだという自己防衛本能が作動したのかもしれない。
 「あ、あの、これね、いつも収集日に関係なく、ゴミが出た時点で出してたみたいですけどね、あの、せめて分別して出してほしかったんですよね、全部一緒でしょ、そうすると、ゴミ、持ってってくれないんですよ、うち今班長なんかやってるから、うちがこれ、みんな持ち帰らなくちゃならなかったんです、本当に、本当に、困っていたんです、そ、それに、あそこはゴミ、出せません、道路のこっち側の人は、出すとこ別にあります、あ、でも、もし自治会に所属してないなら、ゴミは家に持ち帰って、自分ちであの、処理してください、お、お願いしますぅ」
 「はぁ・・・」
 私はゴミを本来の持ち主のもとへ返し、事務所を後にした。
 本当のところ、逆ギレされたらどうしようと、怖くて仕方なかったのだが、こうして素直に受け取られたら受け取られたで、新たなる怒りがこみ上げてきた。
 「詫びの一言もないなんて!」
 家に帰って、幼稚園児相手に嘆いた。
 「オトナのくせにねぇ」と息子も相槌を打つ。
 今どき、コンビニ前のゴミ箱だって、駅のホームのゴミ箱だって、空き缶と燃えるゴミと空きビンくらいは分けて捨てさせる。常識中の常識だ。幼稚園児の息子だってゴミの分別くらい理解している。齢の若さは理由にならない。そんな社会常識さえ身についていなくて、はたしてまともに仕事ができるんだろうか。

 私の心配は的中した。それから1年も経たずに、その事務所は再び空き家となった。少なくとも私が班長をしている間はまだ営業していた。だから、ゴミを置いていく恐ろしい雨女に祟られて廃業に追い込まれたわけでは、断じてない。ゴミの出し方に代表されるように、ほかにもいろいろ‘ゴミ入った問題’が生じ、撤退を余儀なくされたのだろう。

 誰かが手を抜き楽をすれば、必ず誰かがそれを被って泣く。水に流せるものなど、基本的には何もない。もっともあの日の私の怒り、少しは雨が流してくれたような気もする。
 
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# by vitaminminc | 2006-08-29 16:30 | 人間 | Comments(0)

アブラゼミ

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←「羽化途中のアブラゼミ」
足立区生物園様より拝借

 気づくのが遅かった。間に合わなかった。
 アスファルトの上で、夏を踏み潰してしまった。


──私はついさきほどまで、アブラゼミだった。今は違う。今は風が吹くたびに、体の断片をあちらこちらに舞い散らせている。何回でも風に乗って、粉々になった私のすべてが、土にかえることを祈っている。

 私は、海のない内陸の土地に生まれた。できれば日本アルプスとかの「山の手」に生まれたかった。町の東側を流れる、細い貧弱な川沿いの、桜並木の1本が、私の家だった。
 人は、私たちのことを「地上に出てからたった一週間しか生きられない可哀そうな虫」として哀れむ。だが私たちにとって、地上に出ることは、戦地に赴くのと同じなのだ。できたら一生、土の中で暮らしていたい。土の中だってキケンはある。モグラやおケラ、時には冬虫夏草なんてキノコに身体を乗っ取られて死んでいったやつもいる。けれど大半は、平和に暮らしている。やわらかい木の根っこちかくに自分を守る要塞を築き、木の根に長い口吻を突き刺しては、一日中樹液を吸いながら、夢を見ている。ちょうど人間の胎児のように。
 だが、窮屈になった服を4回脱ぎ捨てる頃─丸6年間が過ぎると、私たちはみんな戦地へ駆り出される。柔らかかった服が、鎧のように硬くなったら、招集令状を受け取ったことと同じ。地上へ出て行かなくてはならない。
 快適だった地中に比べて、地上はツライ。鳥やスズメバチといった凶暴な敵に見つからないよう、木陰に身を潜め、朝な夕なに叫び続ける。子孫繁栄のために、命あるうちに、結婚相手を探さなければならない。昨日も駄目だった、今日も駄目・・・そんなことの繰り返し。脂汗をかきながら、もう自分には時間がないことを悟る。目立つように、幹のど真ん中で叫んでみる。雲間から射す太陽が、じりじりと身体を焦がす。そして今日、ようやく義務を果たすことができた。
 お嫁さんは、昨日地上に出てきたばかりだった。
 「林は年々荒地(住宅地)になっていくばかりよ。川沿いの、この桜の枝に卵を産みましょうね」
 「ここだってどうなるかわからないさ」
 そう言う私に、お嫁さんは笑って反論した。
 「川のそばを掘り返すわけないわ。土手が崩れたら、人間だって困るでしょ」
 造成中の荒地から命がけで地上に這い出たというお嫁さんは、台風で川があふれることよりも、人間の手が加わることの方を警戒していた。
 「それに、ここはあなたが生まれた木ですもの」
 そう言い添えてくれたお嫁さんに、私は突然恋をした。
 それから彼女が安心して卵を産めるように、「偵察に行ってくる」と嘘をついて、後脚を引かれる思いで彼女のもとを去った。
 細くて貧弱な川を越えるのが、精一杯だった。アスファルトの上で、せめて雄雄しく最期を迎えたいと、四肢を踏ん張った。自転車が近づいてくる音がした。前輪でもいい、後輪でもいい、うまいこと私を砕いてくれないか。そうしたら、私は一日でも早く、土にかえることができる。
 乾いた音がした。細いタイヤが、私を轢いたらしい。お嫁さんは、あの桜の木の枝に、無事に卵を産みつけることができるだろうか──そう思うと同時に、私は自分の間違いに気づいていた。
 風をつかまえなくては。私の欠片のどれか一つでもいい、お嫁さんのいる桜の木の根元に舞い降りることができたらいいのに。そして私たちのこどもが、土の中ですくすくと育っていく振動をずっと感じることができたら、どんなにすてきだろう。
 私はただ、腹を見せて無様に死んでいる姿を見られるのが怖かったのだ。お嫁さんならどうするだろう。彼女はきっと、卵を産みつけた枝を見守るように、卵からかえった子どもを受け止めるように、やさしく天を仰いで死ぬに違いない。
 あんなに頑張って川を越えて来てしまったことを、今は悔やんでいる。

──私の断片が、いくつもいくつも身もだえしている。彼女のそばにいたい、こどものそばに飛んでいきたいと、音もなく叫び、舞い上がり、舞い落ちる。
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# by vitaminminc | 2006-08-28 17:11 | 生きもの | Comments(0)
b0080718_15454120.jpg 夏休み最後のイベントとして、二人の子どもを連れて「ゲド戦記」を観に行った。
 正直、それほど期待はしていなかった。父上(宮崎駿監督)に対する尊敬の念が強すぎたせいかもしれない。それでも腰を上げたのは、娘の恋心に応えてあげたいという親心からだ。娘は、テレビで初めて「ゲド戦記」の予告を見た瞬間、心に闇を持つ少年=エンラッドの王子アレンに一目惚れしていた。
 「アレン君に会える・・・」娘は二次元の顔で歓んだ。
 
 映画は、私に意外な感動を与えてくれた。第一回監督作品としたら、申し分のない仕上がりで、「蛙の子は蛙だなぁ」と唸らされた。でも私は物語そのものよりも、映画の中でテルーという少女が唄う歌(「テルーの歌」←もうちょっとほかにタイトルはなかったのか?)に、より感動を覚えた。「蛙の子はオタマジャクシ♪」でもあったのだ。
 「テルーの歌」は、映画のCMでも流れていたから、映画を観ていなくても、一度は耳にしたことがあるだろう。唄っているのが、今回テルー役として声優もこなした、まったく無名の新人、手蔦葵。とにかく声がいい。澄み切っているわけではない。乾いた牧草地を思わせる響きだ。そしてそこを、時折遠くの水面を撫でた湿った風が吹きわたる──そんな声なのだ。もう少し齢を重ねたら、屈指のボサノバ・シンガーになるかもしれない。
 私はこの映画で、たった一度だけ泣かされた。テルーが唄っているシーンだ。歌の詞が、風のように、自然に心に吹き込んできた。泣けた。感極まって、涙がツツゥーーと頬にこぼれ落ちた。アレンと心が一つになった気がした。
 作詞は、宮崎吾朗。作曲は、谷山浩子。吾朗監督は、この映画で、作詞家としての才能も見事に開花させている。公式サイトの「テルーの歌」を読むと、萩原朔太郎の詩「こころ」に着想を得て生まれた詞であることがわかる。

  こころをば なにに たとへん
  こころはあじさゐの花
  ももいろに咲く日はあれど
  うすむらさきの思い出ばかりは せんなくて
           ──萩原朔太郎「こころ」より

 
  雨のそぼ降る岩陰に いつも小さく咲いている
  花はきっと 切なかろう
  色も霞んだ雨の中 薄桃色の花びらを
  愛でてくれる手もなくて
  
  心を何にたとえよう 花のようなこの心
  心を何にたとえよう 雨に打たれる切なさを
           ──宮崎吾朗「テルーの歌」より

 雨だれのように、心を打つ。この美しい詞が、谷山浩子の旋律を得て、手蔦葵の声で唄われるのだ。「ゲド戦記」の公式サイトで、1コーラス聴くことができる。テレビCMよりもじっくり聴けるので、心が乾いたときにでも、ぜひ聴いて欲しい。

 実は宮崎吾朗監督の父上には、若い頃に、精神的自立を助けてもらった恩がある。「風の谷のナウシカ」が公開された当時、私はちょうど自爆的失恋をしたばかりであった。映画鑑賞が趣味だった私は、次の恋が見つかるまでは映画も当分お預けか・・・なんて悲嘆していた。情けないことに、それまでただの一度も独りで映画を観に行ったことがない。映画は誰かと一緒に観るのが当たり前。独りで観に行くことなど想像もできなかった。観たかった映画を何本か見送ったある日、職場で「風の谷のナウシカ」の鑑賞券を入手した。アニメなんて、と最初は思った。でも、ぽかんとした心でチケットを見つめているうちに、脱皮できるような気がした。アニメだったからこそ、気軽に観に行けるような気がしたのかもしれない。
 仕事帰りに、有楽町マリオンに寄った。最終上映─確か18:30くらいに始まったはずだが、春休みか夏休み中だったのだろう、館内は親子連れで結構賑わっていた。
 感動した。軽い気持ちで観に訪れたことを恥じなければならないくらい、感動した。ダンゴムシを巨大にしたようなオームの魅力。映画が終わってからもしばらくの間、余韻に縛られて動けずにいた。ハンカチで涙を拭っている私を見た小学生男児が、横にいる母親に報告していた。
 「おかあさん、あのおねえさん、泣いてるよ」
 「いいの。見なくていいの。前向いてなさい」
 そうだ、私は泣いていた。独りぼっちで初めて観たアニメ映画と、独りぼっちでも映画に感動できる自分に感動して泣いていた。だから「風の谷のナウシカ」は、甘ちゃんだった私から依頼心を吹き飛ばし、独りで行動する楽しさを教えてくれた、記念すべき作品なのだ。
 それを手がけた宮崎駿監督の息子が、もう監督として一人立ちするなんて。月日の経つのは早いものである。考えてみたら、自分もいやになるくらい変化していた。独りでは映画も観に行けない「おねえさん」だったのに、今や二人の子ども連れ。宮崎二世の作品に泣かされている。
 「ゲド戦記」には、私の大好きな龍も登場する。その顔が、どことなくうちのかわいいメス猫に似ているように感じたのは、期待薄の心で足を運んだ無礼を詫びる気持ちが働いたからかもしれない。
 宮崎吾朗監督は、近い将来、必ず父上のライバルとなる。あんなに美しい詞が書ける人なのだ。今はアレン君に会えた歓びに浸っているだけの能天気な娘だが、自分の脆さに身動きできなくなる日が来ないとも限らない。そんなとき、宮崎吾朗監督なら、きっと娘を助けてくれると信じている。
 スクリーンいっぱいに、処方箋を描いてくれると──。
  
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# by vitaminminc | 2006-08-27 15:46 | 趣味 | Comments(0)
 6時40分にアラームが鳴った。ヤモリのようにシーツにしがみつき、このままずっと寝ていたいと切望した。
 だが、今日は小学校の親子草取り日。根がマジメな私は、朦朧とした全身に鞭打って、やっとのことで上体を起こした。頭の中にはシャボン玉が舞い飛んでいた。
 二日酔いではない。明け方前に、息子の脚が顔にのってきたせいだ。とんでもない時刻に起こされて、眠れなくなって困り果て、やっとのことで二度寝して、その眠りが最も深くなったところで目覚ましがピーピー。眠くて眠くて眠くて眠くて、起きたとたんに気絶するかと思った。
 夢とうつつを彷徨いながら、炊飯器を開けた。カラだった。ギリギリまで寝ていたので、ご飯を炊く時間もなければ、コンビニにパンを買いに行く時間もない。
 仕方がないので、朝から蕎麦でも茹でることにした。ところが、食品用の引き出しを開けてみると、中途半端なストック。蕎麦2束+冷麦1束。朝食を必要とする人数は、私と子ども2人。計3人。蕎麦も冷麦も、茹で時間は4分間。一緒に茹でることにした。違ったところで、食べる物はほかにない。どのちみち時間差投入だ。
 湯が沸騰するまでの間に身支度を整えた。麺を茹でながら、時計を見る。めんつゆを用意する時間がない。いや、めんつゆを準備する時間はあるが、息子の食事時間がなくなる。つけめん式にした場合、麺は息子の口に入る前に、つゆにダイブしなければならない。工程が1つ増える食べ方はしてられない。麺だけに、話が長くなってきた。ええぃ、めんどくさい──茹で上がった冷麦蕎麦に、インスタント味噌汁をからめて、上に鰹節をトッピング。行き当たりばったりの朝食を食卓に出した。野菜不足は昼食で補うしかない。
 人の顔に脚をのせて起こしておきながら、自分は爆睡していた息子。それでもまだ眠いのか、文句も言わずにネコまんま蕎麦を平らげた。

 食事を終えて、洗面所で鏡を覗き込んだ私は、思わずのけぞった。左の頬に、シーツの皺が、「そんなバカな」というほど深く刻まれていたのである。それは自分が生きてきた中で、最もでかくクッキリとした縦皺であり、まるで「その筋の人」のようにハードボイルドなのであった。
 幸い、イベントは草取りである。手ぬぐいを頬かぶりする代わりに、日よけ帽を目深にかぶると、サイドの髪を頬に引き寄せつつ、外へ出た。近所の人と一緒に学校に向かいながら、ハードボイルドな片頬で笑ってみせる。かなり喜んでもらえた。
 「大人になってからのソレって、なかなか消えないんだよね~♪」
 まったくである。たっぷり2時間草取りをして、汗を流した帰り道でも、まだ薄っすらと跡が残っていた(らしい)。近所の人が、笑いながらも感心して言った。
 「よっぽど長い時間、熟睡していたんだね」
──違う。息子の脚に起こされてから、二度寝するとき、私はアラームの設定時間を少し遅らせたのだ。だから、最後に寝た時刻は覚えている。5時を少し回ったところだった。つまり、たった90分足らずのプレスだったのである。それが、起きてから3時間近く経っても完全に消えないとは。ハリハリホーホー,張り張り頬~。午前中ではあったが、心は黄昏れた。
 来年の今頃は、もしかしたら頭髪も、今朝食べた蕎麦と冷麦のように2色のまだらになっているのではなか老化。そして頬にはやはり、ハードボイルド系シーツの跡が、24時間刻まれているのではなか老化。
 草と一緒に年も取ったような気がする。とんだ半日であった。(ーーメ)←その筋の私

※トリビアリズム=瑣末主義(事象の本質をとらえようとせず、些細な事柄を細かく描写する態度)~学習研究社「カタカナ新語辞典」より~
 
 
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# by vitaminminc | 2006-08-26 12:09 | 笑い | Comments(0)

ゴロピカ性格診断

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人の性格は、わかりやすく単純に、「猫型人間」と「犬型人間」とに大別することができる。また、人には、雷が苦手な人と、そうでない人とがいる。
 これは、私の30数年に及ぶデータ収集(最初に犬を飼ったのが30数年前というだけの話)により導き出した、1つの手っ取り早い診断基準である。
 
 爆裂弾が落ちたかというような雷が鳴って、まもなく大粒の雨が降り出した。
 家の中の2匹の猫はと見ると、大柄なオス猫は食器戸棚の上で寝転んで大あくび。小柄なメス猫は興味津々といった様子で窓にかぶりつき、外を眺めている。どうみても怖がっているとは思えない。4年前に他界したメス猫も、目の開かない乳飲み子時代から18歳という高齢に至るまで、生涯雷を恐れることはなかった。

 それに比べると、犬は違う。私がこれまで育てた犬は、合計3匹。彼らは揃って雷を怖がった。それも、半端じゃない怖がり方をした。
 大好きな散歩の途中でも、雷雲の匂いを嗅ぎとると、尾を股の間に挟みこんで、腰の抜けたような歩き方になった。平気でいる私を恨めしげな目で何度も見上げては、クゥーンクゥーンと鼻を鳴らし、恐怖を訴えた。そんなとき突然雷がバリバリッなんて鳴ろうものなら、気が狂ったようにダッと走り出し、後は家まで一目散。私は、踏ん張ろうとする足が犬の力に負けてしまう「\→」の姿勢、または犬に引かれる上半身に下半身が追いつかない「/→」の姿勢で、ひたすら家まで引っ張られていくのが常だった。
 実家のベランダで放し飼いしていた犬は、ドアを引っ掻き「中に入れろ」と鳴き喚く。ドアを開けてあげるやいなや、私を突き飛ばすかの勢いで階段を駆け下り、玄関の下駄箱の下に潜り込んだ。庭で飼っていた犬は、雷のときだけは死にもの狂いで玄関の中に入ってきて、やはり下駄箱の下に避難した。玄関ホールで寝ていたときも、わざわざ土間におりて、とにかく下駄箱の下へ。彼らは一様に「下駄箱の下」を目指した。必死になって下駄箱の下に身を隠すと、そこでわらわやみのように全身をぶるぶる震わせて、雷がすっかり遠ざかるまで、決して出てこようとはしなかった。どんなに頭を撫でても、どんなに抱きしめても、下駄箱の下に潜り込むこと以上に彼らの不安を和らげる手助けにはならないのだった。

 だから、雷が鳴っても泰然としてられる猫を見ていると、犬と猫の本質的な種の違いを感じずにはいられない。もしかしたら、たまたま私の身近にいた3匹の犬が3匹とも雷嫌いで、3匹の猫が3匹とも雷好きだっただけなのか?
 だが、ものの見事にきれいに分かれたのだ。この、にゃんこ3vsわんこ3の明快なデータ、ぜひとも今後の人づきあいに生かしたい。

 ☆雷が好き(もしくは平気)な人は、猫型人間=自己中、気分屋、寛大、健忘症
 ☆雷が嫌いな(もしくは怖い)人は、犬型人間=従順、協調性、純真無垢、繊細

 ちなみに、娘は犬型で、息子は猫型であることがわかった。かなり、信憑性あり。

 

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# by vitaminminc | 2006-08-24 16:30 | 人間 | Comments(0)
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←テレビTIME特集
 「美しきチャレンジャー」より
 中山律子プロ

 ボウリングをやった。20年ぶりにやった。

 この夏、地元にマンモス娯楽施設がオープンしたので、仕事がオフだった昨日、かねてからの約束通り、子どもたちをボウリングに連れて行った。平日の昼間だから、てっきり空いているだろうと思ったら、とんでもない大盛況。高校生をはじめ若者グループ、カップル、家族連れで、わんさか賑わっていた。
 私が選んだ球は、9ポンド(約4キロ強)。ダンナが10ポンド、娘が8ポンド、息子が6ポンド。忘れた頃に出てくる筋肉痛を考慮して、2ゲームだけ申し込んでおいた。
 それにしても、驚いた。地元の店舗の規模はいうに及ばず、ハイテク導入面でもおそらく全国一だろう。おかげで東京23区内のチェーン店を差し置いて、料金の高さでも独自の料金体系を持ち、堂々トップ。サービスとして、1レーン使用につき、ジュークボックスのコインが1枚ついてきた。ピンボケ頭の私は、そのコインを手にして戸惑った。
 <この爽快なピンが弾け飛ぶ快音と、ボディソニックのようなBGMが鳴り響く中、いったいどこでジュークボックスを聴けというのか?>
 全部で38レーンあるフロアの前方──ピンが並ぶ辺りの上の方──には、フロア全体に流れている音楽のPVが、ワイドスクリーンに映し出されている。レーンの数とほぼ同数ある巨大なスクリーンが、ズラリと並んで同じシーンを映している様は圧巻であった。思わずそのスクリーンに見入っていたら、画面の左下にジュークボックスのナンバーが表示されていることに気がついた。私はてっきり、喫煙ボックスみたいなところに入って、休憩がてらジュークボックスを聴くのかと思っていたのだが、そんなバカな話はもとよりなかったわけだ。プレゼントのコインを使って、ジュークボックスで好きな曲を選ぶと、それがフロアに流れ、PVが分身の術を使ってレーンの上を席巻するという仕組みであった。
 20年ぶりに訪れたボウリング場は、こんな調子で、初っ端からちょっとした浦島ショックを与えてくれた。当然、スコア表も然り。かつてのように、自分たちで記入する必要はない。全部コンピュータが読み取って、正確に記録&表示してくれる。地道に足し算し、仲間が出したストライクの黒蝶を苦々しい思いで描く必要もない。ワイドスクリーンでは厚化粧の倖田來未のクローンが何体も踊りくねり、スコア画面は「○○さん、投げてください」と指示を出してくる。
 私以上にボウリングのブランクが長いと言い張るダンナ。昨日が初体験の2人の子ども。低レベルの戦いが始まった。
 指の穴がキツくて抜けにくいのか、床に軽くバウンドさせるように投げるダンナ。
 8ポンドの球を、投げると言うよりは、ポトンと床に置いているようにしか見えない娘の不思議な投球。下手したら後方に転がって来てもおかしくないような置き方なのだが、球は一応前方に、お上品に転がっていく。家から一歩外へ出ると、基本的には恥ずかしがり屋だ。明らかにガターならまだしも、比較的いい線いってる球を投げたときでも、すぐにこちらに向き直り、ボールの行方も追わないで、「ぅふ♪」とテレ笑いを浮かべて、操り人形のようなスキップをしながら、トテットテッと席に戻って来てしまう。
 「投げた球くらい最後まで見ろよ!」(by父親)
 娘は頑固だ。投げたボールではなく、着席してからスコア画面を見て、倒したピンの数を確認し続けていた。
 息子はというと、6ポンド球に「重いぃ~」と音をあげ、途中でキッズボールと交換。どうやって投げたらよいか、何度説明しても、なぜか独自の投げ方になってしまう。あるときは、ボールを腰の後ろに乗せたまま、前傾姿勢で左手だけを振って忍者のようにヒタ走り、ファールラインの手前でピタッと立ち止まった。何をするかと思いきや、ボールを持った右手をブーンブーンと振り子のように何度も前後させ(ハラハラした)、意表をつくタイミングで手放した。姉とは違い、レーンのすぐソコでガターになったボールでも、立ち尽くしたまま最後まで見届ける。その哀愁を帯びた小さな背中を見ていると、思わずこっちが奇跡を祈りたくなる──どうかボールが溝を乗り越えて、ピンの1本でも倒しますように──。
 結局、息子が私のアドバイスに従ったのは、①投球前に、ボールリターンの端にある小さな送風口に手をかざして指の汗を乾かす ②ボールについたオイルは、備え付けのタオルで拭き取る の二点のみだった。
 私はというと、過去に何かのテレビ番組で、「投げ終えたあとに腕を頭の上くらいまで振り上げるとカッコよく見える」といっていたのを思い出し、途中でそれをやってみた。すると、そちらにばかり意識が働いて、ガターを出してしまった。このときほど自分の振り上げた手が目障りだと感じたことはない。目の前に振り上げた手の位置が、高ければ高いほど恥ずかしい。
 結論から言うと、私は2ゲームのうち、ストライク2回、スペア2回、ガター2回、2投目に1本も倒せないミス数回。1ゲーム目が終了時、ダンナには1点差で負けた。表示された4人の得点の低さに、思わず両隣のレーンのスコアボードをチェック。いずこも似たり寄ったりなので、ホッとした。
 2ゲーム目に入る前に、ジュークボックスへ走り、コインを入れた。村田英雄の「王将」でも流したら周囲の反応が面白かっただろうに、ジュークボックスのラインナップは、サザン、湘南乃風、いきものがかりなど、夏で若くて爽やかでって感じ。間違ってもフロアに演歌が流れたりはしないよう、予め防御策が講じられていた。オレンジ・レンジにしようか迷った末に、ドラゴン・アッシュのナンバーをエントリーさせた。
 ところで、2ゲームの途中で早くも腕が疲れてしまった私は、ボウリング初心者ながらストライクも出した娘に抜かれ、結局3位に終わった。
 相撲取りみたいな格好で踏ん張り、両手でボールを押し出してみたり、投げると同時に滑ってひっくり返ったり。毎回奇ッ怪なフォームで投げては「G」と「-」の記録を更新していた息子だが、2ゲーム目に初めてピン9本を倒せたのが、余程うれしかったと見える。4位の息子が4人の中で、一番満足げな顔をして言った。
 「あぁ、面白かった!」
  

 
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# by vitaminminc | 2006-08-22 16:28 | 趣味 | Comments(0)

毛~罰

 法螺吹き童子め。
 息子と二人で外出するとき、私は息子に、窓の鍵を確かめて、エアコンのスィッチを切って、テレビを消して居間を出るよう命じた。懲りない私は今日も息子を‘信頼’し、息子の仕事を確かめもせずに家を出た。
 外出先から戻って、私が庭に車を入れている間に、首からマイ・キーをぶら下げていた息子が、一足先に家に入った。
 2分も置かずに私が玄関に入ると、息子はやけに愛想よく迎え出て、
 「ママ、‘さっき’エアコンつけて、部屋を冷やしておいたからね」
 などと言う。嫌な予感がする。
 居間に入ると、どん冷えであった。
 「・・・・・おぃ」
 「?」
 「この冷え方は、普通じゃない。‘さっき’つけたんじゃないね?」
 「!」
 「要するに、消し忘れていったわけね?」
 怒りが頂点に達し、部屋の冷気は怒気に変わった。
 「・・・・・あのね」と私。
 息子の口元がひくつく。
 「ママが怒っているのはね、エアコンを消し忘れたからよりも、くだらない嘘をつくことに対してなんだからね」
 「──はぃ」
 昨日は昨日で、私が仕事から帰ってみると、息子は炎天下、砂利路地で無邪気に蟻と戯れていた。玄関の鍵は開けっ放し。誰もいない居間にはエアコンがギンギンについていた。なのに、ちっとも冷えていない。よく見ると、部屋の窓が全開だった。窓を開けたのは、「暑かったから」で、エアコンをつけたのも「暑かったから」。どちらも同じ日の同じような時間帯にわが息子が行った所業である。
 「部屋を空けるときは、窓から不審者が侵入しないように、ちゃんと窓を閉めて鍵をかけないと危ないじゃない。それにエアコンをつけるなら、その時点で窓を閉めないと、暑い空気が外から入ってきて意味がないじゃない。で、やっぱり部屋を空けるなら、エアコンのスィッチは切らないと地球温暖化の・・・・」
 とまぁ、かなりわかりやすく説教したはずなのに、相当通気性のいい耳を持っているとみた。
 「もう怒った!」
 と私は立ち上がり、ハサミと櫛を取ってきた。
 「本当なら、嘘をついた罰で、頭を丸めなくちゃならないところなんだからね!」
 昨日までは、髪を切られることを嫌がってずっと逃げていたバカ息子も、今日の私の剣幕には太刀打ちできないと観念したのか、神妙に床に座った。
 「座ってないで、掃除機用意して、服全部脱ぎなさい!」
 息子はしぶしぶと掃除機を持ってきて、服をソファーに脱ぎ捨てた。
 「ロン毛がいい」などと腑抜けた理由を盾に、髪を伸ばし放題にしていた息子。25年前の丘サーファー丸出しである。似非サーファーみたいな髪型なんかしているから、平気で法螺を吹いたりするのだ。
 切っては床に落ちる髪を、掃除機で吸い取る。ダイソンのクリアビン(ゴミが溜まる透明容器)には、みるみる息子の黒髪が溜まっていく。
 「なんかコレ、怖いんですけど・・・・」
 と、MAXラインを超えた髪の量を見て、息子がビビッた声で言う。
 「うるさい!」
 変な髪型になったとしても、それは自業自得なんだかんだとさんざん脅しをかけながらカットした。切られ終えて、シャワーを浴びに行った息子。鏡を見て自分の髪をチェックし、まんざらでもないという顔をして居間に戻ってきた。
 私は素人なので、息子の髪を切ったときの出来栄えには激しくムラがある。それでも理美容院で切られすぎたのが余程トラウマになっているのか、プロよりも私に切ってもらいたがる、超安上がりな息子なのだ。
 でも、今回ばかりは大失敗した方が息子のためになったかもしれない。二度と法螺を吹けなくなるくらい、おそろしくダサダサのヘアに──。
 
b0080718_17284670.jpg

 

 
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# by vitaminminc | 2006-08-20 17:04 | 子ども | Comments(0)
b0080718_20522757.jpg 今夜は地元の夏祭り。太鼓の音が風に乗ってくる。みんな浴衣を着て踊っているんだろうな。
 さて。土曜の晩ときて、踊りとくれば、当然頭に思い浮かぶのが、映画「サタデーナイトフィーバー」。天を指差し、腰をだるま落としの落とし損ないのように「くきっ-☆」とひねったあのポーズ。濃すぎて忘れられない。
 「サタデーナイトフィーバー」が大流行し、まだその余熱が冷め切らずにいたある夏の日、私は高校の友だちの家に遊びに行った。
 東京下町の、急行も停まらない私鉄の小さな駅で降りると、目の前には堂々と「銀座プロムナード」と書かれたアーチ。その下をくぐって北側に伸びた先が、友だちの住む地元商店街。日曜日だったので、ホコ天になっていた。テープが伸びかけたようなハワイアンが流れていて、商店の店先にはビーチパラソル付の丸テーブル。そばの丸椅子にはおばあちゃんが座り、団扇を扇ぎながら麦茶をすすっていたりする。どこが「銀座プロムナード」なのか。こみ上げてくる笑いをハンカチで汗を拭うふりをしながら隠し、友だちの家へと急いだ。
 「何嬉しそうに笑ってんの?」と出迎えた友だちに、
 「銀座プロムナード・・・・」と一言。
 「またそーやってバカにしてぇ」と友だちはむくれ、いったん私を二階にあげておいてから、「下に行って、オババ(自分の母親のこと)から何か冷たい飲み物もらってきて」と私をあごで使った。
 窮屈な階段を下りていくと、どこからともなくおばさんが顔を出した。
 「あら、みん子、お椀取りにきたの?」
 寒い季節に初めて友だちの家に遊びに行ったとき、コーヒーでも入れようかと言ってくれたおばさんに、私は戸棚の中を凝視しながら、
 「いえ。あれが飲みたいです」と永谷園松茸の味お吸い物を指差した。以来おばさんは、私のことを「変な子」扱いしつつも可愛がってくれて、お邪魔すると必ず永谷園松茸の味お吸い物を飲ませたがった。
 やんわり断わり冷たいジュースをもらって二階に運ぶと、友だちがいかにも退屈そうに言った。
 「今日はさぁ、イトコのうちにでも行ってみるか?」
 彼女の話によれば、めんどくさいから‘イトコ’ということにしているが、遠い親戚にあたる6つ年上の男の人だという。イトコの部屋に行くと、時々掘り出し物が見つかるからオモシロイのだそうだ。
 「何か見せてくれたりするの?」
 「まさか。いないときを狙って行くに決まってんじゃん」
 私が「えぇ~~」と驚いている間に、友だちはズズーとストローで果汁数%のオレンジジュースを飲み干した。
 「早く飲んじゃいな」と氷をガリガリ噛み砕きながら私を急かす。
 ジュースを飲み終え、友だちの後について外に出た。6つ年上の男の人──当時の私にとっては未知の領域だ。そんな異生物の部屋を見られるというだけでも心が躍った。
 「イトコのうちって、どこ?」
 「向かい」
 「え?」
 「道路渡った真ん前」
 「遠い親戚じゃなかった?」
 「距離のこと言ったんじゃないよ」
 「私だって距離のことを言ったわけじゃないよ」
 遠い親戚という割には、自分の家のような図々しさで、友だちはイトコの家の中に勝手に入り込んだ。そして何の躊躇もなく階段を上がって行った。
 「ねぇ、怒られない?」
 現場を前にして怖気づいたように私が言うのを、
 「平気平気ィ」と友だちは軽く流した。
 仕方なく、友だちに続いてイトコの部屋に入った。
 「わ!」と声が出た。襖を開けて入った畳の部屋の突き当たりに、仰天顔の自分が立っていた。
 「何じゃこりゃ」
 「見りゃわかるじゃん、鏡だよ、押入れの」
 「押入れ?」
 それは、鏡張りの押入れの襖なのだった。
 「なんで鏡で出来てるの?」
 「頼まれて、うちのパパ(彼女は自分の父親のことはこう呼んでいた)が作ってやったわけ」
 彼女の家は建具やだった。
 「誰が頼んだの? 何で鏡?」
 「イトコ。全身を映したかったんじゃない?」
 「ナルシスト?」
 「わっきゃない!」
 美青年を想像している私の頭の中を読んだように、友だちが即座に否定した。
 「言っとくけど、イトコといっても血はつながってないんだからね」
 友だちは、血がつながっていないという部分の語気を強めて言った。
 「ほら、これなんかどう?」
 友だちがステレオラックから引っ張り出して私に見せたのは、ヒルのような唇が野生的なミック・ジャガーのシングルレコード。「夜をぶっとばせ」というスゴイ邦題がついていた。
 「古~ぃ!」
 憂歌団の「おそうじオバちゃん」なんかもあった。趣味が錯乱している。小林旭の「自動車ショー歌」など、どう考えても一世代前のシロモノである。
 「あ!」
 私が手にしたのは、レコードのビニールカバーがまだ新しい、ビージーズのシングル。
 「コレだ!コレ聴きながら、鏡の前で踊ってたんでしょ?」
 友だちは、苦笑するだけで、否定はしなかった。そして、
 「血はつながってないから」と、もう一度強調するのだった。
 
 私はその日、「なくなってもバレないから大丈夫」と友だちに励まされて、「自動車ショー歌」のレコードを借りて帰った。針が飛んでひどい音質だった。
  ♪あの娘をペットにしたくって ニッサンするのはパッカード 骨の髄までシボレーで・・・
 なんて歌詞を呆れ返りながら聴いていたが、こんなもん借りたがる女子高生、当時だって自分以外知らない。
 鏡の前でトラボルタを気取り、畳の上で踊る男のことを、どうして笑えるだろう──と、今なら思う。 
 
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# by vitaminminc | 2006-08-19 20:40 | 笑い | Comments(0)

デバカメラ

b0080718_15504559.jpg  時刻は午前3時過ぎ。蒸し暑い晩だった。喉の渇きを覚えて目を覚ました私は、視野の端に赤い光を捉えた。光源は、東側の窓の外。枕もとに置いてある眼鏡を手に取り、視力を取り戻す。うちの裏手には、某娯楽施設の大駐車場がある。赤い光は、そこに停めてある車のテールランプであった。中に人が乗っているわけである。
 <こんな時間にいったい何を?>
 娯楽施設はとうに閉店していて、ネオンも消えている。道に迷って道路地図を見るにしては、車内灯が点いていない。満点の夜空を仰いで、降るような星を眺めるにしては、どう見ても車体のシルエットはセダンだ。サンルーフを装備しているようには見えない。そういえば、夕べからずっと雷鳴が轟いていた。星を見るような条件ではない。
 今日も朝から仕事があるというのに、すっかり目が覚めてしまった私は、その怪しい車をどこまで見張ったものかと思案に暮れた。と、そんな私の隙をつくかのように、車は赤い光を強め(要するに一度ブレーキを踏んでアクセルをドライブに入れてから)、夜をひきずるように、そそくさと暗がりへと消え去っていった。

 苦笑した。3年前の夏の晩を思い出したからだ。
 迷惑な話だが、その頃裏手の駐車場は、今よりも治安が悪かった。田舎っぺ暴走族の中継点にされていたのだろう。バイクがふかすエンジン音や、頭の悪そうな若者たちが飛ばすロケット花火の音や嬌声に、何度安眠を妨害されたかわからない。といっても眠りを妨げられるのは、駐車場に最も近い部屋で眠る私くらいなもので、眠ったら朝まで起きない子どもやダンナはあまり感じていないようだった。

 その晩は、信じがたいような‘叫び声’で目が覚めた。一瞬、何が起こったのかと呆然とした。叫び声は断続的に、外から聞こえてくる。例によって裸眼では何も見えない私は、素早く眼鏡をかけ、叫び声のする東南東の方角に目をやった。
 叫び声は、駐車場に停めてある一台のRV車から聞こえていた。だが、隣の家が邪魔をして、見えるのは車の鼻先だけ。しかも、激しく揺れている。
 <ゲッ!>
 息を呑んだ。こ、これはもしや、いわゆるCAR-S(Dの次)Xと呼ばれるものなのでは? 私は横でシェーのスタイルで爆睡している息子が起きないよう、ハラハラしながらRV車を睨みつけた。
 悲鳴はバカでかく、金属と野獣の中間のような響きを放っていた。こんなはしたない悲鳴をあげるのは、絶対‘洋モノ’の悪影響に違いない。そんなわけのわからん確信を抱きつつ、車体の揺れに共鳴するかのような悲鳴が、一刻も早く止みますようにと祈祷した。
 祈りが通じたのだろうか。永遠とも思われた下品な悲鳴が止むと、それに追随するように、下品な車体の揺れもおさまった。低い男性の話し声がする。何を言っているのか聞き取れない。独り言ではなさそうだ。会話か?
 <どうなってんだ?>
 私の疑問に答えるように、しばらくすると男性二人が後方から現れた。それぞれが運転席と助手席とに乗り込むと、まもなくエンジンのかかる音がした。RV車は、鼻息荒い競馬馬のように発進。すぐに視界から消えた。
 時計を見た。私がつきあった15分間は、何だったのか。ジャッキで車体を上げる時の、
 「ギャッ、ギャッ、ギャッ」という鋭い音が、悲鳴として耳に突き刺さり、頬の内側に赤い炎症までつくっていたというのに。
 騒音としては迷惑なはずだったのだが、あまり腹が立たなかった。非日常的なものに対する好奇心の方が勝っていたからだろう。そしてそれは、限りなく出歯亀に近い好奇心だったのである。
 そんなことを思い出しながら、再び今日の未明に走り去った不審なセダンに思いを馳せた。いったい何の目的で、あんな辺鄙な場所で羽根を休めていたのだろう? 
 我が想像力は、音も立てずに、ジャッキでせり上げられていくのであった。
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# by vitaminminc | 2006-08-18 15:48 | Comments(0)

平成の半ズボン

 13日付の産経新聞で、「いい大人が半ズボンとは」というコラムを見つけた。驚いた。
 これを書いた作家の吉川潮の少年時代は、公衆の面前で半ズボンが許されるのは小学生まで。中学生以上は夏でも長ズボンをはくのが常識。大人で半ズボンが似合うのは、山下清画伯とアイスキャンデー売りのおじさんと海の家の従業員くらいのものだったという。
 確かに私の小学生時代も、男子はみんな半ズボンをはいていた。それも、今流行の膝下まである文字通りの半ズボンではない。当時の半ズボン丈といったら、長くても3分丈。中にはハミパン寸前、2年越しの超ミニズボンをはかされている男子もいたくらいだ。逆に、マセ餓鬼なんかは、高学年になると同時に半ズボンを脱ぎ捨てた。似合わないくせに長ズボンをはきたがる。そんな男子たちを見ると、いきがっているのがバレバレで、見ているこっちが気恥ずかしくなったものだ。
 だから、「半ズボンが許されるのは──」なんて言い方には抵抗を感じるが、「半ズボン=小学生」という公式が成立していたことは、理解できる。わからないのは、その公式を今現在においても強要したがる感覚である。
 吉川氏が自身でも認めているところの‘偏見’によれば、「腹が出ている中年男がウエストがゴムの半ズボンをはくと実にみっともない」し、半ズボン野郎は「どいつもこいつも仕事ができそうにない感じ」がするんだそうだ。あげくのはてには、未成年者に対する淫行で芸能界を追放された、半ズボン姿でお馴染みの某お笑いタレントまで引き合いに出す始末。
 もともと高温多湿の国である。地球温暖化によって、熱帯の外来種が越冬し繁殖してしまうくらい、日本は格段に暑くなっている。それでもなお、クールビズを提唱したところで、半袖シャツにタイ無しが限度。ビジネススーツとして半ズボンが出回っているわけではない。要するに、オフのスタイルについて、嘆いておられるわけだ。だけど、休みの日くらい自由にしたってよいではないか。暑いのだ。クソ暑いではないか。半ズボンをはいてどこが悪い。ありがたいことに、今流行っている半ズボンの丈は、膝下までのデカパンタイプが主流。おっさんたちの、見たくもない太ももを見せつけられるわけではない。脛毛くらい、許してやってもいいではないか。

 私は個人的に、成人男性の半ズボン姿は嫌いではない。いや、かなり好きだ。亡父が孫を訪ねて来てくれる時は、冬以外はたいてい半ズボンだった。以来半ズボンは、私にとっては「父性愛」の象徴のようなものなのだ。若者だろうと中年だろうと老人だろうと年齢に関係なく好きである。みっともないと感じたことはない。ましてや「仕事ができそうにない」などと感じたこともない。もしあるとすれば、それは半ズボンのせいではなく、その人の着こなしや魯鈍な目つきのせいだろう。第一、「腹が出ている中年男がウエストがゴムのズボンをはくと実にみっともない」のは【長】ズボンの方だと思う。半ズボンは、むしろ体型をカバーする必須アイテムともいえる。なぜソコに気がつかないのか? 摩訶不思議である。
 今朝、灼熱のアスファルト道路を16インチの自転車を転がしながら会社に向かっていると、私の横を颯爽と1台の自転車が追い抜いて行った。外国人男性だった。ベージュの半ズボンの上は、アタックのCMに出てきそうな真っ白いYシャツ。涼しげにオーバーシャツをはためかせているわりに、ペダルをこぐ足元が、少々暑苦しい。<オヤ?>と思ってよく見たら、黒いソックスに茶のシューズ。そしてハンドルには簡易スーツケースのようなものが。おそらく、事務所に着いてから、ビジネス用ズボンに穿きかえるのだろう。ちゃんとTPOをわきまえている。ファッションはもとより、衛生面も兼ねて暑さ対策をしているのだ。もしかしたら、長ズボンをはいたっきりの人よりも、そういう点では頭を使っているかもしれない。
 冒頭の、「驚いた」というのは、実は、半ズボンをはくのは半人前だからだと言わんばかりの吉川氏の年齢を知ったからである。どんなじいさんが書いたのだろうと訝っていたら、なんとまだ58才。60前なんていったら、私に言わせりゃ休日の半ズボン姿が最も似合う麗しの世代ではないか。
 吉川氏に遅れること半世紀──8才のわが息子は、「昭和」のあとに「時代」を付ける。昭和‘時代’に比べ、日本の平均気温は上がり、半ズボンの丈は下がった。もう、「公衆の面前で半ズボンが許されるのは小学生まで」という時代ではない。
 ついでに、58という若さなら、半ズボンに対するような偏見を、女性のミニスカや露出系重ね着ファッションに対しては、絶対抱かないに違いない──な~んて思ってもしまう。
 これこそ私の偏見だろうか?
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# by vitaminminc | 2006-08-17 14:45 | Comments(0)

いとしのコバタリアン

 私のせいではない。私のせいでは。
 オヤジ系チビコギャルの娘には、オバタリアン(古いか)的趣味がある。スーパーやデパ地下の食品売場にある試食をこよなく愛しているのである。
 実は、私はあの手の試食がキライだ。人の行き来の激しい中、雑菌は大丈夫なのか? 冷蔵庫の中の賞味期限には無頓着な私が、こういうところで神経質になるわけは、単に人混みが苦手だからなのだろう。
 それに、楊枝をおっ立てて一口サイズに並んだものを試しにいただいて、買うならいいが、買わない場合のことまで考えると、何だか無銭飲食するようで、気が引ける。育ちがいいせいかもしれない。
 だから娘の試食好きは、私の影響ではない。100%、そう言い切れる。なぜなら私は「やめてくれ」とまで言っているのだ。だって子どもが一人で試食をして、
 「あらコレいけるわね、一ついただこうかしら」なんて言うわけがない。背後に親の手引き有り──「かあちゃん、腹減ったよ」 「うるさい子だね、あそこの試食コーナーで食べてきな」──と思われるのが嫌なんである。育ちがいいせいかもしれない。
 だが、娘はもはや、手をつないでつなぎとめておける年齢ではなくなった。目を離すといつのまにか姿を消している。そして、大好きなバイキングでも楽しんできたかのように、ニコニコの笑顔で、どこからともなく現れる。
 「ママ、あそこの鮮魚コーナーにあったタラコ、すごくおいしかった♪」などと満足そうに言うのである。
 「そういうことやめなさいって」
 「でもお店の人が‘どうぞ’って勧めるんだもん」
 そりゃアナタの視線が試食品に一直線だったりするからだ。とほほ・・・。

 話は試食から試着に変わる。
 ちょっとデザインのかわいいハーフパンツがあったので、試着させてみたところ、
 「だめだぁ、コレ。穿いた気がしない。落ち着かない」と言う。ヒップハングタイプの、股上の浅いデザインが気に入らないという。
 そこで、店内を自分でとっとこ歩き、「あ、コレなんかいいかも」と手に取った‘ズボン’があった場所は、普通なら一目で気がつく‘おばちゃんコーナー’。私がいくら、それはどう見ても年配向きだと言っても気にしない。
 「そうかなぁ? 穿いちゃえばわからないよ」と、こうである。
 「試着してみればわかるから。おばさん用のは、ヒップが大きく作ってあるから、身体に合うはずがない」
 という母の言葉を覆すべく、娘はおばちゃん用のズボンを手に持っていそいそと試着コーナーに姿を消した。
 「穿いたらちゃんと見せてよね」
 さっきのローウエストのパンツは、穿いたところを私に見せもしないで手放したが、傍目には似合っていたかもしれないではないか。
 「どう?」と私が聞くと、娘はカーテンをシャッと開けて、自身たっぷりに言ってみせた。
 「すごくピッタリして、いい感じ♪」
 だ、ダサいぞ。
 「後ろを見せてごらん」
 「ほ~らね」
 「・・・・」(←絶句)
 「ね?」
 「・・・後ろが、たるんでる。おしりのサイズが合ってないから、余計な皺が寄って、すッごくカッコ悪い。タレ尻に見える」
 「え~、アタシはコレでいいんだけどな」
 「ママがよくない!」
 当分娘には一人で買いに行かせられない。きっとものすごくおばちゃんファッションになって、親のセンスまで疑われること間違いなし。ある意味、野放しにはしておけないキケンなタイプである。

 このように、何かとコバタリアンを小出しにしてくれる娘なのだが、ご年配の方(ただし優しいおじいちゃん・おばあちゃん限定)には物凄く親切だ。先日も、近所のおじいさんが「今から柿の木の枝を切るんだけど、うまく切れるかなぁ」と言うのを聞いて、
 「私がお手伝いします」と剪定を買って出た。
 娘は、二人で一緒に立っていると「蚊避け」にもなる。蚊が娘だけを刺すからだ。そんな悲運な体質なので、当然、夕方の鬱蒼としたよそ様の庭で、ハシゴに登り、おじいさんの指図に従い、長いこと枝を切り落としているうちに、蚊の襲撃に遭ってボコボコに食われてしまった。
 「こうなるってことは最初からわかってはいたんだけどね」とムヒを塗りながら娘が言う。「でも、私の方がおじちゃんより背も高いし、切ってほしいんだろうなぁ~と思って」
 
 エライ! 試食コーナーでもどこへでも好きなだけ行ってヨシ。ただし、おばちゃん用の衣類は勘弁、それだけはママが阻止する(←といいながら自分の着れなくなった服はホイホイ娘に回している。ま、年甲斐もなくかわいいもんを好む傾向があるんで、OKということで)。
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# by vitaminminc | 2006-08-08 13:41 | 子ども | Comments(2)

路傍の意志

b0080718_9182473.jpgb0080718_23295046.jpg この世は、謎に満ちている。
 数年前に、気心の知れた女ともだちと三人で飲み会をした時の話。気がつくと、私たちは、身近にある‘わからないこと’について、アーダコーダと面白おかしくあげつらっていた。
 「わからないことといえばさぁ──」と一人が言う。「──道路によく、靴が片方落ちてたりするじゃない、アレって何?」
 三人共、靴の落し物を見た経験が有ったので、そうそう、よく見るよく見ると、大いに盛り上がった。
 「意外にボロ靴じゃないんだよね」
 「結構新しい靴だったりするよね」
 「スニーカーならまだしもさ、黒の革靴!?」
 「あーはっは! あるある!」
 「アレって酔っ払いとかが、片方脱げても気づかないで、そのまま歩いてっちゃうわけ?」
 いやいやいやいや。私が見た黒の革靴は、そんなとこにはいなかった。歩行者の通らない、自動車専用立体交差の橋の上に、横臥状態で世を儚んでいた。
 「バイクに乗ってる人かも・・・」とボソッと言ってみた。「バイクで走行中に片方脱げちゃって、そのまま走り去るしかなかったパターン」
 「そッかぁ」と一同(って二人)が尊敬の眼差しで私を見る。
 「でも脱げるか? 普通」
 「まぁ新しい靴は足になじんでいないからね」
 「けど、不思議と女物の靴が落ちてるのは見たことないんだよね」
 「そう言えば一度もないわ」
 「逆に、あったら怖い」
 「ハイヒールが片方落ちてたりしたら、犯罪に巻き込まれたかと思っちゃう」
 で、私たちは、‘やっぱ男の人ってマヌケよね~’と結論づけてご満悦なのだった。

 しばらくして、もう一人が思い出したように言う。
 「紳士もんの靴が落ちてるのも変だけど、タイヤのホイールが落ちてるのも変だよ」
 「あぁ、たまに見るよね」
 「あら不思議、なんでこんなところに?って」
 それなら、靴より確実にわかる。また私の出番である。
 「縁石に乗り上げると、意外に簡単に外れるんです」とボソッ。
 「へ~ぇ、そうなんだ」
 「外れたホイールが、またどこまでも転がってくんです」と補足。
 「経験者かぁ!?」
 私が頷くより先に、二人が笑い崩れた。
 「な~んだ、どういう奴が落としてくのかと思ったら・・・」
 「こ~ゆ~奴だよ・・・」
 アルコールの力を借りているとはいえ、息も絶え絶えの感動振りだ。
 そうなのだ。運転し始めの頃に、一度だけヤッっちまった。なにしろ音は派手だし、通行人は転がっていくホイールをどこまでも目で追うし。リアルタイムの通行人がいなくなることを祈りながら、少し先にあるスーパーの駐車場にゆっくり車を停めて、ゆっくり時間をかけて現場に戻ると、哀れ、私のホイールは、次々と後続車に踏み敷かれ、アルミ箔のようにぺしゃんこになっていた。回収にいった自分も思わず凹んだ。

 だからホントは、靴を落としていく男の人を笑う資格など、私にはない。でも、路肩や中央分離帯付近で風雨に耐えている靴の姿を思い出すと、頭の中で勝手に再現ドラマが流れてしまうのだ。
 落とし主の中には、得意先に向かう途中の人もいたかもしれない。だが、片靴姿で得意先を訪問するわけにはいかない。落とし主は、専門店が入っている大型店を泣く泣く通り過ぎ、やっとのことで、商店街にある小さな靴屋を見つける。片靴のままで歩く距離が、なるべく少なくて済む店だ。
 バイクを店の前に停めて、落とし主がさりげなく片靴のまま店に入っていくと、店主の第一声は、
 「アレお客さん、靴をどうなすったかね?」
 仕事柄、客の顔より先に足元に目が行くらしい。
 「いや、ちょっとした事故に遭って。いや、怪我はしてないです」
 「そりゃ大変だったね。あれだろ? やっぱり同じようなのがいいんだろ?」
 そう言いながら、店のオヤジは、合成皮革の艶と輝き丸出しの靴を得意そうに出してきた。
 「これなんか、同じタイプだね」
 落とし主には時間がない。自分が履いていたリーガルは19,450円。目の前の靴には1,980円の値札がタグ留めされている。値札だけではなく、左右の靴がはぐれてしまわないように、靴同士もタグ留めされいた。
 《どこが同じタイプだ》と憤慨しながら購入。
 「履いて帰るかね?」
 《当たりめーだバカヤロー、そのために寄ったんじゃねーか》
 店のオヤジが、鋏でプラスチックのタグ留めを切る。値札が取れた代わりに、靴には値札の痕跡として、小さな穴が残った。左右の靴を結びつけておいた穴も入れると、合計3個。
 落とし主は、‘靴辱’のようなものを感じながら、昨日購入したばかりのリーガルの片割れに目をやった。
 「あのこれ、処分頼ンます」
 新しい靴の履き心地を実感するには、店の外に出るまの数歩で十分だった。
 《最悪じゃん》
 片靴ばかりか、肩まで落とす、落とし主。
 《けど、今日の商談だけは、ぜってーキメてやる!》

 これが深い愛情をもって笑わずにおりゃりょーか。
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# by vitaminminc | 2006-08-07 00:40 | Comments(0)
b0080718_1747546.jpg 子どもたちにせがまれて、仕方なく公共の屋内プールつき健康ランドに連れて行った。
 腰の重かった私だが、順応性に優れている。行ったら行ったで、アクアウォーキングをしながら娘と話したり、温水プールの健康ゾーンで寝そべったままジャグジーに浸かり、ウォータースライダーに興じる息子を眺めたり。子どもと三人でやった水中鬼ごっこでは、顔で笑っていながら身体は真剣に逃げていた。息子に追われている振りをして、後ろを振り返り振り返り娘に近づき、タッチしてから実は自分が鬼だと笑ったり。
 市内には、波のプールや流れるプールがウリの、もっと大きな屋外プールもある。今回は、どうしてもそちらへ行く気にはなれなかった。数日前に、息子と齢の変わらぬ少女が、排水溝に吸い込まれて悲惨な死を遂げている。それと似たようなプールに足を運ぶことには、どうしても抵抗があった。

 さて、たっぷり2時間半水遊びをしてプールから上がり、更衣室で着替えていると、横に一人、やたらガミガミ怒鳴りまくっているばあさんがいた。とにかく周りにいる者すべてが気に入らない様子で、大きな声で自分の孫二人を叱りまくっている。
 「何やってるの、ふざけてないで早く着なさい!」
 「もう、ここは狭いわね、ロッカーの中身全部出して! あっちの広いとこで着替えましょう!」
 「だから、荷物はあそこのベンチに置けっていってるでしょう!」
 「あぁ、何だってここはこんなに濡れてるの! 水着はあっちで脱いで来ないと駄目なのよ!おばさんに叱られるわよ!」
 最後の文句は、娘に向けられたものだった。プールの更衣室の床が多少濡れるのは当たり前。そんなにケンケン言われるほど床に大洪水を作っていたわけではない。すぐ横に、明らかに保護者である私が立っているのに、私よりも弱い立場の、おとなしそうな娘を選んで八つ当たりしているわけだから、自分でも正面切って文句を言うほどのことではないとわかっているのだろう。大体‘おばさんに叱られる’という言い方が卑怯である。清掃のおばさんではなく、叱っているのはアナタご自身じゃございませんか。だがココで私が口を挟むと事態がややこしくなりそうだったので、哀れな娘を生贄に、自分は黙っていることにした。
 外に出て駐車場に続く遊歩道を歩きながら、楽しい気分を台無しにされた娘が文句を言った。
 「あんなだから孫が迷子になっちゃうんだ! 頭にくる!」
 「迷子って?」と私が聞くと、1階のロビーでロッカーの鍵を返しているときに、
 『東京からお越しの○○くん、おばあさんが1階のフロントでお待ちです・・・』というアナウンスが流れていたのだそうだ。
 「ママ、気づかなかった?」
 「うん、全然」
 「そのアナウンスを頼んでたの、あのガミガミばばあだったんだよ」
 「へぇ~、そうなんだ」
 「そうだよ。‘まったくどこ行っちゃったんだろう!’って、相変わらずガミガミ怒ってた」
 「ママも怒りんぼになるけど、あそこまでガミガミ言わないなぁ・・・だって疲れる」
 着替えの最中、いきなり見ず知らずの人にガミガミ言われて、顔を引きつらせていた娘。入浴せずに帰る客は、ロッカーまで水着で来るのが普通だと、周囲の様子で確認した後、ひそかに腹わたをグツグツいわせていたらしい。娘はそのガミガミばあさんのことをつぶさに観察し、粗探しすることに余念がなかった。
 「何さ! 自分たちはあんなに通路に荷物広げちゃって、通る人たちの邪魔していたくせに! 更年期なんじゃないの!?」(いや、更年期はすでに卒業していたろう)
 「その孫、きっとプールにいた間も、ずーっとああしてガミガミ言われっぱなしだったんだろうね」と私は娘をなだめるように言った。「楽しくなかっただろうね。だから迷子になったんじゃなくて、自分の意思で息抜きしに行ったんだよ」
 「そうだね、逃げたんだ!」と娘も孫に同情するように言った。
 駐車場の係員のおじさんは、炎天下に立っているだけでも重労働だろうに、信じられないくらい穏やかで感じがよかった。
 「ご利用、ありがとうございました!」

 車に乗り込む前に、娘がつぶやいた。
 「あんなに暑いのに・・・いい人だ」
 娘がガミガミばあさんから投げられた言葉の棘は、駐車場係のおじさんの優しい笑顔のお蔭で、すっかり溶け落ちたようだった。

 それにしても、健康ランドにきてあんなに休みなくガミガミ言っていたのでは、絶対健康に悪いはず。心配になってしまった。 
 
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# by vitaminminc | 2006-08-05 17:42 | 人間 | Comments(2)

ハッタリアン

b0080718_17175256.jpg ハリー・ポッターの最新刊(第六巻)「ハリー・ポッターと謎のプリンス」を発売当日に購入、すでに季節も変わったというのに、ようやく上巻を読み終えたばかりだ。相変わらず大変面白い。でも一つ、困った問題が生じた。
 第五巻「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」が発行されてから、すでに2年近くが経過している。これまでの経緯は大方覚えているのだが、それに関わった人物の名前を片っ端から忘れてしまっていたのだ。
 上巻を読み始めた時点で、「あぁ・・・」と気落ちした。
 アメリア・ボーンズ? ベラトリックス? エメリーン・バンス?──誰?
 表紙の扉には、忘却術にかかったままの私でさえ忘れることのない、主人公ポッターをはじめ、レギュラー陣の名前と簡単な人物紹介、それに第六巻に新しく登場する人物の名前と紹介が載っている。レギュラー陣と新しく登場する人物紹介は要らない。私に必要なのは、登場人物の会話に出てくる人物すべての簡単な説明だ。もはや、時の経過と齢による老化で、疑問符なしにはスラスラ読み進めなくなってきた。知っていて当然とばかりに、何の注釈もなく過去に登場した人物の名前を会話にあげられては、ヒジョーに困るのである。
 ほんの簡単な注意書きでいい、ページの隅が見苦しいなら巻末にまとめるのでもいい、下記の例を参考に、会話にあがるだけのチョイ役人も含め、全員の紹介を載せてくれたらありがたいのだが。

 《例》
 ・エラリー・クイーン     特別捜査官
 ・アンドリュー・ヴァン    小学校長 
 ・ハラーフト          太陽教教祖の薬売り
 ・ヴェリヤ・クロサック    びっこの復讐鬼
 ・ヤードレー教授       エラリーの旧師
 ・トマス・ブラッド       敷物輸入業の富豪
 ・マーガレット・ブラッド   ブラッドの美しい後妻
 ・ヘレーネ・ブラッド     マーガレットの連れ子
 ・ヨナ・リンカン        ブラッドの番頭
 ・ヘスター・リンカン     ヨナの妹
 ・ポール・ロメーン      ハラーフトの弟子
 ・ヴィクター・テンプル   へスターを愛する医師   
 ・スティヴン・メガラ     ヨット乗り
 ・リン夫婦           疑わしい英人夫婦
 ・フォックス          ブラッドの下男

  以上、昭和52年角川文庫刊「エジプト十字架殺人事件」(エラリー・クイーン著)の扉に載っていた人物紹介である。一部不適切な表現もあるが、発行当時の翻訳を尊重し、そのまま転記した。
 この長編ミステリーの人物紹介、読んだ当時はまだ脳が若かったにも関わらず、私にはなくてはならない虎の巻であった。ハリポタも、巻単位ではここまでゴチャゴチャ人の出入りはないにせよ、巻を追うたび登場人物が増えていくのは当然。省略せずに、活字になる人名は、委細漏らさず注釈を載せてくれてもいいではないか。読んでも通じないと、何だか損をした気分である。かといって、五巻をひも解き自力で調べるほどの暇もない。やはり読者サービスとして、注釈付きを望むものなり。
 第六巻を購入後、数日で分厚い上下巻を読み終えた娘に、
 「ストーリーは面白いんだけど、登場人物の会話についてけなくなった・・・」
 とぼやくと、娘は自分もだ、とサラリと言ってのけた。
 「第五巻の『不死鳥~』あたりから、魔法も覚え切れなくなった」と、若い脳は告白している。
 それを聞いて、私は少しほっとした。三巻あたりまでは、娘と二人でハリポタの魔法呪文を暗記して、よくクイズを出しっこして楽しんだっけ。
 が、小説の中の主人公たちは、サザエさん一家とは違う。新刊が出るたびに成長し、より高度な上級魔法を体得している。マグル(普通の人間)の我々にわからなくなっても、ある意味仕方のないことなのかもしれない。
 そんなわけで、「謎のプリンス」というよりは、なぞなぞのプリンスを読み進めている私だが、自称ポッタリアン、たとえハッタリアンといわれようが、知ったかぶりして、下巻にも手を伸ばす。 
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# by vitaminminc | 2006-08-04 17:02 | 趣味 | Comments(4)

豆餅

b0080718_20533789.jpg 今から一年前、うちの西側のブロック塀と家との隙間は、「豆餅」のトイレにされていた。その頃、豆餅はまだ子猫と成猫の中間であった。夏ごろまでは、母猫とおぼしき黒猫と行動を共にしているのを時折見かけたのだが、秋になってから巣立ちを言い渡されたのか、豆餅は単独でいるようになった。うちの西側が豆餅のトイレにされ出したのは、ちょうどそんな時期だった。

 うちの近所にはパチンコ店がある。毎朝開店前に、数人の女性清掃員がホールの掃除に訪れる。私は亡犬の散歩をしていた時分、彼女たちが店の駐車場の周りで野良猫たちに餌を与えるのを毎朝見ていた。食うものに困らない猫たちは、あれよあれよと数を増やしていった。餌入れや古毛布なんかが置いてあるのを見たパチンコ客が、猫の捨て場所として目星をつけるのか、ダンボール箱に入れて置き去りにされる捨て猫まで出る始末。発情期にもなると、うちの近所では妖怪の赤んぼうのような恐ろしい啼き声が反響し、寝ても覚めても悪夢に引きずり込まれそうになる。豆餅は、そうしたパチンコ・キャットが産み落とした子に違いなかった。
 私は猫が好きだ。だから、野良猫に餌をやる人の気持ちがわからないでもない。むしろわかってしまう。だけど、餌を与えるということは、野良猫の数を増やすことになるってことをきちんと理解してもらいたい。餌を与える人たちは、野良猫たちに避妊手術を受けさせる気もなければ、引き取って飼う気もない。自分の家から遠く離れた場所で、野良猫たちに餌をふるまい、いたずらに野良猫を繁殖させているだけだ。
 パチンコ店の周辺道路は交通量が多い。私はすでに何匹もの猫が車にはねられ息絶えている姿を目撃している。無責任すぎはしないか。自然の摂理に反し、人為的に餌を与えて野良猫を繁殖させる行為、一生面倒を見るつもりはあるのだろうか。私には、単なる自己満足としか思えない。

 私の心は忙しかった。豆餅にトイレにされた西側のへたりこむような悪臭に悩んだだけでなく、小さな豆餅の将来を悲観して、胸を痛めない日はなかった。独り立ちしてからの豆餅は、親猫と一緒だった頃の警戒心をすっかり解いていた。生きるための本能が、そうさせたのだろう。豆餅は、私たちが外から車で帰ってくると、よく目立つ位置──門柱の上──にちょこんと座って出迎えるようになった。車はバックで庭に入れる。ちょろちょろしている豆餅を轢いてしまわぬよう、子どもたちに見張りをさせているうちに、豆餅は子どもたちとすっかり仲良しになってしまった。子どもたちの後について玄関の中に入ってこようとする豆餅を追い払わなければならない切なさつらさを、あの偽善的餌やりおばさんたちは知る由もないだろう。忌避剤なんかもろともせずにトイレ・・・いやうちの西側に糞をし続けた豆餅は、冬に入ってから益々私を悩ませた。寒いだろうな。おとなになりかけているな。今に子猫を生むんだろうな。絶対うちの縁の下で生むに違いない。寒風の中、大きなおなかを抱えた豆餅の姿を想像すると、たまらなくなった。春になって子猫を従えた豆餅の姿なんか見たりしたら、確実にどうかなってしまう。どうかなってしまう。

 それで、動物嫌いのダンナに離婚される覚悟で、身ごもる前に豆餅を引き取った。少しばかりの餌をもらったところで、豆餅が劣悪な環境下で乳飲み子時代を過ごしたことに変わりはなかった。子猫の時にひどい結膜炎を患った後遺症(獣医)で、今でも時々血の涙を流す。うっかり窓を開けると、家猫出身の先住猫は好奇心旺盛で外に出たがるけれど、野良猫出身の豆餅は、決して外に出たがらない。
 「苦労したんだね・・・」
 私は、焦げた豆餅模様のちび猫が、門柱の上で私たちの帰りを待っていた姿を思い出すと、今でもキュンとなる。今の世の中、野良猫たちにとって決して住みよいわけではないのだ。
 餌やりおばさん、生きものの面倒をみるには、「責任」てもんも必要なのではないでしょうか。
 
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# by vitaminminc | 2006-08-03 22:03 | 生きもの | Comments(2)

死に水

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 昨夜8時15分過ぎに、近所のおじいさんから電話が入った。蝶を捕まえたから、取りにおいでという。
 早速息子が蝶をいただきに行った。小さな飼育ケースごともらってきたのだが、どう見ても弱っている。そもそも夜におじいさんの手で容易に捕らえられたことからして、最期が近いように思われた。
 せっかくおじいさんがプレゼントしてくれたので、なんという種類なのかネットで調べることにした。
 「この翅の大きさからいって、絶対アゲハの仲間だね」と私が言うと、
 「黒いからカラスアゲハかもよ」と息子も同意した。蝶は真っ黒で、かなり大きかった。黒いドレスの裾にはオレンジ色の紋様があったが、かわいそうに、ボロボロにちぎれていた。元気な頃はさぞかし美人だったろうに。
 蝶は「クロアゲハ」であった。片方の後翅はちぎれてなくなっていたが、前翅にあるらしい別の模様がなかったことから、私の直感どおり雌であることがわかった。
 私が言うまでもなく、息子は弱っている蝶を逃がしてあげるつもりでいたらしい。
 「おじちゃんにケースを返してきなさい」というと、‘もちろんだ’という表情で頷いた。
 「逃がしてあげたけど、おかげさまで勉強になりました、調べたらクロアゲハでした、ってよくお礼を言ってね」
 「はーい。おじちゃんにケース返しに行く前に、蝶を安全なところに逃がしてあげる」
 そう言って息子は夜の庭に出て行った。
 しばらくして戻ってきた息子は、少々戸惑い顔だった。
 「おじちゃんに、‘何だ、逃がしちゃったのか’って言われちゃった」
 私は苦笑した。
 「おじちゃんは、せっかくあげたのにって思ったんだろうね。でもあの蝶は、もらった人が好きにしてもいいんだよ。蝶をあのまま狭いケースに入れっ放しにしておいたら、きっとすぐに死んじゃう」
 「そうだよね」と息子もなんとか納得した。
 蝶を逃がしたと知り、おじいさんががっかりしたということは、息子が「蝶が弱っている」事実を伏せておいたことを意味する。よくよく聞いてみると、おじいさんは蝶をくださる時に、「一発で捕まえたんだよ」と得意そうに説明していたらしい。
 捕まえた蝶の翅がボロボロに傷ついているとも知らずにいたおじいさん。息子は言うべきことと言わずにおくべきことを理解していた。それが嬉しかった。
 一夜明けた今朝、私はホウセンカのピンクの花に、クロアゲハがとまっているのを発見した。(写真)昨夜息子が「安全なところ」に選んだのは、自分が夏休み前に学校から持ち帰ったホウセンカの鉢植えだったのだ。軽やかにとまっているのではなく、落ちないように必死にしがみついている様子が痛々しい。よく見ると、クロアゲハはたいへん可愛い目をしていた。細い触角が、風にふるえている。ボロボロの翅では、もはや何処にも飛んで行けはしないのだろう。
 仕事に行く時に、再びクロアゲハを確認したら、鉢の土の上に落ちていた。息子に知らせると、
 「世話の焼ける子だなぁ。せっかく花の蜜が吸えるようにしてあげたのに」と、ニコニコしながら助けに来た。

 仕事を終えて戻った時には、クロアゲハは鉢の外に落ちていた。ポーチのレンガの上に。
 「植木鉢じゃなくて、今度は花壇の木陰の、大きな葉っぱの上にのせてあげなよ」
 「うん、そうする」
 しかし、すぐに息子は戻ってきた。
 「死んじゃってるみたい・・・」と悲しそうな目で私に報告した。
 それから息子は、「カブトムシの横に埋めてあげる」と言って庭に戻っていった。
 去年の秋、ひと夏うんと可愛がったカブトムシを葬ったお墓がある。息子はその横に、たったひと晩だけ「うちの子」になったクロアゲハのお墓を掘った。
 小石で丸く縁取った小さなお墓。その真ん中には、息子がもいだピンクのホウセンカが1つ、お供えしてあった。私は何か言う代わりに、瞳に映ったその光景をごくんと飲んだ。

 今朝、カノジョが必死になってしがみついていたホウセンカの花は、死に水になれただろうか。
 
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# by vitaminminc | 2006-08-02 17:28 | 生きもの | Comments(0)

ジュフン

 それは今朝──8:25頃のことだった。
 16インチの自転車を自力で転がしながら、家の近くの交差点を横断し終えた直後に、右の鎖骨付近にビチャッとした感触を覚えた。ムクドリによる落下物である。朝からなんてツイてないんだと怒りつつ、家に戻って出直す時間もなかったので、仕方なく鳥の糞を肩にのせたまま会社へ行った。
 タイムカードを切り、階段を登り、そのままフロアを突っ切って女子トイレへ直行。どうにか身を清めてから、ようやく自分の席に座ると、自分の身に起こった悲劇を同僚に語らずにはいられなくなった。
 「だけどそれってすごい確率だよね」と同僚は笑い、まもなく私の髪の毛の一部分を凝視し出した。「ちょっと、これもそうなんじゃない?」
 あぁ、やっぱり・・・。実は、肩とほぼ同時に左半球の後頭部にも跳ね返りのような軽い衝撃を感じていたのだ。
 以上のことからわかったことは、西に進路を取る私に対し、鳥は南南西を目指して飛んでいたということだ。自転車の速度、方向、地上からの高さ、そして鳥の飛行速度と方向と・・・。ベクトルの法則を駆使してもわからないのは、どうしたらそれを浴びてしまうかという確率である。
 同僚と二人で再び女子トイレへ。ティッシュで私の髪から不純物を取り除いてくれた同僚は、その後食器洗い用の除菌ジョイで自分の手をセッセと洗いながら、鳥の糞の有害性について語っていた。
 「いっそここでシャンプーしてっちゃえば?」
 「ジョイでかぃ」
 それにしても? いったいなぜ? 自分にだけ? こうも的中するのか? 春にも一回浴びている。あの日は会社の帰りだった。私が木の下に立っていて、その木の上に鳥が休んでいたわけではない。私は自転車で走行中、鳥は空を飛行中、にだ。
 今日、私は花柄のシャツを着ていった。受粉ならぬ受糞である。これからは晴れていても日傘を握りしめ、「防糞対策傘さし運転」でいくべきだろうか。
 情けない気分になった私は、糞を取り除いてくれた心優しい同僚に、改めてお礼することにした。
 「これでウンがつくはずだから、帰りに宝くじを買って帰ってね」
 後頭部をすり寄せながら験を担がせようとする私に、同僚はウレシイ悲鳴をあげて飛び退っていった。b0080718_17315594.jpg
 
 
 
 
 
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# by vitaminminc | 2006-08-01 17:11 | 自然 | Comments(0)

収穫のヨロコビ

b0080718_1142178.jpgb0080718_2004890.jpg 7月に入ったある日、息子が学校から一粒の種を持ち帰った。
 「ベランダにオクラの種が1つ落ちていたから、先生に頼んでもらってきた」


 息子の話では、オクラの種は裏庭の3年生用の花壇に、みんなで蒔いたものだそうだ。それがなぜ、3階にある教室のベランダに落ちていたのかは不明だが、息子は直径3ミリにも満たない小さな球状の一粒を、大事に大事に持ち帰ってきた。
 「実がなったらママにあげるからね」と息子は言い、早速玄関先に置いてあった空きプランターに、たった一粒のオクラの種を埋めた。
 正直いって、芽が出るとは思わずにいた。種には当たり外れがある。いくつか蒔いても、蒔いた数だけ芽が出るわけではない。巡りめぐって息子の手に渡り、我が家には来たものの、芽が出ずに終わってしまう可能性の方がむしろ高いんじゃないか。そんなふうに思っていた。
 ところが、息子は違った。芽が出ないなんて事態は頭をかすりもしない。実が生ったときのことをあれこれ想像して話しながら、毎日ジョウロで水をやっていた。
 半月ほど経ったろうか。
 「ママ! とうとう芽が出た!」と息子からの報告。雑草かもしれないよと笑う私に、息子は上機嫌で反論した。
 「違う、ほんとにオクラ。だって学校の花壇に出てきたのとおんなじ葉っぱしてるから」
 息子たち3年生は、オクラの観察記録もつけていた。オクラであることは疑いようがない。
 オクラはすくすく育ち、やがて黄色い花を咲かせた。花の命は短い。たった一日だけ、それも午前中咲いただけで、すぐにしぼんでしまう。だからうっかり者の息子は花と対面することができなかった。
 「実が生ったらママに食べさせてあげるね。ママ、オクラ好きでしょ」
 何度も繰り返し話す息子の気持ちが嬉しくて、私もこっそり米のとぎ汁をかけては陰ながらオクラの生長を見守っていた。
 そして先週、とうとう大きな実が生った。たった1本!
 「ママに食べさせたかった」という息子の気持ちが、食物繊維に織り込まれているようで、それはそれはおいしかった。生産者の息子に似たのか、オクラにしては‘粘り強さに欠ける’のが特徴。けれども妙におもしろい、いや、おいしいのだった。
 今朝、2本目が収穫された。息子が鋏で切ってきた実を小口切りにして、今回は息子と娘の目玉焼きにもトッピングした。
 現在、3つ目の花の蕾がふくらんでおり、明日の朝にも花が開くかもしれない。
 週に1本のペースでのんびりゆったり実を結ぶ、暢気なオクラ。やはりどこか、マイペースな息子に似ている。
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# by vitaminminc | 2006-07-31 20:30 | 子ども | Comments(0)

日々の暮らしに「ん?」を発見


by みん子