人気ブログランキング | 話題のタグを見る

風は右から吹いてくる

ムスコは夢の荒野でいつも右から風を受けるらしい。

その朝も、思い切り右から風に吹かれている髪型で起きてきた。

「ふう・・・」と抑揚のない溜め息を一つつくと、スローモーションで床に寝そべってしまった。

「何やってんの。早く着替えて朝ごはん食べちゃいなさい」

「なんか、食べられそうにない。ムカムカする・・・」

「え!?」育ち盛りで、「腹減った」が口癖のムスコとは思えない、弱弱しい言葉。

これまでインフルエンザで学級閉鎖になろうが、ムスコだけは感染しなかったというのに。

前日は、社会科見学(国会議事堂+江戸東京博物館)だった。

東京の毒気に、いや、都会の空気に負けたのだろうか。何しろ田舎っぺだからのぉ。

「ちょっと顔を見せてみ」ヨロヨロと上体を起こしたムスコの顔を見て、私はギョッとなった。

血の気が失せると蒼白するのが普通だが、地黒のムスコの顔色は、黄土色に近かった。

熱を測ったところ、37.3℃ほどあった。微熱だったが、これから上がっていくに決まっている。

学校を休ませて、様子を見ることにした。自室で昏々と眠り続けた。幸い、胃腸炎ではないようだ。

昼前に体温を測ったら、38.5℃になっていた。

「インフルエンザかもしれないね。午後お医者さんに行こう」

2階の窓から飛び出さないよう(?)、ムスコを1階の居間に移動させた。

ムスコの額に冷えぴたを貼り、後頭部を氷枕で冷やしてから、近所のドラッグストアに走った。

ポカリ系飲料とベビーフードとゼリーを買ってきた。

「何も食べたくない」というムスコに、水分補給だけは小まめに行い、3時前に医者に電話を入れた。

「──それでは、普通の出入り口から入ってよろしいんですね?」

新型インフルエンザの疑いがあっても、特別扱いは解除されていることを確認。

冷えぴたをおでこに貼ったムスコを車に乗せて、かかりつけの小児科に連れて行った。

「今は季節性のインフルエンザはまったくといっていいほど流行っていないので、おそらく新型でしょう」

と医師は言った。先々週、確かにムスコのクラスは新型の子が何人も出て、学級閉鎖になった。

みんなが治った頃に新型にかかるとは。

「リレンザを出しておきますね。それと、熱は──」

「家を出るとき、すでに39.5℃まで上がっていました」

「一応解熱剤も出しておきますね。あ。キミ、体重は?」

「43キロです・・・」と超超細身のムスコが答える。

診察を終えたムスコが、医師の前の椅子から立ち上がった。

「あの、先生」と私はすかさず医師に相談した。「万が一私が新型にかかってしまった場合なんですけど──」

わが家では車を運転するのが私しかいない。その私が倒れたら、私はどうやって医者に来ればよいのか。

「ムスコさんの解熱剤の残りを飲むといい。あ。お母さん、体重は?」

「××キロです・・・」と私が答える。

医師はしばし宙を見てから言った。

「ならお母さん用の解熱剤も出しておくから、それ飲んで熱が下がっている間に急いで受診するしかないね」

ムスコの体重に合わせて処方した解熱剤は、余分3兄弟を内蔵した私には効かないらしい。

風は右から吹いてくる_b0080718_15255994.jpg横の寝台に、熱で立っていられなくなったムスコが座り込んだ。

ロダンの「考える人」そっくりのポーズで、頭痛を堪えている。

彫刻になったムスコを促して、診察室を出た。
風は右から吹いてくる_b0080718_1537335.jpg高熱でフラフラしているムスコが、待合室に設置してある身長計に乗った。

「(そんな身体で)身長測るの?」

ムスコの頭の上に、目盛を下ろしながら呆れる私に、

ムスコは無言で背筋を伸ばす。

朝より2℃も体温が上がっているムスコの頬は、真っ赤。

顔だけ見るとまだまだあどけない。

なのに身長は、165.2cmもあった。

1月はじめに測ったときより2cm近く伸びている。

12才のくせに、なんかデカッ!


小柄な私のDNAが、いつしゃしゃり出てくるかと気が気でない。

毎日牛乳に混ぜて飲ませている「セノビック」(ロート製薬)効果だろうか。

薬をもらって駐車場に向かうわずかな距離。フラフラしているので、腕をつかんで歩いた。

私より10cm以上も背がでかいムスコと並んで歩く影法師は、親子逆転。

20代だったら同じ体重だったのに、と心の中で舌打ちする。

駐車場の砂利の上にスニーカーを脱ぎ捨てて後部座席に乗り込んだムスコ。

「やっぱ熱のせいで、頭がおかしくなってる」スニーカーを拾い上げながらフッと笑う。

若いというのは恐ろしい。40℃近い熱があるのに、一応自力で歩いて、自分の奇行にも気づくのだから。

私だったら腰が抜けて、魂も抜けて、とても歩けやしまい。


丸1日発熱した後は、特効薬がよく効いて、翌朝早くには平熱に戻った。当然食欲も。

前日はイチゴ1粒にりんご1/8個。ぶどうのゼリーとメロンシャーベットしか食べられなかったムスコ。

温めたベビーフードを一口食べて、「まじー」と言った。「味しねー」

あじしおを少しふりかけて、「コレなら食べられる」と4つ平らげた。

「でもなんで奥さん、こんなもん買ったの?」

いつもは子どもが寝込んだからといって、ベビーフードを買ったことなどない。

たまたま目についたら、(パッケージの赤ちゃんの絵が)可愛くなっちゃって、つい買ってしまったのだ。

「食欲ないっていってたし、コレなら食べられるかな~と思って」

「でもこんなんじゃ足りないよ~。腹減った~」

その晩は、薄切りにした鶏ささ身に梅干を巻き込み柔らかく煮た梅味の肉だんごと大根のおじやを作った。

どんぶり一杯、ぺろりと平らげた。

今朝から学校に復活したムスコ。(実際は30日から昨日までウンザリするほど元気だった)

通学路に旗振り当番で立っていた私に、班長として先頭を歩くムスコが、妙な挨拶をしてきた。

「朝のおつとめ、ご苦労さんでございます」

何言ってやがる、エラそうに。風が右から吹いてるような寝癖を安全帽の下に隠してるのを私は知っている。

でも、いつもなら恥ずかしがってオカンに挨拶なんか寄越さない。チラッと見てコクッと頷き通り過ぎるだけだ。

熱にやられて、「考える人」にもなって、少しはオカンのありがたみがわかったのであろう。ふはは。
Commented by ラク太母 at 2010-02-02 20:50 x
小学生にして165センチ超!
かっこええー。
身も心も、こうやって大人になっていくんですのう。

ところで新型、オカンには伝染らなかったですか?
Commented by どんまま at 2010-02-05 11:31 x
うわあ。数年前に会ったときは、140センチもないくらいだったよね。この時期の少年はすごいなあ。もう会ってもわからないかも。
うちは小6まではずんずん大きくなり、クラスで一番だったのが、中2くらいで止まり、結局平均体系で落ち着いちゃいました。そういうとこだけ私に似るんだよね・・
165センチで安全帽・・ってところがカワユス。
Commented by vitaminminc at 2010-02-06 16:45
❤ラク太母さま❤
いえいえ、心の方はいまだに幼稚園児のままのようで。。。

新型は、もらわずに済みました。
若いママなら別ですが、私の知る限り、40以上のオカンたちで
子どもの新型が伝染ったという人は1人もいません。
伝染らなかったことを、喜ぶべきか?嘆くべきか?
Commented by vitaminminc at 2010-02-06 16:51
❤どんままさま❤
小さいうちから伸び続けているよりも、溜め込んで溜め込んで、
中学からグーンと伸びるほうが伸び率がいいっていいますね。
私の兄が、やはり幼年期から小学生までずーっと長身で、
中2くらいでピタッと止まってしまったの。
果たして私のDNA改造計画は成功するのでありましょーか?
名前
URL
削除用パスワード
by vitaminminc | 2010-02-02 16:09 | 子ども | Comments(4)