火事場の馬鹿

 先日。まだ夕闇が迫っていない明るい夕刻に、玄関チャイムが鳴った。
 玄関ドアを開けると、20代くらいの可愛い女性が、いきなりこう聞いてきた。
 「消火器、ありますか?」
 咄嗟に、消化器のセールスかいなと身構え、
 「いえ、うちにはないけど…」─でも要りません、と続けようとしたら、その女性は次の台詞を待たず会釈もそこそこに、さらにうちの隣の玄関目掛けて走り去った。
 よく見たら、裸足である。靴を履いていないのである。
 その尋常でない姿を見て、ようやく尋常でないくらい鈍い私の頭もゆっくり回転し始めた。
 滅多に会わないものの、よく考えたらその若い女性はうちの奥隣の家の娘さんなのであった。
 
 消火器を必要としている理由はただ一つ。私も急いで庭に出ると、ホースを目一杯奥隣の家の方に延ばしにかかった。が、全然届かない。
 その頃には奥にもう一軒並んでいる家のご主人が出てきて、やはり自宅の庭のホースを延ばした様子。が、それも寸足らずだったらしく、地面に放置されたままで、バケツはないかと叫んでいる。
 
 手ぶらで駆け戻ってきた娘さん、今度は私に「ホース貸してください!」と言った。
 「今延ばしてみたんだけど届かなくて─」
 「元のとこから外せませんか?」
 「やってみます」
 元から外したホースを娘さんに渡したが、案の定サイズが合わず使いものにならなかった。
 「救急車…じゃない、ほら、あれだ」奥隣の隣のご主人が叫ぶ。「消防の方にはもう連絡入れたのか!?」
 「ハイ今─」ちょうど娘さんが携帯に向かって伝えている。「出火です、出火しました、えぇとこちら××市××番地、一番奥の家です!」
 奥隣の家では、娘さんの兄(ぃゃ弟か?)が寝起きあるいは休日を満喫中といったラフないでたちで、妹あるいは姉を急かす。
 「ダメだ、消えない、バケツ、水!」
 私は急いで家に駆け入りバケツを2つ持って出た。そして庭の蛇口から勢いよくバケツに水を入れた。
 この間に、まったく見ず知らずの若い兄ちゃんが路地に入ってきて、奥隣の隣のご主人に火事の状況について尋ねた。
 消火活動に大忙しのおじさんは、
「なんですか!?」とキレた。
 見ず知らずの兄ちゃんは急きょ助っ人に変身した。
 「バケツください、自分も運びますんで」
 が、やけに大きいバケツである。シンクの深さと蛇口の先Г←がつかえ、取り出す瞬間、蛇口の向きが90度跳ね上がった。
 兄ちゃんは、MAX出ていた水道水を思い切り下半身に浴びてしまったのである。
 「ごめんなさい!」(←
 詫びる私の声を背に、兄ちゃんは「大丈夫です!」と言いながら水の入ったバケツをひっつかんで奥の家に向かってダッシュした。
 2つめのバケツにジャージャー水を注いでいると、奥隣の隣のご主人が空バケツを手に走ってきた。 そして私から水の入ったバケツを受け取ろうとして、先程と全く同じ被害─水平噴射される大量の水を浴びた。
 「すみません!」(←鹿
 詫びる私の声を背に、「あ~ぁ~」と嘆きながら走り去っていく。

 学習した。三度目からは、どんなにもどかしかろうがいちいち水を止め、蛇口の向きを水平にしてからバケツを取り出すようにした。もっとも、今更そうしたところどうしようもないほどびしょびしょになっていたのだが。
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 何杯分のバケツリレーをしただろう。リレーというより2人の走者が代わる代わる何回も短距離レースに出る形であった。
 まもなく消防車が県道に横付けして停まり、隊員がドヤドヤと何人も降りてきて火元の確認を急いだ。
 「こりゃ屋根裏に回ってるな!」
 「屋根壊してそこから放水するか?」
 長い長い長いホースが、路地の奥まで延ばされて水圧がかかった。
 でもホースの途中から水が大量に漏れ出して、関係ない家のガレージを水浸しにしている。
 「テープ!ホースにテーピング!急いで!」
 ガレージの上の階の窓が開いてなかったのは、不幸中の幸いであった。

 結局、本格的な放水はせずに済んだ。
 消防署員や警察官らによる現場検証が始まった頃、例の見ず知らずの ヤジウマ 若い兄ちゃんが、穏やかな表情で私に告げた。
 「それじゃ、もう大丈夫そうなので、仕事に戻ります」 
 ・・・仕事?
 よく見ると、その兄ちゃんが着ていた制服の胸ポケットには、有名な企業ロゴが刺繍されていた。すぐ近くのスタンドから駆けつけてくれていたのだ。
 ガソリンを取り扱っているだけに、煙に気づいた誰かの命を受け、火事の様子を確認に来たアルバイトさんだったのだろう。
 「どうもどうも、ありがとうございました」
 袋小路を代表して礼を言った。

 しかし、昼間で本当によかった。就寝中の明け方だったりしたら、一酸化炭素中毒による死人が出ていたかもしれない。
 出火の原因はハッキリしていない。火の気のない部屋であったことから、漏電ではないかという話である。

 一つハッキリしたことがある。
 非日常的出来事に出くわした時の私は、際限なく馬鹿である。
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Commented by ビリーママ at 2012-09-09 22:07 x
ああ、びっくりしたー!!
大事にならずに良かったですね、
しかしみ茶ママさんの周辺は
いろんなことが起こりますね?
気をつけてくださいよー
Commented by vitaminminc at 2012-09-09 22:51
❤ビリーママさま❤
ボヤで済んだけれど、後始末が相当大変でしょうね。
家の中に、バケツ何杯もの水が入ったわけですから。
焼け焦げた臭いとかもちょっとやそっとじゃ落ちないでしょう。
やはり消火器1台は買っておくべきだなと今回思いました。
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by vitaminminc | 2012-09-08 12:38 | Comments(2)

日々の暮らしに「ん?」を発見


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