駐輪場菩薩

 数日前。学校から帰ってきたムスコに、昼間のトカゲ轢死事件について語ると、ムスコは次のように返した。
 「ああ、そのトカゲならオレも2、3回助けた。いつ見てもしっぽがちぎれてるヤツ。 犯人知ってる──黒チビだよ」
 そう、トカゲを見た瞬間、真っ先に私の前頭葉に浮かんだのも、やはりチビハチだった。彼女はこれまでにも、小さな口の端からネズミの尾をぶら下げた雄姿や、椋鳥とおぼしき鳥類の完食跡を披露してくれた。
 私同様、猫も好きだがトカゲも好きなムスコ。何度かチビハチがトカゲで遊んでいる現場に遭遇し、トカゲを救出したというのにも頷ける。
 チビハチは、今や我が家の猫の額ほどの庭=猫庭で、食に窮することこそなくなったが、本能でいたぶらずにはいられないのだ。しかも、獲物を捕らえる能力に長けている。
 標的となった(おそらくは同一個体)トカゲは、異常にやせ細っていた。自切した尾の再生に養分を持っていかれるせいなのか? 元々ひどく鈍臭い奴で、餌を捕るのが物凄~く下手だったのか。
 チビハチのいいおもちゃにされたあげく、デイサービス車の下敷きとなり、短い一生を終えた。

 でも私はなぜか満ち足りた気分になった。
 その前日も、洗濯物を干そうとしたら、休日にムスコが着ていたジャージのポケットから、ジッパー付きの小さな空き袋が出てきた。私がキャットフードを小分けにして詰めている袋である。
 庭猫たちを慈しむ一方で、無用な殺生からトカゲを救いもする。そのおかしなバランス感覚が、いかにも私の「血」なのを確認して、ちょっと嬉しくなったのだ。

 そんなムスコが、先週水曜の夜9時過ぎに、私の携帯に電話をかけてきた。
 「今駐輪場からなんだけど、オレの自転車がないんだよ」
 ハマまで遠距離通学しているので、部活に出た日は、帰りがいつも9時半頃になる。
 「盗まれたってこと?」
 「わかんないけど、とにかく、ないんだよ」
 駐輪場というのは、駅近くのビルをオーナー(←1Fで米屋を営んでいる)が、広い駐車場を活用し、月極で自転車用に貸しているのである。
 朝、いつも借り手(高校生が多い)らが慌てて路地に乗り捨てていくのを、オーナーのおばちゃんとおじちゃんが、1台1台奥から順にきちんきちんと詰めて並べる姿を、出勤途中、毎朝見ている。
 もしや―と私は思った。ムスコが朝、自転車を停める時間は早過ぎて、まだオーナー不在である。停めた位置が悪くて、整理するため思わぬ場所に移動された可能性あり。
 そこで、非常識とは知りつつも、オーナーに電話した。
 応対したおばちゃんに、高校生のムスコの自転車が見つからないことを伝えた。
 「息子さん? 今駐輪場にいるの? なら、ちょっと下に行って見てあげるから」
 結局、おばちゃんと二人掛かりで捜索したものの、ムスコの自転車は見つからなかった。
 どこにでもあるシルバーカラーの自転車なのだが、特徴はある。中学校の番号入りステッカーが貼ったままだし、ハンドルには私が冗談でつけた、ブルーベリーアイのブルブルくんキーホルダーがぶら下がったまま。見分けはつく。

 仕方ない。ムスコと駅のロータリーで待ち合わせることにして、車で迎えに行った。
 到着すると、神妙な面持ちをしたムスコが、学ランの胸ポケットからトカゲのようにプレスされた諭吉様を取り出して、私に告げるではないか。
 「おばさんが、これ気持ちだから新しい自転車買う足しにしてって」
 「えぇッ!? 受け取っちゃったのぉ?」
 「オレ何度も断ったんだよ、受け取れませんて。けど、それじゃおばちゃんの気持ちが収まらないよ、おじさんたちに見つかったら怒られちゃうから、ほら早くしまって、みたいに言われて―」
 夜分母親が電話なんかかけてきたからか。 クレーマーと思われたのだろうか。
 私はただ、早朝オーナーが来る前に停めた自転車の、移動先を知りたかっただけなんですぅぅ。

 1階の店舗はすでにシャッターが閉まっているし、オーナーに確認するには、駐輪場代を支払った時の領収書に記載されている電話番号にかけるしかなかった。
 駐輪場における盗難は、オーナーには一切責任がないことは明々白々。すぐにでも返金したかったが、時間が遅いし、おばちゃんは夫や息子に内緒で諭吉を息子に託してくれたようだ。下手な真似をして、気のいいおばちゃんに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 後日返金することにして、私は持ってきた自転車の登録証をムスコに手渡した。
 「これ持って交番に盗難届けを出しに行きなさい。交番の前に移動して待ってるから」
 ムスコは後部座席に学校のバッグを投げ込むと、背中で《なんでやねん》と嘆きながら、すぐ先にある交番まで下げ下げテンションで歩いて行った。

 職場の同僚が教えてくれたのだ。
 前に自転車を盗まれた同僚は、どうせもう何年も乗ってるし、出てきやしないだろうと、新しい自転車を購入。すると、忘れた頃になって、警察署から電話が入ったそうだ。
 警察が言うことには、隣町の住人から、家の近くに放置されたままの自転車があるとの通報が入り、現場から回収し、しかるべき場所に保管してある。登録番号を調べたところ、あなたが所有する自転車であることが判明。
 「放置自転車の回収・保管にかかった費用を支払っていただくことになります」
 「放置したんじゃありませんッ。盗まれたんですよ? 被害者ですよ? 盗まれた自転車って普通戻って来ませんよね? 仕方なく新しい自転車まで買いました、必要だったから! なのに罰金まで払わされるんですか?」
 「罰金ではなくて、移動と保管にかかる経費、実費です。盗難届けを出さなかった時点で、自転車を放棄=放置したと見做されます──」
 古い自転車を捨てて新車に乗り換えたのか、本当に盗まれたのか、その判断は、盗難届けが出ているか否かで判断すると明言された同僚、泣く泣く2000円だか3000円だか支払う羽目になったという。
 「放置された自転車が第三者に発見されてからじゃ遅いんだよ! 盗まれたら、探すよりも先に、盗難届けを出しに行かないとダメ!」
 そんなわけで、ムスコの盗難届、無事交番にて受理される。

 翌朝、駅まで送る車中、念のため学校帰りに駐輪場に自転車が戻っていないか確かめるようムスコに言った。ムスメが言うことには、ムスメが前に乗っていた自転車はメーカー品(M社)だったにも関わらず、同じ型の自転車を自分のチャリと間違えてキーを差し込んだら、簡単に解錠したそうだ。跨ってみてようやく他人の自転車であることに気づいた。サドルの高さが違っていたからだそうだ。

 はたして駐輪場に、ムスコの自転車はあった。定期テスト前で部活がなかったので、その日は6時頃に帰って来ることができた。駐輪場にはオーナーのおばちゃんがいて、ムスコと一緒に自転車を確認してくれたという。
 あいにく諭吉を持って出なかったので(←私が預かったままだった)、後日返金の約束をして帰宅。が、翌日も翌々日もおばちゃんとは会えなかった。
 で、土曜日。出勤だった私は、朝一でおばちゃんを発見。何度もお辞儀しながら走り寄って来る、不気味なカラクリ人形のような私を見て、おばちゃんは少なからずひるんだように見えた。
 「先日はうちのムスコが──」
 それだけで、ああ、人間だったのかと安心したおばちゃんは、急に饒舌になった。
 「知ってるよぉ。あたしも息子さんと一緒に自転車、確かめたから」
 「間違えられたんじゃないみたいなんです。(その短足野郎乗って帰った人に)サドルを低くされてたそうですから」お蔭であたしゃ今朝も早ぅからムスコを駅まで送り届けたんだぜ、短足野郎のドアホー!
 「そうそう、息子さん、直してた」
 「鍵、壊されて無かったんですよ」
 「ああ、メーカーが一緒だと鍵も一緒って聞くよねぇ。だからか最近、足かわりにされんだわ」
 「?」
 「うちの駐輪場から、鍵の合う自転車見っけるとぉ、乗って帰っちゃうの。そんでそこらに乗り捨ててくの。その子は翌朝も乗って(←利用して)来たけどね」
 「かえって良かったです」
 「で、乗り捨てられた自転車は、ホラうちの(駐輪場の)ステッカー貼ってあんじゃない? それ見た人が、お宅の自転車放置されてるよーって、うちに電話で知らせてくれたりすんの。おとっさん、もう何度もそんなんで自転車引き取り行ってんだから」
 「そうなんですかぁ」
 「だからうちもこないだ盗難保険に入ったの」おばちゃんは私から諭吉を受け取ると言った。「もしも息子さんの自転車帰って来なかったら保険会社に請求するんだったから。そんな気にしないでいいの。でも鍵は二重にしないとダメだね」
 「早速チェーンの鍵、買いました」(←前に買い与えたヤツはムスコが失くした)
 おばちゃんは、改めて嘆いた。
 「息子さんの自転車ね、朝、ほかの男の子が乗ってきたよ(←その子が去った後シルバーカラー&中学校のステッカーで確認してくれたらしい)。けどなーんも言ってかないんだわ。平気な顔して置いてった。どーゆんだろ・・・」
 
 そうか!! その時は閃かなかった。おばちゃんは、ブルブルくんがぶら下がったムスコの自転車を、いつ帰るともわからない息子のために、ず~~~っと見張っていてくれたのかもしれない!!
 朝(早朝以外)は自転車を整理する必要がある。駐輪場にいても不思議ではない。しかし、夕方主婦は忙しいはず。しかも、自転車は減る一方。整理する必要などないではないか。
 それとも、同じ型の自転車に片っ端から鍵を入れ、合うかどうか確かめるような不審者はいねが~と、奥で見張っていたのだろうか。
 いずれにしても、新たなる被害者が出ないよう、いろいろ護っていてくれたに相違ない。

おばちゃん、貴女は菩薩さまです。

 
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by vitaminminc | 2013-05-13 17:21 | Comments(0)

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