家庭科のセンセイ

 あれは娘が小学校高学年のクラス懇談会のときのこと。
 娘の担任は40代の男性教諭。
 「今の先生は、何でもできなくちゃならないんで大変なんですよ・・・」
 先生は苦笑し、こんなことをぼやいていた。「ミシン糸のかけ方もわからないので、家に帰ってから女房に教えてもらっているんです」
 ほかのお母さんたちは「ほほほ」なんて笑ったけれど、私は憮然としていた。先生に対しては同情と不安以外の何も感じなかったが、この怒りは何処へぶつければいい? 家庭科専門の教師をおいていないとは! そんなこと聞いてない。
 腹の中で内臓をグツグツいわせながら、自分が小学生の頃の家庭科の授業を思い出していた。先生の教え方は、それこそミシンの縫い目のようにきめ細やかだった。日頃裁縫とは縁遠い男の先生に、果たしてまともに家庭科を教えることができるのだろうか。心配になった。
 家に帰って娘に聞いてみたら、予想以上にひどいものらしい。笑い事では済まされない。なんでこんな大事なところで人員を削減したりするのか。義務教育にまわす金が足りないというのなら、それは国の税金の使い方が間違っているからにほかならない。先生方も気の毒だ。気の毒だが、そう決まってしまっているのなら、しっかり勉強して、基礎くらいはきちんと教えていただきたい。そう思っていた。

 その頃(5、6年)の弊害を裏づけする出来事が起きた。
 2日前。娘が珍しく私を頼らずに、自分の裁縫箱を開いた。そして体操着に、運動会用のゼッケンを縫いつけ始めた。去年は部活が忙しかったこともあって、私が縫い付けてあげていた。そうかそうか。今年は自分のことは自分でやることにしたか。感心感心。もっともここのところ私の仕事がハードで疲れ切っていたために、娘としては言い出しにくかったのかもしれない。よく気の回る性質で、場の空気が読める娘だ。ババアの殺気も予知していたのだろう。その晩は、娘の‘作品’を点検することもせずに、生欠伸を噛み噛み先に寝た。

 昨日。学校から帰った娘が、「付け直さなくちゃならなくなったぁ」と嘆く。ゼッケンの位置が「下すぎた」らしい。現物を目にして、力が抜けた。本当に、冷蔵庫にもたれかかってしまった。普通ゼッケンといったら胸のあたりに付けるもの。なのに娘が付けたゼッケンは、完全に下腹あたりに付いている。水天宮で売り出すつもりか。
 「いくらなんでもさぁ、腹巻じゃないんだから・・・」
 あとは言葉が続かなかった。手伝ってやりたくなったが、娘がまともなムスメになるためだと思い、グッとこらえて夕飯の支度に取りかかった。だけど、ちょっとだけアドバイス。
 「ゼッケンが曲がらないように、待ち針を使って固定させてから縫った方がいいョ」
 「待ち針? どうやって使うかわからない」 
 なんてこった! 待ち針の留め方も教わっていなかったとは! 
 「でももうだいぶ縫っちゃってるし、今から使っても意味がないからいいや♪」
 本当に、大丈夫なんだろうか。
 
 今朝。運動会当日だというのに、娘がなかなか2階から下りてこない。様子を見に行ったら、
 「すごく大変」と焦りながら、この期に及んでまたまた裁縫箱を広げている。「ほんの一部なんだけど、背中の方も一緒に縫い付けちゃってた!」
 笑ってしまった。
 「ママが縫ってあげるから、早く支度しなさい」
 娘の縫い目を見て愕然とした。縫い始めも縫い終わりも、糸留めが‘表’に出ていた。ここまでとは思わなかった。たとえミシン糸のかけ方以外何も教わらなかったとしても、センスでカバーできることだってある。資質に問題ありと見た。
 思えば私が初めて裁縫の真似事をしたのは、小学1年のとき。バービー人形の洋服を作った。2枚の端切れを縫い合わせて、どうにか頭と両手が出るようにした。原始時代だってこんなシロモノ身につけないゾというくらい、ボロボロでブカブカ。みすぼらしい出来だった。母親が裁縫しているのを見て、自分も針と糸を使ってみたいなんて思い立ったのだ。それから少しずつ腕を上げ、イッチョ前にボタンなんかも付いた人形服もこしらえるようになった。母(私)、当時7歳。
 しかし、娘にはこういった好奇心がまったく見られなかった。私が雑巾以外、滅多に縫いものをしなかったのがいけなかったのだろうか。もっと可愛い子供服なんかを、娘の前で楽しそうに縫っている姿を見せていたら、少しは違っていただろうか。アレ? でも娘が幼稚園に入る前には・・・。

 とりあえず、まともな位置にゼッケンが付いた。体操着姿で家を出ていく娘を見送りながら、母は決心した。中学校では、もう基礎から教わるなんてことはないだろう。ここはやはり、私が家庭科の家庭教師となって、基礎と‘センス’くらいは教え込まねば!

 子どもができて幼稚園に行くようになったら、手提げ袋やお弁当袋、体操着袋、ほかにもたくさんいろんなものを作ってあげるようになるんだよ。既製品を買うよりも、少しくらい下手でもね、自分の手で作ってあげたくなるものなんだよ。
 特にあなたは、絶対、そういう母親になる。
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Commented by 鱗のファン at 2006-09-21 16:22 x
「♪きみにできることはボタン付けと掃除 だけど充ち足りていた~」(布施明) 
オリビア・ハッセーは裁縫も掃除もしないで、きっと旦那がしていたんだろうなぁ。最後には、ノンキな歌を唄っている駄目主夫アキラが叩き出されてしまった。ですから、坊っちゃんも必修ですよ。
Commented by vitaminminc at 2006-09-23 19:49
これからは「家事ができないオトコなんて価値がない」と言われる時代になると思います。あ、別に私が言い出しっぺってわけじゃないですけど。息子にもしっかり家事を仕込んでおくつもり。あれでなかなか皿洗いは上手い方です。上履きを洗うのは下手ですけどね。
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by vitaminminc | 2006-09-21 12:43 | Comments(2)

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