11月の便り

 「ママ~、△さんていう男の人から葉書が届いてるよ~」
 △さん? 女性なら知っているけど、男性は思い当たらない。
 「喪中葉書だよ~」
 ムスメが補足説明するのを聞いて、鳩尾のあたりがキュッとした。頼りない心に届いた11月の便り──先生・・・亡くなっちゃったの──?

 差出人は、△先生のご主人だった。喪中の挨拶につづき、妻が63歳で永眠したことを伝えていた。

 △先生は、私の保育園時代の担任だった。
 引っ込み思案で恥ずかしがり屋だった私は、在園中先生に特別かわいがってもらった記憶はない。思い出されることといえば、五月に飾るこいのぼりを作っている最中、先生の話をよく聞かないで、紙面いっぱいに糊を塗ってひどく叱られたこと。みんなが満面の笑みでこいのぼりを手に写っている集合写真の中で、私だけが目を腫らして泣き笑いしていた。
 それから卒園式の日。オルガンで「思い出のアルバム」を弾いていた先生が、堪え切れずに「わっ」と泣き出し「先生もうダメ、みんなで歌って─」と伴奏を放棄。そのドラマチックな感動シーンで、何人もの園児がつられて泣き始める中、私といたずらっ子の男の子だけがゲラゲラ笑ってしまったこと。

 けれど、一番良く覚えているのは、先生と手をつなぎたいという自分の気持ち。
 私は(笑い上戸のわりには)おとなしい子どもだったので、先生と手をつないでもらうことができなかった。先生の右手や左手には、いつも人懐こくて積極的な友だちがぶら下がっていて、触れることさえできないのだった。
 いっそ泣いてばかりいる「泣き虫」になってやろうか──そうすれば一時だけは先生が手をつないでくれるだろうし、もっと泣き続けたら抱っこもしてもらえるかもしれない。そんな妄想に取りつかれたこともあった。
 休み時間のスナップ写真。私は、うんと端の方に写っている。先生を中心に、先生と手をつないでいる友だち。その友だちと手をつないでいる友だち。私はさらにその友だちと手をつなぎ、ギリギリ写真におさまっている。
 卒園するまで、とうとう先生の手を独占することは叶わなかった。

 小学校一年の夏休みに、先生に手紙を書いた。直接手をつないでもらうことのなかった私は、先生から返事がもらえるなど予想もしていなかったのだろう。とても嬉しかった。

 それから毎年、年賀状と暑中見舞いを出した。先生は必ず一、二行の短い言葉を添えて返事を下さった。お正月と夏休みの、年2回。私が成人してからは、私が出すより先に先生の葉書が届くこともあった。──‘お子さんの成長を毎年楽しみにしています。’

 40年間。保育園を卒園して以来、ずっと受け取ってきた先生からの便り。もうこの手にすることはないのかと、ちょっと上を仰ぐ。

 先生。まだ63歳じゃないですか。記憶の中で、先生がずっと私の先生であったように、私もずっと先生の園児だったのでしょう? もっともっと手をつないでいて欲しかったです。
 ‘先生もうダメ’って突っ伏しても、今度はもう笑えません。

 葉書に書かれた文字。先生のご主人は、一字一字、本当に丁寧に私の名前を書いてくださった。
 上を仰いだのに、目からいろんな思いがあふれ落ちてきた。

 
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Commented by chin-papa at 2007-11-06 22:40
63歳かあ。まだまだやりたい事あっただろうね・・・。
でもさ、保育園の先生に40年間も季節のお便り出し続ける人ってそうはいないよ。先生嬉しくて誇らしい気持ちで毎回楽しみにしていたんだろうな。63歳の生涯は長いとはいえないけれど、教え子とこんな素敵なつながりを持てた先生は幸せだと思う。先生と手をつないでた子達より、ずーーーっとmin子姉ちゃんの方が先生とつながってたんだね。元気出してね!chin子より。
Commented by vitaminminc at 2007-11-08 08:10
ぅぅぅ・・・ありがとう、心やさしい妹ョ。
なんだかねー、11月って実は私の誕生月なんだけど、年齢と共に「お誕生日おめでとう!」の便りは減っていき、その代わりに「喪中のお知らせ」が届くようになっちゃってね。よし、こうなったら元気を出すしかない! 先生の涙をバカ笑いした、あの不届き者の園児に戻ってやる。うきゃはははは! 先生、私は元気復活です~! 
Commented by みんみん梅桜紫陽花彼岸花 at 2007-11-08 08:24 x
いい先生やなあ・・・。少しばかり早すぎる訃報にいろいろな思い出があふれ出てきたことやろうね。chin-papaさんの書いているとおり、保育園の先生と40年間にわたるつながりを紡いでいったというのは少ないと思う。心って、離れていても通じているもんなんやなぁ。きっと、先生の旦那さんもお姉さんのことを一番かわいい教え子だと思ってくださっていたはずやよ。合掌・・・。
Commented by vitaminminc at 2007-11-13 15:26
みん花さま。日常生活が少々バタバタしており、お返事がたいへん遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。
自分が保育園児のときには泣かなかったくせに、自分の息子に幼稚園で「思い出のアルバム」を歌われたときにはもう、脳味噌も一緒に目から流出してるんじゃなかろーかというくらいヘロヘロに泣きました。ええ、周りのママさんたちが引くくらい。反動とは恐ろしいもので、以来この曲は私にとってドライ・アイ治療薬のようなものです。

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by vitaminminc | 2007-11-06 09:20 | Comments(4)

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