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老イル・ショック

 「またYさんから書留が届いて、1万円入っていたの」
 電話の向こうで母が説明した。
 「‘この度は、3回忌に出席できず、誠に申し訳ありませんでした’って、きちんとした叔父さんの字で手紙が添えてあって・・・」
 「3回忌?」
 「7回忌か3回忌かわからなくなったみたいで、3回忌の後に自分でクエスチョンマークも書いてあるのよ」
 
 Yさんというのは、母の実の妹のご主人。つまり母の義理の弟であり、私の叔父でもある。
 先月、父の7回忌の案内をしたときに、叔母は認知症が悪化して出席不可能となったが、自分だけでも出席したいと申し出てくださった。叔父は父の一周忌にも三回忌にも叔母と共に出席してくださった。が、今回兄に返事を入れた際、「お寺の場所がわからない」とおっしゃったそうだ。
 兄が、「寺の事情で名称は変わっていますが、今までとまったく同じ場所、同じお寺です」と何度説明しても伝わらず、
 「よくわからないので自宅の方に伺います。そこからお寺まで一緒に行きますから」との返事だったらしい。
 叔父の家からは、私の実家よりもお寺の方が余程来やすい。おかしいな・・・と兄は一抹の不安を覚えたという。

 結論から言うと、叔父は法事に出席できなかった。途中道に迷って私の実家へも辿り着けなかったのだ。法事が始まるギリギリまで待った。認知症の叔母から、叔父が迷子になっているらしいことを告げる電話が入り、兄は即座に叔父の携帯電話の番号を教えてくださいと頼んだのだが無駄だった。
 「携帯電話?そんなのあったかしら・・・」
 この時点で、兄と私は顔を見合わせ、黙って「叔父もまた認知症になったのではないか」と確信した。実家にも寺にも辿り着けないでいること、実家の電話番号もお寺の電話番号もメモせずに出ているらしいこと、どこかのコンビニにでも入って自分の居場所を確認する術を持たずにいること・・・。

 法事を終えた日の夕刻、兄が叔父に電話を入れると、叔父は「今しがた(自分の)家に戻れたところでね。今日は途中道に迷って法事を欠席してしまい、申し訳なかった」と話したという。
 壁の掛時計を見て、兄は胸を痛めたことだろう。すでに18時半を回っていた。父の法事に出席するため、律儀な叔父のことだ、朝早く家を出てくれたに違いない。何時間、街をさまよっていたのだろう。
 後日叔父から「お塔婆料」として、現金書留で1万円が送られてきた。兄が礼状を添えてお返しを送ったところ、またすぐ日を置かずに、叔父から再び1万円が届いた。
 「もしかして、当日キャンセルになった会席料理のことでも気にされてるのかしら・・・」
 母と兄は首をかしげた。今回は何の手紙も添えられていなかったので、どう受け止めたらよいものだろうと困惑し、私に電話で相談してきた母に、私はこう助言した。
 「お返しには及びません、欠席できなかった妻の分も・・・という気持ちかもしれないよ」

 そして今日。法事の日から18日しか経っていないというのに、叔父から3度目の現金書留が届いたそうだ。
 「いくら何でも受け取るわけにはいかないわ。何て言って送り返したらいいかしら」と母が溜め息をつく。「過分なお心遣い、甘えてばかりはおれませんので・・・」
 「いや」私は反対した。「ハッキリ書いたほうがいい。‘すでに頂戴いたしました’って。叔父さん、記憶できなくなっちゃっているみたいだし」
 「法事に出席できなかったことがよっぽど心に引っかかっているのねぇ。今回こうしてまたお詫びの手紙を書いてくださって・・・」
 
 去年まで、叔父は確かに達者だった。認知症の妻の病状に少しでもプラスになればと、「旅行に姉さんを誘おうか?」と提案。無邪気に喜ぶ妻のため、私の母の旅費もすべて負担し、3人で旅を楽しんだ。その報告だってまだ記憶に新しい。愛妻家で、やさしい叔父だった。
 「お母さんは‘瞬間忘却術の達人’だねってK(息子の名前)に笑われちゃうの」──朗らかだった叔母が笑いながらそう話していたのは、確か父の三回忌。ショックだ。
 
 幸い2人の息子Kくん(私より3つ下のイトコ)がすぐそばに住んでいるので安心なことは安心だ。それに、いざとなったら同県に娘のRちゃん(私と同じ齢のイトコ)もいる。が、まさか叔母に続いて叔父までも・・・。しかも叔父の病状は、信じられないくらいの速度で進行していることになる。

 「お母さんも大変だね」と私は力なく母に言った。「暑いから、書留を出しに行く途中、熱中症にならないでね」
 「ふふ・・・っ。夕方郵便局に行くから大丈夫。心配しないで」
 母は娘の私よりはるかに明晰な頭で、妹夫婦の行く末をどう感じているのだろう。
 
Commented by ラク太母 at 2008-07-17 12:33 x
なんとも切ないお話です。
目的の場所に辿り着けずに終日街をさまよったご本人は、
ホントにどんなお気持ちだったことでしょう。
認知症・・・人ごとではございません。
ここ数年、今が平成何年なのかよくわからなくなることがあります。
郵便局でお金を下ろそうとして暗証番号が出てこなかったことも(怖)。
ワタシの行く末を、ラクちゃんどうぞよろしく。
Commented by vitaminminc at 2008-07-17 15:03
ラク太母さま。きっとやさしいラクちゃんのことですもの。
母上が街に彷徨い出る時は喜んで同行して、
猛暑日には鼻を真っ黒にして土に穴掘って、
母上と一緒に涼んでくれるでしょう。
ワタシもどこかに落としてきた頭のネジを探しに行かなくては・・・。
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by vitaminminc | 2008-07-16 18:57 | Comments(2)