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雲間から、夏が手を振っている

 雷雲が白い雲にしばし場所を譲って、夏の光が降り注いでいる。
 チャンスとばかり、蝉が一斉に鳴き始めた。

 2メートル以上の長身を誇る庭のひまわりは、葉の色がすっかり茶色くなった。頭をたれたその姿は、セサミストリートに出てくるビッグバードの老後を連想させる。
 昨夜の激しい雷雨に負けないで、赤いケイトウの花と深紫の朝顔が、元気に咲いている。

 茶尾の呼吸は、刻々と荒く速くなっている。
 夜中や夜明けに、私はちょっとした物音で目が覚めるようになった。授乳期の母性がそうさせたように、猫が立てる物音に身体が反応するのだ。
 茶尾の居場所を確認し、薄闇の中でそっと触れる。鼻先にかすかな空気の流れを感じ、おなかが速く脈打っているのを感じると、ほっとしながら泣きたくなる。

 潮が引いた夢を見ていた。
 茶尾の砂浜では、いつのまにか潮が引いていて、広々とした砂浜が広がっていた。そこで楽しそうに遊んでいたものは、茶尾の肺だったのかもしれない。

 夢から覚めたら、床で茶尾が横たわっていた。自分の身体を海水でいっぱいにしたまま、くるしそうに横たわっていた。
 寝ていた位置が1メートルほど移動していた。頑張って、またトイレでおしっこをしたんだね。
 ほめてあげたかったけど、声を出すことができなかった。泣き声になりそうで嫌だったのだ。

 癌末期の父の姿を思い出す。高カロリー点滴液を補充しながら、看護師さんが悲しげに言った。
 「こうしても、全部癌に栄養持ってかれちゃうのが、悔しいよね──」

 安楽死について、10歳のムスコが悲しそうに言った。
 「だってそれじゃ、保健所に入れちゃうのとおんなじだよ──」

 この先の茶尾の姿が想像できる私は、ムスコに相槌を打ちながら、頭の中では首を横に振っていた。
 違うんだよ、そう思うのは、‘今’だからなんだよ。
 茶尾がふっくら見えるのは、胸のまわりがむくんでいるからだと私にはわかっている。ヨロヨロと起き上がったときの、下肢の痩せ方が尋常ではないことも。上半分と下半分が別の生きもののようだ。

 何かで読んだことがある。誰の母親の話だったろうか。自分がもう助かることのない癌であると知った母親は、それ以降入院も通院も拒否し、自宅で水以外は一切口にしないという強硬手段に出て、自ら尊厳死を選んだという。潔い死に様だが、家族はたまったものではなかったろう。

 だからどうこうしたいというのではない。最期にまつわるいろんな記憶、いろんなシーンが頭の中に去来するのだ。
 犬の死、猫の死、父親の死。「死」という現実を目の前にして、結局何もしてやれなかったと悔いる自分。

 茶尾がもし、あの寒い冬の晩、私たちの家に招かれることなく野良のままで死を迎えていたら、どこが違っていただろうと想像してみる。
 暑かったら日陰に横たわり、雨水を舐めてその時を待ったのだろうか。外の環境では命をつないでおける時間が短かったかもしれない。だけどそれは苦しみから早く解放されることでもあったはずだ。
 あばらの浮き出た父の胸を、苦しそうな犬の最期の鳴き声を思い出してみても、後悔以外何も答が見つからない。
 茶尾、乳清やイオン水を飲まされて、かえって苦しい思いをしていない? ママのやってることが間違っていたり辛いのだったら、どうかテレパシーで教えて。ママはうんと鈍いから、茶尾の心の声が聞こえないんだよ。

 私はシャッターを切る。瞼に焼き付けるように、強く瞬きながらシャッターを切る。
雲間から、夏が手を振っている_b0080718_129539.jpg昨夜の茶尾
雲間から、夏が手を振っている_b0080718_1211365.jpg丸かった模様(茶)が
❤型になっていた
雲間から、夏が手を振っている_b0080718_12125517.jpg今日の茶尾
雲間から、夏が手を振っている_b0080718_12133386.jpgそばで添い寝する、
やさしい兄貴分の眠眠
ママが茶尾を衝動‘飼い’
したせいで家猫眠眠まで
保菌者にしてしまったに
違いない。
大ショックだが後悔しない


雲間から、夏が手を振っている_b0080718_1214554.jpgだって
仲良しだものね


 あれ、見てよ。上空で夏が手を振っている。そうか──。
 週明けからは、もう秋なんだよね。


 

 


 
Commented by えむ at 2008-08-30 18:48 x
どんままさん経由でおじゃましました。初めまして。
同じような思いを何度もしてきた者として、お気持ちが痛い程にわかります。
昨年癌で亡くなった父は以前に、腫瘍ができてどうしようもなかった猫に付き添い、猫がその場所に居たいと言ったからと脱衣室に毛布を持ち込み3晩付き添いました。
そういう親を見ているので、妙な慰め方かもしれませんが、
何もできないと悔しがる必要はないと思います。
ちび猫ちゃんが過ごしたい場所を理解し、そっと見守ることは、
一緒に時間を過ごして、好きなことも嫌なことも知っている、
家族だからできることではありませんか?
お写真を拝見して、猫ちゃんはとても安心して過ごしているように感じます。
最高の看病をしていると思いましたョ。
Commented at 2008-08-31 03:00
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by みんみん梅桜紫陽花彼岸花 at 2008-08-31 21:49 x
茶尾、がんばれ!お姉さん、身体をこわさらいように・・・。
Commented by vitaminminc at 2008-09-01 11:32
えむさま。やさしいお父様だったのですね。
これでいいのだろうか、これでよかったのだろうかと、
こうしている間にも、茶尾を見つめてる間も、
いつも自問ばかりしていました。
もう何も問わなくていいんだと、そう思えそうです。
看病に専念するための切替スイッチを教えてくださって、
ありがとうございます。
Commented by vitaminminc at 2008-09-01 11:34
鍵※さま。わかってますとも。十分すぎるくらいです。
いつもありがとう。
Commented by vitaminminc at 2008-09-01 11:37
みん花さま。ご心配ご声援、感謝しています。
秋は私が生まれた季節です。
自然界からバース・パワーをもらって、
明るく頑張ってみせますから。
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by vitaminminc | 2008-08-30 12:24 | Comments(6)